18-14「水際」

 ソレイユの守備隊は、圧倒的に劣る兵力ながらも、6時間もの間帝国軍に港を明け渡さずに耐え抜いた。

 多くの犠牲を出しながらも、王国は貴重な時間を得ることができた。


 ソレイユの守備隊が生み出した時間を使って、タシチェルヌ市を出発した王立軍の3つの師団は王国の東海岸に到達しつつある。

 現在王国の東海岸にたどり着いているのは各師団の先遣部隊に過ぎなかったが、この夜の間に順次後続部隊が到着し、朝には、移動が大変な重砲類を除いたほとんどの部隊が集結できる見通しになっている。


 戦いは、ソレイユが陥落したことと、夜を迎えたことで一時的に下火となっているが、夜が明ければまた、激しく繰り広げられることになるだろう。

 上陸してきた敵部隊を海へと追い落とすため、海岸線へと到着した3個師団の兵力を投入し、夜明けとともに帝国軍への反撃が実施されることが決まったからだ。


 ソレイユの港を確保した帝国軍も、彼らの計画からの遅れを少しでも取り戻すべく、夜を徹して上陸作業を続けている。

 港の周囲では灯火管制がなされず、夜でもたくさんの明かりがつけられて、帝国軍の揚陸艦が岸壁に横付けし、多くの兵士や兵器を揚陸しているということだ。

 その上空には、夜間であるのにも関わらず、王立空軍の反撃に備えるためか帝国軍の戦闘機部隊がいるらしく、そのエンジンの音が夜空の暗闇の中から響いて来ているそうだ。


 昼の間に港を確保し、主力部隊を迅速に上陸させるという帝国の作戦は、王立軍によって阻止された。

 それでも、揚陸作業は進められているのだから、時間が経てばたつほど、海岸線の帝国軍の数は増えることになる。


 反撃するのなら、翌朝と言わず、帝国軍の数がまだ少ない今晩にでも行うべきだと思える状況だったが、そういうわけにもいかなかった。

 海岸線付近に到着した王立陸軍の部隊もまだ少数で、大規模な反撃を実施するためには、こちらも時間をかけなければならないからだ。


 もちろん、王国の側にも勝算があって、朝まで待つということが決まっている。

 帝国軍の揚陸作業は続いているが、夜間の作業であるため昼間よりもその効率は悪く、翌朝の段階であれば、王立軍の側に局所的な兵力優位な状況が生まれると予想されているからだ。

 海岸線へと集結中の王立軍3個師団という兵力は、少なくとも帝国が翌朝までに上陸を完了させている兵力の倍になるという見込みになっている。


 王国は、ソレイユで稼ぎ出した時間のおかげで、勝機と呼べるものを手にしている。

 倍の兵力で反撃を実施できれば、上陸してきた帝国軍を海岸線から追い落とすことだって、決して不可能では無いだろう。


 そして、そのチャンスは、翌朝という限られた時間にしか存在し無い。

 僕たちが戦っている間に行われた偵察活動によって、王国の東海岸に帝国の大艦隊が出現したことが判明しているためだ。

 その中には多くの輸送船や揚陸艦の姿があり、帝国軍はこれから、何万もの兵員を王国に上陸させようとしていることが分かっている。


 時間が経てば王国の側もより多くの兵力を集めることができるが、帝国はもっと多くの兵力を上陸させて来る。

 翌朝という時間が、王国側が唯一、帝国に対して兵力で優位に立てる時間であり、帝国軍の侵攻を水際で阻止する最後のチャンスだった。


 王国の東海岸で大軍が上陸できる場所は、港しかない。

 王国はその港に貧弱な守備兵力しか持っていなかったため、帝国にそれを明け渡してしまったが、その港の奪還に成功しさえすれば、帝国軍はせっかく用意した大軍を上陸させる術を失うことになる。


