13-14「手練れ」

 巧妙で、勇敢な敵機だった。

 彼らはあえて射撃を加えないことで僕らに衝突への恐怖を印象づけ、僕らを彼らの思い通りに動かした。


 それに加えて、僕とライカは分断されてしまった。

 敵機との衝突を避けるため、別々の方向へ旋回せざるを得なかったからだ。


 僕は、必死になってライカの姿を探す。

 僕らと敵は同数だったが、僕らが離れ離れになってしまっていては、敵に1機ずつ順番に倒されることになってしまう。

 そして恐らく、敵機はそうなることも狙っていたのだろう。


 対等な条件であれば、僕だって簡単には負けないという自信はあった。

 だが、今度の敵は、単純にパイロットとしての技量だけではなく、戦術眼や経験で僕らをずっと上回っている様だ。


 敵機のパイロットは、手練れだ。

 もしかすると、レイチェル中尉や、カルロス軍曹にさえ、匹敵(ひってき)するかもしれない。


 僕の中で、少しずつ恐怖の感情が大きくなっていく。

 戦いに臨む時はいつでも感じてきた感情だったが、今度のそれは、これまでにないほど大きく、強い。


 僕らは、これまでどうにか生きのびてくることができた。

 多くの敵機を撃墜し、エースと呼ばれるまでになった。


 だが、それは、ただ単に運が良かっただけでは無いのか?

 そして、今度は僕らに、炎と黒煙をひきながら、この王国の大地へと還(かえ)っていく順番が、とうとう回って来たのでは無いか?


 大丈夫だ!

 僕は、自分に言い聞かせた。

 すぐに、仲間たちが駆けつけてきてくれる。

 だから、大丈夫だ!


 僕は、ライカの姿を見つけることができた。

 彼女は、まだ無事だ。被弾している様子も無い。


 だが、その背後には、2機の敵機が迫りつつある。

 その垂直尾翼には、僕にとっては見慣れた部隊章、「トマホーク」と呼ばれる投擲(とうてき)用の石斧が描かれている。

 やはり、あの部隊だ!


《ライカ、後方に敵機! 支援するから回避を! 》

《ミーレス!? 了解、お願いね! 》


 僕はライカに警告を伝えながら、機首を敵機へと向けた。


 僕が敵機へと追いつくよりも、敵機がライカを捕捉する方が少しだけ早かった。

 トマホークの部隊章を持つ敵機はライカへ向けて機関砲を発射し、ライカは機体を右旋回させてその攻撃を回避する。

 僕は、敵機がライカを追って旋回に入り始めたところで、どうにか追いつくことができた。


 照準器の中に敵機の姿を捉え、先頭にいる敵機に偏差を取り、トリガーを引く。

 曳光弾の軌跡が敵機の周囲を貫いていくが、命中弾は無い。

 撃ち始めた距離が遠すぎたらしい。どうやら、僕の目には恐怖から、敵機の姿がいつもよりも大きく見えているらしかった。


 敵機は、僕の攻撃を無視してライカ機を追跡し続けていた。先にライカを片づけ、それから、順番に僕を狙おうというつもりでいるらしい。


 僕は敵機を追いかけながら、少しずつ息を整えていき、慎重に狙いをつけた。

 絶対に、僚機をやらせるものか! 彼らの思い通りにさせたりしない!


 ライカが再び敵機からの攻撃を避けて旋回に入り、敵機も旋回に入るのに合わせ、僕はもう1度トリガーを引いた。また適切な射撃距離から離れている感覚はあったが、こちらが狙っているぞとプレッシャーをかけて、少しでもライカを支援したかった。


