13-7「守護天使」

 ここ何日もの間、僕ら301Aにとって多忙(たぼう)な日々が続いている。


 どういうわけか僕らは様々な作戦に参加を命じられ、前線のあちこちへと飛ぶことになっていた。

 苦しい戦いが続いているから、忙しいこと自体は問題では無かった。だが、毎度毎度、内容の異なる出撃任務につくことはけっこう頭を使うので疲れるものだった。


 そんな状況だったが、僕らは着実に成果を積み重ねていった。

 友軍機の護衛をすれば必ず全機を生還させたし、地上部隊の上空を守れば、敵機を必ず撃退して攻撃を許さなかった。


 以前からレイチェル中尉の凄(すご)さは身に染みていたが、中尉の指揮はいつでも的確で、その点でも驚(おどろ)かざるを得なかった。

 目の良いアビゲイルが敵の姿をいち早く察知してくれるのもありがたかったし、中尉に作戦を指示された後、その作戦を僕らへきちんと配慮しながら実現してくれるジャックの頭の回転の良さにも驚(おどろ)かされた。

 この戦いの中で、僕とライカはこれまでに合計で8機の敵機を共同で撃墜(げきつい)したが、それも全て、レイチェル中尉の段取りの良さと優秀な仲間たちのおかげだった。


 レイチェル中尉の高い指揮能力が発揮されるようになったのには、カルロス軍曹という凄腕(すごうで)が中尉の2番機につくようになり、中尉が指揮により専念できる様になったことも大きかった。カルロス軍曹はどんな状況でも1番機の側(かたわ)らにあり、レイチェル中尉の機と協力して敵機を翻弄(ほんろう)していた。


 301A全体では20機近くもの敵機を撃墜(げきつい)しており、僕らだけで敵の2個飛行中隊を壊滅(かいめつ)させた計算になる。


 機体が常に最高の状態であったことも、僕らのこの戦果につながっていた。

 僕らの隊の整備班は元々優秀な存在だったが、カイザーがいてくれることがやはり大きかった。彼はベルランの開発に関わって来た人材の1人だったから、ベルランのことを本当によく知っている。

 フォルス第2飛行場という、常設の設備の整った基地で、補給事情も以前よりかなり良いという状況も僕らに有利に働いている。


 それに、出撃の際には、行きも帰りもハットン中佐のプラティークによる誘導つきだった。

 前線までは1時間以内にたどり着けるが、これが往復で、しかも戦闘も込みとなると、けっこう大きな負担だった。これだけの距離でも航法をミスして余計に時間をかけてしまうことだって十分にあり得るし、戦闘の後は方向を見失ってしまっていることも多い。

 だが、爆撃機の護衛任務などで誘導の必要が無い時以外は必ずハットン中佐がプラティークで誘導をしてくれるため、僕らの行き帰りは他のどの戦闘機部隊よりも楽なものだった。

 プラティークにハットン中佐がいてくれることで、急な状況の変化があっても僕らは指示をすぐに受け取ることができ、いつでも柔軟(じゅうなん)に動くことができた。


 苦しい戦いが続いているが、フォルス第2飛行場に展開して戦う僕らには、これまでにない最高の状況が用意されていた。

 戦果が上がっていくのも、当然のことだっただろう。


 そして、順調に戦果を積み重ねる僕たちの存在は、いつの間にか王立軍の中で有名になっていたらしい。


《おお! 今日の上空直掩は「守護天使」か! コイツは縁起がいいぞ! 》


 それは、後退中の友軍地上部隊を援護するため、戦闘空中哨戒に飛んだ時のことだった。

 掩護するべき地上部隊の予想地点上空に到着し、合流するために地上の航空管制官と連絡を取った時に、僕らはそんな風に「守護天使」と呼ばれた。


 僕らがそう呼ばれたのは、これが初めてのことではない。

 南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)を破壊するための特殊作戦で一緒に飛んだ、爆撃機部隊である202Bのベイカー大尉からそう呼ばれたことがある。

それは、爆撃機部隊が護衛に当たる戦闘機部隊のことをそう呼ぶことがあったからで、決して、僕らの固有名称などでは無かったはずだ。


 だが、地上にいる航空管制官からの無線には違和感(いわかん)があった。

 どうも、彼は僕らのことを「守護天使」と、固有の呼び方としてそう呼んだような感触(かんしょく)があったからだ。


《「守護天使」? なんだい、そりゃ? こちらはそんな名前を名乗ったことは無いぞ? 》

《そうなのか? しかし、貴隊の部隊章、それは天使の羽だろう? その部隊章を使っている部隊は、例の「守護天使」たちだけと聞いているんだが》


 レイチェル中尉の確認に、航空管制官からは怪訝(けげん)そうな声が返って来た。


《ああ、いや、コイツは……。いや、それはいい。管制官、その「守護天使」ってのは、そんなに凄(すご)い奴らなのか? 》

《もちろんさ! 陸軍じゃ、もう知らない奴はいないさ。「守護天使」が上空にいる間は俺たちに爆弾は降って来ない。必ず俺たちを生かして帰してくれるってな。そいつらは真っ白な羽を部隊章にしているんだ。空軍さん、本当に知らないのかい? というか、その部隊章、貴隊が「守護天使」じゃないのか? 》


