16-33「作戦準備」
アリシアが言うには「目に良い」という人参(にんじん)をたっぷりと食べた後、僕たちは301Aの格納庫へと向かい、飛行の準備を開始した。
僕らはこれから、作戦を実施できるかどうかを確認するために202Bと合流し、昼の明るい内に実戦と同じ内容の訓練を行うことになっている。
王国の命運がかかっているかもしれない作戦であるだけに、しっかりと準備をしておかなければならなかった。
格納庫の前に僕らの機体が並べられ、暖機運転が始まっている。
整備班も僕らと同じ様に疲弊(ひへい)しているはずだったが、機体の調子は少しも問題ない様だった。
ベルランD型の生産を行っている新工場が基地に隣接していて、予備部品が簡単に手に入るという環境も、機体の状態を良くするのに貢献しているだろう。
やがて時間になると、僕らは予定通りに離陸を開始し、空中で202Bと合流した。
202Bは、今回の作戦のため、連邦から鹵獲(ろかく)されたグランドシタデルを使用することになっている。
基地の上空で僕らは合流したが、やはり、王国の空をグランドシタデルの巨大な機影が飛行していると、味方だと分かっていても少しだけ身構えてしまう。
202Bが使用するグランドシタデルには、すでに王立空軍機用の迷彩塗装が施され、王国の国籍章となっている「王国の盾」がしっかりと描きこまれていた。
202Bはその機体を使って、王国に侵入してきたグランドシタデルの上空へと突入し、僕らが敵機を攻撃する間照明弾を投下し続けることになっている。
ベイカー大尉たちは、すでにグランドシタデルを十分に乗りこなしている様だった。
というのも、グランドシタデルの性能を確認するため、修復が終わった機体を最初に飛ばしたのが、202Bのベイカー大尉たちだったからだ。
202Bは、王国のパイロットの中では、グランドシタデルについて最も良く知っている。
僕らは合流すると、作戦会議でハットン中佐から説明を受けた通りの手順を実際に試した。
やる前は不安が大きかったが、実際にやってみると、意外にも、案外やれそうな気がしてくる。
昼間だから視界が十分にあり、お互いの連携が取りやすいということもあったが、グランドシタデルが優れた装備を有しているという点が大きかった。
王国では航空機に装備して運用できる小型のレーダーというものをまだ持ってはいなかったが、連邦ではすでに開発済みで、グランドシタデルに装備されている。
機体が鹵獲(ろかく)された時、グランドシタデルの機上レーダーは損傷していたが、そのダメージはわずかなものでしかなかった。
王国が撃墜した機体などから部品が回収され、修理された機上レーダーは、今回の作戦に大きく役立ってくれそうだ。
作戦では、王国に侵入してきた敵編隊の探知と追跡は地上の防空レーダーで行い、その情報を元にタシチェルヌ防空指揮所が僕らを誘導するということになっていた。
だが、一度防空指揮所を経由する分、情報の伝達には時間差が生じてしまう。
大きな部分の誘導ではタシチェルヌ防空指揮所からの誘導で十分なはずだったが、敵編隊の上空に突入し、その位置を維持し続けなければならないという繊細(せんさい)な操縦を要求される202Bにとっては、その時間差は惜しむべきものだった。
だが、グランドシタデルの機上レーダーによって、ベイカー大尉たちは直接、敵編隊を捕捉することが可能となっていた。
機上レーダーの性能は地上の防空レーダーと比較すると限られた探知能力しか持たないために地上からの誘導はやはり必要ではあったが、一度敵機を捕捉できる距離にまで接近すれば、ベイカー大尉たちが現場の判断で細かい調整をすることができる。
おかげで、作戦が成功する確率は、相当高くなっているはずだ。
実際、試してみたところ、作戦は驚くほどスムーズに行った。
本物の敵機を相手としない訓練ではあったが、ベイカー大尉たちは訓練用に用意された数機の友軍機から成る編隊を機上レーダーで正確に捉え、その上空に突入することに成功した。
僕らも訓練の上ではあったが、その敵役の友軍機の編隊に対する攻撃に成功した。
僕らは機上レーダーで編隊を捕捉した202Bから空中で直接誘導を受けており、目標の編隊に迷うことなく接近し、攻撃位置につき、攻撃を行うことができた。
だが、1度成功しただけでは、安心できない。
僕らは燃料の続く限り、202Bによる敵編隊の捕捉と追跡、その上空への突入、そして301Aによる攻撃という、一連の流れを繰り返した。
