18-13「退却」

 僕もライカも、精鋭パイロットに操縦された敵機との戦いが続くものだと覚悟していた。

 だが、僕たちが追って来た2機の敵機を撃墜し、他の仲間を支援するために旋回をした時には、すでに戦いは終わっていた。


 敵機は、僕たちを追って来た機を除いても他に6機がいたはずだったが、その6機は僕たちが旋回を終えた時には急降下で離脱に入っており、退却していくところだった。

 敵機は僕たちが高い戦闘力を持っていると知り、そして、僕とライカが2機の敵機を撃墜して戻って来ようとしているのを見て、状況が不利だと判断して退却に移った様だった。


 僕は急いで仲間たちの機体を探す。

 あれだけ手強い敵機だったから、僕たちの方にも損害が出ているのではないかと不安だったが、空には、5機のベルランの姿が確かにあった。


《301A全機、戦闘止め! 集合しろ! 》


 この空を制した僕たちの指揮官、レイチェル中尉は、301Aに集合をかけた。


《中尉。敵機を追撃しなくて良いのですか? 敵は、墜とせる時に墜とすべきでは? 》

《追わなくていい、軍曹。深追いすると、燃料が足りなくなるからな。それに、こちらの任務は達成された。下手に追撃して、余計な損害を出したくない》

《……了解》


 軍曹の疑問は、当然のものだっただろう。

 逃げて行った6機の内、2機は被弾していたのか白い煙を引いており、追撃すればとどめを刺すこともできたはずだ。


 軍曹が言う様に、敵は、墜とせるべき時に墜としておいた方がいい。

 敵の数が少なくなれば、次の戦いでも、僕らは少しだけ有利に戦うことができる。勝って、生きのびることができる確率を少しでも上げることができるのだ。

 まして、僕たち王国が、連邦や帝国に対して数の上で優位を確保できることなど、絶対にあり得ないのだから。


 だが、今回に限って言えば、レイチェル中尉の判断に、僕は全面的に賛成だ。

 ついさっきまでは無我夢中だったから何ともなかったのだが、今になって急に、僕の手も足も、ガクガクと震えだしている。

 生きのびるために必死だったが、岩のアーチに突っ込むのは、とても恐ろしい経験だった。

 今はとにかく、早く基地に帰って、しっかりとした地面を踏んで落ち着きたい気分だ。


 僕たちは空中で集合し、ソレイユを支援する王立空軍の部隊と合流する針路を取った。


 ちょうど、友軍機が戦場の上空へと侵入し、ソレイユを攻撃する帝国軍に対して爆撃を開始するところだった。

 70機の王立軍の爆撃機はそれぞれの飛行中隊ごとに分かれ、空中から確認できた攻撃目標へと爆弾を投下していく。

 目標となったのは、帝国軍がソレイユへと向けている大砲の放列、進軍中の戦車と車両、上陸が行われた砂浜に揚陸された物資などだ。


 帝国軍も対空火器などによって反撃を行っている様子だったが、友軍機を阻むことはできなかった。

 戦闘機がいなければ、対空砲火だけで爆撃を阻止することは厳しいものがある。

 ギリギリになってしまったが、僕たち301Aは、戦場の上空から敵戦闘機を排除するという任務を、無事に果たせた様だ。


 爆撃を終えると、友軍の爆撃機は戦場から離脱を開始した。

 散発的とはいえ対空砲火が飛んで来る戦場の上空に、爆弾を投下し終えてすでに攻撃の手段を失った爆撃機が長くとどまっている理由は無いからだ。


 その一方で、僕たち以外の戦闘機部隊は、燃料の許す限り戦場の上空へと留まることにしたらしい。

 戦闘機部隊は爆撃機部隊の護衛を任務としていたはずだったが、爆撃機は無事に攻撃を終えて帰還し始めたし、近くに脅威となりそうな敵機の姿も無い。

 友軍の戦闘機たちは、大人しく帰還するよりも、弾薬を消費して少しでもソレイユの守備隊を援護することにした様だった。


 僕たちもまだ弾薬を使い切っていなかったので地上への攻撃に参加したかったのだが、すでに空中戦を戦った後で燃料の残量が十分ではなく、レイチェル中尉の判断でまっすぐに基地へと帰還することにした。


 だが、僕たちはソレイユの上空で、1度だけ360度ぐるりと旋回を行った。

 僕たちはこの空に長くとどまっていることができなかったが、わずかな兵力で防衛戦闘を戦っている友軍に、空にも味方がいるということを知っておいて欲しかったからだ。


 守備隊は、王立空軍による大規模な支援が行われたことに気がついている様だった。

 ソレイユの市街地では戦いが続いていたが、建物や物陰に隠れた王立軍の兵士たちはエンジンの音で僕らの存在に気がつき、空を見上げると、盛んに手を振ってくれた。


 守備隊が退却を許されている時間までは、まだ、4時間ほどもある。

 それまで生き延びることができる兵士は、いったい、どれだけいるのだろうか。

 あの、手を振ってくれている人たちの中から、何人の人たちが失われるのだろうか。

 僕は自分たちの存在が少しでも彼らの希望となり、その希望が、少しでも多くの人々の命を守ってくれることを祈りながら、基地への針路を取った。


 この日の戦いは、僕たち、301Aに限って言えば完勝だった。

 僕たちは11機の帝国軍の艦上戦闘機と戦い、その内4機を撃墜し、3機を撃破した。

 燃料の都合などもあって深追いはできず、4機の敵機を無傷のまま逃がしてしまったが、敵機の高い性能、そして敵パイロットたちの優れた操縦の技量からすると、望みうる中でも最も素晴らしい結果になったはずだ。


