17-17「格闘戦」

 2機の敵機の姿が重なって見えた時、チャンスだと思った。

 僕の指は、僕がそう思うのと同時にトリガーを引き、ベルランD型に装備された5門の20ミリ機関砲が咆哮(ほうこう)する。


 発射された砲弾は、吸い込まれる様に敵機のエンジン部分を撃ち抜いた。

 数発の榴弾が炸裂するのと同時に、炎と黒煙が広がる。

 その爆発は、被弾した敵機を機首とその後ろの部分とで真っ二つに分離させた。

 敵機は、千切れた機首のつけ根部分から幾筋もの細い黒煙を引きながら、墜ちていく。


 敵機に命中しなかった砲弾も、その後方にいた敵機へと命中していった。

 流れ弾が当たっただけなので致命傷にはならなかった様だが、敵機は煙を吹きだし、着弾の衝撃で姿勢を崩して、破片をまき散らしながら集団から離れていく。

 撃墜できたかは分からないが、少なくとも、もう戦うことはできなくなったはずだ。


 ライカも、1機、仕留めた様だ。

 彼女の射撃は敵機の機首部分に命中し、プロペラを吹き飛ばしてエンジンも停止させた。


 ライカはどうやら、パイロットに危害が及ぶのを避けるためか、エンジンだけを正確に撃ち抜けるよう、慎重に狙いを定めた様子だった。

 着弾は操縦席から離れた機首の先頭部分に集中し、プロペラを失ったその敵機は、突然のことに驚いて慌てふためいているパイロットを乗せたまま、ゆっくりと墜ちて行った。


 これで、レイチェル中尉たちを狙っていた敵機は、7機から4機に減った。

 後は、中尉たちならどうにかしてくれるだろう。


 だが、僕らには、戦果を得られたことに浮かれている余裕は無かった。

 僕とライカを狙っていた2機の敵機が、迫って来ているからだ。


 2機の敵機は、僕たちを目がけて最短コースを飛行し、これ以上僕たちに自由に行動をさせないためか、少し遠いところからでも撃って来た。

 敵機のパイロットたちの戦意は、少しも衰えていない。それに、遠距離から撃っている割には狙いも正確で、数発が僕の操縦席の脇をかすめて飛んでいった。


《ミーレス、私が敵機を引きつけるから、貴方が攻撃を! 訓練通りにやりましょう! 》

《了解、ライカ! 》


 僕はライカからの指示に答えると、左へ向かって機体を旋回させた。

 ライカは、そのまま直進する。2機1組の小さな編隊で行われる、もっとも基本的な編隊空戦術を行うためだ。

 彼女はこのまま囮(おとり)となって敵機を引きつけ、ライカを攻撃しようとする機の背後に僕が回り込んで、それを撃つ。

 ライカが敵機に攻撃を受け、危険な状態となる前に、僕が敵機を墜とせるかどうかがカギだ。


 わざと狙い易い様に飛ぶライカの機体に、敵機は食らいついて行った。

 彼らも、十分な訓練を受けている。左に旋回して離れて行った僕が何をしようとしているかなどお見通しのはずだったが、それでも、敵は僕らが仕掛けた罠に乗った。


 彼らは、勝負するつもりなのだ。

 僕が敵機を撃墜するよりも早く、ライカを撃墜し、そのまま僕をも撃墜する気でいる。


 時間は、刻々と迫っている。

 僕たちがこうしている間にも、敵の攻撃機は船団へ向かって前進を続けている。

 ライカのためにも、船団のためにも、僕は、1秒でも早く敵機を撃墜しなければならない。


 作戦通り、敵機を背後につかせたライカは、僕が攻撃する時間をなるべく稼ぎ出すために回避運動を開始した。

 その後を、2機の敵機が追いかけていく。

 2機は少しでもチャンスと見ると躊躇(ちゅうちょ)なく発砲し、その度に、曳光弾の軌跡がライカの機体の周囲を飛び抜けていった。


 1機あたり6丁も装備されている機関銃から放たれる射撃は、密度が高い。

 ライカは敵機が攻撃して来るタイミングを先読みしながら上手に丁寧に回避運動を行っているが、それでも、飛んで来る弾丸の多さから、無傷では済まなかった。


 何発もの弾丸が、ライカの機体に吸い込まれていく。

 着弾の度に、火花が散り、細かな破片が飛び散っていく。

 まだ、重大な損傷を受けてはいない様だったが、ライカ機が被弾する度に、僕は心臓の辺りに冷たいものを突きつけられる様な気分になる。


 ベルランD型は、敵の戦闘機よりも高速である様だった。

 僕はライカを追う2機へと追いつき、照準器の中に敵機の姿を捉える。


 トリガーを引いた瞬間、敵機は、僕がそうすることを分かっていたかのように機体を回避させた。

