18-30「滑走」
王立海軍水陸両用偵察機「セイウチ号」には、たくさんの先客がいた。
僕が、副機長だという髭ボウボウのパイロットに助け上げられて機体の中に入ると、そこには合計で10人もの人物がいた。
一斉に僕へと向けられた視線に、僕は思わずたじろいでしまう。
機体に元から乗っていたのは、その内に3人しかいない。
1人は副機長であり、僕を海から引っ張り上げてくれた、髭ボウボウの壮年の男性。階級は軍曹だというが、叩き上げのベテランといった雰囲気で、マードック曹長に少し似た雰囲気を持つ。
きっと、空が好きで好きでたまらないという種類の人だ。
もう1人は、機長を務めている、30代で王国北部に多い金髪碧眼の女性パイロットだ。階級は曹長。
彼女は女性だったが、線の太い、何人もの部下を束ねられる胆力のありそうな女性で、操縦の経験も多く、頼りがいのありそうな人だった。
声も迫力があって、少しも男性に押し負けなさそうだ。
あと1人は、若い二等兵だ。僕よりもさらに若く見える搭乗員で、副機長いわく、パイロットの見習いで機体の操縦は任せられないが、捜索・救難のための目として連れてきているのだそうだ。
彼は今、他の救助されたパイロットたちの手当てなどをするのに忙しく働いている。
他の7人は、僕と同じ様に救助されたパイロットだった。
その7人に、僕は見覚えがある。
これまでに何度か任務で一緒になり、共に戦ったことのある202Bのベイカー大尉と、その部下の人たちだ。
どうやら、ベイカー大尉たちは敵艦隊への攻撃中に撃墜され、僕と同じ様に海面を漂流して、この「セイウチ号」に救助された様だった。
ここにいるベイカー大尉たち7人は、同じ機体に搭乗していた搭乗員たちだった。
同じ機に乗っていた全員が助かっているのは、ベイカー大尉が見事な操縦で機体を着水させ、搭乗員全員が安全に脱出することができたから、らしい。
撃墜されてしまってはいるのだが、ベイカー大尉の手腕はさすが、としか言いようがない。
「よぉ、301Aのパイロットじゃないか。確か……、ミーレス、だったか? 守護天使でも今回の戦いは厳しかったか。敵の戦闘機は手強そうだったからなぁ」
ベイカー大尉は、僕のことを覚えていてくれたらしかった。
大尉はそう気さくに声をかけてくれたが、僕は少し恥ずかしくなって、肩をよせて小さくなった。
「いえ、ベイカー大尉。その、僕は、敵機との空戦じゃ無くて、対空砲火にやられたんです」
戦闘機乗りが、戦闘機同士の空中戦で撃墜されるというのなら、それは、言ってみれば名誉の負傷だった。
戦闘機にとって最も強力な敵は、やはり、敵の戦闘機だ。
敵の戦闘機を撃墜することだけが戦闘機パイロットの仕事では無かったが、自身の技量と機体の性能の限りをつくして戦うことになる戦闘機同士の空中戦が、やはり戦闘機パイロットにとっての花だ。
だが、僕は対空砲火によって撃墜されてしまった。
しかも、僕の不注意によってだ。
だから、僕はそれを口にすることがとても恥ずかしい気持ちだったし、「分隊長からの指示を聞き逃したせいで」と正直には言えなかった。
正直でいることは美徳の1つだとは思うが、そこまで馬鹿正直でなくてもいいはずだ。
すると、ベイカー大尉も、その部下の人たちも、大声で笑いだした。
「アッハッハ! 何だ、空中戦では無敵の守護天使も、対空砲火には落とされるのか! いや、我々も敵の対空砲火にやられたんだがな! アレは凄かったな、目の前が敵弾しか見えなかったからな! 」
別に大尉たちは僕のことを貶(けな)して笑っているわけでは無かったが、僕はどうしても恥ずかしくなって、思わず下を向いてうつむいてしまった。
そんな僕の肩を、副機長が軽く、ぱし、ぱし、と叩いた。
「そうしょぼくれんなって! 若い兄(あん)ちゃん! 弾なんざ、当たる時は当たる、外れる時は外れるもんさ。それより、ほら、これでも飲んで暖まりな」
「あ、ありがとうございます」
僕は副機長が親切にも差し出してくれた金属製のボトルを受け取り、恥ずかしさのあまり中身も確かめずに口をつけた。
そして、飲んだ瞬間、喉が焼かれる様な感じがして、思わず吹き出してしまった。
「ゲホッ、ごほっ! な、なんですか、この飲み物は? 」
僕は口元を右手で抑え、左手でボトルを副機長につき返しながら、この奇妙な飲み物の正体を問いただした。
友軍から渡されたものだし、毒物では無いはずだったが、しかし、キツイ飲み物だ。
「なんだぁ、兄(あん)ちゃん。ウイスキーを知らんのか? 」
副機長は怪訝(けげん)そうな顔でボトルを受け取りながら、そう言ってその飲み物の名前を教えてくれた。
そんな副機長に、僕が盛大に吹き出したことでまたまた大笑いしていたベイカー大尉が説明を加える。
「副機長! 彼は未成年なんだ。だから、酒は知らなくて当然さ! 特に、彼みたいに真面目そうなのはな」
ベイカー大尉はそう言うが、僕は、名前だけなら知っている。
ただ、飲んだことが無かったから、分からなかっただけだ。
そうか。これが、ウイスキーという飲み物か。
レイチェル中尉やカルロス軍曹が、実に美味そうに飲んでいたことが思い出される。
だが、初めて口にしてみたが、僕にはその良さが分からなかった。
こんなもの、ただの劇薬じゃ無いのか?