 今度も、命中弾は得られなかった。

 偏差を取り過ぎ、曳光弾の軌跡は敵機の前方を抜けていくだけだった。

 1発、かすった様な気もしたが、かすっただけではダメージは与えられない。


 自然と、僕の手には汗がにじみ、手袋の中が湿った感触になった。


 だが、今度の攻撃は、敵機に少しばかり効果があった様だった。

 敵機はライカ機を追うのを止めると、2手に分かれた。


 1機は、僕の攻撃を誘う様に僕の前方へ。

 もう1機は、僕の背後に回り込む。


 パイロットであれば誰でも教育される、2機1組の編隊(ロッテ)で行われる空中戦の戦術だった。

 1機を囮として、もう1機が囮を追う機の後方に回り込み、攻撃する。


 どうやら、敵機はライカよりも先に、僕を始末するつもりになった様だった。


 望むところだ。

 少なくとも、彼らは僕の存在を無視できなくなったということだし、時間を稼いでレイチェル中尉たちが来てくれるまで耐えるだけなら、何とかなるかもしれない。

 それに、僕の後方に回り込んだ敵機の後方には、さらにライカが回り込んで僕を援護してくれるはずだった。

 そうなれば、仲間が来てくれるまで時間を稼ぐことが、もっとやり易くなる。


 僕はそんな風に思ったのだが、残念ながら、少し甘い考えだった。


 前方で、僕を挑発する様に飛行している敵機に、僕が照準を定めようとした瞬間だった。

 僕の後方についた敵機からシャワーの様に射撃が浴びせられ、僕の機体は被弾した。

 浅い角度で命中した12.7ミリ機関砲弾が機体の外鈑に弾かれて火花が散り、僕の耳元を、操縦席後方の防弾鋼鈑で跳弾(ちょうだん)した弾が飛翔(ひしょう)していった。

 風防のガラスに穴が開き、ひび割れが蜘蛛(くも)の巣状に広がるのと同時に、冷たい風が流れ込んで渦(うず)を巻く。


 それは、僕が敵機を撃とうと、ほんの少しだけ直進した瞬間のことだった。


 僕は、今すぐにこの場所から逃げ出したいという衝動(しょうどう)に駆(か)られた。

 だが、必死になって、耐えた。


 僕1人であれば、そうしても良かったかもしれない。

 だが、僕には僚機がいる。

 僕は、ライカを1人にして、この場から逃げ出すなど、絶対にやりたくは無い。


 機体はほとんど無事だ。計器類にもぱっと見で異常はなく、操縦系はいつも通りに作動する。だが、無線機はやられた様で通信不能になってしまった。


 だが、僕は、大丈夫だ!

 機体は戦うのに問題ないし、僕は、ピンピンしていて、傷1つ負ってはいない!


 被弾した後で、僕は不思議なことに、冷静さを取り戻していた。

 もしかすると、恐怖のあまりに、僕の心がその容量をオーバーしてしまったのかも知れなかった。


 死ぬかもしれないからと言って、ぎゃあぎゃあ、わぁわぁ騒(さわ)ぎ立てたところで、何も変わらない。

 ここにいるのは僕で、僕自身が何とかしなければ、僕は生き残ることができないのだから。


 そう思うと、不思議と、腹部の辺りに力が入った。


 垂直尾翼にトマホークが描かれた敵機の姿が、照準器越しに大きく僕の目に映っている。

 だが、それはもう、恐怖のためでは無かった。

 今の僕には、その敵機のラダーやエルロンのわずかな動きさえ、はっきりと見える。


 僕は照準をつけ、囮として僕の前に出て挑発的に飛行を続けている敵機に射撃を加えた。

 今度は、命中弾が出た。

 敵機に着弾の火花が散り、衝撃(しょうげき)で吹き飛ばされた部品が空中に飛び散る。


 残念ながら、撃墜することはできなかった。

 20ミリ機関砲の弾が、いつの間にか無くなってしまっていたからだ。

 もし、20ミリが残っていたら、この攻撃で、僕は敵機を撃墜することができていたはずだった。


 だが、それが一体、何だって言うんだ?

 僕にはまだ2門の12.7ミリ機関砲があるし、それを、敵機が墜ちるまで撃ち続ければいい!


 僕は直進しない様に気をつけながら、敵機を攻撃し続けた。

 僕も少しは被弾したが、それ以上に、多くの弾丸を敵機へと送り込んだ。


 やがて、囮役の敵機は煙を吹いた。エンジンにダメージを受けたのか、排気管からの排気炎が不規則にあえいでいる。


 もう一撃で、撃墜できる!


 僕の後方についていた敵機が、僕の眼の前へと飛び込んで来たのは、僕がそう思った瞬間だった。

 僕は反射的に、衝突を回避するために機体を旋回させる。


 僕には一瞬、その敵機の意図が分からなかったが、どうやらその敵機は、撃墜寸前となった僚機を救うためにそんな行動に出たらしかった。

 囮役だった敵機は、煙を吹きだしながら降下に移り、逃げ出して行く。


 正直言って、悔しかった。

 もう少しで落とせそうだった敵機に逃げられたのだ。


 だが、僕の頭には冷静さが残っている。

 撃墜はできなかったが、敵機の内の片方は、もはや脅威(きょうい)ではない。

 このまま追いかければ、あの敵機を撃墜できるかもしれないという誘惑を、僕はどうにか振り払った。


 もう1機。

 僕の眼の前に躍り出て来たもう1機を、倒すことができれば。


 僕も、ライカも、生き残ることができる!

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