14-30「戦争被災者」

 僕が神父に提示した条件は、1つだけだ。

 それは、ゲイルの埋葬を手伝い、その死を一緒に追悼(ついとう)してくれること。

 人間にする様に、神父に祈りの言葉を捧げてもらいたかった


 神父は断らなかった。

 自分たちの糧として犠牲となってくれる命に対して祈るのは当然のことで、ぜひともやらせて欲しいということだった。


 神父が僕の条件を飲んでくれた以上、僕は、彼らのためにゲイルを差し出さなければならなかった。


 ゲイルは立派な体躯の軍馬で、体重も大きかったから、その場から動かすことは難しい。

 だから、その場で食べられる部分だけを切り取り、残りの部分はそばに穴を掘って埋葬することになった。


 神父たちは自分たちでどうにかゲイルを解体し、その肉を得ようとしていた様だったが、僕に言わせるとあまりにも下手なやり方だった。

 まともなナイフも無く、金属の破片をその代わりに使おうとしていたのでうまく行かないのは当たり前だったが、それ以上に、2人は生き物の解体のしかたを少しも知らない様だった。


 もちろん、僕だって馬の解体をやった経験なんてない。そもそも、僕の家では馬は食べるものではなく、家族の一員だった。もし馬が亡くなれば人間と同じ様に埋葬していたのだ。


 だが、豚や羊であれば、父さんを手伝って解体したことがある。

 馬とは身体の造りが違う生き物だったが、同じ4本足の哺乳類には違いなかった。その時の経験を当てはめれば、何とかなるだろう。


 問題は、僕も調理用のまともな刃物は持っていない、ということだった。

 ブラザーが使おうとしていた金属片では、どう考えても明日の朝までかかってしまう。そんなことはしていられない。


 そこで僕は、刃物で良いのなら、自分はそれを持っているということを思い出した。


 シャルロットから餞別(せんべつ)にと渡された、彼女の家の家紋が入った、素晴らしい造りの美しいサーベルだ。


 もし、シャルロットが「馬の解体に使った」と聞いたらどんな顔をするのか想像もつかなかったが、しかし、他に代用できそうな道具の持ち合わせも無かった。

 僕はもしこのままうまく生きのびることができてもシャルロットにはこのことを一生黙っていようと固く決意しながら、彼女のサーベルを抜いた。


 シャルロットのサーベルは、よく切れた。

 彼女は、本当に貴重で良いものを僕に譲(ゆず)ってくれた様だった。

 それがより強く僕の罪悪感をかき立てたが、今はこらえるしかない。


 僕はゲイルの身体から、食べやすそうな部位を中心にいくつかの肉塊を切り出し、神父たちに持てるだけ持ってもらうことにした。

 生肉をそのまま持って行ってもらうのはあまりにも不衛生だったから、肉塊は皮の部分を残して切り出し、生肉の部分には直接触れない様に持ってもらうことにした。


 神父とブラザーには2往復くらいしてもらって肉を運んでもらったが、ゲイルの身体は大きく、とても全てを食べるために持って行くことはできなかった。

 だが、神父たちに持ってもらった分だけでも、10人の人間が何日も食べていくことができるはずだった。


 そうしている間に、すっかり日が落ちてしまっていた。

 僕はナップザックの中から街を出る時に持って来ていた携帯型のランプを取り出して明かりを得ると、後片付けにかかった。

 それから、ゲイルの埋葬を明日行うことにして、僕らは林へと向かった。


 今は冬で気温が低く、そのままでも肉の保存がある程度できるはずだ。だからゲイルの解体を明日も行えばもっと食べられる部分が手に入るはずだったが、それだと今度はとても食べきることができない。

 それに、これ以上、ゲイルを無残な姿にしたくは無かった。


 神父たちが隠れていた林は、四方が数百メートルほどの小さなもので、地形が少しデコボコしていて農地にするのに適さなかったため、自然のままとされた場所であるらしかった。

 と言っても、この辺りでは燃料として薪を使うことが多かったから、この林も薪などを得る目的で使われていたらしく、人の手が入っている気配はあった。


 神父とブラザー、2人のシスター、そして6人の子供たちは、その林の中に建っている廃墟を隠れ家としていた様だった。


 この地域では燃料として薪(まき)を用いることが当たり前の様に行われており、その廃墟は以前に僕が使わせてもらった樵小屋(きこりごや)と同じ様な建物であるらしかった。

 だが、周辺は農地としてすっかり開墾(かいこん)され、樵(きこり)たちが燃料を作るために長期間滞在することも無くなったため、すっかり打ち捨てられていたらしい。


 屋根は半ば朽ちていて、丸太を組み合わせて作られた壁も苔(こけ)むしてはいたが、他で野宿するよりはずっとマシな様だった。

 神父たちは建物の瓦礫(がれき)をできるだけ排除して、そこで寝泊まりをしていたらしい。


 その廃墟の近くで焚火(たきび)を囲みながら、僕らの帰りをシスターと子供たちが待っていた。


 その姿を見て、僕は驚いた。

 子供がいるとは聞いていたが、その子供たちはみんな、6歳とか、それよりも下に見えるほど幼かったからだ。

 これでは、長時間歩き続けることなど不可能だろう。神父たちがこの場に留まっていたことも理解できる。


 シスターは2人いるはずだったが、僕らを出迎えてくれたのは1人だけだった。

 ブラザーと同じ様に若いシスターで、小さな丸い眼鏡をかけている。少し気弱そうな印象の女性だったが、今は気丈に子供たちの面倒を見ている様だ。


 もう1人のシスターは、トラックが破壊されてしまった時に片脚を骨折をしてしまい、まだその傷が良くないために廃墟の中で休んでいるとのことだった。

 トラックの物資でひとまずの手当てはできているのだが、そのシスターは高齢であることと十分な栄養が取れる食料が無いために回復が遅れているらしく、歩くことはほとんどできないということだった。


