13-12「帰り道」

 僕らは6機がかりで、駐機場に並べられた連邦軍の双発爆撃機を攻撃した。

 射撃が開始される直前、発進準備のために集まっていた連邦のパイロットたちや兵士たちが大慌てで退避していくのが見えた。


 動きの無い目標なのだから、攻撃を当てることは簡単だ。

ベルランが装備した20ミリ機関砲の威力は、申し分ない。射撃は次々と命中していき、20ミリ機関砲弾は敵機の装甲を容易(たやす)く貫(つらぬ)いていく。


 出撃前で燃料を満載(まんさい)した状態だった敵機は、よく燃えた。

 僕らがそれぞれ攻撃を加えて行った後には、激しく炎と黒煙を噴(ふ)き上げる敵機だけが残っていた。


 連邦軍によって「勝利記念飛行場」などと呼ばれているフィエリテ第1飛行場には、まだまだ、たくさんの連邦軍機の姿があった。

 その戦力の多さには圧倒されてしまうが、地上にあるそれらの機体は、今の僕らにとってはいい的でしかない。

 より取り見取り、撃ち放題だ。


 だが、僕らは、それ以上の追撃を行わなかった。

 僕らの任務は202Bの護衛であり、可能であれば敵に対して追撃を加えて戦果を拡大しろという命令は、あくまで副次的なものにしか過ぎなかった。

 202Bはその任務を終え、帰途(きと)へとついたが、その護衛である僕らがあまり長く離れていることはできない。


 それに、ベルランが装備する20ミリ機関砲は、威力という面では文句のつけようのない武装だったが、装弾数が少なかった。

 ここで欲を出して反復攻撃をしかけ、20ミリ機関砲を撃ちつくしてしまえば、帰り道で敵機に襲われた時、僕らは12.7ミリ機関砲だけで戦わなければいけなくなってしまう。

 12.7ミリ機関砲だって使いやすい、良い武装だ。だが、僕らにとっての切り札とも言える20ミリ機関砲も、できれば残しておきたい。


 僕らは王立空軍の反攻作戦の先鋒に過ぎない。僕らの後からは、たくさんの友軍機が向かって来ている。

 後は、その友軍に任せるべきだった。


 僕らは一時的に増速し、202Bに追いついて合流した。

 後は、真っ直ぐに基地へと戻るだけだ。


 202Bと合流してからすぐに、僕らは南から飛んで来る友軍機の姿を視認した。

 合計で60機を越える、大きな編隊だ。

 その大編隊は、僕らが攻撃したフィエリテ第1飛行場を目標とした第2波で、僕らが攻撃できなかった基地の他の施設や敵機を狙うことになっている。


 以前、僕らが所属する第1戦闘機大隊の全てで編隊を組んだことがあるが、その時よりもさらに大きな友軍機の編隊の姿を見ると、ようやく、王国が反撃に転じたのだなと、そう実感することができた。


