18-12「飛翔」後編

 僕は、徐々に追い詰められていった。


 どうやら敵機は、僕を海面スレスレの低空へと追い詰め、逃げ道を無くして仕留めるつもりの様だ。

 僕は回避をするのに必死で、敵機のその意図に気がついた時には、すでに海面近くの高度を飛んでいた。


 敵機が放った弾丸が海面に落ち、無数の水柱が立ち上る。

 その水柱の森を潜(くぐ)り抜ける様にして飛びながら、急いで逃げ道を探す。


 ライカは敵機を必死に攻撃してくれているが、敵機の性能と、そのパイロットの腕前は、僕たちがこれまで戦ってきた敵の中でも特に優れていた。

 このままでは、海面に追いつめられた僕は敵機に撃墜され、そして、僕を撃墜した敵機はそのまま、ライカへと襲いかかるだろう。

 少しでも長く逃げて、少しでも多くライカが攻撃するチャンスを作り出さなければ、僕たちには勝ち目がない。


 だが、逃げ場所はどこにも無かった。

 僕は何とか敵機からの攻撃をかわせているが、高度を取ろうと機首をあげればその瞬間をハチの巣にされるという確信があったし、右か左に旋回しても、敵機の方が旋回性能は上だからやられてしまう。


 僕は、このまま真っ直ぐ逃げ続けるしか無かった。


 そんな僕の目の前に、王国の海岸線が迫って来る。

 黒々とした鋭い岩肌が切り立っていて、白い波が寄せては、岩に砕かれて散っていく。

 絵葉書でしか見たことの無い、特徴的で、美しい光景だった。


 僕はもちろん、景色に見とれている余裕などなかったので、何とか逃げ道がないかを必死になって探し続けた。

 どこかに逃げ道を探し出さなければ、このまま飛んで行ってあの断崖に衝突するか、断崖を避けて上昇して、敵機の餌食になるしかない


 やがて、僕の視線は1つの特徴的な形をしたもので止まった。


 それは、ソレイユでもっとも特徴的な地形である、自然の浸食作用によって虹の様な形に削り出された、岩の大きなアーチだった。

 ソレイユと言えばコレ、というくらい有名な岩のアーチで、様々な絵画の題材ともされてきた名所だ。


 だが、今の僕にとって重要だったのは、その、アーチの大きさだった。

 正確な寸法などは知る術が無かったが、僕には、戦闘機がどうにか1機、潜(くぐ)り抜けられるだけの大きさがある様に思えた。


 これだ。そう思った。


 あのアーチを、うまく使うんだ。

 敵機は手練(てだ)れで、僕たちが常識の範囲内で使う様な戦術は全て知り尽くしている上に、僕たちよりもずっと上手に実現してみせる腕がある。

 そんな敵に勝つためには、常識にとらわれていては、誰でもやる様なことをやったのではダメだ。全て、敵の方が僕たちよりうまくやってしまう!


 無理をしなければ、この敵機に勝つことなんてできない。

 僕が、僕たちが生き残る方法は、他には無い!


 僕は覚悟を決めると、エンジンの出力を過負荷運転に切り替え、まっしぐらに岩のアーチへと突っ込んでいった。

 アーチが迫って来る。

 迫って来て、大きくなって、やがて、僕の視界の両脇に一瞬で飛び去って行った。


 アーチを潜り抜けた瞬間、僕は操縦桿を引いて、急上昇に入った。

 機体は僕の操縦に応えて海面から力強く飛びあがり、高く、高く、飛翔した。


 思った通りだった!

 僕は岩のアーチの中に飛び込んで行ったが、敵機は、そうしなかった!


 僕が機体を垂直に上昇させた時、僕の背後にいた2機の敵機は、僕の目の前にいた。

 彼らは僕の様に岩のアーチをくぐろうとせず、それを回避するために、僕よりも先に機体を急上昇させたのだ。

 だが、僕は岩のアーチへと突っ込んだ。

 無茶、無謀、危険そのものの行為だったが、僕の機体は岩のアーチを何とか潜(くぐ)り抜け、そして、敵機の背後を取った!


 2機の敵機を最後尾から追いかけてきていたライカが、射撃を開始する。

 敵機は急上昇して断崖を回避し、ライカからの攻撃をも回避しようとした様だったが、ライカの腕なら、それくらいでは外すことは無い。

 5門の20ミリ機関砲から放たれた無数の砲弾は敵機の尾翼から胴体にかけて次々と命中していき、敵機を操縦席の後方で2つに叩き割った。


 前後に分かれて、ぐるんぐるんとスピンしながら墜ちていく敵機を横目に、僕は生き残ったもう1機に狙いを定める。


 僕が放った20ミリ砲弾は、敵機を包み込むようにとらえ、そして、その主翼から黒煙が吹き出し、炎が膨(ふく)れあがるのが見えた。

 燃料タンクの誘爆によって左の主翼を折られた敵機は、揚力のバランスを崩して空中で独楽(こま)の様に回りだし、そして、破片をまき散らしながら墜ちていく。


 僕は元の様にライカの左後方に自分の機体の位置を取り直しながら、荒い呼吸を繰り返していた。

 岩のアーチへと突っ込む瞬間、僕は、完全に息を止めていたのだ。


 手強い敵機だった。

 僕は、今度こそやられるのかと、そう思っていた。

 その、恐怖と、岩のアーチに突っ込んでいく恐ろしさで、僕は息をするのも忘れていた様だった。


《もう、ミーレス! 無茶し過ぎよ! 》


 いつもの定位置に僕が機体をつけたことを確認したライカは、そう、怒っている様な言葉を投げかけて来たが、口調は少しも怒ってはいなかった。

 口では僕を叱っているが、本心では、僕が無事であったことと、僕たちが生きのびたことを喜んでくれているのだろう。


《ごめん、ライカ》


 それでも、僕は彼女に謝罪した。

 恐らくは僕が岩のアーチに突っ込んだ瞬間、彼女に酷く心配をさせてしまったのに違いないからだった。


《いいわよ、生きているんだから。さ! 中尉たちを援護しに行きましょう! 》

《了解! 》


 ライカと僕は翼を並べ、まだ戦っているはずの中尉たちを支援するために機体を旋回させた。

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