18-4「懐かしい顔」

 いよいよ、僕らの部隊に新しい機体がやって来た。

 と言っても、配備されるのは、これまで僕らが乗って来た機体と同じ、ベルランD型だ。


 それが、8機。機体番号4205号機から、4212号機までの連番で、僕らの部隊に配備される。

 7機ではなく8機なのは、1機は予備機とするためだ。


 ベルランD型はその高性能が認められて、すっかり王立空軍の主力戦闘機となっているが、主翼前縁部分をパテ盛りして研磨するなど凝(こ)った造りになっていて、量産するのが難しい機体でもある。

 それでも、グランドシタデルの攻撃から、その主要な生産工場である新工場を守ることができたおかげで、王立空軍の各戦闘機部隊への配備は進んでいるということだった。


 特に気に入っているのは、ベルランD型は全て、僕の母さんたちの手作りだということだ。

 あの、機械音痴(きかいおんち)だった母さんが、最先端の機械である飛行機を作っているなど、今でも信じがたい気持ちだったが、僕は実際に母さんが働いている姿をこの目で確かに見た。

 何と言うか、機体のことが、ただの無機質な兵器とは違ったものの様に、そう思えてくる。


 機体は、午前中に僕らが使っている格納庫へと運ばれてきた。

 専用のトレーラーに乗せられて来た機体は、塗装されたてで傷ひとつない状態で、風防のガラスが朝日を反射して輝いている。


 機体は、基地に配備されていたラフテレーンクレーンによってトレーラーから荷下ろしされていき、機体の収容準備をして待ち構えていた整備班の人々の手によって格納庫の中へと運ばれていく。

 運搬のためにプロペラなどの一部の部品を取り外された状態だった機体は、これから整備班たちの手によって飛行可能な状態へと仕上げられていくことになっている。

 今日中に、というのはさすがに難しかったが、明日になれば、僕らの手で飛行させることができる様になっているだろう。


 大人しく待っていても良かったが、とても待ちきれなかった僕らは、整備班と一緒になって働き、機体を飛行可能にする作業を手伝うことにした。

 整備班にはいつもいろいろ教えてもらっているので、少しなら、僕たちも手伝える。


 何より、新品の機体を触(さわ)ってみたくて仕方がなかった。

 操縦席の座席の座り心地や、操縦桿の握り心地など、早く知りたくて、じっとしていられない。

 それに、座席の位置の調整など、僕たちがいなければできない作業だってある。


 配備された機体は、以前の機体と同じ機種ではあったが、小さなところに改良を加えられている様だった。


 軽く触(さわ)ってみて気づいたところだと、操縦席の形状が改善されて、以前よりも座り心地が良くなっていた。

 これは、増槽などの使用によって、以前よりも長距離飛行を行う機会が増えたことに対する配慮なのだろう。


 他には、操縦席の内部に、バックミラーが新しく設置されていた。

 車などについている様なバックミラーで、これによって、わざわざ後ろを振り返らなくても、後方に敵機がいるかいないかを簡単に確認することができる様になった。

 もちろん、本当に敵機が迫って来ていたら、後方を振り返ってきちんと確認する必要はあったが、それでも、大きく視線と身体を動かさずに、後方に何かがいるか、いないかだけでも確認できる様になったことは嬉しい。


 こういったちょっとした改良が、実際にどんな風に役に立つかは使ってみないと分からないことだったが、この機体を飛行させることがより、楽しみになった。


 機体の割り当ては、4205号機がレイチェル中尉、4206号機がカルロス軍曹、4207号機がナタリア、4208号機がジャック、4209号機がアビゲイル、4210号機がライカ、4211号機が僕ということに決まった。

 僕らはこれから、この機体に乗って戦っていくことになる。


 僕らが新しい愛機を受け取り、それを飛ばすことにワクワクしながら作業をしていた時、ちょっとした事件が起こった。

 格納庫の外側で、突然、「わぁぁぁぁっ!? 」という悲鳴が響いたのだ。


 慌ただしかった作業が、一瞬にして停止し、格納庫の中を沈黙が覆(おお)った。

 僕たちは誰もかれもがその手を止めて、悲鳴が聞こえて来た方向に視線を向ける。


 それは、格納庫の裏側、人間用の出入り口があるところの辺りだった。

 そして、そこから、2人の人影が出てくる。


 1人は、レイチェル中尉だ。

 中尉は、ジャックやアビゲイル、ライカや僕とは異なり、「機体のことはプロに任せる、必要な時だけ呼んでくれ」と、格納庫の裏側で煙草を吸っていた。今も、火のついた煙草を口にくわえたままだ。

 だが、悲鳴の主は、中尉では無かった。

 声の感じが、中尉のものとは全く違っていたから、それは確認するまでも無い。


 悲鳴の主は、レイチェル中尉の前を、両手をあげながら、おどおど、びくびくとした様子で、涙目で歩いている女性の方だろう。


 僕は、その人に見覚えがあった。


「おーおー、皆の衆。手を止めてすまんな、だが、全員注目だ! たった今、格納庫の裏でコソコソしていたスパイを捕まえてやったぞ」

「あっ、あぅぅっ、私、スパイじゃありませんっ! 」


 格納庫の中にいた全員からの視線を一身に集めながらも堂々としているレイチェル中尉の言葉に、中尉に捕獲された「スパイ」らしい女性は、びくびくとしながらも抗議の声をあげた。


