17-18「錐揉(きりも)み」
僕が発射した20ミリの砲弾は、真っ直ぐに敵機の操縦席へと吸い込まれていった。
徹甲弾が、榴弾が、曳光弾が、次々と命中し、敵機を深く抉(えぐ)り、破壊していく。
敵機にも僕らの機体と同じく防弾鋼鈑や防弾ガラスなど、パイロットを守るための防御が施されていたはずだったが、僕らが装備している20ミリ機関砲は、元々は軽戦車に装備される予定だった対戦車兵器だ。
多少の防御など、無いのと一緒だった。
僕は、誰からも操縦されなくなり、くるくると錐揉(きりも)み回転に入りながら墜ちていく敵機を、長くは見ていなかった。
敵機は、まだもう1機、残っているからだ。
僕によって僚機を奪われた敵機は、それでも、ライカを追うのをやめていなかった。
状況が不利になったことで戦うのを諦(あきら)めるどころか、ライカを追い続けるその姿は、さらに執念(しゅうねん)深く、迫力が加わった様に思える。
僚機を奪われたことで、その復讐を果たそうというのだろうか?
それとも、2対1の状況では逃走すら不可能だと判断し、活路を見出すために賭けに出ているのだろうか?
敵機が何を考えているのか、何を思っているのかは、僕には関係が無い。
僕がやるべきことは、1つだけだ。
あの敵機も、墜とす。
できるだけ素早く、速(すみ)やかに、撃墜する。
それだけだ。
僕は、ライカに言われた通り、落ち着いて狙いをつけた。
さっき撃墜した機は、これまでの回避運動のパターンからその動きを先読みして攻撃することができたが、残ったこの1機がどう動くのかは、僕にはまだ分からない。
この敵も、前の敵と同じ様に、僕の行動を正確に予測して回避運動を取るのだろうか?
僕には、悠長(ゆうちょう)に敵の行動を観察している時間は無かった。
敵機はライカを攻撃することを少しも諦(あきら)めておらず、今も射撃を続けている。
敵機が装備している機関銃には、多くの弾薬が搭載されているのだろう。ベルランD型であればとっくに弾切れになっているほど撃ちまくっているはずなのに、まだ、敵機の射撃は途切れない。
ライカはうまく回避運動を取り続けているが、しかし、完全に無傷というわけにもいかなかった。
撃たれ続けている限り、まぐれだろうと何だろうと、ライカ機が被弾する数は増えていく。
被弾が増える度に、彼女の機体は損傷し、危険な状態へと近づいていく。
僕らの任務は船団を守ることで、そのためには敵の攻撃機を撃墜する必要があったが、今はライカの方が優先だ。
彼女は、僕の僚機で、彼女は僕の背中を守り、僕は彼女の背中を守らなければならない。
僕は雑念を捨て、目の前に集中する。
僕は正確な狙いをつけたのだが、やはり、敵機は僕の攻撃を予測し、うまく避けた。
もしかすると、敵機の回避運動にパターンがあった様に、僕の攻撃にもパターンやクセがあり、それを、敵機のパイロットは見抜いているのかもしれない。
ならば、今までと違うことをやってみると、どうなるだろう?
考えている時間は無い。とにかく、試してみるべきだ!
僕は、絶好の射撃チャンスだと思った瞬間、わざとトリガーを引かなかった。
思った通りだった!
