16-26「赤い空」
僕は、暖機運転が終わるのをもどかしく思いながら待った。
どうにも、嫌な予感がする。
敵がこれまでとは行動パターンを変えて来たから緊張しているだけだとは思うが、それでも、少しでも早く飛び立って、敵機を迎撃したかった。
夜間の戦闘になるから、目視で敵機を発見することは難しいが、僕らは地上の管制官から誘導を受けることができる。
飛び立つことが出来さえすれば、敵機と会敵することは、決して不可能では無いだろう。
夜間の戦闘の経験はなく、それがどれほど困難なものとなるかは僕には想像もすることができなかったが、それでも、何とかしなければならない。
敵機の攻撃を許せば、多くの被害が出てしまう。
僕たちが、僕が、それを防がなければならないのだ。
僕は、今が夜で良かったと、少しだけ思った。
昼間であれば、連邦の攻撃目標となっている新工場で僕の母さんが働いているはずだったし、妹のアリシアも新工場と隣接しているこの基地で働いているから、連邦の爆撃に巻き込まれる危険があった。
だが、夜ならば。
2人はクレール市内の借り家にいるから、攻撃に巻き込まれる心配がない。
それに、警報も出ているから、2人は防空壕に避難していることだろう。
そう思うと、僕の心は少しだけ落ち着いた。
それでも、なかなか暖機運転が終わらず、離陸できないことがもどかしく、腹立たしくもあった。
少しでも早く離陸を開始しなければ、迎撃が間に合わないかもしれないからだ。
今回の攻撃は、僕らにとって余裕がない。
昼間の攻撃で王国の防空レーダーとして機能していたロイ・シャルルⅧの艦載レーダーが損傷したため、敵機の侵入を探知できた距離がクレール市から600キロメートルと、あまりにも近すぎるせいだった。
僕らに出撃命令が下され、管制官からその所在を知らされた時にはもう、敵機との距離は500キロメートルしかなかった。
600キロメートルと言うと、普通の感覚で考えるとかなりの長距離で、例えば王国で言うと、タシチェルヌ市から北へ飛び、フォルス市を飛び越え、フィエリテ市まで到達してしまう様な距離だ。
だが、敵機を迎撃する、という点から考えると、近すぎる。
軍用機は、時速数百キロメートルで飛行している。
人間が地上で歩くのや、馬や自動車で移動するのとはワケが違う。
例えば僕らが乗っているベルランD型であれば、仮にその最高速度で飛行を続けたとすれば、600キロメートルなど1時間以内に飛び越えてしまう。
そして、王立空軍機が敵機を迎撃するには、その接近を探知してから少なくとも、1時間以上もかかってしまう。
迎撃が間に合ったとしても、敵機が爆弾を投下する前に交戦できる王立軍機は少数に過ぎないだろう。
やがて管制官から続報があり、敵機の機種がグランドシタデルであることが判明した。
すぐに機種が明らかとならなかったのは、今が夜間で視界が悪く、敵機の機種を判断するための材料が音しか無かったからだ。
それを聞いた時、僕は少しも驚かなかった。
敵機の侵入のしかたは、グランドシタデルのこれまでのやり方とは大きく違っていたが、こんな所まで攻撃をしかけてくることができる機体が、グランドシタデル以外にも何種類もあったら、たまったものではない。
同時に、これは悪い知らせだった。
グランドシタデルであれば、その最高速度は時速600キロメートル以上も出る。
僕らが敵機を迎撃するまでの時間的な余裕が、いよいよ無くなってしまった。
そして、僕が不安に思った通り、敵機はあれから速度を上げた様だった。
管制官によると、敵機は王国に最初に探知されてから高度を6000メートルほどにまで下げ、速力を時速600キロメートル以上にまで加速させたということだった。
僕の中で、焦燥感(しょうそうかん)が大きくなっていく。
これは、間に合わないのではないか?
僕は慌てて、その考えを振り払うために頭を左右に振った。
敵機は、これまでのグランドシタデルの様に高度10000メートルという高空を飛行しているわけでは無い。
高速ではあったが、高度6000メートルと、これまでに比べればずっと僕らから近い所を飛んでいる。
きっと、間に合うはずだ。
僕はそう信じた。
いや、そんなふうに信じたかった。
やがて暖機運転が完了し、僕らの出撃準備が整った。
管制塔とやり取りをしたレイチェル中尉が離陸開始の許可を得ると、僕らはすぐさま、誘導路を一列になって移動し、離陸するために滑走路へと向かった。
整備班たちや、ハットン中佐やクラリス中尉、アラン伍長など、基地に残ることになる人々が、手や帽子を振って僕らを見送ってくれた。
自然と、操縦桿を握る手に力が入る。
僕らが、彼らの頭上に爆弾の雨が降ることを防ぐのだ。
やがて滑走路へと進入し、機体を整列させた僕らは、管制官からの指示を受けて離陸を開始した。
敵機の現在の位置は、クレール市からの距離100キロメートル以内、高度は変わらずに6000メートルの位置だった。
時間が無い。
敵機はあと、10分以内に爆弾の投下を開始するだろう。
僕らは離陸を終えると、少しでも速度を稼ぐために早めに車輪を格納し、エンジンを全開にしたまま水平飛行を続けた。
すぐに上昇に入らないのは、速度が無い状態で上昇を開始してものろのろとした早さでしか上昇することができないからだ。
敵機は、僕らにとってはもう、目前とも思える距離にまで接近を続けている。
焦りからから、呼吸が荒く、脈が速くなる。
手袋の中に汗がにじむ。
やがて十分な速度を得ると、僕らは一斉に上昇を開始した。
ベルランD型の性能であれば、高度6000メートルまでは数分もあればたどり着くことができる。
きっと、間に合うはずだ!
会敵できるチャンスは、1度しかない。
しかも、会敵できるのは、僕らだけしかいないかもしれない。
息が詰まる様なプレッシャーが、のしかかる。
僕らは必死になって機体を上昇させ続けながら、夜空の中に何とか敵機の姿を見つけ出そうと、必死になって夜空を探した。
だが、敵機の姿は発見できない。
管制官からは、敵機との距離がもう、ほとんどないことが知らされてきている。
今すぐに敵機を発見し、迎撃できなければ、間に合わない!
《3時の方向、エンジンの排気炎らしきもの! 》
最初に敵機の姿を視認したのは、ライカだった。
アビゲイルやレイチェル中尉でないことが少し珍しかったが、今はそんなことを考えている余裕は無い。
《301A、全機散開! 攻撃、攻撃だ! 何でもいい、1機でもいい! 無傷で敵機を通すな! 》
ライカが発見した敵機が本当に敵機かどうかを確認する過程をすっ飛ばし、レイチェル中尉は攻撃開始を命じた。
夜間であるため、僚機と編隊を組みながら戦闘を行うのは空中衝突の可能性があり危険だ。僕らは散開すると、敵機がいるらしい方向へと機首を向け、とにかく突っ込んだ。
ライカの報告は、正しかった。
正面に、エンジンからの排気炎らしいものが瞬(またた)いている。
月の無い星空に、大きな機体のシルエットが横切る。
いくつも、いくつも、飛んでいる!
同時に、僕は絶望した。
それは、僕らの手がすぐに届く様な距離にはいなかったからだ。
やがて、夜の空が、赤く染まった。
グランドシタデルの編隊から爆弾が投下され、大きな火の手が上がり、その炎の色が夜空を照らし出したからだ。
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