16-30「対策」
連邦軍機による、5回目の夜間攻撃が実施された。
今回の攻撃目標は、再び、タシチェルヌ市の工業地帯だった。
この攻撃によって、タシチェルヌ市の工業地帯のさらに20%が焼け、工業地帯に隣接する港湾施設にも被害を受けた。
これまでの攻撃によって、タシチェルヌ市の工業地帯の40%が焼かれた計算になる。
王国の側でも、重要な産業施設の稼働を止めないよう、必死に復旧作業を続けているから実際に40%の工場が完全に操業停止したわけでは無いが、工場が機能を回復する速度よりも被害を受ける速度の方がずっと早い。
このままではじきに、王国南部の工業地帯は完全に生産活動を停止する事態となるだろう。
そうなれば、王国の軍需生産も完全に停止する。
工場はタシチェルヌ市以外にもいくつもあるのだが、王国の産業は、タシチェルヌ市の工業地帯を基盤として成り立っているから、その基礎の部分が破壊されてしまえばその上に乗っかっている部分も連鎖して全滅してしまう。
特に重要なのが、鉄をはじめとする素材生産能力だ。
タシチェルヌ市で生産されている鉄は、王国のありとあらゆる産業に用いられており、多くの兵器に利用されている。
小銃、大砲、戦車、自動車、軍艦。その他にも建材として様々な場所で利用されており、鉄鋼の生産量が王国の工業生産力、ひいては経済力そのものと比例すると言っていい。
他にも、軍用機の生産に欠かすことができないジュラルミン。これはアルミニウムという金属を基本とした合金であり、これも、タシチェルヌ市の工場で多くが生産されている。
それらの素材を得られなくなれば、王国はどんな製品も生産することができなくなってしまう。
連邦は王国の屋台骨を攻撃し、そして、順調に成果を上げている。
夜間爆撃は攻撃目標を正確に視認できないために精度には欠ける面があるが、この点を補うために連邦軍は以前の高高度からの爆撃を止め、高度を落としての攻撃に切り替え、攻撃目標を多数の爆弾で包み込んで確実に撃破するためにより多くの爆弾を搭載して飛来するようになっている。
それでも爆撃を命中させることは困難なことのはずだったが、王国が鹵獲(ろかく)したグランドシタデルを調査し、捕虜たちから得た情報によると、連邦軍は王国にはまだ存在し無い、進んだ技術で作られた航法装置を有しているとのことだ。
これは慣性航法装置というもので、飛行を開始してからの自機の動きを計算し、現在の位置を割り出す、というものであるらしい。
これに加え、グランドシタデルには、王国ではもっぱら防空用として対空警戒に用いられているレーダーが装備されており、このレーダーによって島などの大きな物体を捕捉し、目印として飛行することができる。
このレーダーは夜間爆撃時には攻撃目標の照準にも用いられるということで、こういった高度な装置の存在が、グランドシタデルに夜間でも活動できる性能を与えている様だった。
王国は技術開発という面で決して鈍感というわけでは無く、常に隣接する連邦と帝国の動向に気を配ってきてはいたが、それでも、連邦は王国よりも数年以上進んだ技術を有している。
伝聞として聞き知った話では無く、現物を手にしているのだから、その事実を僕らは受け入れざるを得ない。
王国は、深刻な事態に直面している。
連邦側からのほとんど一方的な攻撃にさらされ、王国は抵抗する力を失いつつある。
時間が進めば進むほど、王国はその敗北に近づいていく。
こういった状況の中、王立軍は考えついた手段を全て試すことにした。
まず、侵入して来るグランドシタデルを迎撃するのに十分な時間を稼ぐために、王国の最も南西にある島に建設中だった防空レーダーが、突貫工事で完成された。
即席のレーダーとして配置されたロイ・シャルルⅧは連邦側からすでにその存在が露見しており、度々連邦からの攻撃を受ける様になっていて、その役割を満足に果たせなくなっていた。
だが、かえって連邦側に対する良い囮となってくれた様だった。連邦側はロイ・シャルルⅧが鎮座している島に王国が新しくレーダーを設置したことに気がついていないらしい。
防空レーダーの完成により、王国は再び、グランドシタデルを迎撃するための時間的な余裕を手にすることができた。
