14-21「脱出命令」
お茶を飲みそこなって激しく咳き込んでいる僕を横目に、シャルロットとゾフィが、意味深な会話を交わしている。
「例えば、ゾフィ。このお茶に一服盛るというのはどうだろう? 賞金首殿にはそれでお眠りいただいて、後は連邦軍に引き渡す」
「ふむ。シャーリー、ちょうどいい薬がある。すぐに効いて、確実に効果が出る様なのが。今からでも持ってこようか? 」
言葉だけを聞いていると、僕は絶体絶命のピンチの様だったが、一服盛ろうとしている相手の眼の前でそんな悪だくみを公然と話し合うことなどあり得ないから、お嬢様方は僕をからかって遊んでいるのだろう。
僕としてはそんなことをするよりも背中を叩いて気道に入り込んだお茶を追い出すのを支援して欲しかったが、とりあえず何とかなったので、それは、もういい。
僕は肺の中に思い切り空気を取り込み、呼吸を整えながら、改めて連邦が僕にかけた賞金の額について考えずにはいられない。
本当に、とんでもない金額だった。
いくら国家の英雄を戦死させた敵に対してであっても、こんな大金を賞金としてかけることなど、とても僕には考えられない。
連邦には連邦の都合があるのだろうが、少しも想像することができなかった。
「しかし、ミーレス。キミはこれで、一躍(いちやく)有名人だな。連邦軍の将兵が血眼になってキミのことを探し始めることになるだろう」
「ええ……、まぁ、そうなるかもしれません。迷惑な話です」
「全くだ。しかし、今晩の敵情偵察、キミは外した方が良いだろう」
「え? それは、どうしてですか? 」
シャルロットの意図が理解できず、僕は反射的に聞き返していた。
元々、シャルロットの敵情偵察に同行することは、僕の意思など関係なく無理やり決定されたことだった。だが、それを急に外すと言われると、何だか「役立たず」と思われたのではないかと、不安になってしまう。
「いや、キミは大層な賞金首になってしまったからな。……作戦行動には万全を期すが、万が一、ということもある。もし、不覚を取って連邦軍に捕まってしまえば、キミ、とんでもない目に遭うぞ。連邦軍の将兵がキミに群がり、賞金の奪(うば)い合いになってもみくちゃにされて八つ裂きになるかもしれない。これだけの賞金だと、連邦の兵士たちも冷静ではいられないだろうからな。それに、無事に捕虜になれたとしても、連邦から見せしめにされる。前王陛下をどの様に連邦が処遇したか、覚えているだろう? キミは恐らく縛(しば)り首か、もっと酷い方法で処刑されるだろう」
シャルロットの声は世間話でもするかのようだったが、口調が普段通りな分、僕が連邦軍に捕まったらどんな目に遭うのかを余計に生々しく想像させるものだった。
処刑される、ということだけでも十分に恐ろしいことだったが、それは、この世の中で考え得る限りの、最も残虐(ざんぎゃく)な方法になるかもしれなかった。
そう思った僕は、思わず、身震(みぶる)いをしてしまう。
だが、処刑されることが恐ろしいからといって、任務を放棄し、自分の身の安全を図ることは、違うのではないかと思えた。
確かに僕は安全かもしれなかったが、それは、他の誰かが僕の代わりに危険な任務につくということに他ならない。
自分だけが安全な場所にいて、他の誰かの命を危険にさらさせるということは、僕にはできなかった。
「シャルロットさん。お気持ちは嬉しいのですが、今晩の敵情偵察もぜひ、僕も同行させてください」
「ほぅ? しかし、それではキミはどんな目に遭うかもわからんぞ? 正直に言うとな、私もあれだけの賞金を前にして、キミを敵に売らないでいられるという自信が無いのだ」
シャルロットが真顔で言い放った言葉に、僕は苦笑する他は無かった。
真面目な風を装ってはいるが、冗談だということがバレバレだったからだ。
「我慢できなくなった時は、僕に言ってください。その時は、賞金を山分けするということで手を打ちましょう」
「なるほど、それなら公平かもしれんな。……では、今晩の敵情偵察にも、キミに同行してもらうことにする。体調など、準備を万全にしておいてくれ。キミは、すっかり忘れていたが、怪我人であることだしな」
「了解しました」
僕が起立して敬礼をして見せると、シャルロットは少し嬉しそうに微笑んで立ち上がり、僕に敬礼を返してくれた。
僕らのお茶会は、それでお開きになった。
シャルロットは近衛騎兵連隊の臨時の連隊長としての仕事に向かい、ゾフィは負傷者が出た時に備え、野戦病院として使われている教会へと戻っていった。