その結果、少なくとも訓練の上では、十分に実施可能な作戦であることがはっきりとした。
202Bや301Aに所属する僕らパイロットの腕前ももちろんあるとは思うが、やはり、グランドシタデルの機上レーダーの存在がありがたかった。
連邦の進んだ技術には驚かされるばかりだったが、とにかく、僕らは作戦を実行することができそうだ。
もう1度夜間に同じことをやってみる必要はあったが、訓練の成功は僕らにとって嬉しいことだった。
訓練を終えた僕らは着陸し、夜間にもう1度訓練を実施するため、再び休憩(きゅうけい)に入った。
相変わらず仮眠しかとることができないが、特別迎撃隊として、他の戦闘機部隊が行っている戦闘空中哨戒のローテーションから外された僕らには、これまでより少しだけ多く眠る時間があった。
おかげで、久しぶりにすっきりとした気分で目覚めることができた。
今も厳戒態勢にある王国の空を守るために、体力をすり減らして飛び続けている他の部隊のパイロットたちに少しだけ申し訳ない様な気もする。
他のパイロットたちの苦労には、今回の作戦を成功させることで応えるべきだろう。
すでに時刻は夕暮れ時で、今朝見上げた時は眩(まぶ)しかった空は、赤く染まっていた。
不規則な生活をしているせいか、すっかり、時間の感覚がマヒしてしまっている。今が夕方であるのは間違に無いはずなのに、僕の身体はまだ、昼間の様な感覚だ。
まだこの生活には慣れなかったが、文句を言ってもどうにもならない。
僕は、気分転換に、久しぶりにブロンの面倒でも見てやろうかと思った。
奴は僕にとっては憎たらしい存在ではあったが、どうにも、憎みきれない様なところがある。彼の世話をしていると、牧場での厳しくも楽しい生活が思い出されて、とても落ち着くのだ。
食いしん坊アヒルのブロンの世話は、301Aの中では主に僕の担当だったが、最近は少し事情が変わっていて、僕は彼の世話をあまりしなくて済んでいる。
連邦の攻撃がいつ来るか分からない状況で僕ら戦闘機パイロットは多忙となり、とてもブロンの世話などしていられなくなったからというのがその理由だったが、もう1つ、訳がある。
僕ら301Aの宿舎に、アリシアが居候(いそうろう)するようになったからだ。
アリシアは僕の妹である以上、言うまでも無く牧場の仕事は大抵できる。
彼女は基地の炊事班として雇われておりしっかりと働いている身だったが、担当の時間が終わって宿舎に帰って来るとやることがなくなり、時間が余って困ると言っていた。
そこで、僕は彼女にブロンの世話をしてくれる様に頼み込んだのだ。
妹は、しっかりブロンの世話をしてくれているだろうか?
いや、むしろ、ブロンがアリシアの手を焼かせていないかの方が心配だ。
奴は301Aのマスコットとして、あまりにもちやほやされ過ぎて、少し調子に乗っているところがある。
真っ白なアヒルのブロンだったが、彼が縄張りにしている格納庫の近くの草地に僕が近づくと、彼の方から僕を見つけ、僕へ向かって駆け寄って来た。
よく分からないが、何かから逃げている様に必死で、ガー、ガー、と助けを求める様に鳴きながら僕へと全速力で走って来る。
状況がのみ込めなかったが、キツネや野良犬でも基地に迷い込んだのだろうか?
それで、ブロンはそれに怯(おび)えて、茂みに隠れていたのだろうか?
そう思った僕は、一応、彼を保護するために捕まえ、抱き上げてやった。
最近はすっかり僕のことを甘く見た態度を取っているブロンだったが、どうやら本当に困っていたらしく、安心した様に僕の肩に自分の頭を乗せて来た。
彼の傲慢(ごうまん)な態度には腹が立っていたが、こういう風に素直に頼られると悪い気はしない。
ブロンの縄張りから侵入者を追い払うくらいはしてやろうという気にもなる。
やがて、茂みの向こうから、ガサ、ガサ、と音を立てながら何かが接近してきた。
さて、出てくるのはキツネだろうか。野良犬だろうか。
案外、猫とかだろうか。
野生動物は凶暴でなかなか危険だったが、大抵は人間を相手にすると怖がって逃げて行く。ちょっと脅かしてやれば、ブロンの縄張りから逃げて行くだろう。
でも、やっぱり心配だから、後で整備班にでも相談して、ブロンを守る柵でも作ってもらった方がいいかもしれない。
だが、茂みの中から出て来たのは、キツネでも、野良犬でも、猫でも無かった。
それは、僕の妹であり、ブロンの世話をしてくれているはずの、アリシアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます