19-2「対潜戦闘」
突然、船内に警報が鳴り響き、大きな揺れが起こったのは、僕が船員たちとの会話を終えて、そろそろベッドに戻って休もうかなと考えていた時だった。
あまりにも急なことだったので、僕はその場に立っていることができずに、通路の壁に身体をぶつけてしまった。
何が起こったのか、少しも分からなかったが、少し揺れが収まったタイミングで、艦内放送で状況が短く伝達された。
《8時の方向に雷跡見ゆ! 総員戦闘配置、総員戦闘配置! 》
老艦長の言葉に続いて、王立空軍に所属する僕には馴染みのない、王立海軍で使われているらしい号令のラッパが鳴り響く。
とたんに、船内は慌ただしくなった。
まだ揺れは完全には収まってはいなかったが、船員たちはその揺れに慣れているのか、それぞれの持ち場に向かって全速力で駆け抜けていく。
僕は、とても恐ろしい気持ちだった。
どうやら、この船は魚雷による攻撃を受けたということらしい。
そして、ついさっき起こり、今も残っている揺れは、船が魚雷の直撃を受けたことによるものかもしれないと思った。
これが最初から軍艦として作られた船であれば、魚雷に対しても何らかの防御策が備わっていたかもしれない。
だが、ウヴリエ ド フェールは、民間の貨物船として建造された船だ。
他の船舶や漂流物との衝突に備えた構造にはなっているかもしれないが、船を沈没させるための兵器に対して十分な備えがあるとは考えにくい。
だとすると、考えたくないことだったが、この船は沈むかもしれない。
そうなれば、僕はまた、海を漂流することになってしまう。
僕は泳げなかったし、もし、すっかり夜になってしまった海にまた漂流する様なことになってしまったら、今度こそ命を失ってしまうかもしれない。
例えそうなるのだとしても、このまま船内にいて、船と一緒に海底に沈んでしまうわけにはいかなかった。
僕は船内の構造など分からなかったがとにかく上へ、上甲板へと向かうつもりで、駆け足で配置に向かう船員たちを追って走った。
どうやら僕が選んだ道は正解だったらしく、僕は、ウヴリエ ド フェールの右舷側の甲板へと出ることができた。
そして、上甲板へと出た瞬間、僕はたくさんの水しぶきを被って、びしょ濡れになってしまった。
その直後に、砲声の様なものが聞こえた。
状況がよく分からなかったが、ウヴリエ ド フェールはどこかから大砲で撃たれているらしい。
僕が被った水しぶきは、船に向かって放たれた砲弾が海へと着弾して作られた水柱によるものであるらしかった。
スピーカーから、あの老艦長の声が砲声に負けない音量で轟(とどろ)く。
《敵の潜水艦、1、浮上して本艦へと砲撃中! 右舷、砲撃戦用意! 発砲炎を目標に、各砲速(すみ)やかに撃て! 》
そして、再び僕には意味の分からないラッパが鳴り響く。
直後、僕のすぐ近くで、砲撃音が鳴り響き、大気の揺れが僕の全身を貫いて行った。
どうやら、僕が出た場所のすぐ近くに、75ミリ砲の砲座があるらしい。
船上は灯火管制のためと、見張り員の目を幻惑させないために暗かったが、発砲の光とわずかな月明かりで周囲の状況を把握することができた。
そして、暗闇の向こうで閃く光も見える。
どうやら、ウヴリエ ド フェールに向かって魚雷を放った敵の潜水艦が海面へと浮上し、こちらへ向かって砲撃を行っている様だった。
その発砲の光は右舷側の、どれくらい先か分からない海上で瞬き、ウヴリエ ド フェールに備えつけられた火砲はその光を目がけて反撃している様だった。
僕は、突然目の前で始まってしまった砲撃戦に圧倒されたその場に立ちすくんでから、しまった、と思った。
船が沈没するのではないかと思って慌てて船内から飛び出して来たが、こちらは敵との砲撃戦の真っただ中だった。
これでは、船が沈没しなくとも、砲撃に巻き込まれてしまうかもしれない。
僕は一度船内に戻ろうと思ったが、それを行動に移す前に、浮上した敵の潜水艦に向かって砲撃を行っていた砲手に呼び止められてしまった。
「おい、そこの! 手があいてるんなら、砲の装填を手伝ってくれ! 」
僕は大砲などあつかったことは無かったが、呼び止められた以上、無視することもできなかった。
僕は発砲を続けている砲に駆けより、砲手から指示されるままに、弾薬の再装填を手伝った。
75ミリ砲の弾薬は、小銃弾をそのまま大きくしたようなものだった。
砲弾と、それを発射する火薬のつまった薬莢(やっきょう)が一体化されており、船内の弾薬庫から運ばれてきたものを手渡しのリレーで運んで、砲に装填し、放つ。
放つと砲の尾部から薬莢(やっきょう)だけが排出されて、ガランガランと音を立てながら甲板の上に転がっていく。
最初は戸惑ったが、考えてみれば、船内に戻ったとしても敵の攻撃で船が沈められてしまったら、僕は助からないのだ。
暗い海に放り出されるのよりも、こうやって反撃する方が、よほどいいかもしれない。
やがて、命中弾が出たのか、敵の潜水艦がいる辺りで、発砲炎以外の明かりが瞬(またたい)いた。
そして、当たり所が良かったのか、敵の弾薬に誘爆し、敵艦の艦上で火災が起きた。
撃沈には至らなかったらしく、敵の潜水艦はまだ行動可能である様だ。
