15-13「実力」

 僕らは、典型的な一撃離脱戦法でナタリアに挑むことにした。

 ナタリアが何を考えているのか分からない以上、まずは安全策だ。

 僕らはナタリア機に攻撃を加え、高度を犠牲にして得た速度で再上昇に転じ、彼女からの反撃を振り切りながら高度を取り直し、有利な位置を維持して繰り返し攻撃をしかけていくつもりだ。


 例えナタリアが僕らの攻撃をかわせる腕前を持っているのだとしても、彼女に反撃する機会を与えず、僕らが主導権を握り続ければ、自然と勝利は僕らの側に転がり込んでくるはずだった。


 高度計の針がぐるぐると回り、メーターに表示される数字は高度がどんどん低下していることを示している。

 ベルランD型のグレナディエM31エンジンは水メタノール噴射装置を作動させ、その最大出力を発揮しながら機体を力強く引っ張っていく。

 重力と合わさり、機体の速度は時速700キロメートルを優に超えた。


 ナタリア機の姿が大きくなっていく。

 彼女はどうやら、僕らが降下を始める前と同じで、ゆっくりと機体を旋回させ続けているだけの様だった。


 おかしい。

 ナタリアは、僕らが降下を開始したことに気がついているはずだ。

 それなのに、どうして、動かない?


 そこで僕は、ナタリアの機体が、ほとんど加速していないということに気がついた。

 低高度では空気の密度の関係で、水平飛行していてもベルランD型の最高速度が発揮されることは無いはずだったが、それでも時速600キロメートルは発揮できるはずだ。

 ナタリアの機体はどうやら、せいぜいベルランD型の巡航速度を少し上回るくらいの速度しか出ていない様だった。


 エンジンのトラブルだろうか?

 しかし、それなら彼女の側から何か言ってくるはずだ。


 沈黙を保ったまま、ゆっくりと旋回を続けるナタリア機の様子に、僕は不気味さを感じていた。

 だが、降下してきた僕らには速度がついており、ナタリア機はもうすぐそこだ。

 考えている様な時間はもう無いし、今更(いまさら)引き返すこともできない。


 先頭を行くライカ機がナタリア機に向かって発砲したが、放たれた砲弾はナタリア機を飛び越えて海面へと着弾して、ペイント弾の色の水しぶきをあげた。

 射撃の機会は一瞬で、ライカは高度を下げ過ぎない様に素早く上昇へと転じ、高度を取り直して行く。


 命中しなかったのは、ナタリア機の速度が正確には分からないため偏差を誤ったことと、自身の機体に速度がついているから一瞬でナタリア機を追いこしてしまい、射撃可能な時間が短すぎて修正もきかなかったためだ。


 それは、ある程度は想定していたことだった。

 そして、そのために僚機の僕がいるのだ。


 僕はライカがどのくらい偏差を取って射撃したのかまでは分からなかったが、何となく想像はつく。

 多分、ナタリア機が時速500キロメートル程度で飛行していると考えたのだろう。それで発射された砲弾が目標を飛び越えたのだから、ナタリア機はもっと低速で飛んでいるということになる。


 僕は照準をつけ、ナタリア機が時速400キロメートル程度だろうと想定して偏差を取り、短く、深くトリガーを押し込んだ。


 ベルランD型に装備されている5門の20ミリ機関砲が一斉に発射され、発砲音と同時に、ドンッ、と衝撃が機体に走る。


 射撃可能な時間は、1秒も無かった。

 僕は命中したかどうかの確認すらできないまま、機首を起こさなければならなかった。


 ナタリア機の高度は1000メートルほどあったが、歩く分には長いようでも、時速何百キロメートルも出ている航空機にとっては一瞬の距離だ。

 ぼんやりしていて少しでも機首上げが遅れると、そのまま着水ということにもなり得る。高速で水面と衝突するのだから、当然機体はバラバラになり、パイロットである僕は助からないだろう。


