14-29「残された人々」

「そこで、何をやっているんだっ! 」


 僕はそう怒鳴り散らしながらシャベルを振りかぶり、ゲイルの死体を傷つけている2人へと向かって突進した。


 だが、何時間も泣き続けていた僕には、体力があまり残っていなかった様だった。シャベルは思ったよりもずっと重く感じられ、背の高い方の1人へ向かって振り下ろした僕のシャベルは、相手が身をかわしたこともあって盛大に空振りをしてしまった。


 それでも、せいぜいナイフ1本が相手であれば、負ける気はしなかった。

 王立陸軍に所属する兵隊から聞いたことがある程度の話だったが、シャベルはいざという時の近接攻撃にも使える、厄介な武器になるらしい。


 実際、土に鋭く食い込む様に尖って作られたシャベルの先端と、その重さは十分武器になりそうだった。

 しかも、リーチも長く、相手がこちらの間合いに入るよりも先に攻撃をすることができる。


「ゲイルから離れろっ! 2人共だ! 」

「まっ、待ってくれ! 話を聞いてくれっ! 」


 僕が大声で叫ぶと、ゲイルの身体にナイフを突き立てていた背の高い1人、王国南部出身者に多い褐色の肌に黒髪と黒い瞳を持つ若い青年は慌てた様にそう言い、僕に抵抗する意思が無いことを示すためか、手に持っていたナイフを地面へと投げ捨てた。


 ナイフだと思っていたが、それはどうやら、何かの金属の破片に過ぎないものであるらしかった。

 だが、ゲイルの血がべったりとついている。

 自然と、僕の手に力がこもった。

 どうして、ゲイルを傷つけたりしたんだ!


 僕は腹の底から煮え立つ怒りを覚えながら、その青年を睨みつけ、それから、もう1人の方へと視線を向けた。


 もう1人、少し背が低く身体が太めの方は、白髪(はくはつ)の老人だった。

 禿げ頭に、こめかみで髪とつながった豊かな口髭を持つ。温厚篤実(おんこうとくじつ)そうな顔をしているが、今は驚き、恐れている様な表情で僕の方を見ている。


 青年の方に見覚えは無かったが、僕は、この老人に見覚えがあった。

 その老人は、僕の故郷の街ではかなり有名な人だったからだ。


 老人は街で唯一の神父であり、祈りを捧げる日などに教会に集まった人々に向けてお言葉を述べたり、街で奉仕活動をしたり募金活動をしたり、人々の悩みごとの相談などにのっていた人だった。

 そして、大の酒好きとしても有名だった。太めの腹周りはそのためだ。


 だが、僕が知っている姿よりは少し、やつれている様に思える。

よく見ると、2人が身に着けている衣服は汚れていて、すっかりボロボロになっていた。


 僕の家は街から少し離れていたし、それほど信仰熱心でも無かったから神父との関りは薄かった。だが、少なくとも、悪意を持って何かを傷つける様な人では無いと知っている。

 それに、見るからに困窮していて、困っている様子だった。


「神父様? 神父様が、どうしてこんな場所に? 何をなさっていたのですか? 」

「あ、ああ。えっと、すまないが、君は、誰じゃったかのう? 」

「ミーレスと言います。神父様の街の近くに住んでいたので、貴方のことは存じ上げています。訳を、話してくださいますか? 」


 僕はシャベルの先端を少し降ろして、まずはその2人の話を聞いてみることにした。

 2人は少し安心した様な顔をし、それから、僕に事情を話してくれた。


 まず、2人がどうしてここにいるのかだが、街が連邦軍に包囲される前に脱出したものの、攻撃に巻き込まれ、行き場所を失ってしまったからであるらしい。


 どうしてそうなったのかと言うと、教会ではフィエリテ市から避難してきていた身寄りのない子供を保護していたのだが、連邦軍の接近に伴いさらに安全な場所に避難する必要ができてしまい、教会の人々は保護している子供たちと一緒に街を脱出することになった。

 連邦軍に街が包囲される前に軍が用意したトラックで逃げ出せたものの、途中でトラックが攻撃を受けてしまい、ここに取り残されてしまったということだった。


 トラックに乗っていたのは、運転手の他に護衛も務める兵士が2名と、神父様とブラザー、そしてシスターが2人に、子供が6人。

 連邦軍機からの攻撃を避けるために直接南へ向かう太い道路は使わず、少し迂回して走っていたのだが、運悪く敵機に発見されて爆撃を受けてしまったらしい。

 直撃は受けなかったものの、トラックは爆撃でできたクレーターに落ちてしまった。僕が見つけたトラックがそれだった。

 2人の兵士はその際に亡くなってしまったそうだ。壊れたトラックの近くに2人の人間を埋葬した痕跡があったが、それが、亡くなった2人のものだったのだろう。


 神父たちは運よく生きのびることができたが、シスターの内1人は怪我をしてしまっていて身動きが取れず、子供たちにも長い距離を歩く体力が無い。

 若くて体力のあったブラザーが助けを呼ぶために一度は街へと向かったのだが、すでに街は連邦軍の包囲が始まっており、とても近づける状況に無かった。


 身動きの取れなくなった神父たちは林に隠れながら助けが通りかかるのを待つ他無かったが、主要な通りから外れたこの場所を通る者は少なく、いても連邦軍の見張りくらいなものだったので、どうしようも無かったらしい。

