17-8「出港」

 ケレース共和国から食糧を輸送して来る船団を護衛することが決まってから、僕らは毎日、船団を護衛することになるはずの空へ向かって訓練飛行を繰り返した。

 やっていることは、目的地まで飛行して、できる限りその上空に留まり、そして戻って来るという単調なものではあったが、気を緩めることはできなかった。


 陸地の見えない洋上を飛行することには、危険が隠れている。

 注意していても、状況によっては空間識失調という危険な状態に陥(おちい)る危険があり、僕らはそうなった時にも冷静に対処できる様に、いつでも心構えをしていなければならない。


 それに、今回の作戦は、王国の全ての人々を飢えから救うためには、どうしても成功させなければならない作戦だ。

 ケレース共和国が王国に食糧を輸出してくれることが決まり、王国には飢餓(きが)を回避する道が生まれたが、実際に王国まで食糧が到達しなければ何にもならない。


 そのためか、食糧が来るだろうということが分かっても、王国では食糧の配給制限を強化したままだった。

 おかげで、今も僕は空腹を抱(かか)えながら飛んでいる。

 王国のため、王国の人々のためというだけでなく、僕自身のために、今回の作戦は絶対に成功させたかった。


 僕らの訓練は、敵機との交戦が起きないという以外は実戦と全く同じ状況で、いわばリハーサルの様なものだった。

 作戦には僕ら以外の、第1航空師団に所属する全ての戦闘機部隊が投入されることになっている。それらの部隊も僕らと同じ様に訓練を繰り返しており、訓練の途中ですれ違ったり、一緒になったりもした。


 その中には、数カ月前に設立されたばかりの、外国からやって来た義勇兵たちによって作られている「義勇戦闘機連隊」の姿もあった。


 義勇戦闘機連隊は結成から日が浅く、その陣容も、戦闘機中隊が4つと、連隊と名乗っていながらも実質は戦闘機大隊に毛が生えた程度でしかない。

 それでも、義勇戦闘機連隊の姿があることは、僕ら、王立軍の将兵にとっては、この上なく心強いことだった。


 何しろ、義勇兵たちの多くはナタリアの様に実戦経験を持つベテランのパイロットたちで、平均した練度は王国の他のどの戦闘機部隊とも引けを取らないか、優れている。

 だから、設立されてから日が浅いにもかかわらず、今回の作戦から実戦に投入されることになった。


 これは、義勇戦闘機連隊のパイロットたちが自発的に参加を志願したからでもあった。義勇兵たちはケレース共和国からも多数が参加しており、母国から来る船団を守るというのなら、是非やらせて欲しいという声が多かったらしい。

 こういったことから、義勇戦闘機連隊の戦意は高く、戦友として頼りになる存在だと言えた。


 しかも新設されたばかりの部隊で、所属する各飛行中隊は王立空軍が定める部隊定数を完全に満たしている。

 各中隊はいつでも12機の戦闘機で出撃が可能ということで、開戦以来、兵力不足に悩まされ続けて来た王国にとっては本当に嬉しい援軍になった。

王国にとっての新鋭機であるベルランD型を装備した中隊が2つと、ベルランから見るとやや戦力として見劣りがするものの、改良の結果十分前線でも通用する性能を持つエメロードⅡC型を装備した中隊が2つで、パイロットの技量と合わせると、質という面でも十分だった。


 それに、彼らの存在は、戦力としてだけではなく、精神的な部分でも嬉しいことだった。

 僕ら、王国が孤立無援ではなく、この世界には王国のために共に戦ってくれる人々もいるのだということを、はっきりと僕らに示してくれているからだ。


 僕たち王立空軍だけでなく、王立海軍でも、船団を護衛する作戦の準備が進んでいる。


 王立海軍はこれまで、連邦や帝国に対して大きく兵力で劣るためと、あちこちに展開して幅広く活動を実施するだけの余力がなく、積極的な行動を示しては来なかった。

 王国の主戦場が北部の陸上であったためにこれは仕方の無いことでもあったが、一部では、「海軍は何をやっているんだ」という不満の声もあったらしい。


 ようやく活躍の場を得た海軍は、かなり張り切っているそうだ。

 海軍は今回の作戦のために、大型艦艇も含め、多数の艦艇を投入することとしている。


 その内訳は、戦艦が1隻に、重巡洋艦が2隻。これに加えて、軽巡洋艦が2隻、そして駆逐艦が16隻となっている。

 戦艦が護衛の指揮をとる旗艦で、大量に装備された対空火器とその火力で船団を護衛するのと共に、護衛につく僕らの様な戦闘機部隊の指揮も取ることになっている。

 2隻の重巡洋艦は、船団の前方と後方に位置し、敵の水上艦艇が現れた場合に対処する。

 他は、軽巡洋艦1隻と駆逐艦8隻がそれぞれ1つのチームを作り、片方が船団の護衛となり、もう片方が船団の前に出て、妨害に出てくるかもしれない敵の潜水艦に対して捜索と攻撃を加えるのだそうだ。


 戦艦とか重巡洋艦とか軽巡洋艦とか駆逐艦とか、僕にはよく分からない名前だったが、とにかく、厳重そうな護衛態勢だ。


 王国がその命運をかけて、全力で護衛することになっているケレース共和国の船団だったが、すでに出港したとのことだった。


 船団が出港したのは、ケレース共和国からの食糧輸出が決まった5日後、つまり、昨日のことだった。

 僕は少し疑心暗鬼になってしまっていたのだが、どうやら、ケレース共和国は本気で王国を助けてくれようとしているらしい。


 船団は、ケレース共和国などが保有している商船24隻と、その護衛の艦艇から成っている。

 船団の内訳は、第4次大陸戦争が始まる前は大陸間航路を往復する高速の客船として運航されていた大型客船が2隻と、同じく大陸間航路で運航されていた貨客船が7隻。輸送の主力となるのはこの他の貨物船11隻で、これに加えて、ケレース共和国の海軍が保有していた高速輸送艦が4隻。


