16-11「休暇の終わり」

 僕は、日が暮れるのにまだ多くの時間を残して基地へと帰って来た。

 僕が得ていた外出許可は、基地のゲートが閉鎖される時間までなら外出しても大丈夫というものだったし、僕はその時間までクレール市を見て回るつもりでいたのだが、気が変わってしまった。


 遅くまで外出していては、妹のアリシアにせっかくのプレゼントを渡す時間が無くなってしまうからだ。

 アリシアは基地の炊事班として雇用され働いているから、ほとんど毎日基地にやってくる。だが、僕は明日からまた訓練で忙しくなってしまうから、いつでも会いに行けるというわけではない。


 基地のゲートを通った僕は、その足でまっすぐに彼女の職場へと向かった。

 アリシアのシフトは朝から昼過ぎまでで、昼食時の一番忙しい時間が終わればその日はあがりになる。今から彼女のところへ向かえば、ちょうど帰宅の準備が終わったぐらいに会えるはずだった。


 アリシアの職場となっている厨房(ちゅうぼう)は、多くの兵士が食事をすることができる食堂に隣接するように配置されており、食堂へ直接配膳できる様に部屋がつながった構造になっている。

 僕が休憩中の兵士たちがまばらに残っているだけの食堂へと入ると、そこから見える厨房(ちゅうぼう)では食堂とは対照的に、まだ大勢の人々が働いていた。

 年齢も様々な男女が白衣を身に着け、何千人もの兵士たちの夕食の下準備をしている。だが、一番忙しい時間帯はすでに過ぎている様で、休憩している人の姿もあり、どことなくのんびりとした雰囲気だった。


 僕は暇そうにしている1人に、アリシアを知っているかとたずねた。すると、その料理人は「そこにいるよ」と手を指し示して教えてくれた。


 その方向を見て、僕は少し驚かされた。

 そこには確かにアリシアの姿があったが、その隣にライカの姿もあったからだ。


 僕が驚いて反応に困っていると、僕に彼女たちのいる方向を教えてくれた料理人が笑いながら言った。


「あの子、ここ何日か熱心に料理を教えてくれって、アリシアさんに頼みに来てる子なんだよ。面白い子でさ、下ごしらえまでは綺麗に上手にできてるのに、いざ調理をするとどうしてか失敗しちゃうんだ。火加減が苦手なんだな。パイロットなんだっていうけど、休みだからって料理を習いに来るだなんて、よほどアリシアさんの味つけが気に入ったんだろうなぁ。君も見たところパイロットみたいだけど、あの子、どの部隊の所属か知っているかい? 」

