18-22「対空砲火」

 一度ドッグファイトに入ってしまうと、なかなか抜け出すことができなかった。

 ベルランは高速と大火力が特徴の機体で、本来であればその高速で敵機を振り切れるはずなのだが、帝国軍の艦上戦闘機は僕たちにしっかりと食いついてくる。

 単純に水平飛行で競走をしたら、ベルランの方が速いのではないか。そういう感触はあったが、攻撃を避けるために回避運動をしなければならず、真っ直ぐに飛び続けることはできなかった。


 最高速度についてはおそらく僕らのベルランの方が優れているが、ドッグファイトで重要な旋回性能では敵機の方が優れている。

 僕とライカはいつの間にか、ほとんど反撃することもできず、追われるだけの状況になっていた。


 急降下でもすれば振り切れるとは思うのだが、しかし、僕たちの任務は爆撃機を護衛することで、僕たちが逃げてしまっては爆撃機が危なくなる。

 そう思って、必死になって踏みとどまって来たのだが、戦っている内に、僕とライカはすっかり味方からはぐれてしまっていた。


 このままドッグファイトを続けていては、敵機の餌食(えじき)にされてしまう。

 爆撃機を守るために僕たちは不利な状況で戦い続けてきたが、護衛するべき爆撃機も見失ってしまったし、このまま友軍から孤立したまま戦っていては、どんな結果になるかは明らかだ。


 悔しいが、僕の腕では、ドッグファイトで敵機に勝つことは難しい。

 ナタリアが以前やって見せた様に、捻りこみでもできれば逆転のチャンスはあったかもしれないが、僕はそのやり方を知らない。

 興味はあったのでナタリアにやり方をたずねてみたのだが、彼女の説明は、「レディをエスコートする様に機体を操縦して、ここだと思ったらガッとやってグッとするネ! 」というもので、残念ながら僕の頭では理解することができなかった。


 レイチェル中尉やカルロス軍曹に教えてもらおうともしたのだが、1対1なら有効だが、複数対複数の戦いでは危険な技で、それを当てにされると困るから絶対に教えないと言われてしまった。

 捻りこみは機体を失速寸前の状態として行う技なので、その技を使って1機を撃墜することができたとしても、他の敵機に簡単に撃墜されてしまうから実戦では使わない方がいいし、使おうという気も起きない様に教えないということらしい。


「捻りこみよりも、そもそも捻りこみをしなきゃいけない、不利な状況にならない様に頭を使え」


 レイチェル中尉は、そう言って僕にデコピンをした。

 ただ、絶対に秘密というわけでは無く、もしも戦争が終わってゆっくりできる時が来れば、パイロットの秘伝のテクニックの1つとして、ちゃんと教えてくれると、中尉は僕に約束をしてくれた。


 中尉の言っていることは、僕にも納得できる。

 失速寸前まで減速してしまうとそこから速度を取り戻すことは難しいし、一度そうなってしまっては、逃げ出すこともできはしない。

 敵を倒すことができても、生きのびることができないのでは、つまらない。


 だから、そういうものかと思って納得していたのだが、いざ、不利な状況に追い込まれてみると、やっぱり無理にでも教わっておけばよかったと思ってしまう。

 少なくともやり方を知っていれば、「僕には最後のとっておきがある」と自信ができて、もっと冷静に状況を判断できる様になっていたかもしれない。


 このまま戦っていても、逆転する方法が思い浮かばない。

 ……逃げよう。

 僕はそう決心し、ライカに急降下して逃げることを提案しようと、無線のスイッチに指をかけた。


 その時、不思議なことが起こった。

 僕たちをしつこく追いかけまわしていた敵機が、急に反転したのだ。


 バックミラーにちらりと映った敵機のおかしな行動に、僕は自分自身の目を疑った。

 だが、背後を振り返って直接確認してみると、どうやら見間違いでは無いらしい。

 急に反転した敵機は、僕がライカに提案しようとしていた様に急降下して離脱していくところだった。


 助かった。

 僕はそう思って大きく息を吐いたが、どうにも、釈然(しゃくぜん)としない。

 あのままドッグファイトを続けていたら、勝つ可能性が大きかったのは、敵の方なのだ。


《ねぇ、ミーレス。敵機はどうしちゃったのかしら? 》


 敵機の行動を不思議がっているのは、僕だけでは無く、ライカもだ。


《分からない。弾切れとか、かな? 》


 僕は思いついたことを言ってみたが、あまり本気ではなかった。

 戦っている間、僕たちよりも敵の側に射撃する機会が多くあり、その分弾薬も消耗していたはずだが、それでも、2機同時に弾切れを起こすというのは考えにくい。

 どちらか片方が弾切れを起こしたのだとしても、僕たちが敵の立場だったら、もう少しで倒せそうな相手を諦(あきら)めて引き返す様なことはせず、弾切れになった機が囮になっている間にもう1機で敵を仕留める、という様なことを考えたはずだ。


