17-15「攻撃」
僕らが敵機への攻撃を開始すると、敵の側もすぐさま動きを見せた。
天候が良く見通しがきく状態なので当然かもしれないが、敵もまた、僕らの存在に気がついていたのだろう。
複座機を護衛するように飛行していた11機の単座機が僕らへ機首を向けて来る。
やはり、単座機が護衛の戦闘機、複座機が攻撃機である様だ。
僕らの優先攻撃目標は、船団を攻撃するための爆弾を搭載している攻撃機だ。
戦闘機だって機関銃を装備しているのだから脅威(きょうい)ではあるのだが、爆弾ほどではない。
大きさによっては爆弾が1発命中しただけでも、商船は撃沈されてしまうかもしれないからだ。
船団も対空砲火で反撃してくれるはずだったが、それでも、投下される爆弾は、少なければ少ないほどいい。
敵の側からすれば、1機でも多くの攻撃機を船団へと到達させたいはずだ。
敵機は僕らよりも低高度にいるにもかかわらず、力強い加速を見せながら上昇し、僕らへと向かって来る。
がっちりとしていて重そうな機体だったが、敵の戦闘機は馬力の大きなエンジンを装備しているらしく、その運動性も、エンジンを全開にしてからの加速も、見た目よりもかなり良い様だった。
しかも、装備している機関銃の数も多い。
片翼に3丁、合計で6丁も装備している様だ。
見ただけではその口径までは分からなかったが、例え7.7ミリ口径の機関銃であったとしても、6丁から一度に射撃されれば受けるダメージは大きなものになる。
お互いに正面を向けている状態での交戦なのだから、エンジンに被弾でもしたら、それだけでも撃墜されてしまうかもしれない。
《各機、第一目標は敵の攻撃機! 戦闘機にかまうな、すり抜けろ! 射撃の瞬間に、敵機の腹にもぐりこめ! 》
《《《《了解! 》》》》
僕はレイチェル中尉からの指示に応答し、敵機の動きに集中する。
敵機が攻撃をするタイミングに合わせて、うまく機体を回避させ、敵機の横をすり抜けるつもりだ。
敵機は僕らを迎え撃とうとしているが、一度抜けてしまえば、僕らに再度攻撃をかけるためには旋回して追いかけなければならない。
その間に僕らは攻撃機に接近し、攻撃をしかけることができるはずだ。
お互いに正面を向けて接近を続けているから、その相対速度は時速1000キロメートルを優に超えているだろう。
敵機の姿は一瞬で大きくなり、そして、照準器越しに僕の機体を見すえた敵機のパイロットと、目が合った気がした。
今だ。
僕は操縦桿を少し倒し、中尉の指示通り、敵機の下側に潜り込んだ。
敵機に装備された6丁もの機関銃から発射された弾丸が、僕の頭上を飛び抜けていく。
もし、回避に専念せずに、お互いに正面から撃ち合っていたかと思うと、背筋が寒くなる。
こちらも20ミリ機関砲を5門も装備しているので撃ち負けるということは無いはずだったが、敵機に撃たれて無傷で済むとは思えなかったし、敵機と刺し違えるのが僕らの任務では無い。
敵戦闘機の編隊は、僕らが反撃せずに回避に専念をしたことで、肩透かしを食らった様になっていた。
僕らに1弾も命中弾を与えることができないまますれ違い、後方へと飛び抜けていく。
僕らと、敵の攻撃機との間には、遮(さえぎ)るものが何もなくなった。
《いいぞ! 全機、敵攻撃機を落とせ! 攻撃後は降下の速度を生かして離脱、再攻撃を狙う! 上に抜けてった敵機に注意しろ! 》
《《《《了解! 》》》》
僕らは中尉からの指示に答え、攻撃態勢に入った。
後方に飛び去って行った敵機は、すぐには戻って来られない。僕らの射撃を邪魔できる戦闘機は他にはいない。
絶好のチャンスだ!
もちろん、敵の攻撃機は、僕らに対して完全に無防備というわけでは無かった。
複座の後席には、防御用の機関銃が備えつけられている。
敵機は僕らが迎撃の機体をすり抜けてきたことを知ると、一斉に銃口を向けて、僕らに向かって射撃を開始した。
今度は、敵機の攻撃を回避することはできない。
僕らはこの防御射撃の弾丸の中に飛び込んで、敵の攻撃機を1機でも多く、撃墜しなければならないからだ。
敵から撃たれるのはどんなに経験を積んでも好きにはなれなかったが、攻撃機からの防御射撃は、グランドシタデルから受けたものに比べればずっと貧弱だった。
銀翼の巨体に装備された無数の銃口から放たれる、豪雨の様な弾丸。
動力式の銃塔に装備された機関銃は僕らに対する対応が早く、その銃口の前に飛び込んでいくことは、いつでも本当に恐ろしかった。
それに比べれば、こんな攻撃は、なんてことは無い!