「301Aです。僕は彼女の僚機をしています」


 僕がそう答えると、僕にアリシアの居場所を教えてくれた人は心底驚いた様な顔をし、座っていた椅子から落ちそうになった。


「301Aって、本当かい? あの、「守護天使」って言われている? 」

「ええ、まぁ、そうです」


 僕は少し気恥ずかしかった。

 僕らの機体に描かれているのは真っ白なアヒルの羽なのだが、すっかり天使の羽として広まってしまっている。

 今さらイチイチ訂正して回るつもりは無かったが、何だか大げさな話が広まっている様で、どんな反応をすればいいのかと困ってしまう。


 そんな会話をしている内に、アリシアが僕の姿に気づいて、「兄さん! 」と言って右手をあげ、僕のことを呼んだ。

 それでライカも僕の姿に気がついたらしく、少し驚いた顔をし、それからなぜか気恥ずかしそうに頬を赤くして、軍服の上から身に着けていたエプロンを少し整える仕草をした。


「やぁ、アリシア。また、ライカに料理を教えているのかい? 」


 僕はそう言うと、隣で「今度サインとかもらえないかな」と真剣に呟いている料理人を置いて、彼女たちの方へと歩いて行った。


「そうよ、兄さん。ターキーよ。今はちょうど焼きあがるのを待っている所なの。」

「それはいいね。また、僕にも食べさせてもらえるかな? 」

「それは、ライカさん次第かしらね? 」


 アリシアに話を振られたライカは、「ふぇっ!? 」と少し戸惑ってから、慌ててすました様な表情を作った。


「そ、そうね! せっかくだから、また食べさせてあげてもいいわ! 」

「ありがとう、ライカ。とても嬉しいよ」


 僕がそう言ってお礼を言うと、ライカは無言のまま僕から視線を逸(そ)らし、そっぽを向いてしまった。

 僕には、どうして彼女がそういう仕草をしたのか分からない。怒っているわけでは無いというのは、分かるのだが。


 その時僕は、アリシアがやたらとにやにやしていることに気がついた。

 僕が視線を向けると、アリシアはうふふ、と意味ありげな笑い声を漏(も)らす。


「兄さんも、案外しっかりやっていたみたいね」

「……えっと、何のことだい? 」


 僕が真顔でそう言うとアリシアは、今度は心底呆れた様な顔をした。


「まったく、兄さん、相変わらずだったのね。少しは変わったのかと思ったのに。……それで? わざわざ会いに来てくれたっていうことは、何か用事があるのかしら? 」

「あ、ああ、うん。実は、ちょっと渡したい物があって。少しいいかな? オーブンを離れられるかい? 」


 僕がそう言うと、アリシアは頷いて了承してくれた。「後は焼きあがるのを待つだけだから」ということだった。


「えっと、私は外した方がいいかしら? 」

「いや、ライカもできれば一緒に」

「そう? 」


 気を使って僕とアリシアを2人だけにしてくれようとしたライカだったが、僕は2人に用事があるのだ。

 この場に2人が揃(そろ)っているのは、とても都合が良かった。


 僕らは厨房(ちゅうぼう)から場所を移し、食堂の空いているテーブルを探して、ライカとアリシア、僕で2手に分かれて椅子に腰かけた。


「実は、2人にプレゼントを買ってきたんだ。……気に入ってくれるといいんだけど」


 僕は人に贈り物をするということがあまり無かったから、変に気取って渡すよりも、何気なく渡す方が良いだろうと思っていた。

 僕は店の人が美しく飾ってくれた紙袋を取り出すと、そのまま2人に差し出した。


「ま! 気がきくじゃない、兄さん。開けてみてもいいかしら? 」

「もちろん」


 僕が肯定すると、アリシアは紙袋を開き、そこに入っていたガラス製の小瓶を見て嬉しそうに驚いてくれた。


「これは、香水かしら? 兄さん、どんな気まぐれなの? 」

「実は……」


 あまり迷っていても仕方がない。

 僕はアリシアに、彼女が大切にしていた香水を僕が使ってしまったことを正直に話した。


 僕は真剣に謝るつもりで話していたのだが、しかし、アリシアは途中から笑いだす。


「兄さんの義理堅いのは相変わらずね。でも、ふふふっ。そんなに真面目に気にしなくてよかったのに」

「そう? そうなのかい? 」

「そうよ! だって、兄さんが生きのびるために必要だったんでしょう? 役に立ったのならそれでいいわ。……それに、この香水、とってもいい香り。兄さんが選んだの? 」


 アリシアは少しだけ香水の小瓶の蓋(ふた)をあけて、その香りを嬉しそうに楽しみながらそうたずねてきた。

 僕は自分が想像していたよりもアリシアが香水の一件を気にしていない様子だったのでとても安心したのだが、同時にちょっとしたイタズラ心がむくむくと群がり起こって来た。


「いや、店の人に選んでもらったんだ。「ちょっとドジでおっちょこちょいな女の子に似合う香水はありませんか」ってね」


 すると、アリシアはむっとした様に僕の方を睨(にら)みつけ、不満そうに頬を膨(ふく)らませた。


「もぅっ、兄さん! また私をからかっているのね。私だってもぅ、そんなへまはしませんよ! 」

「でも、アリシアの部屋の窓、鍵がかかっていなかったよ。おかげで家に入り易くて、とても助かった」

「そんなはずはっ! ……えっと、そんなはずは……。兄さん、それ、本当の話? 」

「うん」


 僕が頷くと、アリシアの膨らんだ頬がみるみる内にしぼんでいった。彼女はは恥ずかしさに頬を紅潮させ、両手で顔を覆い隠す。

 思い当たるところがあったのだろう。


「えっと……、ミーレス? 」


 妹が恥ずかしがっている様子を僕がしてやったりとにやつきながら鑑賞していると、ライカがおずおずと僕に話しかけて来た。

 僕がライカの方に視線を向けると、彼女は僕から香水のプレゼントを受け取った時の姿勢のまま、ほとんど動いていない様だった。


「何だい? ライカ。遠慮なく受け取ってくれると嬉しいんだけど。アリシアと再会できるきっかけを作ってくれたのはライカだし、ターキーサンドイッチもとても美味しかったから、そのお礼がしたかったんだ」

「そ、そ、そうだったの? あ、あ、ありがと。そ、そ、それで、み、ミーレス。あなたは、どんな風に言って、店員さんにその香水を選んでもらったのかしら? 」

「えっと……、確か、「いつも元気で、笑顔が素敵な女の子」、だったかな」


 僕はライカから視線をそらし、店の人に何と言ったのかを思い出しながらそう答えた。


「そ、そうなの」


 ライカは僕の答えを聞くと、顔をうつむけて、表情を隠すようにしながら言った。


「た、大切にするわ」


 ライカの態度は僕からすると彼女らしくない様に思えたが、それでも、彼女が喜んでくれているというのは分かったので、とても嬉しかった。


※作者注

 次回より、主人公たちの悪戦苦闘が始まります

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