 少なくとも、敵は僕たちに対して、格闘戦では優位に立つことができると、そう分かっていたはずだ。

 勝ち目のある勝負を諦(あきら)める理由が、僕にはどうしても思いつかなかった。


 だが、その理由は、すぐに分かった。

 僕たちが編隊を組みなおし、レイチェル中尉たちと合流するべく周囲に機影を探していた時、突然、進行方向に対空砲火が炸裂するのが見えたからだ。


 それは、対空射撃を行う際に取られる戦術の1つだった。

 目標とした敵機の進む方向や速度を計算し、その進路上に対空射撃を行って砲弾で敵機の針路を塞いでしまう。

 敵機が回避できなければ対空砲火に捕らえて撃墜できるし、上手く回避されても、敵機に針路を変更させ、防衛目標への進入や攻撃を難しくすることができる。


 最初は数発の砲弾が炸裂しただけだったが、僕たちの進路上には次々と砲弾が撃ち込まれ、あっと言う間にキルゾーンが出来上がった。


《ミーレス! 回避、回避! 》

《了解! 》


 僕とライカは、慌てて機体を旋回させた。


 敵機が引き返して行った理由が、これで分かった。

 僕たちは、敵艦隊の対空砲火による防空網に、近づき過ぎてしまったのだ。

 僕たちを追って来た敵機は、僕とライカが艦隊の防空網に入ってしまったために、味方の対空火力の発揮を妨(さまた)げない様に離脱していったのだ。


 眼下には、王立空軍機の攻撃から逃れるために回避運動をとりつつ、盛んに対空射撃を放って来る帝国艦隊の姿が確認できる。

 どの艦が僕たちを撃ってきているのかは区別できなかったが、波をかき分けて進む艦艇の舷側は発砲による硝煙で覆われており、その硝煙の煙幕の向こうで、発砲の閃光が途切れることなく瞬(またた)いている。

 エンジンとプロペラの音で聞こえないが、きっと、辺りにはすさまじい轟音が鳴り響いていることだろう。


 まるで、鋼鉄製の要塞が海上を動いている様だった。


 僕たちの機体に爆弾の1発でもあれば、あの敵艦を攻撃できたのだろうが、僕たちは爆装をしてきていない。

 ベルランD型が装備している5門の20ミリ機関砲で撃ちまくればダメージを与えることもできただろうが、敵艦の舷側には対空砲、機関砲、機関銃がずらりと並んでいて、戦うのにしてもどうにも分が悪い。


《このままここに留まっては危なすぎるわ! ミーレス、一旦退避しましょう! 》

《了解! でも、どっちへ行けば!? 》


 僕はライカの意見に全面的に賛成だったが、問題があった。


 僕たちは敵機との格闘戦で、すっかり自分の機体の位置を見失ってしまっている。

 だから、どの方向に飛べば敵艦隊から離れることができるのか、それが分からない。

 下手に逃げ回って、逆に敵艦隊の中心部にでも迷い込んでしまったら、四方八方から対空砲火を受けてしまうだろう。


 雲の中に逃げ込むという手もあったが、運の無いことに、僕たちの周囲にすぐに隠れられそうな雲は無かった。

 ちょうど、雲の無い場所に飛び込んでしまった様だ。


 だが、ライカは賢かった。


《下へ! 海面近くまで降下すれば、一度にあっちこっちから撃たれることは無いはず! 降りたらそのまま、敵艦のいない方へ逃げる! 》

《了解! 降下する! 》


 海面近くの高度なら、確かに複数の艦から同時に撃たれるということは少なくなるはずだった。

 そして、僕らは降下によって得た速度を使い、高速で艦隊の中を離脱できるかもしれない。


 僕は機首を下げたライカを追って、海面へ向かって急降下した。

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