14-28「埋葬」

「僕のせいだ」


 身体の震えが止まらなかった。


「僕の、せいだ」


 自然と、僕の頬を、熱いものが伝い、落ちて行った。


「僕のせいだ! 」


 僕は、叫ぶと、動かなくなったゲイルの身体に顔をうずめて、泣いた。


 泣いたところで、何かが変わることなんてない。

 ゲイルはもう、生き返らない。

 涙を流すことに、いったい、何の価値があると言うのだろう?

 それでも僕は、泣き続けた。


 彼は最後まで賢く、忠実な馬だった。

 僕は、そんな素晴らしい馬を、相棒を、兄を、死なせてしまったのだ。


 僕はもう、二度と、ゲイルに乗って走ることができない。

 僕はもう、二度と、彼に触れることができない。

 彼の好物の人参を与えて喜ばせることもできないし、ブラシをかけてやって毛並みを整えてやることもできなければ、暑い日に井戸の冷たい水をたっぷりと桶に注(そそ)いで飲ませてやることもできない。


 僕がもっと注意深くしていて、敵の存在により早く気がつくことができていたら。

 もっと早く、ゲイルの怪我に気がついていたら。


 僕は、僕の不注意によって、ゲイルを死なせてしまった。


 泣いてもどうにもならないということは、僕にだって分かっている。

 僕はもう、そんな子供では無いからだ。

 だが、涙はとめどなく流れ出て来て、僕にはどうすることもできなかった。


 やがて気がつくと、辺りの霧はすっかり晴れて、空には明るく輝く太陽の姿があった。

 冬とは言え、良く晴れた空から太陽であぶり出されると、暖かいと感じられる。


 僕は、かなりの間、泣き続けていたらしかった。

 いつの間にか涙も枯れてしまい、ただ、嗚咽(おえつ)だけが漏(も)れてくる。


 僕には、このままここでじっとしていることは許されなかった。

 何故なら僕の命はすでに僕1人だけのものではなく、僕を逃がすために戦った、たくさんの人々のものになっていたからだ。

 そして、その中に、ゲイルも加わった。

 加わってしまった。


 僕は、歩き出さなければならなかった。

 歩き出して、例え這(は)ってでも、連邦の手を逃れて味方のところに合流しなければならなかった。


 だが、ゲイルをこのままにしておくことなど、僕にはできなかった。

 僕が何もせずにこの場を立ち去ったら、ゲイルの身体はきっと、野生動物に食べられ、やがて腐っていくことになるだろう。


 それが、自然の姿だ。

 それでも、僕にはそんなことはできなかった。


 ゲイルは僕にとって、家族だったからだ。


 せめて、穴を掘ろう。

 穴を掘って、そこに彼を埋葬しよう。

 そうすればきっと、ゲイルは安らかに土へと帰っていくことができるはずだ。


 そう決心した僕は、ゲイルから身体を離すと、彼のなるべく近くで墓穴を掘り始めた。


 僕は穴を掘るのに適した道具を持っていなかったが、半ば放心状態であったために頭が働かず、最初は素手で地面を掘っていた。

 当然、うまく行くはずが無く、穴は少しも深くならないのに、手の爪だけがボロボロになり、全身が土で汚れて行った。


 これでは、いつまで経ってもゲイルを埋葬することができない。

 そう気がついた僕は、まず、シャルロットから借りたサーベルが使えないかと思ったがすぐにやめて、僕では怪我のせいでうまく使えないのにここまで背負ってきた、役立たずな小銃を使うことを思い立った。


