16-31「特別迎撃隊」
王国に対し夜間攻撃を繰り返している連邦に対抗するため、王立空軍は取れる手段は全て、荒唐無稽に思える様なことでも何でも実施することを決定した。
僕ら301Aは、その手段の1つとして、202Bと連携し、「特別迎撃隊」を編成して作戦に当たることになった。
何度目かの眠れない夜が明けた朝、僕らは基地の中の一画にあるブリーフィングルームへと集合していた。
夜が、安心して眠ることのできる時間であったのは、いったいいつのことであっただろう?
王国は今、昼も夜も関係なく、空からの容赦のない攻撃にさらされている。
王国に存在するあらゆるもの、そして人々。その全てが、連邦によって攻撃対象とされていた。
グランドシタデルによる戦略爆撃によって王国の力は、確実に衰えつつある。
王国は受けた傷を修復するべく努力を続けているが、連邦軍機は来襲する度にその勢力を増し、効果的に王国を焼き払い続けている。
今はまだ、戦いらしい戦いを行う力が王国に残っているが、じきに、戦いの様相は連邦が一方的に王国をなぶりものにする様な姿へと変わるだろう。
「やれやれ……。また、貴隊と組むことになるとは」
「それはこっちのセリフだ、ベイカー大尉」
久しぶりに顔を合わせたベイカー大尉とレイチェル中尉はお互いにそう言って挨拶を済ませると、握手を交わした。
301Aと202Bが連携して作戦に当たるのは、これで3度目のことになるはずだ。
1度目はフィエリテ市にかかっていた南大陸横断鉄道の鉄橋を攻撃し、敵によってそれが利用できない様にした。
2度目は、冬季攻勢を仕かけて来た連邦軍へ王立軍が反攻作戦を開始するのに先立ち、連邦軍の航空戦力を弱体化するため、連邦軍機を守っていた巨大なバンカーを攻撃した。
僕らが顔を合わせるのはこれが初めてではないし、今さら自己紹介をやり直す必要も無い。
ベイカー大尉とレイチェル中尉が挨拶を交わしたのを見届けると、限られた時間を有効に活用するため、作戦の間202Bと301Aを統括して指揮することになったハットン中佐がさっそく、作戦についての説明を開始した。
正直なところ、話しが早く進むのは僕にとってありがたいことだった。
連邦はここ数週間にわたって断続的に夜間攻撃を繰り返しており、王国は夜間でも可能な限り敵機を迎撃するために臨戦態勢を取り続けている。
当然、敵機を迎撃しなければならない僕らパイロットも、夜間の出撃に備えていなければならず、今日だって徹夜したばかりだった。
少し、眠い。
性質(たち)の悪いことに、夜が明けても、僕らパイロットに安息の時間は無かった。
連邦はここしばらくの間、昼間に大きな攻撃をしかけて来ることは無かったが、かといって絶対に攻撃して来ないとは言い切れない。
王立空軍が持っている戦闘機部隊は限られているから、僕らは昼も夜も関係なく、警報が鳴れば即座に出撃できる様に準備をしておかなければならなかった。
合間、合間に数時間の仮眠を取ってはいるが、それでは、ベッドで必要な時間だけぐっすりと眠ることができる場合に比べ、体力はうまく回復してくれない。
身体の疲れもそうだが、特に、精神的にきつい。
きちんと休むことができないのはもちろんそのきつさの要因だったが、いつ敵機が来るのか分からず、少しも気を抜けないということが一番つらいところだ。
僕らは消耗し、疲弊しつつある。
僕らの様な兵士だけではなく、王国の人々にも、肉体的な疲労と精神的な負担が蓄積されている。
連邦によって実施されている戦略爆撃は、恨めしいほどに効果的だった。
こんな状態からは、少しでも早く抜け出したかった。
王国が滅びるかもしれないという理由だけではなく、僕の個人的な感情としても、そうだ。
早く、また、一晩ぐっすりとベッドで眠ることができる生活に戻りたい。
僕は、霞がかかった様に鈍い意識をどうにか保ちながら、必死になって作戦の内容を頭へと叩きこんで行く。
作戦内容自体は、説明するのは難しくは無い。
やることはまず、ベイカー大尉率いる202Bが敵編隊上空へと突入し、敵機と同航しながら照明弾を次々と投下して視界を確保する。
次に、レイチェル中尉が指揮する僕ら301Aが敵編隊に突撃を実施し、202Bが投下した照明弾の光を頼りに攻撃を実施する。
この攻撃自体は規模の小さなもので、敵機に対する戦果は限定的なものにならざるを得ないだろうが、王立軍としてはとにかく、連邦の夜間攻撃に対応するための戦術を確立させなければならない。
もし、僕らが任務に成功すれば、王国はその結果を基に新たな戦術を構築し、連邦の夜間攻撃に対抗していくことになるだろう。
