16-12「グランドシタデル」

 建物の外から、地響きと轟音(ごうおん)が響いて来たのは、その時だった。

 ずぅぅぅぅん、ずずずん、と、いくつもの爆弾が連続して着弾した時の様な感覚だ。

 普段は空で戦っている僕にも、空襲を受けた経験はある。この時感じた衝撃は、空襲の時の記憶を僕の中に呼び覚ました。


 直感的に、敵機がやって来たのだと思った。

 そうであるのなら、僕ら、戦闘機のパイロットには役割があるはずだ。

 僕は、必要であれば迎撃に出るため、すぐさま格納庫に駆けつけるために席を立った。


 ライカも、僕と同じ様に感じた様だった。

 彼女は僕と同じ様に急いで立ち上がりながら、僕からのプレゼントである香水の入った袋も忘れずに自身の胸ポケットへとしまい込む。


「兄さん? 何があったの? 」


 突然の轟音(ごうおん)と、僕らの表情の変化を見て、アリシアは不安そうだった。

 僕の中に、自分の妹のためにこの場に残りたいという衝動(しょうどう)が生まれたが、今はパイロットとしてより多くの人々のために働かなければならない。


「アリシア。僕たちは行かなきゃいけない。君はすぐに家に帰るんだ。それができないときは、防空壕とか、安全なところに隠れているんだ」

「……分かったわ、兄さん」


 アリシアはそれ以上僕に何もたずねず、気丈に頷(うなず)いた。

 昔から、アリシアは僕の家の長女としてしっかりしていたが、しばらく見ない間にさらに頼もしくなっている。


 僕とライカはアリシアと別れて、急いで僕らの機体がある格納庫へと走った。

 食堂のある建物から出ると、遠くの方でうっすらと煙が立ちのぼっているのが見える。

 その煙が王立軍の弾薬庫などがある方向だったら事故の可能性も出てくるのだが、煙は基地の外れの方から立ちのぼっている。そこには何も無いはずだから、事故ではなく、やはり敵からの攻撃があったのだろう。


 微かにエンジンの音が聞こえてきていることに気づいた僕は、走りながら空を見上げた。

 そこには、機影らしきものの姿が1機だけある。

 銀色のボディが日差しを浴びて、キラ、キラ、と光っている。


 その機体はかなりの高空を飛行している様でとても小さく見えたが、何とかどんな機体なのかを判別することができた。


 間違いない。

 以前、夜間飛行の訓練中に目撃した、あの、銀翼の巨人機だ。


 1機だけ、というのは攻撃にしては妙だと思ったが、他に爆弾を落としてきそうな機影はどこにも無かったし、他に犯人らしいものは無い。

 銀翼の機体は、高空をゆっくりと飛行し、南西の方向へ向かって旋回している様だった。


「ミーレス、急ぎましょう! 」

「分かった! 」


 銀翼の機を見上げていた僕は、少しだけ走るペースが落ちていた様だった。

 いつの間にか僕を追い抜いていたライカに急かされてそのことに気づいた僕は顔を前へと向け、走る速度を上げた。


 だが、その日、僕らには出撃命令が下されなかった。


 というのは、来襲した敵機が、僕が目撃したあの1機だけで、その機は確かに爆弾を投下したもののそのまま飛び去ってしまい、それ以上の攻撃が発生しなかったからだった。

 休暇中のため出撃準備のできていなかった僕らを今更(いまさら)飛ばす必要はどこにも無かったし、飛んだところで、高空を飛び去って行くあの銀翼の機体に追いつくことは不可能だっただろう。


 銀翼の機体が投下していったのは250キロ爆弾10発で、全て、基地外れの何も無い空き地に着弾していた。

 そこは基地と新工場の間で、王国の側に被害は全く生じなかった。せいぜい、抉(えぐ)られてしまった地面を埋め戻す手間ができてしまったくらいだった。


 被害が全く生じなかったことと、敵機が1機だけで、爆弾を投下した後はすぐに飛び去って行ってしまったために、王立軍には攻撃を受けたことを知らせる警報すら発せられなかった。

 今さら応戦の体勢を取ったところで、徒労にしかならないからだ。


 被害が生じなかったことと、それ以上の攻撃が無かったことで、僕を含めた多くの人々はひとまず、安心することができた。

 だが、この攻撃が僕らに与えたショックは、とてつもなく大きなものだった。


 何故なら、王国の南部に位置し、前線から最も遠い地域であるクレール市は戦争が始まってからまだ一度も攻撃を受けたことが無く、戦火は及ばないだろうと王国では考えられていたからだ。

