第19話:「反攻作戦」

19-1「特設巡洋艦」

 ウヴリエ ド フェールは、予定の時刻となると救助作業の支援を切り上げ、タシチェルヌ市へ向かって航行を開始した。

 ウヴリエ ド フェールはこのまま夜通し全速力で航海を続け、明日の朝には僕らをタシチェルヌ市の港まで送り届けてくれるだろう。


 結局、ウヴリエ ド フェールには、30名以上の王立空軍の搭乗員が救助されていた。

 僕たちをここまで連れてきてくれた「セイウチ号」をはじめとして、遭難者の救助を行っていた飛行艇があれからも次々とやって来て、日が暮れる頃にはこれだけの人数にまで増えていた。

 中には大きな怪我を負っている者もおり、夜になった今も医療班は治療にかかりきりだ。彼らの奮闘は夜通し続くことになるだろう、


 僕は幸運にも大きな怪我はしていないので、船内を見て回らせてもらうことにした。

 タシチェルヌ市まで移動する間、救助されたパイロットたちには十分な休息が取れる様にと休める場所が用意され、ベッドや毛布もあって落ち着いて休める様にしてもらっていたのだがだが、僕はまだ船というものを詳しく見たことが無いから、どうしても見ておきたかった。


 船に乗ることは、今回が2回目だ。

 しかし、前回は船酔いが酷くて船の中を見て回るどころではなく、結局、嫌な思いをしただけだ。


 不思議なことに、前回と違って、今回はほとんど船酔いをしていない。

 どうにもはっきりとしたことは分からないが、船の大きさがかなり関係している様だ。

 前回乗った船は、タシチェルヌ市とクレール市の間を結ぶ定期航路を走る連絡船で、その排水量は6000トン程しか無かった。

 だが、大陸間を運航する民間航路で働いていたウヴリエ ド フェールは、それよりもずっと大きく、排水量で20000トン近くもある大型船だった。


 前回、連絡船に乗った時はダメだったが、その倍以上も大きいウヴリエ ド フェールでは船の揺れ方がかなり違うらしく、気持ち悪くならない様だ。

 甲板も何だかしっかりしている様な気がして、頼りがいのありそうな感じだった。

 もっとも、これは僕の錯覚と言うか、心境の違いであるのかもしれないが。

 今は漂流している状態から助かったばかりだから、もう、何もかも気にならないというだけなのかもしれない。


 船内を歩いてみて分かったことだったが、ウヴリエ ド フェールは、元民間船というにも関わらず、純粋な民間の船員の姿はどこにもなかった。

 これは、王国がこの船を徴用した目的が、連邦や帝国の海上封鎖線を突破し、大陸外から貴重な物資や資源を持ち帰るというものだったためだ。


 交戦する可能性が高い以上、ウヴリエ ド フェールには武装が施されていた。

 艦首と艦尾に2門ずつ、計4門の150ミリ砲が装備されており、舷側にも片舷2門ずつ、計4門の75ミリ砲が装備されている。この他にも、単装の魚雷発射管が片舷1基ずつ、計2基が装備されており、機雷と呼ばれる海に仕かける爆弾を運用するための装備も有している。

 この他にも、対空戦闘を行うための機関銃なども装備されている様だった。

 戦闘を主任務とする軍艦と比較すると貧弱かもしれなかったが、僕の印象としては十分、重武装だ。


 敵と戦い、武装を使う様な船に、民間人をそのまま乗せておくことはできない。

 だから、ウヴリエ ド フェールの乗組員たちは、そのほとんどが王立海軍の正式な軍人だった。

 機関要員や艦橋につめている航海士など一部には、徴用される前からこの船で働いていて、船が徴用された時に志願して軍属となって働いている人たちもいるが、基本的な運用体制は王立海軍の軍艦と変わらない様だった。


 こういった船は、特設巡洋艦と呼ばれているらしい。

 元は民間船でも、徴用された上で武装を施され、場合によっては戦闘を行うことも厭(いと)わない船だ。


 僕は王立空軍の所属だしまるで知らなかったのだが、こういう特設巡洋艦は、古い時代からかなりの数が存在して来たらしい。

 ウヴリエ ド フェールの主な役割は、連邦と帝国の海上封鎖線を突破して王国に物資や資源を持ち帰ることだったが、特設巡洋艦の役割は幅広く、哨戒艦として海域の警備を行ったり、船団の護衛任務を任されたり、今回の様な遭難者の救助などの支援任務につくこともある。


