18-21「敵艦隊」

 多くの犠牲を出しながらも、僕たちは前進を続けている。

 その先に、僕たちが倒さなければならない、帝国の大艦隊が待ち受けていると信じて。


 敵機による襲撃がくり返され、被害も多くなっていくが、敵機が僕たちの前に現れるということは、同時に、僕たちが敵艦隊に近づいているという証拠でもあった。


 やがて、雲の切れ目からのぞいた海面に、白い波の筋ができているのを、爆撃機の搭乗員が発見した。

 それは、僕の目からでも確認することができた。


 海面に描かれた白い筋はいくつもあって、うねうねと曲がりくねり、複雑に入り乱れている。

 その白い筋は、艦艇が航行する際に生み出す航跡波(こうせきは)だ。

 白い筋の先には、恐らくは第2航空師団からの攻撃を回避するべく回避運動を行っているのであろう、帝国軍の艦艇の姿がある。

 空中には対空砲火によって放たれた砲弾が炸裂した煙があちこちに残っていて、第2航空師団による攻撃に、帝国の艦隊が激しく応戦している様子がよく分かる。敵艦へ攻撃中の友軍機の姿も、雲の間にチラチラと見え隠れしている。


 とうとう、見つけた!

 僕たちは、帝国の艦隊を発見したのだ!


 相変わらず雲のせいで戦場の見通しが悪く、帝国艦隊の全容は明らかでは無かったが、それでも、空母の特徴的な艦影は見て取れた。

 高速を発揮させるための細長くシャープな船体の上に、多数の艦上機をおさめる大きな格納庫、そして海上を機動する滑走路となる、長大な飛行甲板。

 木が張ってあるらしい甲板上には、識別のためなのか帝国の国籍章である双頭の竜がはっきりと描かれている。


 出撃前、僕たちは、空母と輸送艦は遠目では識別しにくい場合もあるから、くれぐれも注意せよとの説明を受けていたが、今、僕たちの目の前にいる敵艦は、間違いなく空母だった。

 飛行甲板をはっきり確認できるというのもあったが、その艦上には、出撃準備中であるらしい、敵の艦上機の姿がある。


 どこに飛んでいくつもりなのかは分からないが、もしかすると、敵は王立海軍の艦隊が出撃して来ていることを察知し、攻撃部隊を発進させようとしているのかもしれない。

 まだ暖機運転をしている途中である様だったが、態勢が整い次第、すぐにでも発艦を開始するはずだ。


 僕たち王立空軍が帝国の機動部隊を攻撃しようとしているのは、戦場の航空優勢を確保しようという目的からだった。

 そして、航空優勢を確保したい理由の大きなものとして、帝国艦隊へ突入する味方艦隊を支援するというものがある。


 現在もこちらへ向かって進撃中の王国艦隊の上空には、友軍の直掩機がしっかりとついているはずだったが、600機を超すと予想されている帝国の艦上機部隊からの攻撃を受けずにいられるのなら、それに越したことは無い。

 僕たちは友軍艦隊の突入を成功させるため、1隻でも多くの空母を撃破しなければならなかった。


 先に突入を果たした第2航空師団がどれほどの戦果をあげてくれたのかは分からなかったが、その攻撃によって、少なくとも敵艦隊の隊形は乱れている様子だった。

 隊形が乱れているということは、組織だった対空砲火が飛んで来ることは少ないと見ていいだろう。


 それに、今度は僕たちが雲をうまく使うことができる。

 これまでは雲があるせいで敵機の襲撃にうまく対応できず、大きな被害が出てしまっていたが、今度は僕たちが雲を利用して敵艦へと肉薄し、攻撃をする番だ。


 帝国軍の主力部隊を発見した直後、攻撃部隊の指揮をとっていた爆撃機の指揮官は、全軍突撃の命令を下した。

 命令が発せられると、爆撃機部隊は2手に分かれ、1手は高度を保ったまま、もう1手は低高度へと降りて行った。

 このままの高度で突撃する爆撃機は水平爆撃による攻撃を、低空に降りて行った爆撃機は航空魚雷による雷撃を行う部隊だ。


 第1航空師団に所属する爆撃機部隊は航空撃滅戦を主題として訓練を重ねてきているために水平爆撃しか行うことができないが、沿岸防衛を主任務としてきた第3航空師団の爆撃機隊は、航空魚雷を運用する訓練も積んでいる。

 第1航空師団の爆撃機隊による攻撃で敵空母の飛行甲板を使用不能にし、敵の対空砲火を引きつける間に、第3航空師団の爆撃機が航空魚雷を抱(だ)いて敵空母に肉薄し、艦艇に対して効果の大きな雷撃を実施して敵艦を撃沈しようという作戦だ。


 僕たちが護衛している部隊は、水平爆撃を行う担当の部隊だった。

 僕たちのすぐ下側を飛んでいる友軍機が爆弾をうまく投下できる様に、僕たちは護衛を続けなければならない。

 僕たちは爆撃機部隊との位置を保ちながら、1機たりとも敵機は通過させない、そういう気持ちで周囲を警戒する。


 敵機は、すぐに姿を現した。


 だが、一撃離脱に徹してきたこれまでと、少し様子が違う。

 どうやら敵は、母艦が僕たちに発見されて攻撃されようとしていることから、安全かつ一方的な戦い方ができるが短時間での効率は悪い一撃離脱戦法を捨て、僕たちに接近し、しつこく食い下がって来るつもりでいる様だった。


