18-12「飛翔」前編

 敵機に追われているジャックとアビゲイルは、かなり危険な状況だった。

 倍の数の敵機に追われているというだけでなく、その敵機の性能が、特に格闘戦に必要な旋回性については僕たちの機体よりも勝っているからだ。

 ジャックもアビゲイルもお互いに連携してうまく敵機の攻撃をかわし続けているが、より旋回性能が高く、速度でもこちらに食いついてくる敵機を振り切れないでいる。


 1秒でも早く、援護に入らなければ危ない。

 僕は突撃を続けるライカに続きながら、慎重に狙いをつけた。

 プレッシャーが、重くのしかかる。

 この攻撃を外せば、僕は、大切な仲間を失ってしまうかもしれないのだ。


 やがて、有効射程内に敵機を捉えたライカが、射撃を開始した。

 1機だけを狙わず、ジャックとアビゲイルを追う敵機に回避運動を強制させて、2人が態勢を立て直す時間を作り出すための攻撃だ。

 元々そのつもりの攻撃だったのでライカの射撃は1発も命中せず、全弾が回避されてしまった。

 だが、意図した通り、これでジャックとアビゲイルは一息つくことができたはずだ。


 そして、僕はライカの攻撃によって回避運動を取った敵機を狙う。

 敵機の編隊に最初の一撃目を加えた時と同じやり方で、回避したところを攻撃し、1機でもいいから落とすつもりだった。


 僕の射撃は、空を切った。

 僕はちゃんと偏差を取り、正確な手順とやり方で照準をつけ、十分に有効射程にまで接近してからトリガーを引いたのに、それでも、命中しなかった。


 ひらり、という言葉がピッタリな避け方だった。

 敵機はライカの攻撃をかわした先を狙って僕が攻撃することを、読んでいた様だ。


 僕は、少し前のレイチェル中尉の言葉を思い出していた。

 中尉は僕たちに、敵編隊の最後尾の分隊が最も動きが鈍いと指摘していたのだが、僕にはどれも同じように見えていた。

 だが、あの敵機と、今、目の前にいる敵機は、違うのだ。

 僕たちが最初に攻撃し、撃墜することができた敵機は、1機目の攻撃は回避できても、2機目の攻撃は回避できなかった。


 僕が今、相手にしている敵機は、違う。

 先の先を読み、自身の機体を自在に操り、その性能を完全に引き出すことができる。


 僕は、自分の身体が震えるのを覚えた。

 こんな敵機とは、これまで、戦ったことは数えるくらいしかない。

 僕はかつて、連邦で「英雄」と呼ばれたパイロットと戦ったが、今、戦っている敵のパイロットたちは、その英雄に匹敵する様な凄腕ばかりだ!


 僕とライカは、ジャックとアビゲイルを窮地(きゅうち)から救い出すことができたが、少しも気を抜くことなどできなかった。

 僕たちの攻撃を回避した4機の敵機は2手に分かれ、1つの分隊がジャックとアビゲイルに、そして、もう1つの分隊が僕たちへと向かってきたからだ。


 敵機は素晴らしいパイロットによって操縦されているが、2対2ならば、全く勝ち目がないということは無いはずだ。

 僕たちだって、総撃墜数を2ケタにまで乗せている、エースパイロットなんだ!


《ミーレス、落ち着いて、いつものやり方でやりましょう! 今の私たちなら、きっと、負けたりしないわ! 》


 ライカも、僕と同じ様に考えている様だった。


《私が囮になって敵機を引きつけるから、ミーレス、貴方が攻撃して! 》


 続けて発せられたその指示に僕は了解、と答えようとして、はっとして無線のスイッチを押すのを思いとどまった。

 ケレース共和国からはるばるやって来た船団を護衛するために飛んだ日の記憶が、僕の脳裏にはっきりと蘇(よみがえ)る。


 あの時も、ライカが囮をかって出た。

 そして、もう少しで、墜落するところだった!


《いいや、ライカ! 今日は僕が囮になる! 君が攻撃するんだ! 》

《えっ!? な、なんで!? 》

《いいから! こればっかりは、絶対に譲(ゆず)らない! 》

《……わっ、分かったわよ! 》


 ライカは少し戸惑っていた様だったが、僕の強い口調に押されたのかそう答え、右旋回で僕の視界から離れていく。

 これで、いい。

 後は、ライカが僕の後方につく2機を倒してくれるのを信じて逃げ続けるだけだ。


 単純に操縦の腕前だけだったら、僕は彼女に負けるつもりは無いが、航法と、それと、射撃の正確さについては、彼女の方が上だと思っている。

 僕は勉強が苦手だったから照準器の細かい特性は理解し切れていない部分があるのだが、彼女は僕よりもよく照準器の特性をよく理解している。だから、彼女の射撃はいつも正確だ。

 僕の個人的な気持ちもあって、ライカには今回、敵機を攻撃する役目を引き受けてもらったが、決して間違った配役では無いだろう。


 僕はなるべく緩い角度で旋回しながら、敵機を誘った。

 あれだけの腕前を持ったパイロットだから、敵機も僕の意図などお見通しのはずだったが、僕の誘いに乗って来た。


 バックミラーに、敵機の主翼で閃光が生まれるのが見える。

 僕はやや機首を下げ、方向舵(ほうこうだ)を使って機体を右に横滑りさせ、攻撃を回避した。

 僕の風防の左上を、敵機から発射された無数の曳光弾の軌跡が飛び去って行く。


 正確な攻撃だった。

 回避できなければ、僕は今の攻撃で、確実に撃墜されていただろう。


 僕は敵機からの攻撃をかわすことができたが、少しも気は緩められない。

 僕たちは敵機を回避させて、その、回避した先を狙うという戦法で戦果をあげたが、当然、敵も同じ手を使ってくるはずだからだ。


 僕は素早く、やや機首を上げ、方向舵(ほうこうだ)を使って左に機体を横滑りさせた。

 今度は、敵機の射撃が僕の機体の右主翼の下を貫いていく。


 汗が、頬を伝って落ちて来る。

 本当に、一瞬のミス、判断の遅れが、命取りになりそうだ。

 このまま敵機から攻撃を受け続けていれば、いつかは、回避し損ねてしまう時が来る。

 そんな予感が、いや、確信が、僕の中に生まれている。


 だが、僕は1人では無かった。

 僕には、僚機が、ライカがいる。


 旋回した後、僕を追う2機の敵機のさらに背後へと回り込んだライカが、敵機への攻撃を開始した。

 よく、新米のパイロットなどは、目の前の敵に集中し過ぎて後方の敵への注意がおろそかになりがちになるのだが、ベテランパイロットである敵機のパイロットは、もちろん後方への警戒も万全だ。

 敵機は必要最小限の動きだけでライカの攻撃を回避し、僕を追いかけて来る。


 僕はライカの攻撃によって生じたわずかな隙に機体を旋回させ、少しでも敵機が攻撃位置につきにくいように逃げ続けた。

 敵機は、ライカの攻撃を受けながらも、僕にピッタリとついてくる。


 僕は全力で逃げているのに、敵機を少しも引き離すことができない。

 敵機は獰猛(どうもう)に、そして、狡猾(こうかつ)に、僕を仕留める機会をうかがっている。


 肌が、チリチリと焼けつく様な感じがする。

 これが、殺気というものなのだろうか?

 僕は背後からの強いプレッシャーに押し出されるように、逃げ続けるしか無かった。


作者より

 本18-12話ですが、長くなってしまったので前編、後編に分割することにしてみました。

 後編は本日中、20時代に投稿する予定です。→投稿しました。

 よろしくお願いいたします。



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