 僕が発射した20ミリ砲弾は、何も無い虚空を貫いて行く。


 敵機はうまく僕の攻撃をかわしたが、ライカを攻撃するのを諦(あきら)めたわけでは無く、僕の前から完全に消えたわけでは無い。

 ライカが回避運動を取るのに合わせて機体を操縦し、しつこく彼女を攻撃している。


 僕は、もう1度敵機を照準に捉え、トリガーを引いた。

 しかし、今度も、敵機は僕の攻撃を軽やかにかわし、何事も無かったかのようにライカを攻撃し続ける。


 こちらの行動を、読まれている!


 僕は、少しずつ、焦り始めた。

 自分の考えが甘かったのではないか、間違っていたのではないか。そんな気がしてくる。


 僕は、レイチェル中尉たちを自由に行動させた方が、決着が早くつくと思った。

 だから、自分たちに迫って来る敵機を無視し、先にレイチェル中尉たちに向かった敵機を攻撃した。


 それは、2対2の同数であれば、今の僕たちならば負けることは無い、そう思っていたからだ。

 レイチェル中尉たちが敵機を撃破し、僕たちを支援してくれるまでなら、どうにでもなる。そんな風に僕は考えていた。

 一時的に敵機に先制攻撃させて、そのまま食いつかれても、大丈夫だろうと、高をくくっていた。


 それが、大きな間違いだった。

 敵のパイロットはよく訓練されていて、しかも、機体の性能もいい。少なくとも、今の様な高速域での運動性は、ベルランと同等以上だ。


 こんなことなら、僕たちに向かって来る敵機だけに集中しておけば良かったのだ。

 敵機に一時的とはいえ無防備な状態を見せることなく、その動きを注視し、相手に対して少しでも有利になる様に、相手にどんな小さな隙も見せない様に、注意深く、慎重に戦うべきだった!


 僕の目の前で、敵機はライカに攻撃を続けている。

 発射された弾丸が、ライカの操縦席近くに飛び込み、風防のガラスを割った。

 ライカ機はそのまま飛び続けたから、ライカ自身に大きな怪我などは無かったはずだが、僕にとっては最も見たくない光景だった。


 このままでは、ライカが危ない!


 僕は、少しでも敵機に当たりそうなら、何でもいいからトリガーを引いた。

 だが、命中しない。


 それは、当然だ。

 僕の射撃は、偏差の取れていない、素人がやる様なレベルのものだった。

 敵機はわずかな回避運動をするだけで簡単に僕の攻撃をかわし、執念(しゅうねん)深くライカを狙い続けている。


 頭では、ダメだと分かっている。

 だが、この時の僕は、冷静さを完全に失っていた。

 きちんと狙いをつけないと命中しないことなど分かり切っているのに、それでも、僕はトリガーを引き続けていた。


 ライカから無線が飛び込んで来たのは、その時だった。


《ミーレス! 落ち着いて! 落ち着いて狙うの! 私は、全然、大丈夫だから! しっかり狙って! ミーレス、貴方ならできる! 》


 その瞬間、不思議と、僕の思考は定まった。

 そうだ。僕は、できる。

 いや、やるんだ!

 しっかり狙えば、必ず当てられる!

 敵機が僕の攻撃を予想して回避運動をするというのなら、僕の方から、敵機がどの方向へ回避するのかを予想し返してやればいいんだ!


 僕は、今度は慎重に狙いを定めた。

 最初は、牽制(けんせい)射だ。それで、敵機を動かす。

 そして、その、動いた先を撃つ。


 敵機はここまで、僕の攻撃を全て見切っている。

 彼らは、たくさんの時間を訓練に費やし、様々な経験を積み、自身が操縦する機体の性能や特質を理解している、優れたパイロットたちだ。

 僕は、その、素晴らしいパイロットによって操縦されている敵機が、どんな風に僕の攻撃を避けるのかを、何度も目にしている。

 何となく、クセというか、パターンがあるのが、分かって来ていた。


 僕は、短くトリガーを引いた。

 敵機が僕の攻撃を回避するのに合わせ、その動きに僕も素早く対応するためだ。


 敵機は、今度も僕の攻撃をかわした。

 そして、僕が予想した通りの位置に出てくる。


 僕は、照準器の中に、敵機の操縦席を捉えていた。

 僕が偏差を取って狙いをつけている、その先に、敵機のパイロットがいる。

 生身の人間が、乗っている。


 僕は、トリガーを引いた。

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