17-16「猛禽(もうきん)」
敵機は猛然(もうぜん)と、獲物(えもの)に襲いかかる猛禽(もうきん)類の様に僕らへと向かってきた。
先頭をきって突進して来る機体が、少し有効射程からは遠いと思える距離から、僕らの針路に被せる様に射撃を浴びせて来る。
それは、敵機の未熟さというよりは、その、高い戦意の表れだと思った方が良いだろう。
僕らの手で多くの僚機を失うことになった敵機は、少しでも攻撃のチャンスがあれば攻撃し、僕らを絶対に生かして帰さないつもりでいるのだ。
次々と射撃を開始した敵機たちからの弾丸は、その弾量から言っても侮ることはできなかったし、狙いも、距離が離れているにも関わらず思ったよりも正確だった。
僕らの機体に命中弾こそなかったものの、もう少し狙いが取れていれば当たったかもしれない様な至近距離を、敵機が放った弾丸が飛び抜けていく。
つまり、もっと接近を許せば、敵機は攻撃を確実に命中させて来るということだ。
《301A全機、右旋回で一度回避、その後は各分隊で自由に交戦しろ! ドックファイトだ! どっちの方がいい戦闘機乗りか、連邦の奴らに見せてやれ! 》
僕らは敵攻撃機への再攻撃を行うべく、位置につこうとしていたところだったが、戦意の高い敵機に狙われていては危険だ。
敵は僕たちをしつこく追い続け、僕たちの行動を阻止するためにあらゆる手段を尽くすだろう。
レイチェル中尉がそう指示を出すと、僕らは編隊を解き、敵戦闘機に対応するべく右旋回に入り、回避運動に入った。
右旋回なのは、敵戦闘機が僕らから見て4時の方向、右側にいて、僕らよりも高高度から攻撃をしかけて来ているからだ。
敵機と正面から相対した時と同じで、その下側にもぐりこんで攻撃をかわした。
最初、僕らは高度優位の状況から攻撃をしかけた。
その時に得た速度をまだ持っているから、右旋回による回避はうまく行って、僕らは1弾も受けることなく、危険から脱することができた。
だが、僕らの機体は空気抵抗を受けているから、高度を使って得た速度はいつまでも残っていてはくれない。
今、急な旋回を行ったことで、もう、ほとんど使い果たしてしまった。
それに対して、敵機はたった今、降下してきたのだから、速度を持っている。
最初に、正面から相対した時には敵機は上昇のために十分な速度を持っていなかったはずだが、敵機は大馬力を発揮するエンジンで加速を続けていた上に、降下による加速が加わって、今では僕らとほとんど変わらないくらいの速度を持っているだろう。
僕らに攻撃をかわされた敵戦闘機は分隊ごとに散開し、思い思いの方向に旋回したり、宙返りをしたりして、僕らに戦いを挑むために向かって来る。
敵機の翼が太陽を反射して、キラリと輝く。
敵機は重そうな見た目をしているのだが、速度がついている状態での運動性能はかなり良い様だった。
それに、パイロットも、十分な技術を持っているらしい。飛び方に鋭さがある。
ベルランD型の速度性能があれば、真っ直ぐに逃げれば敵機を振り切れるかもしれなかったが、僕らにはそう出来ない理由がある。
1機でも多く、攻撃機を撃墜し、船団への攻撃を防がなければならない。
そのために、僕らは彼らの挑戦を受けて立たなければならなかった。
真っ直ぐ逃げるだけなら良いが、敵の攻撃機を撃墜するとなると、どうしても敵戦闘機が邪魔になって来るからだ。
僕らは敵機と戦うために、彼らと同じ様に編隊を解いて、分隊ごとに別々の方向へと散っていった。
普段、僕らはあまりやらないのだが、敵機と格闘戦をするためだ。
こうしている間にも、敵の攻撃機は船団へと向かって前進を続けている。
僕らがいつもやる様に、一撃離脱戦で戦っていては、時間がかかり過ぎる。その間に、敵の攻撃機が船団へと到達してしまう。
ここは、格闘戦を挑み、短時間で敵戦闘機を撃破して、攻撃機へと向かうべきだ。
戦ってみた感触だが、幸いなことに、敵の攻撃機はそれほど高速では無い様だった。
爆弾を胴体内部の爆弾倉に格納するなど、空気抵抗を減らすために工夫をしている様子ではあったが、僕の体感では時速500キロメートルも出ていない。
これなら、敵戦闘機をすぐに片づけられれば、もう1撃、敵攻撃機に加えることは不可能ではない。
ベルランならば、追いつける。
僕はライカ機に従って機体を右旋回させながら、どの敵機と対戦するべきかを見定める。
