16-13「防空計画」
連邦のその放送は、連邦の国内だけでなく、僕ら王国へも向けられているものであったらしい。ご丁寧なことに王国で一般的に用いられている言語での通訳がつけられていた。
そのことからも、この放送の性質は明らかだった。
これは、僕ら、王国に対する恫喝(どうかつ)なのだ。
僕は、初めてあの銀翼の機体、「グランドシタデル」と呼ばれている巨人機を目撃して以来ずっと、自身の中にある不安を拭(ぬぐ)い去ることができずにいた。
あれは、あの機体は、きっと、僕らにとって災いをもたらす。
そんな不吉な予感が、ずっと消えずに、絶えず心のどこかで渦巻(うずま)いていた。
それが、現実のものとなった。
連邦からのプロパガンダ放送を聞いた僕は、そう思って、うすら寒い気持ちになった。
銀翼を持つ巨人機、グランドシタデルは、以前、僕らが苦戦させられた連邦の4発爆撃機「シタデル」の名前を受け継いでいる。
僕らにとってはシタデルだけでも十分な強敵であったのに、連邦はそれをも上回る後継機を開発し、王国を屈伏させるために投入してきたのだ。
迎撃が困難な高高度を高速で侵入して来るあの敵機を、僕らは迎え撃つことができるのだろうか?
例え迎撃することができたとしても、僕らがもっている兵器であの機体を撃墜することはできるのだろうか?
僕らだって、以前とは違う。
ベルランD型という強力な戦闘機を持っている。
そう思いはするものの、僕は自信を持つことができなかった。
連邦の国家元首が言った、王国のあらゆる都市や街、村を焦土にするというのはさすがに誇張だろうと思いはしたが、それでも、グランドシタデルの攻撃によって王国は大きな被害を受けることになるだろう。
僕はもちろんできる限りのことをするつもりだったが、全てを守り切れるとはとても思えなかった。
僕らは、フィエリテ市だって守れなかったじゃないか!
僕は、かなり弱気になってしまっている。
だが、僕が悲観的になろうがなるまいが、戦争は歩みを止めてはくれない。
僕ら王国は、その渦中(かちゅう)で戦い続けなければならない。
王立軍では、連邦がグランドシタデルの所有者であると名乗り出たことから、グランドシタデルがどこから飛行して来るのかをどうにか突き止めることができた。
王国の北方、連邦の支配下にある地域や、連邦の本国からではないということだった。
連邦の領域から飛行してきたのであれば、王国の対空監視網に必ず捕捉されることになる。だが、あの機は王国が連邦の領域の方へと向けている対空監視網のどこにも引っかからなかった。
南西の海から飛行してきて、南西の海へと飛び去って行った。
南西の方角。つまり、何千キロメートルも海が続く向こうから、グランドシタデルはやって来た。
それが、王立軍が導き出した結論だった。
王立軍がそう結論づけた理由は、王国から南西に向かった海の向こうに、連邦の領土があることに気がついたからだ。
王国にとって何千キロメートルも先というのは遥か彼方のことであり、これまで関心がもたれることは少なく、そこに連邦の飛び地が存在していることもほとんど知られていなかった。
それは、大海原の真ん中にポツンと存在する、いくつかの島から成る群島だった。
マグナテラ大陸から離れた場所にあるその島々を連邦が保有しているのは、連邦を構成している諸国家の内の1つの貿易船が何百年か前に偶然その島に流れ着いて「発見」されたからだった。
だが、主要な航路から外れている上に特筆するべき産物も存在し無いその島々は歴史的に何の注目もされず、ましてやマグナテラ大陸よりも外側の世情に関心の薄い王国ではほとんど認知されて来なかった。
連邦でも、第4次大陸戦争が始まる以前はその絶海の島をあまり利用しておらず、せいぜい航路を逸脱(いつだつ)して遭難した船舶が流れ着いた時に安全を確保できる様にするための小さな港と、気象観測用の施設があるだけに過ぎなかった。
その島と王国との間には、少なくとも3000キロメートル以上の距離がある。
王立軍が推測した様に、その島がグランドシタデルの発進基地になっているとしたら、グランドシタデルは少なくとも3000キロメートル以上の戦闘行動半径を持つという計算になってしまう。
だが、マグナテラ大陸の連邦側に向かって整備された対空監視網に全く察知されず、ただ南西から飛んできて、南西へと去っていったという事実からはそう考えるしかないというのが、王立軍の見解だった。
グランドシタデルが単機で襲来したその翌日中には、グランドシタデルが南西の遥か彼方の島から飛行して来るということを前提とした防空計画の素案ができあがっていた。
連邦から「攻撃するぞ」と大っぴらに恫喝(どうかつ)されている以上、対応の準備を整えることは急務だった。
だが、できあがった防空計画は一晩で作り上げたものらしく単純なもので、可能な限り早期に侵入して来るグランドシタデルを探知し、その予想進路上にできる限り多くの迎撃機を出撃させるというものでしかなかった。
対空砲などによる迎撃も行われることになっているが、王国の南部の対空砲は前線の防空を強化するために送られたりしてしまっていたから、あまり期待はできない。