2人の様に役職も仕事の割り当ても持たない僕はやることが無くなってしまったが、何かやるべきことを探しに行ったりはせず、貸してもらった寝床で時間になるまで休憩させてもらうことにした。
お茶会の始めにゾフィに叱られた通り、僕は3日間も意識を失っていた怪我人だ。昨日よりはマシになっていたが怪我をした方の手はまだ痛んでいたし、僕自身は何とも思っていなくても、気づかない内に身体に負担がかかっているかもしれない。
任務に同行させてもらいたいと言った以上、僕は足手まといにはなりたくなかった。それに、シャルロットが言っていた通り、不覚を取って連邦の捕虜になってしまったら、どんな目に遭うか分かったものではない。
確実に成果をあげて、無事に街へと戻って来られるよう、しっかりと体調を整えておくべきだ。
だが、僕のその日の任務は結局、中止とされてしまった。
僕だけが任務から外されたということではなく、連邦軍への敵情偵察自体が中止になったからだ。
僕はそれを、街の守備隊の指揮所となっている学校の校長室、僕の父さんが守備隊の指揮官として仕事をしているその部屋で、父さんから直接聞かされた。
昨日と同じ様に夕食に集まり、敵情偵察の事前確認に入るはずだった時刻の少し前に伝令に来た兵士に呼ばれて、僕は父さんの下へと向かうことになった。
そこには、任務の責任者としてなのか、シャルロットの姿もあった。
他にも、何人かの士官の姿もあった。どうやら、僕以外に集まっている人々は、この街の守備隊の主だった指揮官たちである様だった。
任務の中止ということ自体には、僕は驚いたりしなかった。
僕が任務から外されるということでは無く、任務そのものが中止となるということなら、何か戦況に変化があってそうなったのだと考えることができたからだ。
だが、僕に父さんが言ったのは、任務の中止ということだけでは無かった。
「ミーレス。よく聞け。お前は、この街から脱出するんだ」
椅子(いす)に腰かけ、執務机の上に両肘を立てて手を組んだ父さんは、僕のことを真っ直ぐに見ながらそう言った。
穏やかで、しかし、断固とした揺(ゆる)ぎ無さを感じさせる表情と口調だ。
僕は、父さんのその言葉に驚くのと同時に、戸惑(とまど)ってしまった。
この街から、脱出する。
それは理解できたのだが、僕の頭の中には疑問が残る。
脱出すると言っても、どうやって?
そして、急に、僕に脱出しろというのは、一体、どんな理由ができたのだろうか?
だが、父さんは、そんな僕の疑問など気がつかない様子で、その場に集まっている他の士官たちに、次々と指示を与えて行く。
「申し訳ないが、ミーレスの脱出に、各隊ともに協力をしていただきたい。事情は、すでに説明した通りで、実行は早ければ早い方が良い。目下、この街は連邦軍の包囲下にあるため、脱出には敵陣の強行突破が必要となってくる。敵陣の突破には、近衛騎兵連隊のお力をお借りしたい」
「承知した。騎乗突撃とは、嬉しい限りだ」
「感謝します、シャルロット殿。……街の東部の守備隊には、近衛騎兵連隊による敵陣の突破と、その帰還を支援してもらいたい。このために、指揮所の予備兵力と、37ミリ対戦車砲2門、重機関銃4丁、他、弾薬等を増備する」
「了解した。出来得る限りの支援を行わせてもらう」
「その他、北部、西部、南部の守備隊は、連邦軍の攻撃に備え、警戒を厳としてもらいたい。こちらの動きに反応して、連邦軍が動く可能性がある」
「了解だ」
「任せてもらおう」
「了解しました」
「そして、自警団には、戦闘によって負傷者が発生した場合に備え、その受け入れの準備をお願いしたい。万が一の場合は、予備兵力として戦闘に加わっていただくことになる」
「あいよ。任せときな」
話は、どんどん進んで行って、次々に決まっていった。
どうやら、僕以外は全員、この状況になった経緯(けいい)を聞かされている様で、誰も父さんに異論を唱えなかった。
だが、僕は、それがどうしてもおかしいと思えた。
話を聞く限り、父さんは、僕1人をこの街から逃がすために、1000名弱もの守備隊を動かそうとしている。
それだけでもおかしいことなのに、他の部隊の指揮官たちも、全員、そのことに納得している様なのだ。
それが、僕にはどうしても、理解できなかった。
「ちょっと、待ってください! 父さん、いったい、どういうつもりなんですかっ!? 」
僕は、とても黙っていることができずに、大声をあげて父さんへと迫った。
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