敵機は僕が攻撃してくると思って、回避運動を取った。
僕は機体を素早く操り、その瞬間にうまく照準を合わせる。
撃墜できる。
僕は、そう思った。
僕のしかけた罠にはまったと理解した敵機は、しかし、慌てたり動揺したりせず、それ以上の回避運動を取らなかった。
僕からの攻撃を浴びながら、冷静さを保ち、ライカに向かって射撃した。
そのパイロットが示した胆力には、驚かされるばかりだ。
少なくとも僕には、自身が撃たれているというのに、それでもライカを攻撃しようとする闘志がどこから湧いてくるのか、理解することができない。
回避されなかったのだから、当然、僕の攻撃は命中した。
僕の攻撃は、敵機の後方から突き刺さり、水平尾翼と垂直尾翼の一部を吹き飛ばし、無線通信を行うために機体の上部に張られている空中線を引きちぎった。
射線はそのまま敵機の右主翼を捉え、そこにあった燃料タンクを撃ち抜き、敵機に炎を引かせた。
敵機は、堅牢だった。
多数の20ミリ機関砲弾の直撃を受けたのにもかかわらず、その機体はまだ形を保ち、パイロットからの操縦に応え続けている様だった。
撃墜では無い。このままでは、撃破止まりだろう。
だが、僕は、その敵機にトドメを刺すことができなかった。
情けをかけたわけでは無い。
敵機が最後に行った捨て身の攻撃がライカの機体を直撃し、彼女の機体が、錐揉(きりも)み回転に入って、海面へと向かって降下を始めたからだ。
ほんの一瞬しか確認できなかったが、敵機の射撃によってライカ機の左主翼のエルロンが損傷し、吹き飛ばされたのを見た。
彼女の機体が錐揉み回転に入って行ったのは、ちょうど彼女が回避運動に入ろうとして、機体を右に傾ける動作を行っていたからだ。
機体がロールしようとした時に、急に左翼のエルロンを失ってしまって、バランスを崩してしまったのだろう。
炎と黒煙を引きながら離脱していく敵機には構わず、僕は少しも迷わずにライカの機体を追った。
ライカが機体を立て直すか、それか、脱出するのを確認しなければ、僕はどこにも行かないつもりだ。
《ライカ! 聞こえるか、ライカ! 》
僕は、必死に無線に向かって声を張り上げた。
幸いなことに、返答はちゃんと返って来る。
《ミーレス! 操縦が、効かないの! 》
《君は今、錐揉(きりも)み回転に入っている! 脱出はできそう!? 》
《む……、無理だよ! 機体を安定させないと……! 身体が、押し潰(つぶ)されそうなの! 》
そうしている間にも、ライカの機体は、どんどん降下している。
僕たちは高度6000メートルの辺りで戦っていたが、飛行機の速度からすれば、海面まではすぐについてしまう。
そうなれば、ライカの機体は海面に叩きつけられて、バラバラだ。
そんなことは、絶対に避けなければ!
《いいかい、ライカ! 君の機体は、左のエルロンを吹き飛ばされたんだ! だからバランスを崩して、右に回転している! 操縦桿を、ゆっくり、落ち着いて、少しだけ左に倒すんだ! 操縦桿を、左に! 》
《わ、分かった! やって、みる! 》
ライカの声は、苦しそうだ。
機体がくるくると独楽(こま)の様に回っていて、遠心力で身体が座席に押しつけられているからだ。
その回転が、少しずつ緩くなっていく。
右のエルロンが無事だったおかげで、ライカの機体はまだ、操縦できる状態だった様だ。
やがて、彼女の機体は、ピタリと回転するのを止めた。
背面飛行の状態で、急降下並みの角度がついたままだったが、彼女の機体は、錐揉(きりも)みの状態から脱することができたのだ。
《と、止まった! でも、もう、高度が無い! 高度が無いよ! 》
だが、ライカからは、悲鳴の様な声があがる。
錐揉(きりも)み回転から建て直す間に、ほとんど高度を使い切ってしまったのだ。
今からパラシュートで脱出しても、減速が間に合わず、ライカは海面に叩きつけられてしまう。
《ライカ、落ち着いて! 回転を止められたんだ! 大丈夫、今度は機体を水平にすればいいんだ! 》
《でも、どっちに行けばいいの!? どうしよう!? どうすればいいの、ミーレス! どっちが上か下か、分からないの! 》
空間識失調。
その言葉が、僕の頭の中をよぎった。
ライカは今、錐揉(きりも)み回転のせいで、上下を見失い、どちらが海か、空かを判断できなくなっている。
今日の空は、快晴だ。
空には雲一つなく、海は凪(な)いで、波もほとんどない。
こんな状態で、咄嗟(とっさ)に上下を判断することなど、不可能だ。
空間識失調から脱出する際の鉄則は、計器を信頼することだ。
冷静に計器を確認し、落ち着いて機体を操作する。
だが、ライカには、それをするだけの時間が残されていなかった。
彼女を今から落ち着かせ、計器を確認しながら操縦を行ったのでは、海面に激突してしまう。高度はもう、ほとんど残っていない。
僕は咄嗟(とっさ)に、無線機のスイッチを入れて叫んだ。
《ライカ! 操縦桿を前に押せ! 押すんだ! 》
《ミーレス!? でも、それじゃぁ!? 》
《ライカ、僕を、信じるんだ! 》
《……、うん、分かった! 》
ライカはほんの一瞬だけ迷った後、僕に言われた通りに、操縦桿を前に押した。
本当に、間一髪だった。
ライカの機体は、海面に突っ込む寸前で、ふわりと空へと浮かび上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます