15-8「テスト飛行」
※2020年6月27日、どうも、「層流翼が発生させる揚力は通常の翼形と大差がない」らしいという話を見つけたので、ベルランD型についての記述を修正いたしました。
以前は、「層流翼形を採用したことで発生させることができる揚力が小さくなっており、従来機よりも離着陸速度が増大し、旋回半径が大きくなっている」という趣旨の説明をしていましたが、これを、「従来機よりも機体重量が増大し、翼面荷重が大きくなっているために離着陸速度の増大と、旋回半径の拡大が発生した」という内容に変更しました。
層流翼は通常の翼に比べて揚力が小さいという話を以前見たので熊吉もそう考えていたのですが、どうやらそれは層流翼が原因ではないということでした。
読者様には、熊吉の調査不足で大変ご迷惑をおかけいたしました。
以下、本編となります。
ベルランD型の速度性能だけでも驚きだったが、強化されているのはそれだけでは無かった。
新型のベルランでは、武装も大きく強化されていた。
ベルランD型が装備するグレナディエM31エンジンでは、それまで様々な不具合から装備が見送られていたモーターカノンがようやく実用化されていた。
それに加え、主翼には片翼で2門ずつの20ミリ機関砲が装備されている。
つまり、合計で5門もの20ミリ機関砲が装備されていることになる。
装備されている20ミリ機関砲はベルランB型にも装備されていたものの改良型で、給弾方式がベルト給弾式となって装弾数が大幅に強化され、1門あたり倍以上になっている。
主翼が再設計されているため、主翼に装備されている機関砲は4門とも主翼内にうまくおさめられており、ベルランB型にあった様な機外への出っ張りは無くなった。
これら5門もの20ミリ機関砲の装備によってベルランD型の火力は大きく向上しており、これならどんなに頑丈な大型機でも苦戦はしないはずだ。
装弾数が増えているとは言っても12.7ミリ機関砲などと比べると搭載弾数はどうしても少なく、長期戦になると弾切れになるという不安はあった。
だが、これだけの火力なら短い時間で決着をつけやすいはずだし、例えそうならなかったとしても、最大時速700キロメートルに迫る速度性能で離脱できるだろう。
いい所ばかりではなく、新型のベルランには気をつけるべき点もあった。
1つは、従来機よりも翼面荷重が大きくなっているために、機体の離着陸時の速度が増しているという点だった。
翼面荷重というのは、翼の大きさに対して機体の重量がどれほど大きいかを示す値で、重武装化した上に細部にも様々な改良を加えられているベルランD型は以前の型よりも大きくなっている。
これによって、僕らがかつて拠点としていたフィエリテ南第5飛行場の様な秘匿(ひとく)飛行場の短い滑走路での運用は、不可能ではないがより難しくなっているということだった。
そしてもう1つは、翼面荷重が増大しているために、旋回半径が以前よりも目に見えて大きくなっているということだった。
これは、敵機とのドッグファイトにおいては不利になる点だ。
だが、大馬力のエンジンを搭載していることもあって、機首の縦方向の挙動や上昇力は向上しているということだった。
はっきりとしたことは実際に操縦してみないと何も言えなかったが、僕らはこれまで一撃離脱戦法を多用してきているから、新型ベルランとの相性は悪くないはずだ。
旋回半径は大きくなっているものの、ロール率はベルランB型よりも向上していて切り返しは速いというから、敵機と低速で格闘戦にでも入らなければまず、問題は無いだろう。
それに、旋回性能が多少悪化しているのだとしても、ベルランD型の速度性能と大火力は僕らにとって得難(えがた)
い魅力だった。
十分な速度があれば敵機に追いつかれて攻撃を受けるという危険を確実に減らすことができる。それに、空中戦の最中に長時間射撃するチャンスを得られるとは限らないから、1発の威力が大きく、わずかな命中弾でも大きな破壊力を期待できる20ミリ機関砲が5門も装備されているのは心強かった。
午前中の間に新型機についてのレクチャーを受け終わると、昼食をはさみ、午後には実機でのテスト飛行が待っていた。
テスト飛行は、僕ら301Aの6機の他に、教官役として僕らにレクチャーをしてくれていた曹長の1機が加わり、合計7機で行われる予定だ。
僕らは午前中と同じブリーフィングルームに集められ、そこで曹長からテスト飛行の飛行計画の詳細と、注意点などの説明を受け、それから新しい飛行服に着替えることになった。
新しい飛行服は、「耐Gスーツ」と呼ばれているものらしい。
これまで身に着けていた飛行服よりも何だかごてごてとしていて重く、動きにくくて着心地が少し悪い。
耐Gスーツというのは、急旋回などを行った時にパイロットにかかる荷重(G)によって視力を失ってしまうブラックアウトといった現象を防止するための機能を備えた飛行服で、パイロットの身体に強い荷重(G)がかかるのを検知し、自動で作動する仕組みになっている。
ブラックアウトは身体が機体に押し付けられ、血流が下半身に偏(かたよ)り頭まで十分に回らなくなるために発生する。そのため、耐Gスーツでは荷重(G)の強さに応じ、主に下半身側に圧力をかけることで血流を押し上げ、ブラックアウトの発生を抑制してくれるということだった。
これがあるおかげで、以前よりも高速で急旋回をすることが可能になった。
この耐Gスーツも、ベルランD型と同じく配備が始まったばかりの装備だ。
ごてごてとした見た目で重いのはそういう仕組みの装置が組み込まれているからで、その効果と比べれば多少歩きにくいのは些細(ささい)なことだ。