 トラックには食料も積んであったそうだったが、それもほとんど食べつくしてしまって、いよいよ神父たちは追いつめられていた。


 彼らがゲイルの死体を傷つけていたのは、どうやら、食べるためであるらしい。

 残り少ない食料は子供たちのために使われ、神父たちはここ何日もの間水しか口にしていないということだ。


 飢えていたところに僕らが現れ、ゲイルが死んでしまったことは、神父たちにとっては「神の恵み」だと思えたとのことだった。


 僕は王立軍の軍服を身に着けているし、僕にはどうして神父たちが声をかけて来なかったのが不思議だった。

 神父たちによると、遠目であったためにどこの軍隊か分からず、武器も持っている様だったから恐くて近寄れなかったのだそうだ。


 事情は、分かった。

 だが、僕は複雑な気分だった。


 神父たちがこの場にいて、ゲイルの死体を傷つけていたのは、追いつめられたが故に仕方なく行っていた行為だ。


 だが、ゲイルは僕にとっては家族そのものだった。


 僕の家は牧場で、動物の命を奪って食べるということは、ごく当たり前に行ってきたことだった。

 そうではあるのだが、それとこれとは、話が違う。


 元々食べることもするつもりで飼っていた家畜と、一緒に働くために家族同然に接してきたゲイルとは、絆の性質が違い過ぎる。

 我が家では豚や鶏、羊や牛は食べる機会が多かったが、馬についてだけは、食べた記憶が無い。


 もちろん、馬肉が食用となることは知っている。好んで食べている地域もあるらしい。

 だが、僕の気持ちとしては、馬は食べるものではなく、友人や家族の様に埋葬されるべきものだった。


「事情は、分かりました。でも、この馬……、ゲイルは、僕にとっては家族の様な存在なんです。食べて欲しくはありません。……代わりに、僕が持っている食べ物ではダメでしょうか? 」


 ゲイルを食べさせることなんてできなかったが、神父たちが困窮しているのも事実だった。

 僕は僕自身に出来る最大限の譲歩として、ナップザックの中に入っていた食料を全て差し出すことにした。


「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます……。ですが、これでは、とても足りないのです」


 神父は僕に深々と頭を垂れ、感謝してくれたが、悲しそうに首を振った。


「私たちは、10人もいるのです。申し訳ありませんが、これだけでは1日と持ちません。大人の我々はともかくとして、子供らはとても……」

「でも、もうすぐ王立軍がやってくるはずです。今は、連邦軍への反攻作戦を行っている最中なんです。きっと、すぐそこまで友軍が来ているはずです。僕も、その友軍と合流しようとしていたんです」


 友軍が近くまで来ているはずだと伝えると、神父とブラザーは明るい表情になった。


「それは、本当ですか!? いつ、いつごろでしょうか!? 」


 期待の眼差(まなざ)しを向けられ、しかし、僕は困惑してしまった。

 友軍が、近づいてきている。これは、間違いの無いことだ。


 だが、一体どこまで近づいて来ているのか、いつ、この辺りにまで到達するのか、僕はそれを知らないのだ。


「すみません。それは、分からないんです。でも、ここに近づいて来ているのは本当です。間違いありません」

「そ、そうですか……」


 神父もブラザーも、少し落胆してしまった様だった。


 僕は、困ってしまった。

 神父たちは困窮しつくしている。食料はすでに無く、僕が渡したもので食べつないだとしても、数日ともたないのは確実だ。

 それまでに友軍がここまでたどり着けなかったら、どうなるのか。


 僕は、横たわったままのゲイルへと視線を向けた。


 心が痛む。

 彼は、僕のせいで死んでしまったのも同然なのだ。


 だが、このまま、この弱り切った神父たちを放っておくことなどできなかった。


 それは、僕を逃がすために戦った人たちや、僕のために死んだゲイルの気持ちを無為にすることなのかもしれない。

 それでも、この場で、神父たちを見捨てることは、どうしてもできなかった。


 ゲイルは、賢くて、優しい馬だった。

 僕のことは許してはもらえないかもしれないが、罪も無い人々を救うためであれば、分かってくれはしないだろうか?


「分かりました。神父様。この馬を差し上げます。……でも、条件があります」


 僕は、この場に残り、この人たちのために、自分にできることをすると決めた。

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