14-22「理由」
何が起こっているのかは、僕にも理解できていた。
だが、どうしてそうなったのか。そして、何故、そうしなければならないのか。
それが、僕には分からなかった。
父さんは、僕の声に少しも動じなかった。
僕がこういう反応を示すのを予想していたのだろう。
「ミーレス。落ち着きなさい。こうなったのには、理由がある。それを、説明する」
僕は父さんにそう言われて、自身の気持ちを落ち着けるために少し深呼吸をした。
部屋の中に集まっていた、僕以外の人々は、やれやれといった感じで、だが、どうしてか好意的な視線を僕へと向けている。
「まず、ミーレス。今日あった、連邦の放送は聞いたか? あの、連邦の英雄が戦死し、その英雄を討ち取ったパイロットに多額の賞金をかけたという放送を」
「はい。僕も、その話は知っています」
「そして、その賞金がかけられたのが、お前自身だということも、分かっているな」
「はい」
「ミーレス。それが、問題なんだ」
僕にはまだ、どういうことなのか分からない。
賞金がかかったことによって、僕は連邦軍の将兵から血眼(ちまなこ)になって探されることになるだろうし、捕まってしまえばどんな目に遭わされるか分かったものでは無かったが、命がけで戦っているという点は、他の誰とも変わらない。
いくら多額の賞金がかけられているからといって、1000名弱もの守備隊の人々を動かし、僕ただ1人を、連邦軍の包囲下にあるこの街から脱出させようという話にはならないはずだった。
だが、それこそが問題なのだという。
僕は、父さんが何を話すのかを、注意深く待った。
「連邦が、お前にあんな額の賞金をかけたのには、当然、訳がある。……戦死した連邦のパイロット、連邦で英雄と呼ばれていたそのパイロットを戦死させたお前を、連邦は必ず捕らえるつもりだということだ。これには、別の意味がある」
「どういう、意味です? 」
「政治的な意味だ」
父さんが言ったことを僕なりにまとめると、だいたい、こんな感じになる。
僕ら301Aが撃墜したパイロットは、連邦にとっての英雄だった。
その英雄は、連邦の思想の優位性の象徴であり、連邦が掲げる大義の旗印であり、その国民と将兵を鼓舞する存在だった。
それは、その英雄が、優れたパイロットであったからというだけではない。
連邦という国家そのものが、そのパイロットを英雄として祭り上げ、宣伝し、利用した。
その英雄は、連邦が政治的な意図を持って作り上げた、人為的に生み出された偶像(ぐうぞう)だった。
それは、連邦が作り出した「神」だった。
連邦が連邦たる理由。長く苦しく、不毛とも思える戦いを続ける理由。
全てを戦争のために捧(ささ)げ、寝ても覚めても戦争のことだけを考えなければならない、そんな暮らしの先にある希望。
連邦がその国民を団結させ、戦争へと駆り立てるための英雄。
それが、僕らによって倒された。
連邦が英雄という存在を生み出すことによって作り出された偶像(ぐうぞう)が、破壊された。
連邦の思想的な優位性、掲げた大義。それが、汚された。
それは、連邦にとって許容しがたいことだった。
連邦が連邦として存在する理由が、否定されてしまったからだ。
連邦の思想が、大義が、何者かによって破壊され得る、否定し得る。絶対のものではないということが、明らかにされてしまったのだ。
それ故に、英雄を倒した僕を捕らえ、僕を見せしめとして処刑することで、一度は破壊されてしまった偶像(ぐうぞう)を、色あせることの無い神話とし、もう一度作り直す必要があった。
一個人に対するものとしてはあまりにも多額の賞金は、連邦が僕の首にそれだけの価値があると認めていることに他ならない。
連邦はどんな手段を使っても、どんな大金をつぎ込んでも、僕を必ず捕らえようとしている。
僕は、決して連邦に捕まってはならない身となっていた。
捕まれば、連邦によって徹底的に政治利用され、連邦が戦争を遂行するために最大限に活用される。
それは、僕個人の命が失われるというだけに留まらない。
連邦はそうして作り上げた神話を燃料として、この戦争を戦い続けることになる。
王国にとって不毛な戦いが、無意味に、長く、続くことになる。
「でも、父さん。それなら、このままこの街に留まるのでは、ダメなのですか? 王立軍の反攻作戦が始まっているんです。ここで耐えることができれば」
「もう1つ、理由がある」
父さんは僕の言葉を遮(さえぎ)り、2つ目の理由を教えてくれた。
「捕虜たちの口から聞き出した情報なのだが、連邦は間もなく、この街へと総攻撃をかけて来るらしい」
それは、王立軍が開始した、反攻作戦にも関係したことだった。
捕虜の話によると、王立軍による反攻作戦は、順調に推移しているとのことだった。
これは、喜ばしいことだったが、この街にとっては危機をもたらすことになっていた。
