17-20「入港」

 連邦軍による船団への攻撃は、僕らがそれを阻止した後も、激しく続けられた。

 船団には連邦の空母から発進した第2次攻撃隊が襲いかかり、この攻撃によって、護衛についていた駆逐艦1隻が500キロ爆弾の直撃を受けて撃沈され、同じく駆逐艦1隻が至近弾2発を受け中破、軽巡洋艦1隻が魚雷1本を受け中破した。

 これに加えて、艦隊旗艦を務めた戦艦、サン・マリエールも、魚雷1本の直撃を受けて小破した。


 僕らが戦うことになった連邦の第1次攻撃が、船団に到達すらできずに撃退されてしまったことと比較して、第2次攻撃でこの様な被害が生じてしまったのは、連邦側が戦術を変えて来たせいだった。

 攻撃隊を2つに分割したことで各個に撃破されてしまった第1次攻撃の反省から、第2次攻撃では連邦軍は戦力を集中させ、1つの塊(かたまり)となって突っ込んで来た。


 しかも、護衛についていた戦闘機の数も、第1次よりもずっと増えていた。

 どうやら連邦軍は、自分の艦隊を護衛する直掩機まで、第2次攻撃のために投入して来たらしい。

 その攻撃の規模は、70機以上もの数に増加していた。


 僕らの後を引き継いで船団の護衛を行っていた301Bと391Bは、サン・マリエールからの誘導を受けながら、効果的な迎撃を行った。

 その戦いぶりは十分なものだったが、僕らが相対した時よりも1.5倍近くにまで増えていた敵戦闘機による妨害に苦戦し、一部の機体が船団へと接近することを、防ぎきることができなかった。


 食糧を輸送する商船などに被害が生じなかったのは、戦闘機部隊による迎撃によって敵の編隊が崩れ、まばらに船団に突入することになったことと、サン・マリエールを始め、護衛艦艇からの激しい対空砲火で、敵機が船団の中心部分まで突入することを断念したからだ。


 危ない場面も、あったらしい。

 勇敢な数機の敵機が船団の中心部分まで飛び込んで、魚雷を発射し、船団の中で最も大型の商船に、もう少しで命中するところだったそうだ。

 だが、その魚雷は、商船を守るために割って入ったサン・マリエールに命中し、食糧を輸送している船は全て、守られた。


 無傷とまでは行かなかったが、それでも、今回行われた作戦は、王国側の勝利と言って良かった。


 王立軍は、連邦の第1次攻撃では、飛来した戦闘機21機、攻撃機44機に対し、戦闘機14機以上、攻撃機30機以上を撃墜もしくは撃破し、船団への攻撃そのものを断念させることができた。


 第2次攻撃に対しても、飛来した戦闘機31機、攻撃機42機に対し、戦闘機10機以上、攻撃機15機以上を撃墜もしくは撃破し、護衛艦隊からの対空砲火でさらに戦闘機1機、攻撃機4機を撃墜もしくは撃破した。


 合計すると、この日の戦いで、王立軍は25機の戦闘機と49機の攻撃機を撃墜、もしくは撃破したことになる。

 飛来した連邦軍機、合計140機の内、74機が撃墜されたか重大な被害を受けたということになる。

 撃墜に至らなかった機も、その多くは母艦に帰り着くことさえできなかったはずだ。

 連邦にとっては、得られた戦果に対して、あまりにも大きな代償となったことだろう。


 これに対して、王立空軍が空中戦で直接失ったのは、戦闘機6機だけだ。

 他に、帰還途中で被弾が原因により不時着した機体が2機、損傷が原因で基地に帰還後に放棄された機体が5機あるから、今回の戦いで、王立空軍は13機の戦闘機を失った計算になる。


 船団を護衛するという目的のためには、必要な損失だった。

 それに、失った機体は補充することができる。


 王立空軍にとって何よりも大きな成果は、作戦に参加したパイロットに負傷者は生じたものの、戦死者は出さなかったという点だ。

 撃墜された6機のパイロットも、海上に漂流していたところを王立海軍の潜水艦によって救助された。


 そして、何よりも大きな戦果を僕らは得た。

 船団は輸送中の食糧には一切被害を受けることなく、危険な海域から脱することができたのだ。

 護衛艦隊には撃沈される艦も出るなど、数十名の戦死者と百名を超える負傷者が生じてしまっているが、作戦の目的は完全に果たされている。


 王立軍側がこれだけの戦果を得ることができたのは、いくつかの要因がある。


 最も大きいのは、サン・マリエールに装備された防空レーダーを有効に活用し、護衛についていた戦闘機部隊が敵機に対し、有利な位置から攻撃を行えた点だ。

 連邦側には多くの護衛の戦闘機がいたが、攻撃機を守らなければならないという任務の性質上、自由に反撃することは難しく、有利な位置から攻撃を開始した王立空軍機は、終始戦いを優勢に進めることができた。