《なぁ、凄い数じゃないか! こっちにもこんなに飛行機があったんだなぁ》


 無線に、ジャックの興奮した様な声が聞こえてくる。

 僕らが懲(こ)りずにこっそり使用している、秘密の無線周波数を使った私語だった。

 重要な作戦を前にして誰もおしゃべりなどしなかったのだが、無事に攻撃を終えた帰り道だ。気持ちに余裕ができたのだろう。


《しかも、あれだけじゃない。他にももっとたくさん飛んでる。あたしらもやっと、連邦に一泡吹かせられる! 》


 ジャックが始めたおしゃべりに、アビゲイルも加わった。作戦目標を達成してやはり安心しているのだろう、声が明るい。


《ちょっと、2人共! まだ油断しちゃだめよ! 基地についてないんだから! 》


 そんな2人を、ライカが注意した。


《りょーかい。帰るまでが任務だもんな》

《悪かったよ。見張りに戻る》


 ライカの言う通り、僕らの仕事はまだ終わったわけでは無かった。

 攻撃前ほどの緊張感は残って無さそうな声だったが、ジャックもアビゲイルも了解して、周囲の警戒に戻っていく。


 僕も少し気持ちが緩(ゆる)んでいたところがあったが、もう一度気合を入れ直して、周囲の空へ注意を向ける。


 低空に、きらりと光るものがあった。

 辺り一面に降り積もった雪が朝日を反射して輝いているので、それを誤認したのかとも思ったが、そのきらきらは移動している様で、僕の見間違いではないらしい。


 それは、どうやら、飛行機であるらしかった。僕から見て右から左へ向かって、僕らよりも低い高度を飛んでいる。どうやら友軍の編隊へと向かっている様子だった。

 機体の全体を、フィエリテ市周辺の気候に合わせて白く塗った、単発の戦闘機の様に見える。

 それが、20機以上。


《注意! 前方の低高度、敵機らしき機影! その数20以上》


 僕は即座に無線のスイッチを入れて大声で報告をあげた。

 光の当たり加減で、友軍機なのか敵機なのか判断はつかなかったが、状況から言って敵機である可能性が大きかった。


 友軍機の編隊も、その20機以上の機影が接近して来るのを察知した様子だった。爆撃機の上空で護衛についていた戦闘機部隊の過半、敵機と同じく20機以上の戦闘機が降下に入り、迎撃に向かう。

 1個中隊ほどの戦闘機が上空に留まったが、その隊は他の敵機を警戒するために残された様だ。


 敵機らしき機影も、王立空軍の反応に呼応して機首を上げ、応戦する。

 光の当たり加減が変わったことで、ようやく、機種が判別できる。

 連邦軍の主力戦闘機、機首の下側についた大きなラジエーターの開口部が特徴的な、あの大あごのジョーだった。


 僕らがフィエリテ第1飛行場を攻撃した時、敵機の姿はどこにも見えなかった。

 だが、それは敵が僕らの進路の予測を誤り、僕らの攻撃目標の上空にいなかっただけであるらしい。実際には、かなりの数の迎撃機が、僕らの攻撃を察知して飛び立っていた様子だった。


 その20機以上のジョーは、間違いに気づいて大急ぎで駆けつけて来たのに違いない。

 ほぼ同数の連邦軍機と王立軍機は、お互いに正面から向かっていき、すぐに両軍が入り乱れた空中戦になった。


 瞬きする様な間に幾筋もの黒煙が空に引かれて、炎を曳いた機体が墜落していく。

 墜落していったのがどちらの機体なのかは判別がつかなかった。だが、同数の機体同士の戦いは拮抗していて、激しいものだった。

 特に、連邦軍機は味方の基地を守ろうとしているのか必死な様子で、このまま推移すれば双方に大きな被害が出そうだった。


 そんな状況を見ていたレイチェル中尉が、無線回線を開いた。


《ベイカー大尉、すまないが、編隊を離れる許可をくれないか? あの友軍部隊には支援が必要なはずだ》

《……。了解だ。我々のことは気にしなくていい。こちらはガンシップもついているし、帰還するだけなら何とでもなる。戦友たちを助けてやってくれ》


 短い沈黙の後、ベイカー大尉はレイチェル中尉の提案を了承し、僕らが202Bの護衛という本来の任務を放棄することを許可してくれた。


《ベイカー大尉、感謝する。……301A各機、これより我が隊は交戦中の味方部隊を支援する! 全機、残燃料に注意しつつ、あたしに続け! 》

》》》


 僕らはレイチェル中尉の指示に答え、前方で繰り広げられる空中戦に参加するべく進路を取った。

 燃料の供給を巡航から常時へと切り替え、エンジンのスロットルを全開にする。

 100オクタン価の高品質燃料、G4燃料が供給されたベルランのグレナディエエンジンが力強く咆哮し、身体が座席へと押しつけられるのを感じる。


 僕はライカ機の左後方の位置を保ちながら、機体の燃料計をちらりと確認する。


 攻撃目標上空で空中戦が無かったおかげで、燃料には本来の予定よりも残っている。だが、基地まで帰らなければならないことを考えると、決して、余裕があるわけでは無い。

 この空に留まっていられるのは、長くても15分と言ったところだろうか。


 その15分の間に、僕らは出来得る限り、味方を支援しなければならなかった。

 今回の反攻作戦には、王国の将来がかかっている。王立空軍はこの作戦のために持てる戦力の全てを投入していて、「次」は無い。


 何としてでも、この作戦は成功させなければならなかった。

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