18-20「歓迎委員会」

 帝国軍の艦隊は、そこにはいなかった。

 僕たちが予定通りに敵を発見できなかった理由は、気象班の予報が当たって雲が多く、見通しがきかないというのもあったが、一番大きなのは、南風のせいで僕たちの針路が思ったよりもズレてしまったということだった。


 航法については、1機あたりの搭乗員が多く、航法用の装備も戦闘機より充実している爆撃機部隊が請け負ってくれていたのだが、風で流される量を完全に的中させることは難しかった様だ。

 夜間で地上の目印なども発見できなかった上に、雲が多かったせいで天文航法も不正確なものとならざるを得ず、こんな事態になってしまったということだ。


 困ったことになったが、かといって、誰かを責めることもできない。

 一番悔しいと思っているのは、航法を担当していた爆撃機の搭乗員たちだろう。だが、航法を正しく行うのには条件があまりにも厳しすぎたのだから、彼らの責任だとするのは違う気がする。

 計算を間違えなくても、その計算の前提条件となる情報をうまく得られなければ、正しい結果は出てこない。

 南風は強く吹いたり弱く吹いたりしていたし、正確に風速を当てることは誰にもできないことだっただろう。


 僕たちがやるべきことは、1秒でも早く敵艦隊を発見し、重要目標である空母を可能な限り多く撃破することだ。

 少なくとも、僕たちは敵艦隊の近くには来ているのだ。

 爆撃機部隊は雲の合間から敵艦隊の姿を探し出そうと、必死になって海面を探し回っている。

 文字通り、血眼になって探していることだろう。


 出撃してきても、敵艦隊を発見できなければどうすることもできない。

 僕たちも敵艦隊を探したいくらいの状況だったが、しかし、そういうわけにもいかない。

 護衛についている戦闘機部隊である僕たちは、敵機を警戒して空を見張ってなければならないのだ。

 僕は、爆撃機部隊が敵艦隊を発見してくれる様にと祈りながら、雲の合間に敵機の姿が現れないかを警戒している。


 幸いなことに、敵艦隊の所在についての情報は、程なくして僕たちに届けられた。

 僕たちとは別行動をし、タイミングを合わせて敵艦隊の上空に突入する手はずとなっていた、第2航空師団から出された攻撃部隊が敵艦隊を発見し、攻撃を開始したという通信が入って来たからだ。


 報告されてきた敵艦隊の所在は、空が明るくなってから計算し直されて修正された僕たちの所在地から、10分程離れた場所だった。

 大型空母少なくとも4隻以上、小型空母2隻以上という艦隊が、そこにいるらしい。

 第2航空師団からの続報はまだ無かったが、報告が正しければ、帝国の機動部隊主力で間違いない。

 帝国の空母は、大型空母が6隻、小型空母が2隻以上いるはずで、大型空母2隻の所在は不明なままだったが、恐らく、報告のあった場所の近くに居るはずだ。


 例え報告が間違っていたとしても、このまま当てもなく、雲で見通しの悪い空を徘徊(はいかい)しているよりは、攻撃に向かった方がずっとマシだった。

 僕たちは針路を第2航空師団から報告のあった方向へと向け、攻撃態勢を取って前進を開始した。


 航法をうまくできなかったためと、雲によって周囲の捜索が満足にできないせいで、攻撃が開始されていなければならない時刻は、とっくに過ぎてしまっている。

 僕たち戦闘機部隊はすでに増槽の燃料を使い果たし、このまま敵を探して飛び続ければ、自力では基地に帰れない様な状態になりつつある。


 だが、心配はいらない。

 この攻撃に参加した機体は、損傷や燃料不足で基地まで帰還できずとも、帰り道の途中に王立軍が用意している臨時の滑走路に着陸して、修理や補給を受けられる手はずが整えられているからだ。


 王国は永世中立という立場を守るために、常に戦争に備えて来たという国家だ。そのために、僕たちが以前使っていたような、フィエリテ南第5飛行場の様な秘匿飛行場があちこちに点在している。

 今回僕たちを受け入れてくれる飛行場もそういった性格の秘匿飛行場で、王国が自意識過剰とも思える程に整えて来た備えが意外な形で役に立っている。


 燃料が少なくなっても、帰る当てはある。

 問題は、無事に帰りつけるか、ということだ。


 すでに攻撃開始の時刻よりも遅れてしまっているため、いつ、敵機が僕たちに襲いかかって来ても不思議ではない。

 帝国の艦隊から支援を受けた敵の艦上戦闘機が、あの雲の谷間から、向こうの雲の中から、突然姿を現し、攻撃して来るかもしれない。

 僕は必死になって、周囲を見張る。


 敵機発見の報告があがったのは、唐突なことだった。


 敵の姿を最初に発見したのは、僕たちではなく、僕たちよりも左前方を飛行していた戦闘機部隊だった。

 僕たちも、すぐに敵機の姿を確認することができる。

 以前、僕らが戦ったことのある、帝国軍の艦上戦闘機だ。


 敵機は、雲の間から突然、姿を現した。

 来た!

