13-13「ドッグファイト」

 王立空軍の爆撃機を攻撃しようとする連邦軍の戦闘機と、その攻撃から友軍を守ろうとする王立軍の戦闘機は、お互いにお互いの後方につこうとして旋回し合うドッグファイトに入っていた。

 これは偶然そうなったからではなく、連邦軍側が高度不利な状態からしかけるという不本意な状況から、どうにかして王立軍側をドッグファイトに引き込もうとした結果だった。


 高度有利にある側は高度を速度に変えて低高度にいる側を攻撃できるが、低高度にいる側は上昇するためには速度を犠牲にするしかない。一般的に高高度にいる側が空中戦では有利と言われるが、これは、低い高度にいる目標からの反撃を速度によってかわしやすく、より安全に、一方的な戦い方ができるからだ。

 連邦軍の狙いとしては、ドッグファイトに持ち込むことで王立軍側の優位性を打ち消そうというところだろう。


 王立軍側がこの連邦軍側の誘いに乗ったのにも事情がある。

 王立軍側が高度優位を利用して攻撃をしかければ安全に戦うことができるのだが、それは降下して射撃、再上昇という動作を繰(く)り返すことになる。

 これは安全なやり方ではあったが、常に一定の機体が援護のために攻撃に加わらず残っている必要があったし、全機が一度に攻撃に入れないので効率が少し悪いという面があった。


 それに、連邦軍機の狙いは、王立軍の爆撃機であるはずだった。敵機は自軍の基地を守るために出撃してきているのだから、当然、機会があれば爆撃機を狙ってくる。

 上空からの一撃離脱に徹(てっ)していると、攻撃を受けなかった連邦軍機に突出するチャンスを与え、友軍の爆撃機を攻撃されてしまう可能性もあった。

 それを防ぐために、友軍の戦闘機部隊は敵の誘いにあえて応じたのだろう。


 王立空軍と連邦軍、双方が同数で戦うドッグファイトは自然と入り乱れたものとなり、どの機体が味方なのか、敵機なのか、誰が誰と戦っているのかも分からない様な戦いとなっていた。

 僕らのベルランも、敵のジョーも、それぞれ別の特徴を持つが、全体的に見れば性能面でどちらに優劣があるかを簡単には決めることのできない機体だ。

 戦いの決着は容易にはつかないし、ついたとしても、双方にそれなりの損害が出るはずだった。


 僕ら301Aは、そんな戦場へと突っ込んでいった。


《301A各機、あたしらは乱戦の中に後から突っ込むことになる。この状況を生かすぞ! 交戦中の友軍機を狙う敵機を横から撃つ! 編隊を崩すな、高度の優位と速度を保て! 》

》》》


 僕らはレイチェル中尉の指示に応じ、戦闘隊形を取る。

 友軍機は連邦軍機から爆撃機を守るためにドッグファイトに応じたが、僕らはその状況を利用し、交戦中で意識をとられて隙(すき)のある敵機を狙うつもりだ。


 攻撃目標を追撃している間というのは、周辺警戒がおろそかになりやすい。これはパイロットの教育中に何度もしつこく言われることで、一人前のパイロットであればそういった隙(すき)は作らない様に注意するのだが、敵機を狙いつつ周囲の警戒も完璧にこなすというのはなかなか難しいというのが現実だ。


 前方の戦場では同数の王立軍機と連邦軍機が戦っているから、常に誰かが誰かを追っている様な状況だった。

 それは周辺警戒に隙がある敵機が多数いるということでもあり、後から戦闘に加わる僕らにとってはチャンスだった。


 僕らは2機ずつの分隊に分かれ、1つの分隊が攻撃中は他の分隊が周辺警戒をして援護するという、典型的(てんけいてき)な一撃離脱戦の態勢を整えた。


 まず、レイチェル中尉とカルロス軍曹の機が突入していった。2機は交戦中の味方機を追跡(ついせき)していた連邦軍機を狙う。

 味方機を追っていた機体は2機だった。1機は中尉と軍曹の接近に気づいて回避行動に入れたが、もう1機は反応が遅れ、簡単に餌食(えじき)にされてしまった。

 中尉と軍曹は、残弾の少ない20ミリ機関砲を短く射撃し、正確に敵機へと命中させていた。敵機は炎を噴(ふ)く間もなく空中でバラバラになって落ちて行く。


 戦果をあげた2機は作戦通りに深追いをせず、再上昇に転じる。その2機を追いかける敵機の姿が無いことを確認すると、今度はジャックとアビゲイルの分隊が攻撃に入った。

 2人は、被弾して薄く煙を引いている友軍機を救出するために、その友軍機を4機がかりで追跡(ついせき)していた連邦軍機を狙った。

 4機のジョーの内、ジャックとアビゲイルの接近に気づいたのは1機だけだった。2人は残った3機に射撃を浴びせて行く。


 命中弾が出たのはその内の1機だけで、それも、燃料タンクに穴をあけて燃料漏(も)れの白い線を曳(ひ)かせただけで、撃墜には至らなかった。

 だが、2人の支援のおかげで、損傷を負っていた友軍機は何とか離脱することができた。その友軍機は自分を追いかける敵機がいなくなった隙(すき)に素早く降下に入り、地面すれすれまで高度を下げて戦場から離脱していく。