 僕たちの方にも被弾した機はあったが、パイロットに負傷者は無く、機体も修理でどうにかなる状態に留まっていた。

 一番被害が大きかったのは、意外にもレイチェル中尉の機体だ。

 中尉は敵の編隊長と交戦し、エンジンに1発、被弾してしまっていた。

 その1発が幸運にも不発弾であったために中尉の機体は飛行を続けることができたのだが、帰還して点検してみるとエンジンの修理が不可能な状態で、交換が必要とされてしまった。


 1発とはいえ、レイチェル中尉に被弾させたのだから、やはり今日戦った敵機のパイロットたちの技量は並のものでは無かっただろう。

 偶然不発弾になったから良かったものの、信管が正常に作動していたら、レイチェル中尉は撃墜されてしまっていたかもしれない。

 あの、レイチェル中尉が、だ。


 僕たち301Aにはこういう時の予備として4112号機が用意されていたから、レイチェル中尉はそちらの機体に乗り換えることとし、他の機体も直ちに応急修理に入った。

 次の出撃命令はまだ下されてはいなかったが、状況次第によっては、ソレイユの友軍を支援するためにもう1度飛ぶことだってあり得るだろう。

 再出撃する場合はどんなに早くても夕暮れ時にソレイユへと到着し、夜間に帰還することになるはずだったが、夜間飛行の訓練を積んだ今の僕たちならば問題なく作戦を実施することができる。


 整備班の尽力で、僕たちの再出撃の準備は短時間で整っていったが、しかし、僕たちに再出撃の命令が下されることは無かった。

 僕たちに続いて出撃した第2波攻撃隊の爆撃も成功し、ソレイユの守備隊は損害を出しながらも、その任務を達成することができたからだ。


 僕たち第1波攻撃隊は損害らしい損害を受けることも無く任務を成功させることができたが、第2波攻撃隊では少なくない被害が生じてしまっていた。

 それは、僕たちの攻撃を受けて、ソレイユの上空に帝国軍が戦闘機部隊を出撃させてきたからだ。


 出撃してきた帝国軍の戦闘機部隊は20機ほどでしか無かったということだったが、彼らは王立空軍がやって来ることをすでに知っており、十分な準備をして待ち構えていた。

 敵機の反撃により、王立空軍は8機の撃墜を報じながらも、5機の戦闘機と、7機もの爆撃機を喪失することとなった。

 損害を受けることになってしまったのには、第2波攻撃隊では僕たち第1波攻撃隊の様に、タシチェルヌ市で集結を行った部隊とクレール市で集結を行った部隊の合流が果たせず、やや戦力が分散した状態で戦場に到着したことも理由としてある。


 それでも、爆撃の効果はあり、帝国軍によるソレイユへの攻撃は目に見えて弱まったということだった。

 特に、ソレイユを攻撃していた重砲群を沈黙させることができたのが大きかった。

 帝国軍は大砲を失ったために戦車を次々と市街地に突入させ、戦車砲の直接射撃によって守備隊が立て籠もって陣地としている建物を破壊しようと試みたが、守備隊は罠や肉薄攻撃などで抵抗し、最後までソレイユの港を明け渡さなかった。


 僕たち301Aは出撃命令があればいつでも出られる様に準備をし、ずっと待機していたのだが、夕闇が迫る頃には待機状態を解除する様にという命令が発せられた。

 2波に渡る攻撃が成功したことで6時間の間ソレイユを死守するという目的が達成され、夕暮れにまぎれてソレイユから守備隊の退却が開始されたからだった。


 ソレイユは王国でもっとも早く1日が始まる場所として知られ、それと同じ様に、もっとも早く1日が終わる場所としても知られている。

 僕たちが基地としているクレール第2飛行場の周辺で夕暮れが見られるということは、ソレイユではすでに夜が訪れているはずだ。

 守備隊は自身の身を隠してくれる夜の闇を待って、脱出を実施した。


 ソレイユから脱出できたのは、守備隊の全員では無かった。

 脱出は、武器などを全て放棄し、帝国軍の手の及んでいない、海岸沿いの岩場を移動するという過酷な方法で行われたため、体力に劣る者や、負傷者などはそのまま置き去りになった。

 そして、戦死者たちも、街に残された。


 ソレイユには、400名の正規兵と、50名の軍属、100名の民兵から成る、約550名の守備隊がいた。

 その内、脱出することができたのは、約100名の正規兵、20名の軍属、60名の民兵の、計180名だけだ。

 負傷者約80名他、体力に劣る50名ほどが街へと残り、脱出に参加した人員が闇の中へと姿を消したのを確認した後、帝国軍へと降伏した。

 守備隊からは、約240名もの戦死者が出ていた。


 ソレイユの守備隊の内、脱出することができた人々は、その半数にも満たないわずかな数でしかない。

 それでも、帝国軍との兵力差を考えれば、予想されていたのよりもずっと多くの人々が生きのびることができた。


 何よりも大きいことは、守備隊が奮戦して時間を稼いだおかげで、ソレイユの街に住んでいた人々のほとんどは犠牲とならずに、無事に脱出できたということだ。


 僕たちは全力で戦い、そして、置かれた状況からすれば驚くほど良い結果を得ることができた。

 だが、僕の気持ちは、少しも嬉しいとは思わなかった。


 もっと、たくさん、救うことができたのではないか。

 そんな気持ちが、どうしても消えなかったからだ。

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