 戦った感触では、連邦の戦闘機は大馬力で加速力があり、高速飛行時の運動性も優秀で、武装も強力、単発機としては頑丈で打たれ強いなど、性能が良かった。

 それを操(あやつ)るパイロットの技量も優れていたが、戦う前から僕らにとって一方的に有利な状況ができていたことが、彼らにとっての不運だったのだろう。


 加えて、王立空軍側が、保有する戦力の中で最も練度が高く、装備も優れた部隊を投入したことが理由としてあげられる。

 僕たちも今回の戦いでは活躍できたと思うが、やはり、義勇戦闘機連隊が参加したことの効果が大きかった。

 数という点でもそうだが、実戦経験豊富なベテランパイロットたちがまとまった数で味方をしてくれたというのが、何よりも効果を発揮した。


 船団への攻撃を行うべく、爆弾や魚雷を搭載した状態の攻撃機は鈍重な運動性しか発揮することができず、王立空軍のベテランパイロットたちにとっては絶好の攻撃目標だった。

 開戦して以来、僕らはずっと戦い続けてきたが、これだけ一方的な戦いとなったのは、今回が初めてだ。


 ケレース共和国から輸入される食糧を運ぶ船団は連邦軍からの妨害を受けた後も航海を続け、その日の夜、日づけが変わる頃に、タシチェルヌ市の港へと入港した。


 大規模な船団が食糧を積んで王国の港に入港したという事実は、朝のラジオのニュースで王国中に放送され、人々の知るところとなった。

 それは、真剣に飢餓(きが)と向き合わなければならなくなりつつあった王国の人々にとって、僕らが船団の護衛であげた空中戦の戦果などとは比較にならないくらい、嬉しいニュースだった。


 タシチェルヌ市の港には船団を歓迎する人々があっという間に集まり、遠く、異国からはるばるやってきた船員たちは熱烈な歓迎を受けたそうだ。

 まるで何かのお祭りでもあったかの様な騒(さわ)ぎで、港の岸壁に横付けした商船から降りて来た船員たちは、拍手、喝采(かっさい)、そして紙吹雪で出迎えられた。


 その様子は写真に納められ、その日の夕刊に一面で取り上げられることになった。


 カメラによって切り取られたその一瞬は、少なくとも王国にとっては歴史的な出来事だった。

 その、未来にまでずっと語り継がれていくのであろう出来事に、僕自身も関わったということが、何だか信じられない様な気分だ。

 パイロットになって、これだけ大きな出来事に関わることになるなんて、夢にも思っていなかった。


 そして、その日の晩、僕にはもう1つ、嬉しい出来事があった。

 食糧不足によって供給が絞られていた配給が、完全にではないが以前の様に戻り、久しぶりにお腹いっぱい、食べることができたからだ。


 メニューは、マカロニがメインのグラタンに、野菜のコンソメスープ、それに、いつものパン。

 それでも、熱々に焼き上げられ、大きな皿にたっぷりと盛りつけられていたグラタンは僕らの食器に取り放題だったし、パンも必要なだけ取ることができた。

 味は、素晴らしかった。

 お腹いっぱい食べられるというだけでも十分だったが、グラタンの中にはマカロニも具もたっぷりと入っていて、王国の南部の気候にしては珍しく冷え込んだ日であったこともあって、とても暖かくて美味しかった。


 僕らは、久しぶりに心の底から笑い合いながら食事を楽しむことができた。

 日常生活の中でもそうだが、軍隊生活においては、食事は数少ない楽しみの1つだ。

 笑いあっている僕らの様に、多くの人々に笑顔を取り戻すことができたと思うと、それに少しでも貢献することができたことが嬉しく、誇らしかった。


 だが、僕の脳裏には、微(かす)かな不安がよぎる。


 僕らは、ひとまずは危機を回避することができた。

 輸入された食糧によって、僕らは今年も十分、食べていくことができるだろう。


 だが、今年は良くても、来年は?

 その、さらに次の年は?


 王国の重要な穀倉地帯であった地域は未だに敵によって占領されたままで、奪還に成功した地域もあるが、すっかり荒れ果ててしまっている。

 またどこかから食糧を買うことができればいいのだが、戦争によって王国が受けた経済的なダメージも大きなもので、食糧を新たに輸入するだけの金額を用意することさえできないかもしれない。


 戦争がいつまでも続いていたら、僕らは、いつか本当に飢えてしまうだろう。

 こんなことは、こんな戦争は、長くは続けていられない。


 戦争を、少しでも早く終わらせなければならない。

 それは、分かっている。

 分かっているのに、僕には、その方法が分からない。


 僕は、深刻になりそうになる自分の考えを慌てて振り払った。

 それは、1人のパイロットでしかない僕にとっては、あまりにも大き過ぎる難題だからだ。


 今は、ただ、仲間たちと過ごす時間を、大切にしたいと思う。

 戦争が終わるのはまだ先のことで、僕らは、これからも戦い続けなければならないのだから。


 この瞬間だけでも、せめて、戦争のことを忘れていたかった。

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