僕らが新しい飛行服を身につけ、格納庫へと戻って来ると、そこでは6機のベルランD型が整備班たちの手によって駐機場へと並べられ、暖機運転をされている最中だった。
クレール市の空の下で、エンジンが咆哮(ほうこう)
し、力強くプロペラが回っている。
最大1800馬力を発揮するグレナディエM31エンジンはこれまでのグレナディエよりもシリンダーの内径が拡大され、排気量が大きくなっており、エンジンが回る音がより頼もしくなっている。
だが、基本的にはグレナディエエンジンの系列であることには変わりがなく、その扱い方には共通点が多いということだった。
カイザーたち整備班は僕らと同じ様に機体についてのレクチャーを受けたばかりだったが、問題なくエンジンの始動を行えた様だ。
いよいよ、ベルランD型に搭乗することになる。
新型機に乗って見て最初の印象は、バブルキャノピーになったおかげで視界が抜群に良くなっているという点だった。
ベルランB型も視界は問題なかったが、ベルランD型では開放感が強い。操縦席の周りに何も無いようで、かえって少し怖いと感じてしまうくらいだ。
計器や操縦系には小改良が加えられているだけで、大きな違いは無かった。操縦席は少し形が改良されて、パラシュートを背負ったまま乗っても少し余裕がある。長時間飛行した時のパイロットへの負担を減らそうとした改良の様だった。
少し特徴的なのが、操縦桿に配置された射撃装置だった。
ベルランの射撃装置は、安全装置を兼ねるカバーと、押し込み式のトリガーでできている。
変わっているのはトリガーで、以前よりも少し大きく、形状も変わっている。
トリガーの形状変更は、ベルランD型がこれまでの機体よりも大幅に重武装になったために、パイロットが2つの射撃モードを任意に選択できる様に改良された結果だ。
20ミリ機関砲5門という大火力を一斉に射撃するとその分反動も強く、機体の姿勢を維持するために少し技術が必要になって来る。
そのため、ベルランD型では2つの射撃モードを使用できるようにし、トリガーもそれに対応した形状に改良された。
トリガーを操縦桿のカバーと同じ高さまで押し込むと主翼に装備された4門が交互に発射されるようになる「交互発射モード」となり、片翼の2門がそれぞれ交互に発砲して反動を抑える様になっている。
トリガーを目いっぱい押し込むと、今度は全ての機関砲が全力で発射される「斉射モード」となり、機体が受ける反動も大きくなるが高い瞬間火力を発揮できる。
少しややこしいが、交互発射モードと斉射モードの違いは、トリガーを押し込む親指がその境界で操縦桿のカバーに一度触れるため、感覚だけで分かるように工夫されている。おかげで使用には特に問題が無さそうだった。
機体の性能は大幅に強化され、風防が変更されたことから操縦席から見える景色もかなり変わっていて操縦系統にも変わっている点はあるが、基本はやはり「ベルラン」である様だった。
計器類の配置は変わっていないし、トリガー以外には小さな改良はあっても大きな変更は無い。
そのせいか、真新しい機体であるはずなのに、操縦桿がやけに手に馴染んだ。
発進前の最終チェックを終えると、僕らは飛び立つために滑走路へと向かって誘導路を走行し始めた。
クレール第2飛行場の管制塔と教官役の曹長と連絡を取り、準備が整うと、僕らはレイチェル中尉の機体を先頭に1機ずつ滑走路へと侵入し、滑走を開始する。
搭乗している機体は、レイチェル中尉がベルランD型3001号機、カルロス軍曹が3002号機、ジャックが3003号機、アビゲイルが3004号機、ライカが3005号機、僕が3006号機だ。
ベルランD型の量産機は3001号機からだという話だったから、僕らの部隊にはその最初の量産機が用意されたことになる。
他の部隊よりも先に僕らに新型機が与えられたということで、光栄なことだった。
ちなみに、教官役の曹長が乗っている機体はどうやら試作機である様で、僕らの様に通し番号での機体番号は割り振られていない。
離陸は順調に進んだ。
ベルランD型はこれまでのベルランよりも離着陸の速度が増しており、少し多めに滑走して十分に加速する必要があったが、平滑(へいかつ)に舗装され良好な設備を持つクレール第2飛行場では特に問題も無かった。
最後に滑走を開始した僕は計器を確認して十分な速度を得られたことを確認すると、操縦桿を手前へと引き、地面を蹴って空へと舞いあがった。
エンジンが本当に力強い。その大馬力を生かすためにプロペラの羽が3枚から4枚に増やされているおかげで機体の加速も良く、パワーに引っ張られるように機体はどんどん上昇していった。
僕の全身に、感激で震えが走った。
この新型機は、間違いなく以前の機体よりもパワーアップしている。
それが、操縦桿を握る手から、力強いエンジンの音から、僕の全身へと伝わって来る。
そして何より、僕はまた、仲間たちと飛ぶことができたのだ。
※作者注
耐Gスーツは、史実だと1944年中には米軍で導入が始まっていた様です。
日本陸軍の四式戦闘機「疾風」が、カタログスペック上はさほど大きく変わらないはずの米海軍のF6F「ヘルキャット」に、台湾沖航空戦で手痛い敗北を記録することになった一因ともなっている様です(当然、他にも理由はいろいろあります)。
機体のカタログスペックについては言及されることが多いものの、こういった個人装備の面でも技術競争があったという点をご紹介したいと思い、今回作中に取り入れてみました。
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