 翌朝の攻撃が成功しさえすれば、帝国軍は王国に上陸作戦を実施して北と東から王国を挟撃するという作戦構想を一から見直さなければならなくなる。

 そうすれば、王国はこの危機も生きのびることができるのだ。


 反撃の主力は王立陸軍だったが、王立空軍でもそれを支援するために、投入可能な戦力を全て用いる予定でいる。

 僕たちパイロットは、ソレイユから守備隊の脱出が開始され出撃待機の状態が解除されたそのすぐ後に、反撃作戦についての説明をハットン中佐から受けることになった。


 作戦に参加する兵力は、第1航空師団を中核として、第3航空師団から爆撃機部隊が参加し、他に制空部隊として防空旅団1個も参加することになっている。

 およそ、戦闘機150機、爆撃機200機という陣容だ。


 僕たちはまだ夜が明けない内に飛び立ち、タシチェルヌ市の上空で集合して、東海岸へと向かう。

 そして、夜明けとともに開始される王立陸軍による反撃と連携して、上陸作戦を続けている帝国軍を攻撃、洋上の艦艇や海岸沿いに展開する無防備な帝国軍を撃破する。


 全てがうまく行けば、この反撃で、王国は救われる。


 幸いなことに、王国の東海岸の気候はこのところ安定しており、反撃が実施される時間帯の天候は晴れで、作戦には何の支障もない。

 僕たちは帝国軍との戦いにだけ集中し、そして、彼らを打ち破ればいいだけだ。


 1つ気がかりなのは、投入することができる王立空軍の総兵力が、恐らく帝国の空母部隊が持っているのであろう艦上機の総兵力に対して劣っている、ということだ。

 偵察の結果、帝国が王国に差し向けて来た艦隊の中には、少なくとも大型空母が6隻以上おり、その他にも複数の小型空母の姿が確認されている。

 それらの空母が運用している艦上機の総数は、王国の東海岸に対して2度行われた攻撃の結果から最低でも400機以上、予想では600機以上という大兵力になる。


 王立空軍の中核である3個航空師団の総計と等しい兵力が、洋上を経由して侵攻してきているのだ。


 僕たちは空母を中心とした艦隊のことを機動部隊と呼んでいるが、これはもっと詳しく表現すると、機動航空部隊という言葉になるのだそうだ。

 航空母艦という、洋上を自在に移動し、航空部隊をどこにでも機動させ、その強大な打撃力を攻撃目標へと叩きつける。

 空母が1隻や2隻ならばまだしも、多数の空母が集中されると、その破壊力は絶大だと言う他はない。

 そんな敵と戦わなければならないのだ。


 だが、王立空軍による攻撃は、決して無謀とは言えない。

 ソレイユの守備隊を支援するために行われた王立空軍による攻撃は、翌朝に予定されているものよりもさらに小規模なものだったが、それでも、海岸線上空の航空優勢を一時的にでも奪取することができ、作戦は成功している。

 僕たちは帝国に対して総兵力で劣っているにも関わらず、ある時間、ある場所に限って言えば、局所的な優位を得ることができるのだ。


 これは、防御する側はいつ来るか分からない敵に備えるために戦力を分割し、防衛目標上空で常にローテーションさせ続けなければならないのに対し、攻撃を行う側はいつ攻撃するかを自由に選択できるからだ。

 それは、フィエリテ市の防空戦や、連邦からの戦略爆撃に対応するために苦戦してきた僕たちが一番よく分かっている。


 王国に侵攻してきているのは帝国で、本来、攻撃している側は帝国のはずだ。防御する立場である僕たちがいつ戦うかという主導権を持っているというのは、あべこべな様な気もするが、とにかく、今回に限っては僕たちの側に主導権がある。


 作戦は、きっと、成功する。

 僕は作戦会議の後、そう祈りながら眠りにつき、そして、作戦の準備をするために目を覚ました。

 まだ夜は深く、辺りは暗かったが、ソレイユの上空に夜明けと同時に奇襲を実行するためには、もう起きなければいけない。

 僕は簡単に身だしなみを整えると、パイロットの集合場所になっているブリーフィングルームへと向かった。


 飛行服に着替えてブリーフィングルームへと入ると、そこにはパイロットだけではなく、僕の妹、アリシアの姿があった。

 炊事班として基地で働く彼女はどうやら、出撃するパイロットや、その準備を進める将兵のために暖かい食事を作って持って来てくれた様だった。


 僕は、「はい、頑張ってね、兄さん」と言って、笑顔で食事の入った器を差し出してくるアリシアの姿に、励まされた様な気がした。

 帝国軍は優れた艦上戦闘機を持っており、そのパイロットたちも一流の腕を持っている。

 そんな敵とまた戦うことになるのかと思うと不安だったのだが、アリシアのおかげで、僕は自分がやるべきことを思い出した。


 僕たち以外には、今の状況は変えられない。

 僕たちがやるしか無いのだ。


 差し出されたのは戦闘配食らしく簡単なもので、麦粥(むぎがゆ)だったが、朝晩はまだ冷え込むこの時期に、熱々の食べ物はそれだけで身体に染みる様に美味しかった。

 味つけには生姜や、よく分からないがスパイスの様なものが使われており、身体を芯から温めてくれる上に、目も頭もすっきりとした。

 アリシアが言うには、特別メニューなのだそうだ。


 やがて、ブリーフィングルームには301Aのパイロット全員が集まり、出撃する予定の時刻が近づいて来た。

 ハットン中佐がやって来て、作戦は予定通り行われることが告げられる。


 普通ならここで、指揮官から出撃前の訓示などが行われるのだろうが、ハットン中佐はその様なことはせず、ただ、真剣な顔で僕たちの顔を1人1人、焼きつける様に眺めた後、短く、「作戦の成功と、全員の帰還を祈る」とだけ言った。


 これが、ハットン中佐が裏で「親父」と呼ばれ、301Aの将兵たちから慕われている理由だ。

 中佐の言葉が少ないのは、僕たちのことを中佐が強く信頼し、そして、必ず作戦を成功させて帰ってくると、少しの疑いも無くそう信じているからだ。


 開戦初日の攻撃で、戦前から存在していた、元々の301Aという部隊は消滅した。

 今存在している301Aは、ハットン中佐と、僕たちパイロット、そして僕たちを支えてくれる人々とで、戦いながら作り上げ来た部隊だった。

 僕は航空教導隊での訓練を途中で切り上げて即席で実戦に投入された雛鳥(ひなどり)でしか無かったし、言ってしまえば、応急的に寄せ集めで形だけ作られた存在でしかなかった。

 だが、今の僕たちはもう、雛鳥(ひなどり)でも、寄せ集めの集団でもない。


 僕たちが、王国を危機から救うのだ。


「301A全機、これより出撃します! 」


 僕たちは整列し、レイチェル中尉の号令でハットン中佐に敬礼をすると、自身の機体へ乗り込むために一斉に駆け出した。

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