17-9「箝口令(かんこうれい)」

 王国へ輸送される食糧を満載した船団は、ケレース共和国の沖合で終結し、隊列を組んで航海を開始した。

 僕らは、その到着を、今か、今かと、待ちわびている。


 今回の食糧の輸入は、途中まで船団をケレース共和国が運航しているものと偽装する前提であるため、一般には公表されず、僕らにも箝口令(かんこうれい)が敷かれていた。

 同じ王国の人々の中に、王国のために行われる食糧支援のことを敵に漏(も)らす様な裏切り者がいるということはあまり考えたくなかったが、警戒は必要だ。

 何しろ、僕たちは以前、スパイに関連した事件に巻き込まれたことがある。

どこに潜んでいるのか、本当にいるのか、いないのか、それが分からないのがスパイの怖いところだ。


 僕は、この箝口令(かんこうれい)を守るために、少し苦労をしている。

 何故なら、僕の妹、アリシアが、僕たち301Aの宿舎に居候しているからだ。


 アリシアは戦火を逃れるために故郷を離れ、タシチェルヌ市の近郊に作られた避難民向けのキャンプに逃れた後、働き口を探して僕らの基地へとやって来た。

 クレール第2飛行場の炊事班として雇われることになったのは、それが屋根つきの部屋を間借りできるという好条件だったからなのだが、その、せっかく借りることができた家はグランドシタデルによる空襲で焼けてしまった。


 行く当てのないアリシアを、軍もなるべく民間人を受け入れるという王国の方針に沿って受け入れているのだが、同じ場所で暮らしているだけに、うっかりすると今回の作戦のことを話してしまいそうになる。


 アリシアによると、最近、タシチェルヌ市近郊の避難民向けのキャンプに残っている他の弟や妹たちから、手紙が届いたそうだった。

 離れ離れになって以来、まともに連絡を取ることができていなかったのだが、最近になって大きな出来事があり、急に手紙を書いて送って来たとのことだった。


 その、大きな出来事と言うのは、僕らの父さんが、キャンプにやって来たということだった。


 僕の父さんは、故郷を守るために家族と別れて1人残っていた。

 かつての従軍時代の経験から、故郷の街の守備隊を取りまとめる大役を果たしており、連邦軍による包囲下にある街で辛抱強く戦っていた。


 僕は以前、作戦中に機体に被弾し、燃料切れを起こして不時着した時、偶然、父さんと再会することができた。

 父さんたち故郷の人々は苦しい防衛戦の中でもたくましく、力強く生きていたが、その後僕は街から脱出することになり、それから、父さんたちがどうなったのかを詳しくは知らない。

 心配だったが、その消息を知る手段も無かった。


 その父さんが、キャンプへとやって来た。

 大きな怪我も無く、元気でいるらしい。


 父さんは、僕たちの故郷の街が友軍によって包囲から解放された後、南へと避難した家族の消息を探して、あちこちを動き回っていたらしい。

 それが、最近になってようやくタシチェルヌ市近郊に作られたキャンプに避難したということを知り、様子を確かめるためにやって来たのだそうだ。

 そして、母さんとアリシアが働きに出ていることを知った父さんは、自分の無事を知らせ、こちらの様子を確かめるために手紙を書いた。


 父さんからの手紙によると、キャンプはグランドシタデルによって繰り返された攻撃でも特に被害を受けることも無く、そこに残っていた僕の弟や妹たちもみんな元気でいるらしい。

 同じテントで暮らしている他の家族ともうまくやっていて、助け合いながら、何とか暮らしているとのことだった。


 だが、食糧の不足は深刻な様で、難民キャンプでも大きな問題となっているそうだ。

 配給制自体は機能しているということで、餓死(がし)する様な危険や、食糧を巡っての避難民同士のトラブルなどは今のところ無いということだったが、王国中でそうであるように、お腹いっぱい食べるということはできていない。

みんな、お腹を空かせているらしい。


 父さんは僕たちの無事を確かめた後は、民兵として軍を支援する任務に戻るつもりであったそうだったが、この状況を見て、そのままキャンプに留まることにしたそうだ。

 自分は農業に詳しいから、何とかキャンプの近くに畑を作り、家族や避難民たちのために少しでも食べ物を作るつもりでいるらしい。


 僕が父さんからの手紙を読み終わった後、アリシアは、「返事を書かなくちゃいけないんだけど、兄さんのことは、どんな風に書けばいいかしら? 」と聞いて来た。


 僕は、もう、全てを打ち明けてしまいたかった。

 お腹を空かせながらも、懸命に頑張っている父さんや、弟や妹たちのために、もうすぐ外国から食糧が輸入されるということを教えてあげたかった。


 箝口令(かんこうれい)は情報が敵に漏(も)れる可能性を下げ、作戦の成功率を少しでも上げるために取られている措置(そち)だったが、しかし、僕の身内であれば、話しても大丈夫ではないだろうか?

