17-14「敵機接近」

 サン・マリエールは、レーダーに捉えた航空機の編隊を、連邦軍の攻撃部隊だと判断した。

 即座に船団を護衛する全ての王立軍艦艇に対空戦闘用意との命令が発せられ、上空で戦闘空中哨戒を行っていた僕らにも、敵機の迎撃に向かう様にと指示が与えられた。


 敵機に向かうということは、艦隊の上空から離れてしまうということだったが、僕らは最初から、艦隊の上空で敵機を迎え撃つつもりなど無い。

 何故なら、僕らが艦隊の上空に留まっていては、艦隊は誤射を恐れて対空火器による反撃を効果的に実施することができないからだ。


 王立軍が船団を守るために作っている防空網は、戦闘機と対空火器による2重構造になっている。

 まず、艦隊へ向かって来る敵機を、なるべく外側で、戦闘機によって迎え撃つ。

 それでもすり抜けて来る敵機は、対空砲火によって撃退する。

 この形は、王国だけではなく、連邦でも帝国でも、基本的には変わりがない。


 僕らは護衛艦隊の上空を旋回していた391Aと共に、落下式の増槽を切り離し、機首を敵機が向かって来る方角へと向けた。


 実を言うと、落下式の増槽の中のガソリンは、船団と合流する辺りですでに使い切ってしまっており、僕らは今まで空の増槽を機体から吊り下げたまま飛んでいた。

 どうしてこんな非効率なことをやっていたのかと言うと、僕らにとっては、増槽そのものが貴重品だったからだ。


 増槽は、空中戦を行う際には邪魔にしかならないので切り離すことになっている。

 使い捨てが前提となるものなのだが、王国には十分な数の増槽が無く、任務の度に使い捨てにしていてはとても間に合わない状況だった。

 というのも、増槽は開戦になってから急にその必要性が認識されて、大急ぎで配備に至った装備だからだ。


 それ以前は、技術的な実験に用いられる程度で、わずかな数が用いられていただけだった。

 王国では各飛行隊に増槽に対応した機体を順次配備し、既存の機体の改造も行っているが、増槽も同時並行して一から作っているため、その供給量は決して余裕があるものではない。


 だから、僕らは訓練でも、いつも増槽は切り離さずに持ち帰って再利用をしていた。

 今回の任務でも、もし敵機と遭遇することが無いようだったら、そのまま持ち帰って来いと言われている。


 だが、敵機が来てしまった。

 増槽という空気抵抗になる邪魔者を捨てて身軽になった僕らの機体は、気持ちいいくらいに加速を始める。


《301A、こちらサン・マリエール。敵情を伝える。敵機は2手に分かれた。集団の1つは高度6000メートルへ、もう1つの集団は高度4000メートルへと降下した。降下した集団はなおも降下中、低高度にて攻撃を試みると思われる。……貴隊は高度6000メートルを侵攻中の敵機を迎撃せよ。貴隊との予想接触時間は約10分後だ》

《サン・マリエール、こちら301A! 了解だ! しかし、低高度に行った連中はどうするんだ? 》

《そちらには391Aを向ける。貴隊の戦果と無事の生還を期待する》

《了解! そちらにも幸運を! 》


 レイチェル中尉はサン・マリエールとのやり取りを終えた後、ほんの数秒だけ沈黙した。

 恐らく、接近して来る敵機に対して、どの様にしかけるかを考えているのだろう。


《301A全機、8000まで高度を上げるぞ! 敵機はこちらよりも多い、定石(じょうせき)通り高度有利の位置からしかけ、反復攻撃をしかける! 》

》》》》


 僕らは中尉からの指示に答え、中尉の機体が上昇を開始するのに合わせて機首を上げた。

 レーダーのおかげで敵機の位置が分かっているのだから、できるだけ有利な状況に持ち込んで戦うことに誰も異論はない。


 僕らとは反対に、391Aは機首を下げ、低高度へと降下して行く。

 義勇戦闘機連隊のパイロットたちは、噂に聞く分には、自分たちの好みで機体を改造してしまったりする様な自由奔放(じゆうほんぽう)な人たちである様だったが、実戦においては統制の取れた飛び方をする様だった。