火災による光で照らし出されながら、浮上してその特徴的なシルエットをさらけ出した敵艦は、ゆっくりと回頭を始める。
どうやら、戦いが不利だと悟って、逃げ出そうとしている様子だった。
その敵に向かって、ウヴリエ ド フェールは船首を向け、全速力で突っ込んでいった。
《総員、衝撃に備えよ! 敵艦へ体当たりを行う! 》
砲の射撃範囲から敵艦が外れたので砲撃を止めていた僕たちだったが、老艦長からのその放送を聞いて、慌てて手近の捕まれそうなものに捕まり、ぐっと、身体を踏ん張った。
数秒もしない内に、船の全体を、ドン、と突き上げる様な揺れが襲う。
敵の潜水艦に衝突した勢いで、艦首が持ち上がったのだ。
それから、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、と、重くて嫌な感じがする、金属と金属がこすれる音と、それによって起こった震動が伝わって来る。
やがて、震動がおさまった。
敵の潜水艦に体当たりをするなんて、とても正気とは思えなかったが、どうやらウヴリエ ド フェールには大きなダメージが無く、こちらの航行には問題が無い様だった。
《右舷、探照灯照射! 敵艦を探せ! 》
ウヴリエ ド フェールは再び敵の潜水艦に右舷側を見せる態勢を取ると、老艦長の指示によって探照灯を照射した。
再び砲撃開始の命令が出ることに備えて砲に取りついていた僕たちは、固唾(かたず)をのんで光の照らす先を見つめる。
そこには、2つの影があった。
どうやら、敵の潜水艦はウヴリエ ド フェールに体当たりをされて、真っ二つに折られてしまった様だ。
司令塔があったあたりから前後に分断された敵の潜水艦は、徐々に沈没しつつあり、周囲には内部から脱出して来たらしい乗員たちが、バシャバシャと波を立てて溺(おぼ)れている。
後になって船員たちから教えてもらったことだったが、この日戦った潜水艦は、排水量が1000トンと少しあるくらいのものだったらしい。
潜水艦としてはありふれた大きさであるらしかったが、それに対して、ウヴリエ ド フェールは20000トンに迫る巨艦だ。
そんな大船に体当たりされたのだから、敵の潜水艦もひとたまりも無かっただろう。
歩いていたところをトラックにはねられるようなものだ。
沈みゆく敵艦を目にして、甲板中から歓声があがった。
僕も、思わず近くにいた兵士と抱き合って、この勝利を喜んだ。
お互いに誰かも知らない相手だったが、少なくとも一緒に戦った仲ではあるし、とにかく、生き残ることができて嬉しかったのだ。
だが、喜びに浮足立つ僕たちを、老艦長は厳しく叱責した。
《総員、周辺警戒を怠るな! 敵は1隻だけとは限らんぞ! それと、搭載艇降ろせ! これより遭難者の救助を開始する! 》
威厳のある、身体にびりびり来るような声だ。
老艦長は、外見は穏やかそうだったが、何だか迫力があるなと思った第一印象通り、一声で大人数を黙らせ、動かすだけの何かを持っている様だった。
僕たちは警戒を怠らず、異変があればいつでも砲撃を開始できる様な態勢を取りなおしたが、その横では僕たちを船へと運ぶのにも使われた搭載艇を海へと降ろす準備が慌ただしく始まっていて、数分もしない内に敵艦の救助作業が開始された。
ウヴリエ ド フェールは、沈めた敵の潜水艦の乗員の多くを救助することになった。
船体が真っ二つにされる様な大きな被害を受けたのだから、戦死者、行方不明者も相当な数になったが、それでも20名以上の乗員が救助された。
捜索を終えると、ウヴリエ ド フェールは何事も無かったかのように航海を再開した。
驚くべきことに、敵の潜水艦から雷撃され、水上砲撃戦まで行ったのに、ウヴリエ ド フェールには損傷らしい損傷が無かったのだ。
※作者注
今回のエピソードは、「オリンピック」という客船がWW1中にUボートに体当たりして撃沈した、という史実を元にしています。
「オリンピック」という船は、あの有名なタイタニックの姉妹船(オリンピックが1番艦で、他に姉妹船としてブリタニックがありました)で、WW1において軍用輸送船としてイギリスに徴用されて運用されました。
その途中、ドイツのUボートから雷撃を受け、それをかわしたのちに反転、体当たりをして撃沈することに成功し、「WW1中、商船が軍艦を撃沈した唯一の例」と言われています。
姉妹船のタイタニックは事故で、ブリタニックは戦争で失われましたが、このオリンピックは戦争終結まで生き残り、戦後は客船へと復帰することができた強運の船で、1935年に引退するまで活躍を続けました。
悲劇的な事故で有名なタイタニック号の姉妹艦にも、こういう特徴的なエピソードを持った船があるということを読者様にご紹介したかったので、今回作中に取り入れてみました。
なお、作中の老艦長による指揮ですが、艦の指揮は通常、航海長や砲雷長などが各部署の責任者として指揮をとり、艦長がそれを統括するという形になるのですが、今回は緊急事態ということもあり、それぞれの責任者が艦橋にいなかったため、老艦長が直接指揮をとった、という形になります。
ちょっと変則的ですが、あまり登場キャラを増やしても書ききれないので・・・
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