《301A各機、交戦しろ! 奴ら、爆撃機部隊の中に突っ込んで引っ掻き回すつもりだ! 逆にこっちが敵機に食いついて、1機も爆撃機に向かえない様にする! ドッグファイトだ、かかれ! 》

》》》》


 僕たちはレイチェル中尉からの指示に答え、一斉に散開して、分隊ごとに敵機との格闘戦に入って行った。


 敵機は僕らを振り切って爆撃機を攻撃しようとしたが、僕たちは爆撃機へ向かおうとする敵機に向かって牽制(けんせい)の射撃をくり返してそれを阻止する。

 敵も、僕たちを排除しない限り爆撃機に近づくことができないとすぐに理解した様で、こちらが挑んだ格闘戦に乗って来た。


 残念なことに、格闘戦で重要な旋回性能では、僕たちよりも敵の方が優れている。

 横転の素早さで僕たちの機体は決して劣ってはいないものの、元々が高速発揮を狙った機体で技術試験機としての性格が強く、旋回戦などはあまり考慮されていない翼を持つベルランD型は、帝国軍の艦上戦闘機の旋回性能には1歩劣る。


 敵が僕たちの挑戦に応じたのも、僕たちが敵機を妨害して通さなかったということもあるだろうが、これまで何度か王国の東海岸上空での空中戦で戦った結果、僕たちが敵機の性能を分析したのと同じ様に敵もこちらの性能を分析し、格闘戦ならば有利に戦えると判断したからだろう。


 有利な格闘戦で素早く僕たちを排除し、爆弾を投下する前に爆撃機を撃墜する。

 それが敵の考えだったはずだ。


 こちらにとって不利な格闘戦は、あまりやりたくないというのが僕の正直な気持ちだったが、この場で引き下がることはできないし、そのつもりも僕たちには無かった。

 この、王立空軍の総力を投入した航空攻撃の結果が、王国の将来を左右するのだ。

 引けるわけが無い。


 それに、僕たちは爆撃機が爆弾の投下を終えるまでの数分間、敵機を抑え続ければいいだけだった。

 敵機の撃墜にこだわらず、敵が爆撃機に向かえない様に牽制(けんせい)することにだけ専念すれば、やり様もある。


 だが、やはり、キツイ。

 こちらの方が旋回性能で劣っているせいで、一度食いつかれると簡単には敵機を引き離すことができない上に、敵の武装は強力で、わずかな被弾でも致命傷になりかねない。

 僕の背中には防弾鋼鈑がしっかりと存在しているが、12.7ミリの機関砲弾に耐えることができるそれも、20ミリの機関砲弾を想定した強度は持っていない。


 ほんの一瞬先、僕の身体は機体もろともバラバラになって、僕の意識は空に散って、消え去ってしまっているかもしれない。


 僕は、ただ、ライカの姿だけは見失わないようにと、必死だった。

 僕は彼女の僚機で、そして、この状況を切り抜けるのには、2機がうまく連携し続けなければならないからだ。


 僕はライカの背後に敵機が近づけばそれを追い払い、ライカは僕の背後に敵機が近づけばそれを追い払う。

 お互いに援護し合いながら、僕たちは何とか敵機からの攻撃に耐えている。

 だが、援護が間に合わない程引き離されてしまったら、それまでだ。

 ライカがいなければ僕は生き残れないし、僕がいなければ、ライカも生き残れない。

 僕はここで死にたくなど無かったし、ライカにも生きていて欲しい。


 無線で僕たちは頻繁にやりとりをしていたが、ライカの声は徐々に苦しそうになっていくし、僕も辛かった。

 耐Gスーツがあるおかげで、機体に全力で旋回をさせても体にかかる負荷はある程度軽減されていたが、それでも、右に、左に、上に、下に、目まぐるしく動き回るのは大変だ。

 身体への負荷だけでなく、精神的にもかなり厳しい。

 常に敵機がどこにいるのかを把握しなければならなかったし、僚機の動きも見逃せないし、ライカからの指示も聞き逃せない。

 少しも気を抜けない状態で、僕は全身のあらゆる感覚を使って戦わなければならなかった。


 敵機は、しつこく僕らを追って来る。

 敵の第1目標は爆撃機だったから、敵も僕たちなど放っておいて爆撃機に向かいたいと思っているはずだったが、僕たちの任務はそれをさせないということで、敵機が離れようとする素振りを見せる度に僕たちは敵機に食いつき、その行動を妨害している。


 執拗(しつよう)に妨害をくり返す僕たちに、敵もいよいよ、頭に来ているのかもしれない。

 敵機からの攻撃はだんだん厳しく、正確になっていくような気がする。


 いつしか、僕とライカは護衛しているはずの友軍爆撃機の編隊を見失い、そして、301Aの他の仲間たちがどこで戦っているのかも分からなくなってしまっていた。

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