どうやら敵機の内、2機ほどが僕らへと向かって来る様だった。
その他、2機がジャックとアビゲイルへ、残りの7機がレイチェル中尉たちへと向かう姿勢を見せている。
彼らも、僕たちの中でどの機体が最も危険か、よく理解しているらしい。
レイチェル中尉たちが敵の攻撃機を1度の攻撃で7機も撃墜、撃破しているところを敵機も目撃していただろうから、そう判断するのは当然だっただろう。
定石で考えるのならば、僕とライカは、自分たちに向かって来る2機を相手とするべきだ。
その2機こそが僕たちにとって最も脅威となる敵機であるというのもあるし、数が同じだから、敵機の性能が未知数ではあっても、まず、負けることも無いだろう。
それから他の機体を援護するか、敵の攻撃機を追うのが、最も確実だ。
だが、僕らは今、時間が惜しい。
敵戦闘機を1秒でも早く片付け、敵攻撃機に向かいたい。
常識的なやり方でもいいかもしれないが、できれば、何か、もっと時間を短縮できる方法を考えたかった。
そう思った僕は、決心して、無線機のスイッチを入れる。
《ライカ! 先に、中尉たちを狙っている敵機をやろう! 》
《えっ!? こっちに向かって来る敵機じゃ無くて? 》
《中尉たちに自由に動いてもらった方が、多分、早く済む! 》
《……、了解! 》
ライカは一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した後、僕の考えを理解し、了承してくれた。
敵機が集中的に狙っていることからも分かる通り、僕ら、301Aの中で最も戦闘能力が高いのは、レイチェル中尉が直接率いる第1小隊だ。
だが、その精鋭3機でも、十分な訓練を積んだパイロットが操縦している敵機との空戦では、決着をつけるのに時間がかかってしまう。
その上、中尉たちを狙っている敵機の数は、中尉たちの倍以上もいるのだ。
僕にはそんな姿は想像もできなかったが、敵機の性能によっては、中尉たちが不覚を取るということもあり得なくは無い。
敵が描いている青写真は、恐らくこうだ。
比較的練度に劣る僕ら第2小隊を同数の機体で抑え、その間に、最強の戦闘力を持つ中尉たちを全力で叩く。
中尉たちを撃破してしまえば、数の上で圧倒的不利になる残りは、簡単に料理することができる。
そんな風に考えているのだろう。
だから、横合いから、中尉たちを狙う敵機を撃つ。
中尉たちを全力で叩こうとしているその横っ面を一撃すれば、敵機は中尉たちを集中して攻撃できないだろうし、相手にする数が減れば、中尉たちの腕なら切り抜けられるだろう。
そうなれば、例え僕たち第2小隊が苦戦していても、中尉たちが支援してくれる。
僕らがそのまま戦うよりも、短時間で決着がつくだろう。
何だか中尉たちに苦労ばかり押し付ける様で申し訳ない気もしたが、今回の任務に失敗するわけにはいかなかった。
最悪でも、後で僕が中尉から罰走でも何でも受ければいいだけだ。
そんなことは、僕は慣れっこだ。
ライカと僕は、自分たちに向かって突進して来る2機を無視し、機首を、レイチェル中尉たちに群がった7機へと向けた。
しばらくの間、僕たちへ向かってきた2機に対して無防備となってしまうが、今の僕とライカなら、このくらいは何とかすることができるだろう。
少なくとも、中尉たちが支援に来てくれるまでは、耐えられる。
僕らはまだまだ未熟かもしれなかったが、もう、戦い方を知らない雛鳥(ひなどり)では無い。
鋭い嘴(くちばし)と爪を持つ、猛禽(もうきん)なのだ。
僕の狙いは、当たった。
レイチェル中尉たちを狙った7機の敵戦闘機は、目の前の強敵に意識を取られて、僕らが急に矛先を変えたことに気がついていない。
僕たちを2機の敵機が狙っているが、僕らを圧倒するほどの速度は無いのか、追いつくにはもう十数秒程度、時間がありそうだ。
そして、それだけの時間があれば、十分だ。
僕は、レイチェル中尉たちの機体を狙うために照準器を見すえ、こちらの接近に全く気がついていない敵機のパイロットの姿を目にしながら、そのパイロットの機の機首部分へと照準を定める。
ちょうど、射線上に、2機の敵機の姿が重なるのが見えた。
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