 場合によっては、「羊の皮を被った狼」として働くこともある。

 つまり、一般の商船をよそおって敵国の船舶に近づき、隙をついて装備した兵装で攻撃を行うという、通商破壊任務だ。

 場合によっては、大昔に海で活躍していた海賊と変わらない様なこともする。


 王国ではこういった乱暴な任務に特設巡洋艦を投入してはいないが、連邦や帝国、特に帝国では特設巡洋艦を通商破壊に投じて、かなりの戦果をあげているということだった。


 場合によっては勇敢に戦う軍艦でもあるウヴリエ ド フェールの乗員たちには、どうやら壮年以上の人が多い様だった。

 これは、乗員のほとんどが予備役をも引退して、本来ならば軍隊に入って戦う義務から解放された年代の人々だからだ。


 王国では2年の兵役の後も10年間は予備役として、有事の際には即座に動員されて軍務につくことが義務づけられているが、そういった人々は実戦部隊に優先的に配属される。

 ウヴリエ ド フェールの様な特設巡洋艦も、交戦することを想定した任務につく臨時の軍艦には違いなかったが、若く、体力的に最も充実している年齢の人々は、より戦闘任務を行う機会の多い正式な軍艦や、前線の部隊に優先的に回される。

 結果、ウヴリエ ド フェールは、予備役を終えた人々の中から志願してきた壮年たちによって運用されている。


 40代、50代の将兵が特に多い様だったが、驚いたことに、艦長はもっと高齢だった。

 何と、来年には70歳になるのだという、白髪の老人だ。


 僕が驚かされたのは、それだけでは無かった。

 その老いた艦長は退役軍人で、在職中は将校の最高位である大将にまでなり、王立海軍の艦隊司令長官(実戦部隊の最高司令官)を何年も勤め上げたという経歴を持っているというのだ。

 退役後は名誉としての称号である元帥の位を授与され、王立海軍の士官学校の校長を任されたり、現役の将校たちへの助言役を担ったりしていたらしい。


 船内を見学させてもらっていた時、僕は偶然、船内を見回っていたらしい艦長その人を見かけたのだが、見た目は人のよさそうな老人で、日当たりのいい場所で安楽椅子(あんらくいす)に腰かけてのんびり日向ぼっこでもしているのが似合いそうな感じだった。

 ただ、その目つきが鋭く、やけに迫力があったのが印象的だ。


 実際、その老艦長は、凄い人であるという話だった。


 僕が船内を見学していた途中、何人かの休憩中の船員が僕に今日の戦いの様子をたずねて来て、それに答えるついでに聞いてみたのだが、この船で働いている船員たちはみんな、老艦長のことを聖人の様にあがめ、尊敬している様だった。

 一種の神様と言ってもいいかもしれない。


 というのも、老艦長の指揮の下、ウヴリエ ド フェールはこれまでに10回、海上封鎖線を突破しての海上輸送任務に従事したが、その全てを無事に完了させているからだ。

 これは、行きと帰りで計20回、海上封鎖線を突破したということになる。

 しかもその間、誰1人として戦死者を出していないのだそうだ。


 危険な場面は、何度もあった。


 ある時は、海上封鎖を行っていた敵の巡洋艦に発見され、追跡を受けて砲撃戦となったのだそうだが、ウヴリエ ド フェールは1発しか被弾することが無く、しかも、船体を貫通して船内に飛び込んだそれは不発だった。

 反対に、ウヴリエ ド フェールが放った150ミリ砲弾は敵艦へと命中して炸裂し、敵艦の機械的な故障を引き起こして速度を十分に発揮することを不可能とした。

 その隙に、ウヴリエ ド フェールは悠々と逃げ去ることができたのだという。


 またある時、老艦長が突然、「風が臭う」と言い出し、予定の航路を変更したことがあったそうだ。

 そして、その直後から徐々に海は荒れ始め、波が船首楼に被るくらいの酷い荒れ方をしたらしい。

 だが、事前に針路を変更していたおかげで、ウヴリエ ド フェールは短時間で嵐を抜け出し、その後も何の問題も無く航海を続けることができたということだった。

 もし、老艦長が突然針路を変更させなかったら、ウヴリエ ド フェールは嵐のど真ん中へと突っ込んでいき、難破してしまうところだったそうだ。


 にわかには信じられない様な伝説めいた話だったが、船員たちは口々にその「事実」を僕に話してくれた。

 そして、この船に乗り込んだ者は実際に誰1人として失われていないのだという。


 こういった事情があり、老艦長は、船員たちからあがめられるまでになっている様だ。

 船員たちの中には、老艦長がさわったり身に着けたりしたことがあるものをお守りとし、肌身離さずに持ち歩いている者もいるということだった。

 僕にいろいろ話してくれた船員の1人も、その幸運のお守りを大切そうに持っていた。


 船員たちはとても熱心かつ真剣に、老艦長がいかに凄いのかを教えてくれたが、実際に目にしたことの無い僕には信じがたい様な話ばかりだった。


 だが、僕は、その老艦長がもたらすという幸運を信じたかった。

 これまでに何度も困難な任務に出撃しながら、この船が無事に帰って来たというのは間違いのない事実である様だったし、そうだとすれば、この船に救われた僕も、無事に王国の陸地を踏めるのに違いない。


 ウヴリエ ド フェールは帝国の艦隊がいるかもしれない海域から離れ、すでにオリヴィエ海峡へと入りつつあったが、敵の攻撃が全く無いとは限らない。

 せっかく、助かった命だ。

 こんなところで、しかも、僕の手の及ばない海の上での戦いで、それを失いたくはない。


 老艦長がもたらしてくれるという幸運に、できることなら、僕もあやかりたかった。

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