14-17「近衛騎兵」

 今晩、敵情偵察のために出撃する。

 それは、あっという間に決まってしまった。


 僕から半ば無理やり同意を引き出したシャルロットの行動は素早く、午後3時くらいまでには僕が乗ることになる馬や装備などの一式が整えられていた。

 僕はやったことの無い任務に駆り出されることに未(いま)だに戸惑(とまど)いを覚えていたが、どうやら、覚悟を決めるしか無い様だ。


 だが、嬉しいこともあった。

 僕が幼いころから乗馬の練習につき合ってもらっていた、懐(なつか)かしい旧友と再会できたからだ。


 彼の名前は、強風という意味を持つ言葉で、「ゲイル」という。

父さんの馬だ。


 栗毛の美しい毛並みを持つ立派な体躯の軍用馬で、体力があって足も速く、よく訓練されていて何事にも動じない。

 父さんが現役で軍隊に勤めていた頃からの愛馬の一頭で、何頭か飼っていた騎兵隊時代からの相棒の、最後の生き残りだ。

 年齢は、もうすぐ22歳。馬としては高齢な方で、平均的な寿命とされる年数に近づきつつある。


 故郷を守るために残ると父さんが覚悟を固めた時、父さんの現役時代の相棒たちの最後の生き残りとして、共に戦う仲間に選ばれた彼は、僕にとっては乗馬の先生の様な存在だ。

 最初はポニーと呼ばれる小型の馬で練習を始めたのだが、大きな馬でのやり方を練習させてもらったのはゲイルであり、僕の乗馬の技術のほとんどは彼と一緒に体得したものだ。


 シャルロットが僕を彼女の従卒とし、敵情偵察に同行させたいと申し出た時、それなら、と、父さんがゲイルを用意してくれた。

 父さん自身が彼にまたがって戦うつもりであったのだそうだが、父さんは街の守備隊の指揮官となってしまったためゲイルに乗って戦う様な場面は無く、ゲイルは不遇(ふぐう)をかこっていたから、僕が乗るのならちょうどいいと考えたらしい。


 ゲイルは、僕のことを覚えていてくれた様だった。

 僕が彼に挨拶をすると、彼は、嬉しそうに僕に頬ずりをしてきてくれた。

 年齢が年齢なので、僕が知っているかつての彼の姿からすれば衰えているところもある様に思えたが、その黒い瞳の奥には、昔と変わらない、優しくて深い知性を持つ彼の精神が感じられた。


 僕はここ何年かの間、飛行機ばかりに乗っていたせいで馬の乗り方を忘れてしまっているのではないかと少し不安だったのだが、久しぶりにまたがってみると、少しも問題は無かった。

 片手は怪我のためにまだ使えず、手綱を片手で使わなければならなかったのだが、それでもうまく乗りこなすことができた。

 僕の身体が乗馬の感覚をしっかりと覚えていたというのもあったが、その相手が旧知の仲ということもあり、ゲイルは僕の意図した通りに動いてくれている。

 とても賢い、頼れる戦友だ。


 僕には、馬の他にもいくつか装備が用意された。

 さすがに、こちらはゲイルの様にいいものばかりではない。

 渡されたのは、古い小銃(しかも騎兵用のカービン銃ではなく、長くて馬上では使いにくい歩兵用のもので、しかも弾倉が無い、1発毎に再装填が必要な骨董品だ)が1丁と、その弾薬が5発。心もとない限りだが、片手が使えない僕にはどうせ撃てない代物だ。

 後は、僕が元から持っていたナップザックの中身と、拳銃が1丁だけだ。


 連邦軍による包囲下にあって武器弾薬は貴重品だったから、これは仕方がない。

 それに、シャルロットは本気で、僕の乗馬の腕前を見るためだけに僕を任務に連れて行くつもりであるらしく、とりあえず格好がついていればそれでいい、ということだった。


 一応の身だしなみが整うと、僕は、シャルロットや、一緒に敵情偵察に出るという近衛騎兵たちと一緒に夕食をとることになった。

 乗馬の感覚を思い出すためにゲイルと練習をしている内に、すっかり空は夕焼けに染まってしまっている。


 集まったのは僕を含めて4人で、普段は派手な制服を身に着けている近衛騎兵たちも、今回の任務に対応するために、王立陸軍の地味な色合いをした標準的な軍服を着ていて、寒さ対策にトレンチコートを身に着けている。

 連邦軍の追手との格闘戦で、僕は家から持ち出したトレンチコートを失ってしまっていたが、事情を話すと僕にも1着、用意してもらえることになった。

 受け取ったのはやはり中古の古びたものだったが、機能には何の問題も無く、とてもありがたかった。


 夕食は、その日行う敵情偵察の作戦会議を兼ねたものだった。

 早々に食事を済ませると、食卓の上には街の周辺の地図が広げられた。地図には街に展開する守備隊の配置や防衛陣地の様子などと一緒に、これまでに把握されている敵の情報などが丁寧な文字で書きこまれている。

 どうやら、シャルロットが全て手書きで情報を書き込んでいるらしかった。


 僕には、臨時とはいえ近衛騎兵連隊の隊長が自ら敵情偵察に出ているのか不思議だったのだが、その作戦会議で何となく理由を察することができた。

 しばらくの間、街の周辺は平穏だったのだが、ここ数日の間、連邦軍の動向が活発になって来ているそうだ。恐らくは王立軍の反攻作戦の開始に伴うものだ。

 包囲下にあって通信の手段も限られるこの街の守備隊には何が起こっているのか知り様がなく、シャルロットたちは少しでも多くの情報を得ようと熱心に活動していたということらしかった。