 僕がそう思った瞬間には、空に、4つの火の玉ができていた。


 あっと言う間のことだった。

 敵機は襲撃の直前まで僕たちから巧妙に姿を隠し、そして、優位な位置から突然、襲いかかって来た。

 降って来た、という表現がピッタリな攻撃だった。

 現れた敵機は、多分9機か10機だったと思うが、僕たちの左前方を飛行していた友軍機の上空から逆落としに突っ込んできて、それを阻止しようとした友軍戦闘機の防衛線を簡単にすり抜け、一瞬で4機の友軍爆撃機、ウルスを撃墜してしまった。


 ある機は火災を生じ黒い煙を引きながら、別の機は翼を根元から砕かれてくるくると回りながら、落ちていく。

 2機は、跡形も無かった。敵の艦上機には僕たちのベルランに装備されているのと同じくらい強力な20ミリ機関砲が装備されているから、ウルスの爆弾倉に納められていた兵装に砲弾が直撃して誘爆させ、その爆発が機体をバラバラに引きちぎってしまったのだ。


 僕は、何もできなかった。

 何もできないままに、4機も、失ってしまった!


 敵機は攻撃のあと、素早く退避していき、再び雲の中へと消えていった。

 こちらに反撃する隙を全く見せない、お手本の様な一撃離脱戦法だった。


《くそっ! 分かっちゃいたが、奴ら、戦い方を知っていやがる! 301A各機、警戒を厳にしろ! 敵の歓迎委員会がどこで待ち伏せていやがるか、分かったもんじゃない! 》

》》》》


 元々、周辺警戒に手抜きなどしていなかったが、僕らはレイチェル中尉の指示に答え、必死になって周囲の空に目を凝らす。


 雲があるのが、最悪だった。

 敵は艦隊の防空レーダーなどの情報で、雲があるから正確にでは無いだろうが僕たちの所在をつかみ、目安をつけて襲いかかって来る。

 敵は雲を巧みに利用し、艦隊からの支援を受けて僕たちに簡単に奇襲をしかけることができるが、僕たちの方は目に頼るしかないので、襲撃の直前までその攻撃に気がつくことができない。


 ここは、敵にとっての狩場となっていた。


 敵機の攻撃がくり返され、たくさんいた友軍機が次々とその餌食になっていく。

 爆撃機を護衛している僕らも、必死に応戦するが、敵は雲の間から急に現れるので対応するための時間がほんのわずかしかなく、効果的な反撃ができない。

 戦闘機も爆撃機も、もう、10機以上はやられている!


 敵機は、僕たちの方へもやって来た。

 だが、この攻撃は、ナタリアがいち早く敵機の姿を発見し、僕たちが応戦することができたおかげで撃退することができた。

 撃墜できた機はなく、1機に損傷を与えただけだったが、こちらにも被害は無かった。


 敵機は無理に爆撃機を攻撃しようとするのは危険だと判断したのか、僕たちとまともに戦おうとせず、逃げて行く。

 それを追いかけようとした僕たちを、レイチェル中尉が止めた。


《追うな、追うな! 爆撃機部隊から離れるな! 》

《しかし、中尉! それでは敵に攻撃されっぱなしじゃないですか!? 》


 ジャックが中尉の方針に反対した。

 その声は半分、悲鳴の様だ。


 僕たちはすでにたくさんの友軍機を失っていたし、今も失い続けている。

 それに対して、僕たちは敵機をほとんど仕留めることができていない。

 やられるばかりの戦いが続いている。


 友軍を守るのが僕たちの仕事なのに、僕たちは、少しもそれができていない。

 悔しかった。


《そんなことは分かってる! だが、あたしらが離れた時に敵機が襲ってきたら、下にいる連中はどうなる!? むざむざ死ねって言うのか! ジャック、気持ちは分かるが、今は耐えるしか無いんだ! いいか、他の機も深追いは禁止! これは命令だ! 周辺警戒と、襲ってくる機の阻止だけに注意しろ! 》

》》》》


 だが、中尉にそう言われては、納得する他は無い。

 僕たちはすぐに元の位置に戻り、爆撃機部隊の盾となるべく隊形を整え直す。


 嫌な戦いになってしまった。

 まともに反撃することが許されず、ただ一方的に嬲(なぶ)られるだけ。

 だが、僕たちは帝国による侵攻を食い止めるため、耐えなければならない。


 また、敵機が襲ってきて、友軍機がやられた。


 早く、敵艦隊を見つけなければ。このままでは、どんどん、味方機がやられてしまう!

 敵艦隊は、一体、どこにいるんだ!?


※作者注

 本話の執筆に当たって、マリアナ沖海戦とかを軽く調べ直してみたんですが、一番多く日本機を撃墜したのって対空砲火ではなく、邀撃にあがって来た米軍戦闘機部隊だったようです。

 というよりも、対空砲火によって撃墜された機体は一部しかなく、ほとんどは艦上機による迎撃によるものであったみたいです。


 というわけで、本節では、敵機による迎撃の怖さを表現しようと頑張ってみました。

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