 僕はライカ機を追って高度を取りながら、背後を振り返ってナタリア機を確認する。


 彼女は、何事も無かったかのように、低空でゆっくりと旋回を続けていた。

 彼女の機体にはペイント弾の色がついていたが、それはアビゲイル機が発射したもので、新たに命中弾が増えている様子は無い。

 そして、海面にペイント弾色の波紋が浮かんでいることも視認できた。


 僕らの攻撃は、うまく行かなかった。

 僕はライカ機の射撃を見て偏差を取り直したのだが、それでもナタリア機の速度をまだ見誤っていたのか、それか、ナタリア機がラダーで機体を横滑りさせるかしたのだろう。


 攻撃は命中しなかったが、ナタリア機は低空にいるままで、僕らに反撃することはできない。主導権はまだ、僕らにある。

 少なくとも、僕はまだ、そう考えていた。


 僕とライカは、もう1度機体を降下させ、ナタリア機に攻撃を加えた。

 だが、今度もダメだった。

 僕らは1回目の攻撃失敗の教訓を生かし、ライカが射撃してナタリア機が機体を横滑りさせたところを僕が狙い撃ちにするという戦法を取ったのだが、ナタリアは機体を素早く逆の方向に横滑りさせて僕の攻撃をかわしてしまった。


 ラダーのペダルを蹴りこむような、少し乱暴な操作をした様だったが、それでも彼女が僕らの攻撃を完全にかわしたのは事実だった。


 僕らは、考えさせられる。

 相変わらず攻撃の主導権は僕らの側にあるはずだったが、このままではナタリアに逃げ切られてしまいそうだ。

 2対1であるのに、1弾も当てることができずに逃げ切りを許してしまうなど、屈辱(くつじょく)だ。


 このまま負けたくなかった。

 だが、同じことを繰り返していても、ナタリアには勝てないだろう。

 同じやり方は通用しない。しかし、僕らの優位性を捨ててしまってもいいのだろうか?


 僕らは、選択を強いられていた。

 同時に、気づかされる。

 自分たちの側に主導権があると思っていたのだが、どうやらこの模擬戦の主導権は、ナタリアの側にある様だった。


《おーおー、どーした、どーしたー? ライカ、ミーレス、お手上げなのかー? 》


 僕は、レイチェル中尉からの煽る様な無線を聞いて、迷うことをやめた。


 何となくだが、僕にはナタリアの考えが分かりつつあった。

 彼女は、誘っているのだ。低空で、ゆっくりと飛行し、僕らが彼女に食いついてドッグファイトになることを待っている。

 僕らが誘いに乗って来なくても、彼女には僕らの攻撃を回避し続ける自信があるのだろう。そして、3分間攻撃を避(よ)け続ければ、この戦いの勝者は彼女ということになってしまう。


 そうなるよりは、高度の有利を捨ててでも、勝負をかけた方が良い。


《ライカ。ナタリアさんの高度まで降りて行って、格闘戦を挑もう》

《ぇえっ!? 》


 僕の提案に、ライカは少し驚いた様だった。

 だが、彼女も僕と似た様なことは考えていた様で、すぐに僕の意図を理解してくれた。


《うーん……、でも、確かにそうかも。同じことを繰り返しても、ナタリアさんに勝てそうにないもの。でも、この子、格闘戦は得意じゃないわよ? 》

《そうかもしれないけど、相手も同じ機体なら、条件は一緒さ。きっと、勝負になる》

《そうね……。その通りだわ。やりましょう、ミーレス! 》


 僕らが作戦を決め終わった時、レイチェル中尉からの無線が入った。


《おーい、あと1分だぞー》


 もう、時間がない様だ。

 僕らはレイチェル中尉からの時報を聞くと、すぐに行動に移った。


 ナタリア機に向かって降下するところまでは、一緒だ。

 だが、今度はエンジンの出力を絞り、フラップを少し開いて空気抵抗を増やし、なるべく速度がつかない様に降下していく。


 どうしてもナタリア機よりは高速になってしまうが、それでもどうにか格闘戦には持ち込めそうだった。

 そして、思った通り、ナタリアは僕らが格闘戦を挑んで来るのを待っていた様だ。


《ヘイ! 待っていたヨ、こうなるのヲ! 》


 彼女は嬉しそうにそう叫びながら、僕らに攻撃位置につかれない様に旋回を始める。

 ナタリア機は右に左に素早く動き、僕らにうまく狙いをつけさせない。時間がないために僕らは少しでも命中しそうだったら構わずにトリガーを押し込んだが、彼女はひらりひらりと攻撃をかわし続けた。


 どうやら、機体をロールさせて旋回するだけでなく、ラダーも併用してうまく機体を操っている様だった。


 僕は、少し焦り始めている。

 このままでは、僕らに有利な条件だったはずの勝負に負けてしまう!


《さぁ、しっかりあたしについて来なさイッ! 》


 ナタリアがそう言って僕らを徴発し、急に機体を上昇させたのは、その時だ。

 僕らは慌てて、その後を追った。


 ナタリア機は宙返りする様にループを描きながら上昇を続け、そして突然、僕らの目の前から消えた。

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