15-12「模擬空戦」

《よぉっし、決まりだ! んー、そうだな、6対1じゃ不公平だから、ハンデをつけてやろう。こっちは2機ずつナタリア機に攻撃をしかける。ナタリア機は3分間その攻撃をかわし続けるか、反撃して2機の内1機にでも命中弾を与えたら勝ちだ。それを2回やって、1回でもナタリアが勝ったら、本物だって認めてやるさ》

《ちょ、ちょっと待つネ! 2対1でも卑怯(ひきょう)デース! 》

《おいおい、ナタリア。エースって呼ばれていたんだろう? それくらいやってもらわなきゃなぁ。それに、こっちはまだパイロットコースをちゃんと卒業してもいないひよっこどもから4機出すんだ。楽勝だよなぁ? ちなみに、ベテランのあたしらは審判役で高みの見物をさせてもらう。どーしたぁ? 怖気(おじけ)づいたのかぁ? 》

《ぐっ……。分かったネ! その条件でいいヨ! 》


 レイチェル中尉の挑発的な口調に、ナタリアはまんまと乗せられてしまった様だった。


 確かに、中尉は少し卑怯(ひきょう)というか、ずるい。

 僕らは中尉が言った通りパイロットコースをきちんと卒業していないパイロットではあったが、実戦経験は豊富で、それぞれエースと呼ばれるほどの撃墜記録を持っている。

 中尉はその点をナタリアに伝えず、僕らの不利な面しか説明していない。


 決して、嘘は言っていない。

 言っていないのだが。


《よぉし、ナタリア! 3分間待ってやる! その間に高度を取るなり何なり、模擬戦の支度(したく)をしな! トリガーの位置は分かるか? 》

《それは分かってマース! それに、3分もいらないネ! 》

《ほー、威勢のいいこった。なら、準備出来次第こっちも攻撃に入る。ホレ、さっさと行きな! 》


 ナタリア機はレイチェル中尉の言葉が終わるのとほとんど同時に僕らから離れ、高度を得るために上昇していった。


《さて。そういうわけだから、第1小隊! どっちから行く? 》


 レイチェル中尉の確認に、僕らは少しの間、話し合った。

 その結果、特に気負うことなく、第1小隊を構成する第1分隊、第2分隊が順番でナタリア機に攻撃をしかけることになった。

 話し合いの内容を、ジャックが報告する。


《中尉、第1分隊からしかけます! 》

《よぉし、行け! 模擬戦中は無線周波数を変えるのも忘れるな? ナタリアの奴に筒抜けになっちまうからな。時間は、お前らがエンジンを全開にした時から3分間だ! 》

《了解。アビー、行こう! 》

《あいよ! 》


 ジャックのかけ声で、第1分隊はナタリア機への攻撃を開始する。

 エンジンが全開にされるのと同時に両機は急加速し、僕らの編隊から離れて、高度4000メートルほどのところに陣取ったナタリア機へと向かっていった。


 空中戦では、高度有利にある側がその位置エネルギーを利用して戦うことができるために優位に立ちやすい。

 ナタリアの実力のほどは未知数だったが、そういう戦闘機パイロットとして常識的な知識は持っている様だった。


《来たネ! 返り討ちにしてあげマース! 》


 ナタリアはそう気勢をあげ、ジャックとアビゲイルを迎え撃つのに十分な速度を得るためにエンジンを全開にした。


 だが、その直後に聞こえて来たのは、悲鳴だった。


《ちょっ、何ですこの加速ッ!!? 》


 ナタリア機はエンジンを全開にしたことで急加速したが、それはナタリアにとっては未体験の加速であったらしい。

 彼女の機は何とか水平飛行を保ったものの、あまりの加速度に驚いて操縦にもたついたのか、ぐらぐらとふらついた。


《ひーっ、怖いヨっ! この機体、速過ぎるネッ! 》


 それから、ナタリアは慌ててスロットルを戻し、機体の速度を落とした。

 その間に、ジャックとアビゲイルの機体が攻撃位置につく。


《えっと、ナタリアさん? 撃っていいですか? 》

《ちょ、ちょ、待ってクダサーイ! この機体がこんなに速いなんて、あたし聞いてないヨ! 撃つのはもうちょっと待つネ! 》


 操縦にもたついているナタリアに、ジャックは紳士的に接した。

 だが、もう1人のパイロットは、少しせっかちだった。


《ぁぁ、めんどくさい……。もう撃つ》


 そう言うとアビゲイルはトリガーを短時間だけ押し込んで発砲し、ナタリアの機体に遠慮なくペイント弾をぶちまけた。

 ナタリア機は速度も出せずに直線飛行していただけだったから、アビゲイル機の5門の20ミリ機関砲から放たれたペイント弾は全弾命中し、ナタリア機の主翼と胴体に鮮やかな模様を描き出した。