それでも、放たれた弾丸が僕の機体の主翼をかすり、火花を散らしながら飛び去って行った光景を目にした時は、やっぱり怖かった。
身体がビクッとなって、少し操縦桿を動かしそうになってしまったほどだ。
敵機からの反撃はあったが、僕らはその中を突進し、有効射程へと接近した。
先頭を進んでいたレイチェル中尉の機体が、続いてカルロス軍曹の機体が、そしてナタリアの機体が、射撃を開始する。
フィエリテ市の防空戦の際に敵の爆撃機の堅牢(けんろう)さに苦戦したことで、火力を大幅に強化するために導入された20ミリ機関砲の威力は、やはり大きい。
交互射撃モードで発射された機関砲弾が敵機の姿を押し包んだかと思うと、一瞬でその翼を砕き、バラバラにしてしまった。
レイチェル中尉たちは、恐らく、5門の20ミリ機関砲で攻撃を受ければそうなるだろうということを予想していたのだろう。
敵機に命中弾が生じ、大きく損傷するのを確認するとスムーズに目標を次の機へと移動させ、1回の攻撃でそれぞれ2機以上の敵機に対して攻撃を加えて行った。
射撃可能な時間は、1機の敵機に対して1秒も無かったはずだが、それでも、3機の攻撃で一気に7機の敵機が編隊から落伍した。
7機、というのは、レイチェル中尉が3機落としたからだ。
一度に多くの機体を失ってしまったのにも関わらず、敵機の編隊は微動もしなかった。
それは、攻撃をものともせず、というよりは、7機があまりにも唐突に撃墜されてしまったので、咄嗟(とっさ)に反応できなかった、という様子だ。
レイチェル中尉たちに続いて攻撃を開始したジャック機とアビゲイル機は、中尉たちよりも堅実だった。
1度の攻撃で2機を立て続けに攻撃する様な離れ業はやらず、1機を確実に狙って落とす作戦の様だ。
2機の攻撃によって、さらに2機の敵機が墜落していった。
1機ずつ確実に狙ったおかげか、ジャックとアビゲイルの攻撃は敵機のエンジンをうまく撃ち抜いていた。撃墜は確実だろう。
そして、最後はライカと僕の攻撃だ。
《ミーレス、ジャックたちみたいに、確実にやりましょう! 目標は編隊の右端! 》
《了解! 》
僕はライカからの指示に答え、機体をわずかに操作して、照準器の中に敵編隊の右端にいる2機を捉えた。
先を進んでいるライカ機が、攻撃を開始した。
ジャックやアビゲイルと同じ様に、丁寧な攻撃で、必要最小限の弾丸だけで敵機のエンジンを正確に撃ち抜いた。
ライカが攻撃を終えて離脱していくのを視界の隅(すみ)で確認しながら、僕は残った方の敵機に向かってトリガーを引いた。
上空から少し角度をつけて降下しながら攻撃しているから、エンジンを狙い易い。
僕が放った射撃も、狙い通りの個所へと着弾し、敵機のエンジンから黒煙が吹き上がるのと同時に、プロペラの回る勢いが大きく減速するのを見えた。
僕は敵機を追い越し、僚機たちが離脱していった方向へ向かって機体を旋回させながら、精一杯首を回して、敵機がどうなったかを確かめる。
空に、黒煙がたなびいている。
敵機が墜(お)ちて行った痕跡(こんせき)だ。
僕はまだ飛んでいる敵攻撃機の数を素早く数え、その数が11機になっていることを確認した。
僕らは1回の攻撃で、敵の攻撃機の半数を撃墜したか、撃破することができたらしい。
敵が犯してしまった大きな過ちは、僕らの攻撃に対して回避運動をしなかったことだろう。
回避運動をしなかったのは、爆弾を搭載した状態で、鈍重な運動性しか発揮できない時に回避するより、防御射撃によって反撃した方がいいという考え以外にも、編隊を乱して船団への攻撃が実施困難になるという事態を避けたかったためだろう。
だが、編隊を乱してでも、回避運動をしていた方が彼らにとってはマシな結果になっただろう。
何故なら、敵機は結局、僕らの攻撃によって編隊を乱してしまったからだ。
一度に半数もの僚機を失ってしまったのだから、動揺してしまったのだろう。
それでも、敵機は船団への突入を諦(あきら)めていない様だった。
編隊を乱し、散り散りになりながらも、敵機は船団を目指して進み続けている。
勇敢だ、とは思うが、僕としては、できれば引き返して欲しかった。
戦死者が少なくなればいい。
そう思う気持ちは、もちろんある。
だが、僕はそれほどお人好しでは無い。船団への攻撃を諦(あきら)めないというのなら、全機、ここで撃墜するだけだ。
それでも僕が敵機に引き返して欲しいと思ったのは、他にも、厄介な敵がいるからだった。
《上空を警戒! 敵戦闘機が戻って来た! 》
カルロス軍曹の警告で、僕は視線を上空へと向ける。
そこには、護衛対象であったはずの攻撃機を一気に半数も失ったことで、その仇討(かたきうち)に燃えているのであろう、敵戦闘機の姿があった。
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