連邦軍は王立軍の反攻を防ぎきれず、全面的に退却を続けている。
その進路の1つに、この街があるらしい。
王立軍に追われた連邦軍の部隊が、その逃げ道を得るために、この小さな街へと殺到して来るというのだ。
この街は包囲されてからずっと平穏なままだったが、それは、ここには街を守備できるだけの少数の王立軍しかおらず、無視して進軍しても問題ないと思われていたからだ。
だが、状況が変わった。
王立軍の反抗は順調に進んでいて、連邦軍はフォルス市へと向けて進撃した時よりもずっと素早くフィエリテ市へと向かって退却をしなければならなかった。
そのためにはできる限り多くの道が必要だ。
そしてこの街は、連邦軍が欲している道の1つを塞ぐ目障りな障害物だった。
王立軍に追われて退却中と言っても、連邦軍のその兵力は、この街のわずかな守備隊に比べれば圧倒的に多い。
攻撃が始まれば、こんな街など、簡単に蹴散(けち)らしてしまえるだろう。
僕を、連邦軍に捕まえさせることはできない。
だが、このままこの街に留まっていたのでは確実に、連邦軍によって捕まるか、殺されるかしてしまう。
僕の命は、僕の知らないところで、僕個人のものではなくなってしまっていた。
僕が連邦に捕えられるか、殺されるなどしてしまうと、連邦はそれを最大限に利用し、この戦争を戦い続けるだろう。
そうなれば、王国は本来、被る必要の無かった害をより長く、深く受けることになってしまう。
そうなることを阻止する方法を考えた結果、この街の人々は、僕を逃がすという選択をした様だった。
「まさか、連邦に利用されない様にこの場で自決しろ、などとは言えないからな」
状況を理解した僕が何も言えなくなって唖然(あぜん)としていると、シャルロットが冗談めかしてそう言った。
その冗談に、その場にいた他の大人たちは全員、同意する様に笑った。
彼らは、穏やかな表情だった。
それが当たり前である様に。戦時下の苦しい日々や、命がけで戦わなければならない状況、そして目前に破滅が迫りつつある絶望など、少しも感じさせない。
この街に残っている人々には、笑顔があった。
僕には、それが不思議でならなかったのだが、今はもう、違和感でしかない。
どうして、ここに残っている人々は、こんな風に穏やかでいられるのだろう?
きちんとした理由があるとは言え、たった1人のために、大勢が、命を賭(か)けることができるのだろう?
「みなさんは、本当に、これでいいんですか? 」
僕は、そうたずねずにはいられなかった。
その場にいる僕以外の人々には、僕には理解のできない、何か、共通するものがある。
僕は、それが何なのかを、知りたかった。
「いいんだよ、坊や」
僕の問いかけに最初に答えてくれたのは、自警団の指揮をとっている、恰幅(かっぷく)の良い40代ほどの女性だった。
「あたしらは好きでこの街に残ったんだけどね。包囲される前、ここに残るって言ったのはあたしらだけじゃ無かったんだ。だけど、先のある若いもんや、他でいくらでも役に立てるような奴らはここにはいらないって、みーんな、追い出しちまったんだよ。あんたも同じさね。あたしらは、あたしらにしかできないことをここでやるだけ。あんたも、あんたにしかできないこと、やらなきゃいけないことをやりゃいいだけさ」
続いて、街の各方面の守備を担っている指揮官の中でも年長らしい男性が口を開く。
白髪まじりの髪をオールバックにまとめ、整えられた口髭を持つ、50代ほどに見える大尉だった。
「我々は、フィエリテ市を守れなかった敗残兵だ。自分たちの故郷も守れなかった敗北者だ。だからこそ、連邦に一泡吹かせてやりたいと思っていてね。そして、どうやら君を逃がすことが、連邦にとっては一番いいダメージになりそうだ。連邦に、私たちの故郷を焼き払ったことを後悔させてやりたいのさ」
その言葉に、他の守備隊の指揮官たちも頷(うなず)いた。
僕はもう、何も言うことができなくなってしまっていた。
この街に残っていた人々が、どうして穏やかで、時には笑顔さえ見せていたその理由が、理解できてしまったからだ。
この街の人々は、とうの昔に覚悟を決めている人たちばかりなのだ。
大国によって理不尽に翻弄(ほんろう)されるしかない王国の運命を変えて見せようと、自分たちにできる努力を少しも惜しまない。
僕は、この人たちに、死んで欲しくなど無かった。
これ以上の危険を冒(おか)して欲しくなど無かった。
だが、僕は黙っていることしかできなかった。
僕が用いることができるどんな言葉を使っても、この人たちを説得することはできないと、分かってしまったからだ。
僕は、この街から脱出するということを受け入れるしか無かった。
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