《はーい、勝負アリー。ナタリアちゃんの、マーケっ》

《ちょーォっ! 今のナシ! 今のはズルいネ! もう少し練習させてヨ! 》

《だーめーでーす。今更ルール変更は受けつけませーん》


 あまりにも一方的な結果にナタリアはレイチェル中尉の審判に抗議したが、中尉は少しも取り合うつもりは無い様だった。

 それどころか、さらに火に油を注ぐようなことを言う。


《どーしたのかなーナタリアちゃん? エースだったんじゃないのかなー? 半人前にやられちゃうなんて、ちょおっと期待外れ過ぎますねー? 》

《ぐっ、ぐぬぬぬぬっ! 》


 ナタリアはとても悔しそうだ。


《せ、せめてもう1回位置取りをさせてヨ! このままじゃさっきと同じネ! 戦い方を変えさせて欲しいヨ! 》

《んー、どーしよっかねぇ。ねぇ? 第2分隊、どうする? 》


 話の矛先を向けられて、ライカと僕は少し相談する。


《ミーレス、どうしよっか? ちょっとナタリアさん、かわいそうな気もするわ》

《そうだね……。少し待つくらいは、いいんじゃないかな? ここは基地に近いし、燃料はたっぷりとあるし》

《そうね。そうよね。……そういうわけで、レイチェル中尉。第2分隊は少し待てます》


 僕らの結論に、レイチェル中尉はつまらなさそうに溜息(ためいき)を吐(つ)いて見せた。


《何だぁ? お姫様たちはずいぶん優しいじゃないか。……ナタリア、聞こえていたか? そういうわけだから、好きにやってくれていいぞ。準備出来たら知らせてくれ》

《感謝するネ! 》


 ナタリアは僕らにそう言うと、今度は機首を下げ、低空へと降下していった。

 彼女の機体はどんどん降下していき、1000メートルほどの高度で水平飛行に移ると、クレール第2飛行場の目と鼻の先の海上でぐるぐると旋回をし始める。


《準備できたヨ! さぁ、かかっておいでヨ! 》


 ナタリアから合図があった。

 後は、僕らが降下を開始すれば、模擬空戦のスタートになる。


 彼女がどんな意図で低空に位置を移したのかは分からなかったが、僕は、ずいぶん、思い切ったことをするなと思った。

 僕の常識で言えば、対戦相手に高度有利を取られたうえで戦うことは不利なはずだ。

 高度有利の側は高度を速度に変えながら攻撃することができるため、同程度の性能の機体で戦う場合、低空にいる側は自身よりも速度を持った相手を捕捉することが難しく、下手をすると一方的に攻撃を受けることにもなりかねない。


 それを、ナタリアは知っているはずだった。

 だからこそ、ジャックとアビゲイルと戦うのに、高度有利を取るために上昇したのだ。


 そうであるはずなのに、敢えて低高度に位置を取り直した。


 少し、引っかかるものがある。

 だが、僕には、その引っかかりが何なのかが分からない。

 ナタリアは、一体、何を考えているのだろう?


《ミーレス、無線の周波数を調整して。まずは攻撃して見て、様子を見ましょう》

《了解》


 僕は分隊長であるライカからの指示に答え、無線の周波数を調整し僕らの隊の中だけで通話が通じるようにし、それから、エンジンを全開にし、機首を下げて降下に入るライカの機体に従った。


 ライカも、ナタリアが何故、低空に位置を取ったのかを不思議に思っている様だ。

 だが、やはり僕と同じ様に、その理由は分からないらしい。


 とにかく、様子を見るべきだった。

 ナタリアが何を考えているのかは分からなかったが、高度有利は僕らの側にある。彼女が僕らに反撃を試みようとしても、降下する時に稼いだ速度で振り切れるはずだった。


 僕らは、低空で緩く旋回を続けるナタリア機目がけて、鋭く風を切り裂きながら突進していった。

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