16-27「炎上」

 敵機の攻撃によって生じた火災は、一瞬の間に燃え広がった。

 星明りしかなかった暗い空が赤く照らし出され、その中に、編隊を組んだグランドシタデルの姿が浮かび上がる。


 燃えているのは、新工場でも、クレール第2飛行場でも無かった。


 街が、燃えている。

 クレール市の市街地が、燃えている!


《何だ!? どうなっている!? どうして連邦の奴らはあんなところに爆弾を落としたんだ!? 》


 レイチェル中尉が、戸惑いと憤りの入り混じった声をあげた。


 僕は、目の前で起きたことを、すぐには受け入れることはできなかった。

 眼下で燃えているのは、クレール市の街並み。

 それは、誰かの家であったり、店であったりする、ごく普通の市街地だったからだ。


 これは、誤爆だろうか?

 連邦は夜間という視界の悪さのために攻撃目標を誤り、軍事目標ではないただの市街地を攻撃してしまったのだろうか?

 それとも……。


《301A全機、とにかく敵機を追うぞ! 無傷で返すな! 》

》》》》


 僕らはレイチェル中尉からの指示に応答し、散開したまま、個別にグランドシタデルの編隊を追跡した。


 爆弾を投下し終えたグランドシタデルは旋回(せんかい)し、南西へと機首を向けて逃走を図っている様だ。

 爆弾を投下したことで身軽になった敵機は高速だったが、ベルランD型の方が速度は出ている。

 僕らはグランドシタデルにじりじりと接近を続け、クレール市を飛び越し、海の上に至ったところでようやく射程圏内に捉えることができた。


 通常であれば僕らは編隊を組み、2機1組のロッテを基本単位として戦闘を行うのだが、夜間で視界が悪く編隊を組んだまま戦闘を行うことが困難であったため散開している。

 敵機への攻撃は単機で、それぞれのパイロットが各個に行うことになった。

 そのため、攻撃は散発的なものになってしまった。


 敵機の姿はクレール市が炎上したことで一度ははっきりと夜空に浮かび上がったのだが、海上まで来ると光は少なく、エンジンの排気炎がどうにか見える程度でしかない。

 暗闇の中を手探りで攻撃する様なもので、空中衝突の危険が高く、僕らにとってもかなり危険な状況だった。


 それでも、レイチェル中尉が命じた通り、敵機を黙って見逃すことなどできなかった。

 彼らは、意図的なのか、事故なのかは分からなかったが、軍事目標とはならないはずのクレール市の市街地へと攻撃を行ったのだ。

 僕は、クレール市が炎上する姿をはっきりと目にしている。

 攻撃を防ぐことはできなかったが、せめて、敵に一矢を報いたかった。


 僕はグランドシタデルのエンジンの排気炎を目がけて接近し、射撃を加えた。

 敵機の姿がはっきりとは見えないので、ほとんどあてずっぽうだ。


 それでも、何発かは命中させることができた様だった。

 暗闇の中に着弾の火花が散るのが見え、一瞬だが、敵機のエンジンが炎上した。

 たった数発の被弾で敵機に火を噴かせるのだから、ベルランD型の20ミリ機関砲5門の威力はやはり大きい。


 だが、せっかく起こった火災は、すぐに鎮火してしまう。

 グランドシタデルに装備されている消火装置は、優秀な性能を持っている様だ。

 このまま攻撃を続け、追い打ちをかけることができれば撃墜することもできたかもしれなかったが、敵機からの激しい防御射撃が僕へと向けられ、機体に被弾したことで、僕は追撃を断念せざるを得なかった。


 僕は機体を降下させ、敵機からの防御射撃からどうにか逃れることができた。

 正確な機数は分かっていなかったが、ちらりと確認できただけでも敵機の数は50機以上もいる。

 敵機も夜間だから味方への誤射を恐れて全力でこちらを撃っては来られないはずだったが、それでも、銃口の数は敵の方が圧倒的だ。


 幸運にも僕の機体は大きな損傷を受けることは無かったが、一度敵機と離れてしまうと、再度攻撃をしかけることはもう、できそうにない。

 グランドシタデルは時速600キロメートル以上の高速で逃走中であり、今から追いかけても追いつくには時間がかかる。

 その上、僕は、敵機の姿を見失ってしまっていた。


 月明かりでもあれば、敵機の姿を捉えることができたはずだったが、今日に限って、月の姿はどこにも無い。

 それに、無理に敵機を追いかけて行けば、敵機に追いつく以前に、僕は自分がどこにいるのかも見失ってしまって、下手をするとどことも知れない海上に不時着する、ということにもなりかねなかった。