 アリシアや母さんが秘密を漏(も)らすとは思えないし、手紙を受け取ることになる父さんだって、そういうことにはきちんと心得があるだろう。

 何しろ、僕の父さんは現役だったころは将校にまで進んでいたのだ。秘密をどんな風に守るべきかは、知っている。


 だが、僕は寸でのところで、全てを打ち明けてしまうことを思いとどまった。

 秘密が漏(も)れるかも、と心配になったからではない。


 王国では、戦争が始まってから戦時の非常措置(ひじょうそち)として、国内を流通する手紙の類に関する検閲(けんえつ)が行われている。

 これは、軍事機密に関係する様な事項が漏出(ろうしゅつ)していないかを監視するために行われていることで、僕たちがいる様な軍事基地から出される手紙などの検閲(けんえつ)は特に厳しく実施されている。


 もし、僕らから出される手紙に今回の食糧輸入のことが書かれていたら、検閲(けんえつ)によって手紙は没収となり、父さんたちのところへ届くことは無くなってしまうだろう。

 アリシアがスパイとして嫌疑をかけられるというのもあり得るし、そうならなくても、情報源となったであろう僕のことは特定され、注意をされることになるかもしれない。


 僕はアリシアに、僕は元気でいること、パイロットとして頑張っているということだけを伝えてくれる様に頼んだ。

 アリシアは「それだけでいいの? 」と不思議そうな顔をしていたが、特に何かを疑うでもなく、そのまま手紙を書くために去って行った。


 早く、船団に到着して欲しい。

 一日でも早く、空腹ばかりを感じる日々から解放されたいというのもあったが、船団が到着すれば、箝口令(かんこうれい)が解除されるというのも大きな理由だ。


 何と言うか、今の状況は、息苦しい。

 言いたいことを、自由に言うことができない。それが、思っていたのよりもずっとつらい。

 アリシアたちに嘘をついている様で後ろめたいという気持ちもあるし、船団のことをみんなに伝えて、少しでも明るい気持ちになって欲しいと思うのに、それができない。

 秘密を守ることは、どうやら僕には向いていない様だ。


 僕がそんな風に悩んでいる間にも、船団は順調に航海を続けているということだった。

 船団は嵐に遭遇することも無く、予定通りに航行を続け、ゆっくりとではあるが王国へと近づきつつある。


 船団が王国に接近するのにつれ、王国側の動きも慌ただしくなっていった。

 僕らが訓練を続けているのは相変わらずだったが、僕らの様に船団を護衛する予定になっている戦闘機部隊の他にも、船団の周囲を偵察して敵の接近を一早く察知するために準備されている哨戒機の部隊や、海中に潜(ひそ)んで忍び寄って来る潜水艦を警戒し、その撃退に当たる対潜部隊などが、その動きを活発にし始めている。


 王立空軍だけでなく、船団を直接護衛することになる王立海軍も準備を進めている。


 王立海軍はこれまで、連邦や帝国との兵力差に加え、艦艇を航行させるために大量に必要となる燃料の節約という目的もあり、大きな行動を起こしては来なかった。

 だが、その全力とまでは行かないが、十分に有力と呼べる艦隊が編成され、船団の護衛をより確実に成功させるために動き出している。


 王立海軍の護衛部隊は、タシチェルヌ市にある王国で最も巨大な軍港に集結を終え、艦隊を編成し、タシチェルヌ市とクレール市との間にあるオリヴィエ海峡で陣形を維持しながら、船団の護衛を行う訓練を繰り返している。


 空を飛ぶ度(たび)、訓練の様子を見ることができた。

 戦艦と呼ばれる一際大きな軍艦を中心に、軽巡洋艦と駆逐艦から成る部隊が輪を作って並んでいる。

 その前方には傘の様な形で、別の軽巡洋艦と駆逐艦から成る部隊が対潜警戒網を敷く。

 そして最前列には、船団の先駆けとなる2隻の重巡洋艦の姿があり、勇ましく白波をかき分けながら進んでいる。


 艦隊が作る大きな輪の中にはまだ1隻も船の姿は無かったが、作戦が実行された際には、その輪の中に24隻もの商船と輸送艦が守られることになる。

 初日の訓練では陣形に多少の乱れも見られたが、2日、3日と、訓練が続けられるうちに陣形の乱れも無くなり、艦隊はより実戦的な、状況に応じて陣形を変更したり、船団を攻撃しようとする敵機や潜水艦、水上艦などに対応したりする訓練を行う様になっていった。


 いよいよ、ケレース共和国からの船団が近づいて来た。

 オリヴィエ海峡で訓練を続けていた艦隊は船団を出迎えるために出発し、海峡を西へと向かって進み始めた。

 艦隊はオリヴィエ海峡の西の出口付近で待機し、船団の接近に合わせて一気に外洋に出て、船団と合流を果たすことになっている。


 僕ら戦闘機部隊の出番も、もうすぐそこまで迫っていた。

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