 銃身の辺りを握り、銃床(ストック)を使って土を掘った。

 手で掘るよりはずっと効率的だったが、それでも、ゲイルを埋めることができるほど大きく深い穴を掘るには時間がかかり過ぎる。


 もっと、他の道具を探さなければ。

 僕は立ち上がると、辺りを見回した。


 僕がやって来た方向に小屋の様なものを見つけたが、連邦軍に近づくことになるかもしれず、元来た方向へ戻ることはできなかった。


 よく見まわしてみると、かなり離れた場所で、トラックの様なものが放置されているのを見つけることができた。

 遠目なので細かなところまでは分からなかったが、塗装の色から言って、連邦軍のものではなさそうだった。王立軍のものに見える。

 そして、人の気配も無い。


 僕には他に当てになるものも無かった。

 僕はふらふらとした足取りでそのトラックへと向かう。


 普通に歩けばそれほど苦労はしないはずの距離だったが、ずいぶん、時間がかかった。

 そのトラックはどうやら王立軍で使用されている標準的なトラックで間違いなかった。色や大きさ、全体的なシルエットに見覚えがあったし、何よりも、王国の所属であることを示す国籍章がボディに描かれているのをどうにか判別することができた。


 どうにか、というのは、そのトラックは砲撃か爆撃か何かによってできた大穴に突っ込んでいて、国籍章が描かれていたはずのボンネットが大きく潰れ、運転席もほとんど原形をとどめていない様な状態だったからだ。


 そのトラックの周りには誰の姿も無かった。

 放置されてしまってからかなり経過しているらしく、何日もの間ずっとここにあった様だ。


 使えそうなものが荷台に残っていないかと見てみたが、そのトラックは兵員輸送用に座席を配置したタイプで、元々積み荷は少なく、使えそうなものは何も残っていなかった。

 何かしらは積んでいたはずだったが、恐らく、生き残った乗員が全て運び出してしまったのだろう。


 だが、僕はそこで、シャベルを1本手に入れることができた。


 恐らくはタイヤが悪路にはまってしまった時に使うため、トラックに装備されていたものなのだろう。

 土を効率よく掘るための道具だから、今の僕が一番欲しかったものだ。


 そして、どうやらすでに僕と同じ目的で使われた後であるらしかった。

 シャベルは地面に突き刺されていたが、そのすぐ側には、人間1人を埋葬した様な大きさの土の小山が2つ、できていた。

 恐らく、このトラックを運転していた人は助からなかったのだろう。それで、生き残った誰かがこの場に埋葬したということらしかった。


 僕はそこで眠っている2人に黙祷(もくとう)を捧げると、ゲイルのところへと戻ることにした。


 夢中で墓穴を掘っていたからいつの間にか時間がかなり経っていたようで、もう、日が傾いていた。

 冬で太陽が出ている時間が短くなっているから、実際にはそう遅い時間では無いはずだったが、それでも、僕は長い時間足止めを受けている。

 これでは、父さんや、シャルロット、あの街に残って戦っている人たちに顔向けができない。


 僕には責任がある。

 僕はこのまま徹夜してでもゲイルの墓穴を作り上げ、彼を埋葬し、そしてまた、味方の前線へと向かって歩き続けなければならない。


 そう思いながら歩いていると、僕はふと、ゲイルの近くで何かが動くのを目撃した。


 ゲイルが生き返って動き出すことなど、あり得ない。

 そうなればどんなにいいかと思ってはいたが、それは、僕の願望が作り出した幻覚では無い様だった。


 その黒い何かは確かにゲイルのすぐ近くにいて、動き回っている様だった。

 僕は、さっそくゲイルの死体をついばみに来たカラスか何かだろうと思って、それを追い払うために走り出した。

 しかし、すぐにそれはカラスなどでは無いことが分かった。


 それは、2人の人間だった。

 まだその容姿は分からなかったが、背が低く少し身体が太めに見えるのが1人と、背が高くひょろ長く見えるのが1人。2人共黒っぽい衣服に身を包んでいて、少なくとも軍人には見えなかった。


 夕日を反射して、その内の1人の手に、キラ、キラ、と光るものが握られている。


 それがナイフか何かの刃物であり、それが、何度もゲイルの身体に突き刺されているのだと気がついた時、僕は、全力で走りだしていた。


 その2人のことが、許せなかった。


 ゲイルは、僕のせいで死んでしまった。

 それだけでも辛いことで、僕は彼に少しでも安らかに眠って欲しかったのに。

 その2人がやっていることは、僕には、ゲイルを冒涜(ぼうとく)する行為にしか思えなかった。

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