だから防空計画の根幹は戦闘機部隊による迎撃であり、計画の内容としては、どこの部隊の何という部隊をどんな風に使用するかという、戦力の割り振りがほとんど全てだった。
この迎撃任務には、王国の南部に現在駐留している全ての戦闘機部隊が参加することとされた。
僕ら第1航空師団は来るべきフィエリテ市奪還作戦のための準備をするために王国の南部へと後退してきているのだったが、戦力の温存などは考慮されず、この防空作戦に全力で投入されることが決まった。
偶然だろうと何だろうと、そこにあるものは全て使う。
逆に言えば、その場にあるもの、手に入るもので僕らは戦うしかないということだ。
連邦からの激しい攻撃が予想される以上、少しでも防衛体制を充実させるためにこれは当然の対応だったし、僕らには何の異論も無かった。
防空計画では、常時1個飛行中隊以上の戦闘機部隊を空中に待機させ、敵機の侵入を察知し次第(しだい)、迎撃に向かうこととされた。
要するに、僕らがフィエリテ市の防空戦で行っていたのと同じ、戦闘空中哨戒を王国の南部で実施するということだ。
これは、フィエリテ市の防空戦でも経験したことだが、あまり効率の良いやり方ではない。
敵機がいつ飛んで来るかは僕らには分からないので、確実に敵機を迎え撃つには常に戦闘空中哨戒の機体を飛行させておく必要がある。
だが、そのためには膨大(ぼうだい)な手間がかかるし、燃料を始め、予備部品などの貴重な物資を大量に消費することになる。
そして、幸いにも敵機が飛来しなければ、それらの消費は全て無駄になってしまう。
しかも、常時空中に戦闘機を飛ばすためには手持ちの戦力を分割してローテーションさせる必要があり、結果的に戦力の逐次投入という悪手を行っていることになってしまう。
だが、それでもこの非効率な防空計画を採用しなければならない理由がある。
グランドシタデルは、僕らの常識から逸脱した高性能を誇る新鋭機だ。
そして、これまでの経緯から、高度10000メートル以上の高空を侵入して来る可能性が高いと見積もられていた。
そして、僕らが高度10000メートル以上の高空へと到達するためには、最低でも1時間以上が必要だった。
まず、敵機の接近を防空レーダーや対空監視哨で察知し、その報告を防空指揮所にあげるまでに数分が必要だった。
そして、入手できた情報から敵機の進路を予測し、迎撃機の発進を指示するためにはさらに時間が必要だった。
命令を受けた戦闘機はそこから発進することになるのだが、まず、正常に性能を発揮するためにエンジンの暖機運転を開始し、それに30分程度かかってしまう。
ようやく飛行できても、高度10000メートルという高空へと舞い上がり、戦闘隊形を取り終えるにはさらに30分以上もかかってしまうのだ。
高度がせいぜい4000とか5000とかであれば、僕らの機体であれば数分もあれば到達することができる。
だが、高度10000メートル以上となると、話しが違ってくる。
高度が高くなればなるほど、空気の密度は低下していく。
そうなると、機体が得ることができる揚力も、どんどん小さなものになる。
高度が高くなればなるほど、僕らの機体の上昇力は鈍くなっていく。
時間がかかる。
その上、敵機への迎撃を有効なものとするためには、僕らは編隊を組み、戦闘隊形を整えている必要があった。
上昇力がどんどん鈍る中をどうにか上昇し終え、戦闘隊形を取るためには、どうしても時間が必要だった。
こういった事情があるから、襲来するグランドシタデルを確実に迎撃するためにはあらかじめ戦闘機を空中に待機させておくしかない。
防空計画は、この、「敵機を確実に迎撃する」という点を何よりも重視して立案されたものだった。
このために必要な機材や物資の消耗は、ほとんど浪費と言っていい類(たぐい)のものだ。
王国はその非効率さをフィエリテ市の防空戦ですでに承知していたが、それでも同じことを繰り返すつもりだった。
それほど、王国の南部が敵機による攻撃を受けたことが衝撃的だったのだ。
前線から遠い王国の南部が攻撃を受けることは無い。王国人のほとんどはそんな風に思い込んでしまっていた。
それは、自国の首都を失い、国土の半分以上が戦火にさらされてしまった王国の人々にとっての、数少ない安心材料だった。
心のより所になっていた。
それが、目の前で粉砕されてしまった。
安全だと思っていた王国の南部でも、攻撃にさらされることになると示されてしまった。
王国の人々は不安に包まれている。
その不安を少しでも和らげるために、王立軍は何としてでもグランドシタデルを迎撃しなければならなかった。
もし、非効率だからと言って消極的に行動し、敵機が襲来した時にそれを迎撃することができた機が1機も存在し無かったとしたら。
王国の人々は王立軍が無力だと考え、戦争の先行きに絶望し、王国はこれ以上、連邦や帝国に抵抗できなくなってしまうだろう。
僕らは、グランドシタデルという敵機の出現によって、一瞬にして追いつめられてしまっていた。
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