もちろん、これで全てがうまく行くというわけではない。
王立空軍の戦闘機部隊が、夜間攻撃を実施するグランドシタデルに対して満足な迎撃戦を実施できていない理由は、連邦がロイ・シャルルⅧに牽制(けんせい)攻撃を加え王国の対空監視網を弱体化させていたというだけではなく、夜間で視界が悪いために、戦闘機で出撃しても敵機の捕捉が難しく、接敵すら困難だというものがある。
これは、王国が、単発単座の戦闘機しか保有していない、という事情も影響している。
王国の戦闘機が単座のものではなく、複座の戦闘機であれば状況は違っていたはずだ。
単純に周囲を警戒する目が倍に増えて発見率が上がるだろうし、1人が操縦、もう1人が地上の管制との通信や、航法を担当すると言った様に役割分担をすれば、ずっと効率的に行動することができるだろう。
ただ飛ばすだけなら1人でも何とかなるかもしれなかったが、戦う、となると、こうした役割分担があった方が対応しやすかっただろう。
1人で何でもやらなければならないとなると、パイロットはあまりにも忙しくなってしまう。
それに加えて、単発であること。
鹵獲(ろかく)したグランドシタデルを調査して判明したことだが、連邦では航空機にもレーダーを搭載し、有効に利用している。
飛行機に搭載するためには装置を小型のものとしなければならず、その性能は限られたものにならざるを得ないだろうが、敵機がいる方向だけでも分かれば接敵できる確率は格段に上昇する。
だが、単発の戦闘機に装備できるほど小型のレーダーを、王国は持っていない。
連邦のグランドシタデルに搭載されていた航空機用レーダーの現物を入手しているのだから、作ろうと思えばどうにでもなるはずだったが、王国にはそのための時間が無かった。
王国が今から慌てて航空機用レーダーの開発に着手したとしても、完成するころにはそれを使って守るべきものはすっかり失われてしまった後だろう。
王国は、今手元にあるもので、応急的に対策を作り出さなければならない。
こういった事情から考え出された対応策は、「とにかく夜空を明るくすること」だった。
まず、対空砲からいくらかの砲が引き抜かれ、照明弾を専門で撃ち出す任務へ割り当てられた。
照明弾をグランドシタデルの高度まで数多く発射し、視界の悪い夜間でも、僕ら戦闘機部隊が敵機の姿を視認できる様にしようという考えだ。
さらに、何キロメートルも先にまで光を送り届けることができるサーチライトを利用することも、対策として盛り込まれた。
航空機は高速で飛行しているのでサーチライトで照らし続けるのは無理、と思えるが、サーチライトで照らす対象は高度6000メートルという場所を飛行しているため、敵機の動きを追跡して光を当て続けることは不可能では無いらしい。
こういった地上から何とか敵機の姿を照らし出す手法に加えて、空中からも敵機の姿を照らし出すという方法も実施されることになった。
これは、グランドシタデルのさらに上空を王立空軍の軍用機で飛行し、その上空から敵機の編隊に向かって、爆弾の代わりに照明弾を投下しようというものだった。
爆撃機をさらに爆撃機で爆撃しようとしている様なもの(落とすのは照明弾だが)で、本当にうまく行くのかと疑問に思ってしまう内容だったが、どうやら王立軍は本気でやるつもりの様だった。
そして、その作戦に従事する飛行隊も選ばれた。
敵機の編隊を照明弾で爆撃する役割には、202Bが選ばれた。
ベイカー大尉を隊長とする202Bはこれまでにも数多くの特殊な攻撃作戦を成功させてきた部隊で、所属するパイロットの実績、技量共に王立空軍で最も優れているという評価による抜擢(ばってき)だ。
この決定に異論を持つ者はいなかったが、しかし、202Bだけでは作戦は成立しない。
いくら202Bの技量が優れていようと、照明弾の効果が発揮されている間に攻撃を実施する戦闘機部隊が存在し無ければ、グランドシタデルを撃墜することはできないからだ。
そして、202Bが敵機を照明弾で爆撃をするのと同時に敵編隊に突入し、攻撃をしかける戦闘機部隊もすぐに決定された。
選ばれたのは、僕ら、301Aだった。
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