 王国の人々は程度の違いこそあれほとんどの人がそんな考えを持っていて、だからこそ、王国の南部には北部から避難してきた人々が集まっているのだし、王国の政府も南部には大規模な攻撃は無いという前提の下で自国民の避難や疎開先を決めて来た。


 その考えが誤りであるということ、そして、王国の南部も敵からの攻撃にさらされ得るということが、これ以上ないほど明確な形で示されたのだ。


 それに加えて、銀翼の機体が投下した爆弾の量も、衝撃的なものだった。

 250キロ爆弾が10発投下されたことが確認されたが、これは、王国が現在保有しているどんな爆撃機よりも大きな搭載量だ。


 何も無い空き地に落ちたのでなければ、かなりの被害が生じていただろう。

 しかも、それだけの爆弾を、対空砲でも戦闘機でも簡単には迎撃できない様な高高度からあの銀翼の機体は投下したのだ。


 信じられない様な高性能機だと思って間違いないだろう。


 さらに厄介なのは、その信じられない様な高性能機が、連邦のものなのか、帝国のものなのか、それとも別の第三者のものなのか、それすらも僕らにはまだ分かっていないということだった。


 王国の南部地域に備えられた防空レーダーによって、その機の航跡は概(おおむ)ね把握することができていた。

 あの銀翼の機体は、王国の北部、つまり、連邦や帝国の側から飛んで来たものでは無い。

 あの機は王国の南西からやって来て、南西へ向かって飛び去って行った。


 王国の南西。

 そこにあるのは、海しかない。

 最も近い陸地、つまり大型の航空機が離発着できるような飛行場を作れる場所は何千キロメートルも離れた彼方にしかなく、僕らにはあの機がどこからやって来たものなのかを検討することさえできなかった。


 だが、あの銀翼の機体がどこから飛んで来たのか、どこに所属するものなのかは、すぐに明らかなものとなった。

 何故なら、銀翼の機体を開発し、王国へと飛行させ、爆弾を投下させたその首謀者が自ら名乗り出て来たからだ。


 あの銀翼の機体は、連邦のものだった。

 僕らが攻撃を受けた数時間後に行われたプロパガンダ放送で、連邦はこの爆撃を実施したことと、それを行った機体の性能を大々的に誇示してきた。


 翌日以降に想定される忙しい日々に備えて腹ごしらえをしながら、僕らは連邦から流れて来るそのプロパガンダ放送を聞いていた。

 僕らだけではない。ラジオの音が届く範囲にいた王立軍の将兵たちはみな、その放送に耳を澄ませている。


 僕らの頭上に爆弾を降らせて行った機体。

 10000メートル以上の高高度を苦も無く飛行し、全速で追いかけても捕捉できない程の高速で、王国が持つどんな爆撃機よりも搭載量の大きなあの機体は、連邦から「グランドシタデル」と呼ばれている様だった。


 シタデル。

 僕はその名に聞き覚えがある。


 それはかつて僕らがフィエリテ市の上空で戦っていた時に対峙することになった、あの「空飛ぶ城塞」の呼び名だ。

 正規のパイロットとして臨時に格上げされたばかりだった僕らは、エメロードⅡでシタデルと戦い、苦戦させられたことを忘れたことは無い。


 あの銀翼の機体は、そのシタデルの後継機に当たるものの様だった。

 そしてその性能は、かつて僕らが苦戦させられたシタデルよりも、さらに強化されている。

 シタデルも僕らにとっては十分強敵だったのだが、連邦はさらに強力な新型機を投入してきたのだ。


 プロパガンダ放送の中で熱弁を振るう連邦の国家元首だという人物は、「これはほんの始まりに過ぎない」と言い放った。

 今日、僕らの頭上に降り注いだ爆弾は、ほんの手始め、これから行われる本格的な攻撃を前にした実験に過ぎないということだった。


「我らが連邦の英知の結晶、民主主義思想の優越性を証明する新鋭機、その名は、グランドシタデル! 我ら連邦の偉大なる力は、何十、何百という群れを成し、愚かにも我らに反抗し、民主革命の達成を阻止せんとする王国を、完膚なきまでに叩きのめすであろう! 卑劣なる反革命主義者どもの都市という都市、街という街、村という村は、全て! 全て焦土と化し、全世界が我が連邦が成し遂げた成果に驚嘆(きょうたん)することになるのだ! 」


 連邦の国家元首はプロパガンダ放送の最後にそう断言し、放送の中では、割れんばかりの拍手喝采(はくしゅかっさい)が巻き起こった。


 僕は、その万雷の音を聞きながら、自分の気持ちがどんどん、沈んでいくのを感じていた。

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