 今度は、僕とライカの番だった。

 僕らは慎重に戦場を確認し、ジャックとアビゲイルを追いかけてくる敵機がいないことを確認する。

 後は、レイチェル中尉とカルロス軍曹が再上昇してきて、僕らを援護できる態勢が整うのを待つだけだった。


 この間に、分隊の長機であるライカが、攻撃目標の選定を済ませてくれている。逃げる敵を追う味方を追う敵機をさらに味方機が追っているという、混戦中の敵機をライカは狙うつもりである様だった。

 追う方も追われる方もお互いに必死だから、僕らの攻撃が成功する確率は高いはずだ。


 だが、僕はこの時、乱戦の中にあって、僕らと同じ様に整然(せいぜん)と編隊を組んでいる敵機の姿を目にした。

 それは、4機のジョーによって作られた編隊で、その4機は空中戦から抜け出し、味方の爆撃機部隊へ迫ろうとしている様に見えた。


《ライカ、11時方向の低高度、敵機が4機、友軍の爆撃機に向かっている! 》

《何ですって!? それ、まずいじゃない! 》


 僕が報告を上げている間に、その4機のジョーは、うまく乱戦から脱出してしまっていた。他の味方機は交戦中だったから、誰も気がついていない。

 そしてその4機は、友軍の爆撃機へ向かって突撃を開始した。


 爆撃機部隊にはまだ1個中隊の戦闘機が護衛として残っているが、それらは他の方向からの敵機に備えて爆撃機部隊の上空に留まったままだ。その4機は低空から接近しているため、迎撃するために今から降下しても間に合うかどうかは怪しかった。


 爆撃機には装甲も防御のための銃座もあったが、動きからしてその4機のジョーは手練れだった。

 攻撃を許してしまえば、被害が出てしまう可能性は高い。


 以前、9機のベルランが、たった4機のジョーによって攻撃されて、8機を失うという一方的な結果になった事件が思い起こされた。

 その4機が、この戦場にいても少しもおかしいことでは無い。

 乱戦の中から抜け出すという難しいことをやってのけた以上、その4機は少なくとも精鋭と言っていい敵だった。


 だが、友軍爆撃機との位置関係から言って、僕らであれば、その4機が爆撃機に攻撃をしかける前に追いつける可能性はあった。


《ミーレス、攻撃目標をあの4機に変える! 急いで追いかけましょう! 》

《了解! 》


 僕はライカの判断に異議(いぎ)を唱(とな)えたりはしなかった。

 今回の作戦には、王国の将来がかかっている。

 そして、その重要な作戦を成功させるためには、少しでも多くの友軍爆撃機に攻撃目標上空に到達してもらい、少しでも多くの爆弾を敵の頭上に降らせてもらわなければならなかった。


 それに、友軍の危機を防げるかもしれないのに、静観していることなど、僕らにはできなかった。


《レイチェル中尉! こちらライカ、第2分隊! 味方爆撃機へ向かう敵機を見つけました! 第2分隊はその敵機を追います! 》

《何だと!? くそっ、了解した! こっちもすぐに追いかける、無茶をするなよ! 》


 レイチェル中尉も、僕らの行動を認めてくれた。

 僕らは2機で、これから追いかける相手は4機、僕らの倍だった。だが、すぐに仲間たちも駆けつけてきてくれる。

 それまでの間、敵機を足止めして、友軍の爆撃機を守り抜けばいい。


 僕らはエンジンを全開にしたまま降下し、友軍爆撃機へと向かう4機のジョーの横から迫(せま)った。

 僕らの接近に気がつき、4機のジョーの内の半数、2機が僕らの方へと機首を向ける。


《あの2機は無視! 横をすり抜けましょう! 準備して! 》

《了解! 》


 僕らの目的は、爆撃機への攻撃を防ぐことだ。

 だから僕らは、自分たちへと向かって来るその2機を無視することに決めた。


 僕らと、僕らを迎え撃とうとする2機のジョーとは、すぐに接近した。

 僕らは敵機が射撃を開始するタイミングに合わせて回避運動に入り、その横をすり抜けるつもりだった。


 だが、敵機は撃ってこなかった。

 ただ、僕らへと機首を向け続け、真っ直ぐに突っ込んで来た。


《奴ら、機体をぶつけるつもりなのっ!? 》


 ライカが、思わず悲鳴の様な声を上げる。


《避(さ)けるしかない! ライカ、かわそう! 》

《りょ、了解っ! 》


 僕とライカは、敵機との衝突を避けるために急激な動作をしなければならなくなった。

 当然、僕らの機体は速度を失い、友軍の爆撃機目がけて突撃を続ける敵機から引き離されてしまう。

 僕らに体当たりする様に向かってきた2機のジョーは、僕らが急旋回に入るのを見ると、自身も旋回に入り、僕らの背後につこうとして来た。

 僕らは敵機に背後を取られるのを防ぐために、そのまま旋回を続けなければならなくなってしまう。


 僕らは、敵機の作戦にはまってしまった。

 ドッグファイトに引きずり込まれてしまったのだ。

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