「おーおー、そいつは失敬。若いとは思ったが、まさか未成年とはな! んじゃ、これはそちらの大人にお渡しするとして……、ホレ、兄(あん)ちゃんはこっちを飲みな」
事情を理解してくれたらしい副機長は、ウイスキーのボトルをベイカー大尉へと放って渡し、それから、別の魔法瓶に入った飲み物を取り出し、金属製のコップに注ぎ入れて、僕に差し出してくる。
「これは、何ですか? 」
「ココアだよ、ココア! これはさすがに飲んだことあんでしょうに」
色と香りからそれがココアであることは僕にも分かってはいたが、それでも、先ほど何の確認もせずに口をつけて酷い目にあったばかりだ。
用心深くそうたずねた僕に、副機長は少し呆れた様子だった。
飲んだことが無いものだったのだから、分からなくても仕方がないじゃないか。
僕は少し不貞腐(ふてくさ)れながら、副機長が渡してくれたココアに口をつけると、その暖かさに嬉しくなった。
海は冷たくはなかったが、それでも体温よりはずっと低い温度しか無かった。
冷えた体中に、染みわたる様に暖かさが広がっていく。
「そろそろ出発するよ! 坊やは毛布でも被って、適当なところに座りな! 定員オーバーしているから、イスは無いけどね! 」
僕が副機長にお礼を言ってコップを返すと、前方から機長の声がした。
僕は言われた通り、副機長から毛布を受け取って、それにくるまりながらあいている床を見つけてそこに座った。
機長からの指示があったからというのもあるが、僕は、できるだけ早く王国に帰り着きたかった。
王国についても仲間たちのところにすぐに帰りつけるわけでは無かったが、それでも、もう、海の上はこりごりだ。
やがて、「セイウチ号」は加速を始めた。
エンジンが全開にされ、ベルランのものと比べると非力そうではあったが、それでも力いっぱいプロペラを回し、「セイウチ号」は海原を進み始める。
僕は、これでやっと王国に帰れると思いながら、毛布にくるまっていた。
服も何もかもがびしょ濡れで気持ち悪かったが、これで王国に帰れると思うと、少しも気にならない。
だが、僕たちを乗せた「セイウチ号」はなかなか離水しなかった。
どうやら、離水に十分な速度が得られていないらしい。
エンジントラブルでは無い様だ。
エンジンは快調に回っている様だったし、機長も副機長も落ち着き払っている。
原因は、定員オーバーだった。
元々乗っていた3人の他に、合計で8人もの人間を乗せてしまったがために、その重量で離水できなくなってしまっているのだ。
僕を乗せる前はギリギリ飛んでいたのだが、僕を乗せてしまったがために、とうとう飛び立てなくなってしまったらしい。
僕は、血の気が引く様な思いだった。
もしかすると、僕のせいで、この機に乗った人々が王国に帰りつけなくなるかもしれないと思ったからだ。
そう思った瞬間、僕は反射的に立ち上がっていた。
「あ、あの! 僕、降りましょうか!? 」
すると、数秒の間、機内は沈黙に包まれた。
それから、ドッ、と笑い声が巻き起こる。
「若い兄(あん)ちゃん、変な心配すんじゃねェぜ! コイツは「飛行艇」だぞ! 例え飛べなくったて、このまま海の上をひとっ走り、ちゃぁんと王国まで送り届けてみせるさ! 」
「そうだよ、坊や! それがあたしら飛行艇乗りの心意気ってもんさ! ほら、後はこっちに任せて、座ってな! 」
副機長と機長にそう言われて、僕はその場にまた座り込んだ。
それから、毛布を頭まで被る。
とても、恥ずかしかった。
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