14-16「シャルロット」
※作者注
シャルロット=CV:川澄綾子様希望
「その……、キミ。眼を閉じるか、後ろを向くか、してくれないだろうか? 」
僕は、近衛騎兵連隊の隊長殿のその声で、隊長殿の青い双眸(そうぼう)が僕を非難するように細められ、唇(くちびる)がムッとした様に曲げられていることに気がついた。
隊長殿は少しも悲鳴を上げたりしなかったし、僕にそう要求する口調は落ち着いたものだったが、やはり見られるのは恥ずかしいらしく、その頬は赤く染まっている。
「すっ、すすすすっ、すみませんっ! 」
隊長殿の言葉で、僕は自分が何をしているのかをようやく理解し、慌てて後ろを振り返り、両眼をきつく閉じた。
ああっ、なんてことだ!
失礼が無い様に、と思っていたのに、これでは、失礼どころの話では無いじゃないか!
瞼(まぶた)を閉じて暗いはずの僕の視界の中には、白い影が浮かんで消えない。
心臓の鼓動(こどう)が早くなっている
頬が熱くなってきた。
そんな僕の背後では、隊長殿が落ち着いた様子で粛々(しゅくしゅく)と衣服を身に着けている様子だった。わずかに衣擦(きぬず)れの音が聞こえてくるから、多分、そうだ。
「もう、こっちを振り向いてもいいぞ」
やがて、隊長殿はそう僕に言った。
僕の頭は正常な思考能力を失ってしまっていたが、それでも、隊長殿に謝罪をしなければということだけは理解できた。
僕は振り返るのと同時に限界まで頭を下げて謝ろうと思いながら、隊長殿の方へ振り向いた。
だが、そうした瞬間、僕の首筋に冷たくて鋭利なものが触(ふ)れる。
それは隊長殿が僕に突きつけたサーベルの切っ先だと理解した僕は、謝ることもできずに、「ひっ」と小さく悲鳴を漏(も)らすことしかできなかった。
よく手入れされ、刃こぼれも無く研(と)ぎ澄(す)まされたサーベルの先で、鋭く細められた隊長殿の双眸(そうぼう)が、僕のことを睨(にら)みつけている。
僕は隊長殿に無抵抗および服従の態度を示すために、反射的に両手をあげていた。
「キミ、確か、私が数日前に助けた兵士だったな? せっかく救った命であることだし、まずは、こんな狼藉(ろうぜき)を働いたわけを聞こうじゃないか。……安心しろ、私はちゃんと剣のあつかい方も心得ている」
暗に「場合によっては斬る」と言われ、僕は思わず、生唾を飲み込んだ。
戦争が始まって以来、僕は何度も死ぬ様な目に遭(あ)ってきたが、恐らく、今こそ僕が最も死に近づいた瞬間だっただろう。
僕は必死になって言い訳を考えようとしたが、僕にはそういう方面の知恵は無い。
それに、命の恩人に対して嘘をつくというのは、おかしいと思った。
例えこの場で、狼藉(ろうぜき)を働いたことを理由に斬られることになろうとも、正直であるべきだろう。
僕はたどたどしい口調で全てを白状した。
ここへは助けてもらったお礼を言いに来たということ、場所はゾフィや警備の近衛騎兵に教えてもらったということ、洗濯(せんたく)をしているとは聞いたが、水浴び中だったとは少しも考えなかったこと。
「……なるほど。理解した」
僕の説明はお世辞にも分かり易いものでは無かったが、ひとまず、隊長殿は納得してくれた様で、サーベルの切っ先を僕の喉元(のどもと)から離し、地面へと向けてくれた。
僕はほっとして両手を下ろそうとしたが、その瞬間、隊長殿が再びサーベルを僕の喉元(のどもと)に突きつけ直したので、僕はもう一度慌てて両手を高く上げることになった。
「こちらにも落ち度があった様だし、私も少々油断していた様だ。どうだろう? このことはお互い、忘れるということにしないか? 」
「はっ、ハイ、それが良いと思います! 」
隊長殿は恥じらいからか頬をわずかに赤くしながら、僕にそう提案して同意を求めた。
それは、提案という形を取った命令だ。
当然、逆らうつもりの無かった僕は、大急ぎで賛成の意を示す。
「ふむ。よかろう。……まぁ、私も介抱する時にちょっと見たし、お互い様というところか」