 みんな、腹を空かせていた。

 神父たちは子供たちに優先して食べさせてはいたが、昨晩に分け与えた分で食料は尽きてしまい、それ以来、水しか口にしていないということだった。

 大人たちはそれよりももっと長い間、水しか口にしていない。


 僕も今朝からいろいろあって何も口にしてはおらず、ゲイルを死なせてしまったこともあって元気とは言えなかった。

 それでも、この中で一番動けるのは、僕だ。


 僕は飢えた人々のために、馬肉を調理することを申し出た。


 幸運にも、調理に使える鍋がある様だった。しかも、かき混ぜたり、すくったりするのに便利な木製のレードル(お玉)もあった。もっとも、レードルは柄が半分になってしまっていたのだが。

 鍋は廃墟の中に放置されていたもので、2つあった持ち手の片方が無くなってはいたが、穴は空いていないし使えそうだった。

 ここにいる全員分の料理を作っても、十分おさまる大きさがある。


 しかも、水まである。廃墟で樵(きこり)たちが使っていた井戸が枯れておらず、豊富に使うことができた。


 僕は単純に馬肉を切って焼こうかとも考えたが、神父たちはずいぶん弱っている様だった。それに、怪我人もいる。

 ゲイルは馬としては高齢だったから、もしかすると肉質が固く、怪我人や子供たちには食べにくいかもしれなかった。


 水がたくさんある様だったし、僕は、スープを作ることにした。

 スープと言っても、ゲイルの肉を細かく薄く切って、たっぷりの水で煮込み、サバイバルキットに入っていた岩塩で塩味をつけただけのものだ。


 すでに火は起こされていたので、材料の準備が済むと後は煮込んで待つだけだった。


 その間、子供たちはずっと、熱心な目でぐつぐつと煮えている鍋のことを見つめていた。

 よほどお腹が空いているのだろう。全員の視線から、まだか、まだか、というプレッシャーが感じられた。


 大人たちは冷静に振る舞おうとしている様だったが、その空腹は子供たちよりも一層、酷い様だった。

 彼らは子供たち以上に長い間食べ物を口にしていない。僕の作業を手伝ったりしてくれていたが、待ちきれない、という様子が伝わって来る。


 やがて、馬肉には十分に火が通り、食べられるようになった。


 器は無かったが、神父たちのトラックに積み込まれていた軍用糧食の缶詰の空き缶がその代わりになった。

 僕は順番に並んだ人々にスープを分け、神父たちはその辺に落ちていた枝や木片などを使って作ったらしい手作りのスプーンで食べ始めた。


 彼らは教会の人々であり、神の信徒であるはずだったが、飢えのためか食前の祈りの言葉をすっかり忘れてしまっている様だった。

 誰もしゃべらず、彼らは無言のままスープをすすり続けた。


 僕も、それを食べた。

 その馬肉はゲイルのものであり、僕としては抵抗が強かったのだが、彼の死を忘れず、そしてその死がこの場にいた人々の糧となったことを記憶するために、一緒に食べた。


 お世辞にも、美味しいとは言えなかった。

 馬肉は薄切りにして火を通したこともあって十分に食べることができる柔らかさになっていたが、脂っ気が少なくて、肉以外の味がしないのでスープは水っぽく、塩味がついているだけマシ、という感じだった。


 それでも、それは僕たちにとっては御馳走だった。


 それは、戦場のただなかに取り残され、どこにも行き場所を失い、食料も無くなって、緩慢に死へと近づいていくその絶望の中で、彼らに明日の生命を保証してくれるスープだったからだ。


 怪我をして立つことのできなくなったシスターの姿が、特に僕の印象に残った。

 彼女はスープを受け取ると、涙を流し、一口すするごとに、神と、犠牲になった命への感謝の言葉を捧げ続けた。


 ゲイルの死は、この人たちを生かした。

 ゲイルはきっと僕を許してはくれないだろうが、自身の死が、10人もの人々を生きながらえさせたことはきっと、喜んでくれているに違いなかった。

 彼は、そういう馬だったのだ。


 僕は、小さな満足感を覚えていた。

 それは、久しぶりに感じることができた安らぎと、充足感だった。


 同時に、強い憤りを覚えた。


 この人たちが、いったい、何をしたというのだろう?

 どうして、こんな場所で、飢えに苦しまなければならないのだろう?


 全て、この戦争のせいだ。


 1日でも早く、こんなことは終わりにしたかった。

 だが、いったい、どうやって?

 どうすれば、この戦争は終わるのだろう?


 僕がやるべきことというのは、一体、何なのだろうか?

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