13-8「強敵」
王立軍はその作戦に従い、前線を後退させ続けている。
最前線は今やフォルス市の前面、100キロメートルにまで迫っている。連邦軍は攻勢開始から3週間で、150キロメートルもの前進を果たしたことになっていた。
僕はあまり考えないようにしているが、僕の故郷である牧場は、すでに前線の向こう、連邦軍による占領地域の中に入ってしまっている。
最終的に王国が勝利を得るための作戦だということは理解していたが、それでも、気分のいいことでは無かった。
僕の家族は、いったい、どうしているだろうか。
幼い頃に一緒に遊んだ友人たちのことや、顔見知りだった人々は、どうしているだろうか。
ちゃんと、逃げられているだろうか。
僕が暮らしていた家や、僕が過ごした街は、今や、敵の占領地域の中にある。
きっと、我が物顔で連邦の兵士が歩き回っていることだろう。それか、戦争の巻(ま)き添(ぞ)えになって、破壊されてしまっているか。
どうしても、嫌な想像が頭の中に生まれてしまう。
そう言えば、ジャックやライカは、王国の北部の出身者だった。
2人共、少しも顔に出したりはしなかったが、きっと、今の僕の様に、複雑な思いでいるのに違いない。2人の故郷は僕と同じ様に敵の占領下に入ってしまっている。
僕らに心配させたり、同情させたりしたくは無かったのだろう。だから僕も、この、何とも言えない嫌な感覚は、表に出さないつもりだ。
泣き言なんて、言っていられない。
僕はこんな思いをするのはもう嫌だったし、他の人にも、できれば同じ思いはして欲しくなかった。
そのために、王立軍が反撃に移るその時を、今か、今かと、待ちわびている。
連邦軍は王国と戦端を開いた時の様な快進撃を続けていたが、王立軍側の予想した通り、息切れをし始めている様だった。
王国側の撤退の早さについていくことができずに先鋒の部隊が立ち往生したり、前線へ飛来する連邦軍機の密度が減ったりして来ている。
それでも、連邦軍は進撃を停止しなかった。
王立軍の作戦にまんまと乗せられているのなら、これ以上のことは無い。だが、もしかすると、こちらの意図に気がついたうえで、敢(あ)えて作戦に乗って来ているのかも知れなかった。
王立軍では、フォルス市になるべく連邦軍を引きつけ、最も戦力が低下するタイミングを見計らって反撃に転じるつもりでいた。だが、もしもこの反撃に失敗してしまえば、連邦軍は楽に占領地域を増やせたことになるし、王国を屈伏させるという目標に大きく近づくことになる。
王立軍の作戦がうまく行って、今、前線を進撃中の連邦軍の主力を壊滅することができればこちらに戦況は大きく傾く。だが、その逆に、反撃に失敗して王立軍が前線に展開している部隊に大きな被害が出てしまえば、王国はもう、再起できないかもしれない。
上層部がどんな駆け引きをしているのかは僕にとっては分からないことだったし、僕なんかが気にしても仕方の無いことだった。だが、今が王国にとっては最後のチャンスになるかもしれないということだけは、いつも頭の片隅(かたすみ)に置いている。
戦況は、僕らにとって、少しも楽観できないものだった。
ある日のことだ。
僕らが出撃の合間の休憩(きゅうけい)を取っていると、空から航空機が接近して来る音が響いて来た。
僕らも聞き慣れた、ベルランが装備する倒立V型12気筒エンジンのグレナディエから発せられるエンジンの音と、プロペラが回る音。
出撃していた友軍機が帰還し、着陸をしようとしている様だった。
僕らにとっては日常的な音だったから、誰も、少しもその音を気にしなかった。
そんなことよりも、少しでも良い休憩(きゅうけい)を取って、次の出撃に備えることの方が優先だった。
そうすることが僕らのためであり、僕らの支援を待っている友軍のためだった。
だが、僕らは、僕らの機体を整備してくれていた整備班がざわつく気配で、何か、いつもと違うことが起こっていることに気がついた。
少しでも身体を休めようと目を閉じたままバンカーの壁によりかかっていた僕は目を開き、接近して来る友軍機を見上げた。
その友軍機は、酷く損傷していた。
機種は、僕らが乗っているのと同じ、ベルランB型だ。
だが、その機体には無数の被弾痕があり、エンジンからは薄く煙を引いていた。僕は半分眠っていたので気づかなかったが、よく聞いてみるとエンジンからは異音が発せられている。
被弾のためか操縦(そうじゅう)系にも異常が起きているらしく、その機はふらふらと揺(ゆ)れながら、かろうじて着陸コースに機体を乗せている、といった状態だった。
やがて、その機は着陸装置を展開し、車輪を出したが、車輪は片方しか出なかった。
もう片方は、被弾した時に吹き飛ばされてしまったらしく、それがあるべきはずの場所には何も無い。
これは、良くない。
僕らは息をのみ、無言のまま、その機体が着陸するのを見守った。
その機体のパイロットは、かなりの腕前の持ち主であるらしかった。