 以前の様な、酷いカタコトのしゃべり方ではなくなっていたが、その声も、容姿も、覚えている。

 彼女は、確か、僕たちの整備班で働いていたことのある、エルザだ。


 レイチェル中尉は、おどおどとしつつも、それでもしっかりと反論してきたエルザに、「ああん? 」と威圧する様な声をあげる。


「なんだぁ? なら、何で格納庫の裏で、コソコソしていやがったんだ? 隙間から中の様子をのぞいたりしちゃってさ? 」

「そっ、それはっ! だ、だって、皆さんに顔を合わせづらかったから……」

「そうだよなぁ。だって、あたし、エルザちゃんのおかげで危ない目に遭ったもんなぁ。んで、エルザちゃんよぅ、本当のことを話さないなら、このあたしのピストルで撃っちゃうかんな? 」

「ひィっ!? うっ、撃たないでくださいっ!? 」


 煙草をくわえたまま、淡々とした口調で脅しをかけるレイチェル中尉に、エルザは怯(おび)えた様に両手をより高く、ピンとまっすぐにあげた。


 ピストルとは穏やかではないが、しかし、僕は全く危機感を覚えなかった。

 レイチェル中尉の口調が、人をからかっている時のそれだったからだ。


 格納庫にいた大半の人にもそれが分かったはずだったが、エルザには通じなかった様だ。

 彼女は撃たれたくないという一心からか、どういう事情で僕たちのところへやって来たのかを、必死になってしゃべりだす。


「あっ、あの、あのですね! 私、いろいろあったけど、軍務に復帰できる様になってですね! それで、どこの部隊がいいかって聞かれた時に、やっぱり、皆さんと一緒がいいかなって思ってですね! そうしたら、カミーユ少佐がいろいろ相談に乗ってくれて、ハットン中佐にもかけあってくれて、それで、今日からまたお世話になることになっているはずなんです! 」

「ふーん、そうか。しかし、あたしはそんな話、聞いてないなぁ? 」

「そ、そんなぁっ! 」


 だが、レイチェル中尉の言葉は冷たい。

 エルザは、すっかり困り果ててしまって、これ以上どうすればいいのかと、目をうるうるとさせている。


 僕らもレイチェル中尉と同じ様に、エルザが僕たちの部隊に復帰することになるとは、聞いていなかった。

 エルザが嘘をついているとは思えなかったが、何か、手続き上の行き違いでもあったのだろうか?


「ふぅむ、しかし、あり得ない話でも無いな。よぉし、エルザ。ゆっくりとあたしの方を振り向け。それで、お前の目を見て、本当のことを話しているかどうかを判断してやる」

「はいっ? そ、そんなことで、分かるんですかっ? 」

「さぁな? 分かるかもしれんし、分からないかもしれない。ほら、とにかくこっちを向きな。ゆっくり、ゆっくりとだ」


 レイチェル中尉に指示されて、エルザは仕方なく、言われた通りにゆっくりと中尉の方を振り返った。


 そんなエルザの額に向かって、レイチェル中尉は、中尉が言うところのピストルの銃口を突きつける。


「ばぁん」


 中尉はエルザの額に向けて、自身の指をピストルの形に作っただけのものを、撃つフリをした。

 どうやら、最初からピストルなどどこにも存在せず、エルザは中尉の指先を銃口だとすっかり勘違いしていたらしい。


「ふっ……、ふへ?」


 すぐには状況が呑(の)み込めなかったのか、エルザは間の抜けた声を漏(も)らした。


 格納庫中が笑い声に包まれたのは、その瞬間だった。

 ついさっきまでの重苦しい沈黙の原因が、レイチェル中尉の指鉄砲だったことと、それにエルザがすっかり騙(だま)されていたことが、あまりにもおかしかったからだ。


 そして、懐かしい顔が元気な様子で僕たちの前に姿を現してくれたことが、とても嬉しかったのだ。


 エルザに向かって、おかえり、とか、元気そうでよかった、とか、整備班たちから声がかけられ始めても、彼女はまだ状況が分からないようで、きょとんとしていた。

 彼女はすっかりレイチェル中尉の指先を銃口だと信じ込んでいたから、頭の理解が追いつかないのだろう。


 そんなエルザに向かって、レイチェル中尉が、珍しいことに少し反省する様な口調で説明をする。


「あー、エルザ。安心してくれていいぞ。お前が来るって知らなかったのは本当だが、撃つってのはあたしの嘘だ。ピストルも持ってないしな。……お前があんまり信じ込んじまうもんだから、ついつい、あたしも悪乗りした。脅かして、すまなかった」


 レイチェル中尉がエルザの目の前で指鉄砲をいろいろと動かして見せると、エルザにもようやく状況が呑(の)み込めた様だった。

 それから、彼女は安心してその場にへなへなっとへたり込み、天を仰いで叫ぶ。


「ひどいですーっ!!!! 」

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