 夜間飛行の訓練は積んでいたから、事前に計画した航路を飛行するということはできるのだが、今は無我夢中で敵機の姿を追って飛んで来た後で、自分がどの辺りを飛んでいるのかはもう、おぼろげにしか分からない。

 今引き返さなければ、危険だった。


 僕が無線機のスイッチを入れ、レイチェル中尉に敵機を見失ったため帰還すると報告すると、レイチェル中尉からは不機嫌そうな声で《許可する。こちらも帰還する、基地上空で集合せよ》との返答があった。

 どこを飛んでいるのかは分からなかったが、レイチェル中尉は少なくとも無線が通じる範囲にいる様だった。


 僕は悔しさで奥歯を噛んだが、生きて家に帰るために、機首をクレール市がある島の方角へと向けた。


 僕は無事に帰りつくために夜間飛行の訓練で身に着けた航法を必死に思い出していたのだが、島の位置は、星を観測したりする必要も無く、すぐに見つけることができた。

 クレール市の市街地で燃え盛る炎が、夜空を明るく照らし出しているからだ。


 僕は、帰還を急いだ。

 僕の母さんと妹が、あの炎の中にいるかもしれない。そう考えるだけで、いてもたってもいられなくなる。


 ベルランはその高速を僕たちパイロットの間から頼りとされていたが、今はベルランの速度でも物足りない。

 やがて水メタノールがタンクの底を突き、エンジンを全力運転することさえできなくなってしまった。


 敵機を迎撃するために急いで上昇し、必死になって追跡している間にほとんど使いつくしてしまっていたらしい。

 僕はそれでも無理にエンジンを全開にして回し続けたが、エンジンの温度が上昇し、異音が聞こえ、エンジンが不気味に震え始めたために、スロットルを緩めるしかなかった。


 僕は、いら立ちのあまり、握り拳(こぶし)を作って機体を叩いていた。

 ああ、どうして、こんなにゆっくりとしか飛ぶことができないんだ!?


 僕の機体は、僕からの理不尽な八つ当たりに耐え、島へと向かって飛び続けた。

 やがて、僕の機体は島の上空へと到達し、炎上を続けているクレール市の姿が詳細に見えてくる。


 爆弾が投下されてからまだ30分も経過していなかったが、火の手は急速に拡大している様だった。


 どうやら、連邦軍が投下していった爆弾は通常のものではなく、火災を起こすことに特化した性能のものである様だった。

 一般的な爆弾であっても火災が生じることは十分にあり得ることだったが、それでも、市街地のかなりの部分が燃え盛るほどの火災が起こる様なことはないはずだ。


 クレール市では、少しでも火災を鎮(しず)めようと、懸命(けんめい)な消火作業が行われている様子だった。

 火の手を逃れて避難する人々の波をかき分けるように消防車が走り回り、消防士たちが必死にホースから放水して、火の勢いを弱めようとしている。

 クレール市の消防車だけでなく、攻撃を受けなかった基地や、近隣の小さな街や村に配備されている消防車までが大急ぎで駆けつけてきている様で、道路を走り抜ける車両のライトとサイレンを目にすることができた。


 だが、勇敢な消防士たちの奮戦にもかかわらず、火の手は衰えを見せず、盛んに燃え続けている。

 あの炎の中を、逃げ遅れてしまった人がどれほどいるのだろう?

 僕は、その恐ろしい想像に、身震いをした。


 あの炎の下に、母さんやアリシアがいないことを、僕は祈ることしかできない。


 連邦のグランドシタデルによる攻撃によって生じたクレール市の火災は、僕らが基地の上空で再集合して基地へ着陸を実施した後も燃え続け、結局、燃やせるものを全て燃やしつくすまで鎮火することは無かった。

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