 作戦会議が終わると、僕らは少しだけ休憩に入る。

 休憩と言っても、きちんと意味のあるものだ。

 敵情偵察は夜間に行う予定だったが、当然、明かりの類は一切、使えない。僕が樵小屋(きこりごや)で眼を暗闇に慣れさせたように、今回も出発する前に暗闇に眼を慣れさせておく必要がある。

 僕らが食卓の上を片づけてランプの明かりを消すと、後は、窓から差し込むわずかな月明かりだけが残った。


 暗い中でただぼうっとしていることも、退屈だ。

 一緒に敵情偵察に向かうことになっている若い近衛騎兵が話しだしたのをきっかけに、僕らの間ではおしゃべりが始まった。


 パイロットとしての僕の話は、けっこう、ウケが良かった。

他の仲間たちはこの小さな街に籠城(ろうじょう)してからけっこう経っていて、この場所以外の情報に疎(うと)くなっていたし、飛行機という、騎兵から見れば真新しい機械の話は興味深かったようだ。

 それに、僕には話せることはいっぱいあった。


 僕にも、近衛騎兵たちに聞いておきたいことがある。

 僕は、3日間ほども気を失っていた病み上がりの人間で、しかも空軍の所属で、彼ら近衛騎兵から見れば完全に部外者だ。

 だが、足手まといになるかもしれない(もちろん僕にはそうなるつもりは無かったが)人間とこれから出撃するのだというに、他の近衛騎兵はあまりにも平然としていた。

 僕を半ば無理やり任務に連れ出したシャルロットはともかく、他の2人は不安では無いのだろうか?

 僕にはそれがとても不思議だった。


 返って来た答えは、単純なものだった。

 2人共、ゲイルで乗馬の感覚を取り戻すために街中で練習をしていた僕の姿を見て、大丈夫だと判断したということだった。

 どうやら、僕の乗馬の技術は、近衛騎兵たちに認められたらしい。そのことによって、僕は今回の任務に耐えられると思われている様だった。

 僕の役割は本当に同行するだけ良いらしく、他の近衛騎兵に合わせられる乗馬の技術があればそれで十分、ということらしい。


 評価してもらっているのは嬉しいことだったが、僕には少しプレッシャーだった。


 そうやって、しばらくの間おしゃべりを楽しんでいると、唐突に、シャルロットが咳払(せきばら)いをして、何だかかしこまった様な口調で僕にたずねて来た。


「ところで、ミーレス。キミはパイロットということは、空軍なのだよな? 」

「え? はい、そうですけど」

「なら、ノエル様はお元気だろうか? 何か、心当たりは無いだろうか? 」


 僕はしばらく考えてみたが、その名前に心当たりが無かった。


「いえ。すみません、その方は知らないです」

「そうか……。あ」


 正直に答えた僕に、シャルロットは残念そうだったが、突然、何かを思い出した様な声を漏(も)らした。


「はい? 」

「い、いや、何でも無いんだ。何でも無い」


 僕が聞き返すと、シャルロットは何だか慌てた様にそう言い、それから、その場を取り繕う様に1回、咳払(せきばら)いをした。

 ちょっと何かありそうな気がしたが、追及するようなことでは無さそうだったので、僕は黙ってシャルロットの次の言葉を待つ。


「コホン。では、キミ、ライカ殿は知らないか? 私の様に金髪碧眼で、だいぶ小柄な女性なのだが」

「ああ、ライカのことなら知っています。同じ部隊なんです。元気にしているはずですよ」

「そうなのか? それは、良かった。……いや、ライカ殿と私は、従姉妹なんだ。ずっと心配だったのだ」


 それから、シャルロットはライカについて、いろいろと僕にたずねて来た。

 どうやら相当、心配していたらしい。

 僕が彼女の僚機を務めていたことや、日々の様子、アヒルのブロンと大の仲良しになったことなどを伝えると、シャルロットはようやく、安心した様に嘆息(たんそく)した。


「そうか。キミが、ライカ殿の僚機を務めていたとはな。お元気そうな様子で、良かった」


 僕はそう言うシャルロットの言葉を聞きながら、世の中って意外と狭いんだなと思っていた。

 全く関係の無いところで、ライカの知人に出会うことになるなんて、想像もしていなかった。


 しかし、ライカの家は、いったい、どんなところなのだろう?

 彼女は何故か僕らに自分の出自を詳しくは話したがらないが、相当な家柄だということだけは分かっている。あちこちに知人や親戚がいるのだから、きっと、血縁関係などが複雑な、よほど古くからの格式のある家なのだろう。


 それを秘密にしているのは、本人は特別扱いされたくないから、と言っているが、そんなに特別扱いされる様な家なんて存在するのだろうか?

 もし、無事に仲間たちのところに帰り着くことができたら、一度、きちんとたずねてみてもいいかもしれない。


 やがて、僕らが敵情偵察に出発する時間がやって来た。

 僕らは部屋から出ると、それぞれの馬にまたがり、街の外へと向かって出発した。

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