 これだけたくさんの船をケレース共和国が1国だけで持っているのかと言うと、そうではないらしい。

 船団に参加する船の内、半数ほどは、ケレース共和国の船ではなく、同国と友好関係にあり、同じく王国に対して同情的な気持ちを持っている国々に属する船なのだそうだ。


 これらの船によって、合計で24万トンもの食糧が輸送されることになっている。

 王国で消費される食糧の2週間分にしかならない量に過ぎず、失った備蓄を全て補える量でも無かったが、王国に残されている食糧と合わせれば、秋の次の収穫まで僕らが十分に生きていけるだけの量だった。


 大量の食糧を積んだ船団が、たった5日間で王国へ向けて出港したのは、驚異的な早さだった。

 というのも、ケレース共和国では、最初に王国に食糧輸出を打診した時からすでに船団の編成と輸送の準備を始めていたからだ。

 少し先走り過ぎの様な気もするが、王国と僕らにとっては感謝するしかないことだった。


 これを護衛するのは、ケレース共和国海軍に所属する護衛空母1隻と、重巡洋艦が2隻、駆逐艦12隻だ。

 他に、船団に商船を参加させてくれた別の国家からも、軽巡洋艦2隻が護衛として加わっている。


 空母、というのも、聞いたことのない艦種だったが、僕らパイロットにも関係のある船であるらしい。

 王国には存在し無い艦種だったので僕は全く知らなかったのだが、どうやら、「船の上に滑走路を作って、洋上でも航空機の離発着を可能とした軍艦」であるらしい。


 僕にとっては見たこともない存在で、どんな姿をしているのかは想像もつかない。

 正直に言うと、その実在自体、僕は疑ってしまっている。


 僕はつい数か月前、生まれて初めて船というものに乗ったのだが、それはもう、酷い経験だった。

 アビゲイルが言うには「大きな船で安定している方」だということだったが、僕にはとてもそうは思えなかった。

 僕にとって船と言うのは、少しも安定していない。常にあっちこっちに揺れていて、不安定という言葉の象徴の様な存在だった。


 そんな船から離陸したり、また、着陸したりすることなど、本当に可能なのだろうか?

 そもそも、離着陸に必要な長さと幅を持った滑走路を、船の上に作れるものなのだろうか?

 いや、もしかすると、それこそ島の様に巨大な船なのかもしれない。それくらい大きければ、さすがに船も揺れないだろうし、離着陸も簡単にできるだろう。


 そんな船を作ることができるのだから、ケレース共和国と言うのはよほど大きな国なのだろう。

 そう思った僕は、ケレース共和国出身のナタリアにどうなのかと聞いてみたのだが、そうしたら、ナタリアに思い切り笑われてしまった。


 確かに、ケレース共和国は王国よりも大きな国であり、人口も多いのだそうだが、僕が想像した様な大きさではないとのことだった。

 それに、空母と言うのも、僕がタシチェルヌ市からクレール市に渡るために乗った客船とほとんど変わらないか、少し小さな船なのだという。


 そんな船で飛行機の運用ができるのか、僕には不思議で仕方が無かったのだが、いろいろ工夫をすると、できてしまうらしい。

 例えば、船自体が走っているから、風に向かって船を全速力で進めれば、離陸に必要な距離を大きく縮めることができるらしい。他にも、カタパルトと言って、大砲で砲弾を撃ち出す様に、飛行機を力いっぱい撃ち出す機械があるのだそうだ。

 他にも、空母の上で運用できる様に特別な装置をつけた飛行機を使っているということや、着陸の際には空母の滑走路(飛行甲板というらしい)の上に張ったワイヤーにその特別な装置をひっかけて停止するのだということを教えてもらった。


 ナタリアは空母に乗ったことは無いとのことだったが、パイロット仲間からいろいろと聞いたことがあったらしい。

 僕が思った通り、空母も船であるからには大きく揺れているのだそうだが、訓練すればどうにかなるレベルなのだという。


 ナタリアの話を聞いて、空母というものが存在することについては信じることができたが、それでもやはり、僕にとって空母と言うのは不思議で、少し怖い存在だった。

 もし、空母に着陸する様な機会があっても、僕はそこに着陸したくはない。

 本当に離着陸ができるのかも信じ切ることができなかったし、何より、僕はできることなら一生、船には乗りたくなかった。


 僕にとって未知の、そして恐怖の存在でもある空母によって護衛されたケレース共和国の船団は、18ノット(1ノットは1海里=1.852キロメートルを1時間で進める速度)という速さで、王国に向かって進んでいる。

 これは、商船としては決して遅くない速度なのだそうだが、メートル単位に換算すると、時速30キロメートルを少し上回る速さでしかない。


 船団が王国の近海へと到着し、王国による護衛作戦が展開されるのは、今から1週間以上後のことになるだろう。


※作者注

 食糧の輸送量=24万トンですが、王国の総人口を約3000万人、年間の食糧(穀物など)消費量を1人あたり約200キログラムと仮定して計算し、王国で消費される約2週間分の量として算出しました。

 王国の食糧不足がこれで完全に解消するわけではありませんが、次の秋の収穫まで何とかなるようになり、食卓に提供されるパンの量も増やせるようになります。

 計算間違い等あったらごめんなさいです。


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