 レイチェル中尉が口ごもったのは、「これは天使じゃ無くて、アヒルの羽だ」と本当のことを言うのが気恥ずかしかったからだろう。

 それに、航空管制官が嬉々として語った「守護天使」たちのイメージからは、僕らに対する強い期待がにじみ出ていた。


 僕らだって敵機と戦うのはいつだって怖いことだったが、地上を遮蔽物(しゃへいぶつ)無しで移動中の地上部隊にとってはまさに天敵だ。

 明日をも知れない戦場で、唯一、明日を保証してくれるかもしれない存在が頭上にいるとなれば、彼らにとってはこれ以上ないほど心強いことだっただろう。

 だからこそ、その噂の部隊にそっくりな部隊章を身に着けた僕らが飛んでいることに、強い期待と希望を抱く。


 さすがのレイチェル中尉でも、その、地上の友軍からの期待を打ち砕くつもりにはなれない様だった。


《あー、管制官。とりあえずそういうことでいい。貴隊の護衛は我が隊が確かに請け負う。戦場だから確約はしないが、とにかく、全力をつくす》

《了解。頼んだぜ、俺たちの「守護天使」! 》


 何と言うか、こんなに期待されてしまうと、背中がこそばゆくなってくる。


 だが、僕らは元より、護衛をする以上は友軍に被害を出さないで任務を遂行(すいこう)するつもりだった。

 どうにも、大げさな、実態とかけ離れた尾ひれのついた噂話が広まっている様子だったが、その噂を現実のものとできるのなら、そうしたかった。


 眼下では、移動中の地上部隊が、土煙を立てながら列を組んで進んでいる。

 車列に、隊列を組んで行進する歩兵たち。馬車や軍馬の姿もある。

 何千人も兵士たちが、僕らが彼らの守護天使であると期待しながら、無防備に進んで行く。


 地上と僕らの間で連絡を取り合うための通信設備を持つ車両から誰かの顔がのぞき、僕らのことを見上げて、手を振った様な気がした。

 他にも、無数の目が、その内側に不安を抱えながら、期待や、希望、そして祈りを込めて、僕らを見上げている。


 あの人たちを、守りたい。

 僕は、そう思った。


 彼らはみんな、誰かの息子や娘、兄弟や姉妹であり、夫や妻、父や母、そして友人だった。


 僕らは、戦争をしている。

 だから、僕らが全員でこの戦争を生きのびるというのは、きっと、夢物語でしかない。


 だが、そのために、少しでも多くの命を守れるのであれば、僕は、僕のありとあらゆるものを出し惜しみなどしない。


《注意! 敵機らしきもの、2時の方向、低空! 》


 今日も、アビゲイルが真っ先に敵機の姿を発見した。


 僕らの下方、低高度を、4機の連邦軍の戦闘機が飛んでいる。

 鉛筆の様に尖った機首を持つ、「マンバ」と呼ばれている機体だ。

 その機首には大口径の機関砲が装備されており、その攻撃は、戦車だって破壊してしまう。


 地上部隊に攻撃を許せば、大きな被害が出るだろう。

 そして、その4機のマンバが低空にいるのは、地上部隊への攻撃を狙っているからに他ならなかった。


《よし! 全機、地上部隊の期待に応えるぞ! どうにも大げさな話になっているようだが、現実のものにしてやろうじゃないか! 各機、攻撃準備! 》

》》》


 僕らはレイチェル中尉に答え、機首を敵機へと向ける。


 僕らは高度有利の状態から降下して速度を得ながら、やや回り込んで敵機の側面後方から接近した。

 敵機は僕らの接近に気づき、攻撃を断念して回避のための旋回(せんかい)に入る。


 その判断は、正しい。

 だが、もう、遅い。

 僕らは敵機がどの方向に逃げても、その動きに対応できる位置についている。


 僕は射撃姿勢を取り、敵機を照準器の中に捉(とら)える。


 コックピットで目を見開きながら、僕の方を見る敵機のパイロットと、一瞬だけ目があった様な気がした。


 彼は、どこからどう見ても、僕と同じ人間だった。

 少しだって違うところは見当たらない。

 彼もまた、誰かの息子であり、兄弟であり、夫であり父であり、友人であるのだろう。


 だが、僕はためらわずに、引き金を引いた。

 僕は、地上から不安そうに、期待や希望、祈りを込めて僕らを見上げていた人々を選んだ。

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