言うのは、本当に簡単だ。
だが、実行するとなると、あまりにも困難なものだ。
敵編隊の上空から照明弾を投下し続けるというのが、一番の問題だった。
グランドシタデルは夜間爆撃を行う際は、命中率の低下を爆弾の量で補うためにその搭載量目いっぱいに爆装してくる。
捕虜からの情報と、王国が鹵獲(ろかく)した機を実際に飛行させて確認した結果を総合すると、これは、グランドシタデルにとってもその性能の限界ギリギリを発揮しなければならない任務であるらしい。
機体が重くなれば、当然、燃費が悪化する。
この燃費が悪化した状態で、グランドシタデルは、王国の空とその発進基地とを往復するため、最も経済的な巡航速度である時速400キロメートル未満で、最も効率よく飛行することができる高度7000から8000の間を飛行してやって来る。
そのままの速度で飛んできてくれれば問題は無いのだが、王国の上空に差しかかるとグランドシタデルは加速を開始し、高度を下げることで速度をかせぎ、最終的には600キロの速度で攻撃目標の上空へと到達する。
つまり、高速で突っ込んで来るグランドシタデルの上空から照明弾を投下し続け、それを照らし出し続けるためには、202Bも敵機と同様、時速600キロメートルの速度で飛行しなければならないということだった。
もし、202Bが敵機上空への突入に失敗すれば作戦は破綻(はたん)してしまうし、やり直しもできない。
上空への突入に成功しても、敵機からの反撃が浴びせられる中を飛行し続け、僕らの攻撃が終わるまでの間照明弾を投下し続けなければならない。
少なくとも、王国が持っている爆撃機では実施不可能な作戦だった。
王国の主力爆撃機であるウルスは、以前よりも改良が加えられ、最大速度500キロメートル以上を発揮するまでに強化されているが、それではとても足りない。
だが、幸いなことに、王国にはグランドシタデルそのものがあった。
この作戦のために王国は、鹵獲(ろかく)してから苦労して修復し、ようやく飛行可能な状態にまでなった、たった1機しかないグランドシタデルを投入することを決めていた。
ベイカー大尉たちはグランドシタデルを操縦し、敵編隊の上空に突入することになる。
機材的には一応「実施可能」という状態になってはいるが、それは、あくまで机上の空論に過ぎないことだ。
敵機が高速であるために突入に失敗すれば再チャレンジする余裕は無いということと、照明弾を投下中に敵機から激しい反撃が浴びせられるという問題が、そっくりそのまま残っている。
ハットン中佐からの説明を聞いた僕は、こっそり、ベイカー大尉の顔色をうかがった。
100機を超えるグランドシタデルの大編隊に突入して攻撃しなければならない僕らも大仕事ではあったが、ベイカー大尉率いる202Bが失敗したら、作戦の前提そのものが成り立たなくなってしまう。
本当に、成算はあるのだろうか。
僕は、どうしてもそう思わずにはいられなかった。
ベイカー大尉は、緊張で強張った様な顔をしていた。
だが、それはどうやら、プレッシャーに負けて怯えているのではなく、「自分がこの困難な任務をやり遂げるのだ」という、強い決意によるものである様だった。
少なくとも、大尉の視線に、迷いや不安の様なものは感じられない。
僕は、自分が恥ずかしかった。
あまりに困難な作戦であるために成功を疑ってしまったが、それは間違いだった。
結局、僕らには他に取るべき手段が無いのだ。
連邦が行う戦略爆撃によって王国は確実に弱体化し続けており、完全に抵抗する力を失うまでに残されている時間は、そう多くは無い。
時間さえあれば、もっと、成功の見込みのある作戦はいくらでも考えつくだろう。
だが、今の僕らには、何よりもその時間が無い。
連邦は王国を滅ぼしてこの戦争に勝利し、帝国との決着をつけるつもりでいるのだから、王国がどんなに弱っていようと、待ってはくれない。
戦いの主導権は、王国ではなく、連邦が握っている。
僕らは、行動しなければならない。
実現できるかどうかではなく、実現するしかない。
それ以外に、王国が存続する道がない。
僕らが僕らとして生きていける場所を守る手段が、他にはない。
僕ら301Aの役割も困難なものには間違いないが、それ以上に、202Bは無茶なことをやろうとしている。
そして、ベイカー大尉は、必ずそれをやり遂げるのだと決意している。
少しだって、泣き言を言ったりしない。
僕は両手を握りしめ、不安を振り払った。
僕も、覚悟を、決めるべきだ。
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