隊長殿は今度こそサーベルの切っ先を僕から外すと、腰のベルトに装備した鞘(さや)に刀身を納めてくれた。
僕には隊長殿が何を呟いたのか、ほとんど聞き取ることができなかったが、とにかく、命の危険は去った様なのでほっと安心し、ピンとのばしていた両手を下ろした。
「シャルロットだ」
「……え? 」
「私の名前だ。近衛騎兵連隊の連隊長だ。臨時だがな」
僕は隊長殿が何と言ったのか、気が緩(ゆる)んでいたので聞き取れずに聞き返すと、不機嫌で冷たい青い瞳からの視線が返って来た。
僕はそれが隊長殿、シャルロットからの自己紹介であったことをようやく理解し、慌てて自分も自己紹介をした。
「ほぅ、すると、キミはこの街の防衛指揮官殿の息子なのか」
シャルロットは僕の名乗りを聞くと、興味深そうな顔をした。
僕が父さんの息子であることを肯定すると、シャルロットからはいくつかの質問が返って来た。
馬は乗れるのかとまず聞かれ、はいと答える。
次に銃は使えるかと聞かれ、訓練は受けていますと答える。
剣はどうだと聞かれると、僕は素直に使えませんと返答した。
シャルロットは最後に、視力はいいかと聞いて来て、僕はちょっと迷った後にいい方ですと答えた。
空軍基準で言うと、アビゲイルの様に僕よりも視力の良いパイロットはたくさんいるのだが、陸軍基準で言えば多分、僕の視力はいい方のはずだ。
シャルロットは質問を終えたが、相変わらず興味深そうな視線で僕のことを眺めている。
少し、ライカに似ているなと思った。
ライカは好奇心旺盛(こうきしんおうせい)な性格で、興味を持ったものをじっと見つめていることがある。シャルロットの興味深そうな視線は、そういう時のライカにちょっと似ていた。
「ところで、ミーレス。キミはこの街で、どこの配置なのだ? 父上にはもうお会いしたのだろう? 」
「へ? ぁっ、すみません、僕はまだ、配置はどこかとか、決まっていないんです」
「ほほぅ、なるほど」
僕はシャルロットがどうしてそんなことを確認するのか分からなかったが、とにかく、正直に答えた。
すると、シャルロットは何度か頷(うなず)き、やがて、「決めた」と言った。
「キミを私の従卒として採用することにしよう。今晩も敵情偵察に出る予定だから、キミも同行したまえ」
僕は突然そう言われて、何度か瞬(まばた)きを繰(く)り返してしまった。
何を言われたのかを理解できなかったわけでは無い。
あまりに急に物事が決まったので、どんな反応をすればいいのか分からなかったのだ。
「えっと、隊長殿」
「シャルロットだ。私はあくまで臨時の連隊長でな、隊長と呼ばれるのはむず痒(がゆ)い」
「は、はい、シャルロット、さん。同行すると言っても、えっと、馬で、ですか? 」
「その通りだが? 」
「僕、馬なんて持っていないですし、それに、敵情偵察なんてやったことがありません」
「なんだ、そんなことか」
僕は戸惑うばかりだったが、シャルロットは本当に何も問題は無いと考えているらしかった。
「キミは騎乗できるのだろう? 馬なら、我が隊から貸し出してもいいし、キミの父上に言えば用意してもらうこともできるだろう。敵情偵察の経験が無いというのなら、心配はいらない。ちょっとキミの乗馬の腕がどんなものかを、見てみたいだけだから」
僕は思わず、シャルロットの顔を見返してしまった。
まさか「乗馬の腕を見たい」という理由で任務に選ばれるとは、思っても見なかった。
どう返事をしたらいいものか分からず、曖昧(あいまい)な態度を取っている僕に、シャルロットはいじわるな微笑(ほほえ)みを浮かべる。
「キミ、私の裸を見ただろう? その見物料とでも思ってくれたまえ。……まさか、踏み倒したりはしないだろう? 」
そう言われてしまった僕は、もう、彼女に逆らうことができなかった。
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