 降下して行く391Aの編隊は整然としていて、隙が無い。もし、彼らと空中戦を戦う様なことがあれば、勝てるかどうか分からない、そう思わせるだけの迫力がある。

 僕は、小さくなっていく友軍機たちの翼を見送りながら、彼らが僕たちの味方になってくれたことに改めて感謝した。


 391Aと分かれ、いつもの7機だけになった後も、僕らはサン・マリエールからの誘導を受け、敵機へと向かって飛行を続けた。


 敵機が2手に分かれて侵入を開始したことからも分かる通り、敵は船団の位置をほとんど正確に把握している様だった。

 気がつかない間に偵察機か、潜水艦にでも監視されていたのだろう。

 僕らが向かっている、高度6000メートルを飛行中の敵編隊は速度を上げ、船団へと向かって真っすぐに突入を開始した様だった。


《敵編隊は貴隊の2時の方向に見えるはずだ。接触まであと1分程度と思われる》

《了解! 誘導に感謝する! 301A全機、警戒しろ! 今日は快晴で見通しがいいんだ、絶対に敵機を見逃すな! 》

》》》》


 僕らはレイチェル中尉からの指示に答え、視線を空へと向ける。


《敵機発見、敵機発見! 2時の方向、高度6000、機数は30機前後! 》


 すると、即座にアビゲイルが敵機発見の報告をあげた。

 サン・マリエールの管制官の見立てよりも早いが、アビゲイルの視力がそれだけいいということだ。


《いいぞ、アビー! 全機散開、攻撃態勢を取れ! いつもの通り、編隊を維持しながら戦え! おい、ひよこども、お前らももう実戦経験が長いんだ、頼むぞ! 》

》》》》


 レイチェル中尉の指示で散開した僕らは、自由に飛べる様に機体と機体の間隔を開き、攻撃開始の合図を待った。


 すぐに、僕の目にも敵機の姿が見えてくる。

 最初は黒い粒の様に、そして、すぐに飛行機の形になる。


 全て、単発機だ。

 海の色とできるだけ同化させるためか、機体全体を青い色で塗っている。

 僕らの機体もそれと同様だが、敵機の色は僕たちの機体の色よりも少し濃い。僕らの機体は王国南部の海の色に合わせて塗られているが、敵機は連邦に近い海の色に塗っているのだろう。

 そして、垂直尾翼には、連邦軍機であることを示す八芒星(はちぼうせい)がはっきりと描かれている。


 30機ほどとされていた敵機の集団は、実際に数えてみると32機である様だった。

 機種は、2つに分かれている。

 1つは、空冷式のエンジンを装備しているらしい機首に、全体的にがっちりとした頑丈そうな印象の、単座の機体だ。筋肉質で、タフな感じがする。

 もう1つは同じく空冷式のエンジンを装備した複座の機体で、何と言うか、別の機種から借りて来た翼を無理やりくっつけた様な、少しだけアンバランスに見える機体だ。


 前者は11機ほど、後者は21機ほどいる。

 3つの編隊に分かれて、単座機の編隊の下に、複座機の編隊をかばう様な隊形を組んでいる。

 恐らくは、複座機が爆弾などを搭載した攻撃機で、単座機がその護衛の戦闘機部隊なのだろう。


 僕らの目的は船団を守ることだったから、優先目標は攻撃機だと思われる、複座機の方だろう。

 ただ、複座機の外部には爆弾などの姿は見当たらないから、本当に攻撃機なのかどうか、はっきりとしたことは分からない。

 どちらも、僕らがこれまでに戦ったことの無い種類の機体だった。


 僕らは、すぐには攻撃を開始しなかった。

 戦闘中に別の敵機が現れ、奇襲攻撃を受けでもしたら、たまったものではない。

 僕らは周囲に他の敵機がいないかを念入りに確認したが、幸いなことに、どこにも見当たらなかった。


 敵には11機の戦闘機がいるが、ベルランD型を装備した今の僕らであれば、十分に勝負になるだろう。

 サン・マリエールからの誘導のおかげで、敵機との位置関係も僕らにとって有利だ。


 いつ、攻撃開始の合図があってもいい様に、僕は無線に耳を澄ませながら、操縦桿を握る手に力を籠(こ)める。


《よぉし! 全機、攻撃開始! 攻撃だ! 》


 僕らはレイチェル中尉の号令で、一斉に敵機の編隊へと機首を向け、降下を開始した。


※作者注

 連邦側の攻撃部隊は、戦闘機がF6F「ヘルキャット」、複座の攻撃機がSB2C「ヘルダイバー」がモデルの機体によって構成されています。

 義勇戦闘機連隊の391Aが迎撃に向かった低高度組は、F6FとTBF「アヴェンジャー」がモデルの攻撃機の組み合わせです。


 最初は、あまり登場させていなかった日本軍機をモデルとし、「烈風」「彗星」「天山」から成るドリームチームとの対戦を考えていたのですが、書いている内に、熊吉の胸が痛みだすという謎の現象に襲われたため断念することにしました。

 零戦も出そうかと思ったんですが、主人公たちが乗っているベルランD型とは相性が悪い機体なので、これも断念しました。


 連邦側としては、急降下爆撃機部隊で急襲をしかけ、船団を混乱させたのと同時に、低高度でレーダーによる探知を避けながら雷撃部隊を突入させて攻撃をしかけるという作戦だったのですが、王立軍側のレーダーの性能を見誤っていたために2手に分かれる前に発見されてしまい、王国側に対応されています。


 あと、増槽が貴重品という話ですが、BOBの際にドイツ側で増槽の不足からBf109への増槽の供給が遅れ、戦況に影響があったという話を聞いたことがあったので、今回取り入れてみました。

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