操縦(そうじゅう)に支障が出るほどのダメージを負っているのにもかかわらず、機体を何とか安定させ、三点着陸の要領で滑走路に上手に機体を接地させた。
だが、いくらパイロットの腕がよくとも、片輪しか出ていない状態では正常な着陸など不可能だった。
機はなるべく姿勢を保とうとした様だったがすぐに車輪を失っている側に傾き、翼の先端が滑走路に着いた。翼は火花を引き、機体は翼のついた側にぐるりと急激に回転した。
回転するのとほとんど同時に接地してしまっていた方の翼が折れ、機体は横倒しになった。プロペラが地面に当たって砕け散り、機体は滑走路の上を数秒間滑って、ようやく停止した。
即座に、待機していた救急車と消防車がその機体に向かって走り出した。
不時着した機のパイロットは、幸運だった。
実は燃料タンクは、満タンの状態よりも空になった状態の方が、気化したガソリンが充満しているために危険なのだが、機体を接地させるやり方が巧みであったためか発火を免れたのだ。
そしてパイロット自身も、負傷はしていたが救助が速かったために助かった。
着陸時の事故というのは、僕らにとってはそれほど驚(おどろ)く様なことでは無かった。
ベルランは低速時に素直な操縦性(そうじゅうせい)を示してくれるので事故は少ない機体だったが、それでも、些細(ささい)なミスで事故になることは度々(たびたび)起こっていた。だから、僕らがフォルス第2飛行場へやって来てから事故を目撃することは、これが初めてのことでは無い。
機体は大破してしまったが、パイロットは無事だった。だから、その出来事は、僕らにとってはすぐに忘れてしまう様なことになるはずだった。機体は大切なものだったが、しょせんは消耗品に過ぎない。
だが、僕らは、その出来事を忘れることができなかった。
何故なら、その機が所属していた部隊はその日、9機で出撃したはずだったのに、帰ってこられたのがその1機だけになってしまったからだ。
その日、出撃した9機は、前線で友軍を支援するために戦闘空中哨戒を実施していた。
途中までは、何も問題は無かった。前線がフォルス市へと向かって後退を続け、連邦軍の空軍部隊が展開している飛行場から前線までの距離が遠くなったことで連邦軍機が飛んで来る頻度(ひんど)は少なくなっており、部隊は敵機と交戦することなく次の部隊と任務を交代しようとしていた。
敵機がその部隊を襲ったのは、ちょうど、その時だ。
襲ってきたのは、たった4機だった。
連邦軍の主力戦闘機であり、機首の下方に大型の特徴的な大型のラジエーター開口部を持つ、おおあごの「ジョー」だ。
ジョーは、僕らにとって手ごわいライバルではあったが、たった4機で9機に挑まれて問題になる様な相手では無いはずだった。
最高速度はベルランの方がやや劣ってはいる様だったが、空中での運動性はベルランの方が上だったし、ベルランには20ミリ機関砲という強力な兵装が装備されている。
まともに戦えば、まず、負けるはずの無い戦いだった。
だが、その4機のジョーによって、8機ものベルランが犠牲になった。
無事に任務を交代できると安心し、最も警戒(けいかい)が緩(ゆる)んでいた時に襲われたということもあったのだろうが、そうだとしても、信じられない様な結果だ。
だが、現実に、僕らは一方的に敗北した。
最初の攻撃が奇襲となり、4機のベルランがまず、撃墜された。その混乱の中で生き残った5機が反撃を試みたのだが、乱戦の中で次々と被弾し、撃墜されていった。
最終的に8機が撃墜され、1機は帰還できたものの大破した。
敵に損害は無い。
襲撃を受けた部隊と交代しようとしていた部隊が仇(あだ)を討とうと追撃を行ったが、結局、捕捉することができずに逃げられてしまったのだという。
4機のジョーによって攻撃を受けた友軍部隊のパイロットは、それなりの腕を持っていたはずだ。少なくとも被弾しながらもどうにか基地までたどり着いた機のパイロットの腕は、その着陸の様子から相当なものだと分かる。
それでも、油断していたところを突かれたとはいえ、こんな風に一方的な結果になってしまった。
襲ってきた4機のパイロットは、相当な手練(てだ)れだ。
全員、エース級の凄腕ぞろいなのだろう。
そして、その4機には、石斧(トマホーク)が描かれていたと聞いた。
見覚えのある部隊章だった。
その、石斧を部隊章として描いた敵機と、僕らはこれまでに何度か、戦ったことがある。
僕らは何とか生きのびてくることができたが、彼らは、いつも危険な敵だった。
そして、そんな危険な敵が、この空を自由に飛び回っている。
不思議と僕らと縁のある敵だった。
戦場は広く、同じ敵と何度も戦うことはなかなか起こり得ない。
だが、僕らと、彼らは、何度も戦ってきた。簡単には起こり得ないことが、何度も起こった。
何か、因縁があるのかも知れなかった。
それは迷信に過ぎないものだろうが、僕らと彼らはきっと、また戦うことになる。
そんな予感がした。
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