13-6「遅滞戦闘」

 僕ら、301Aが新しい部隊章(エンブレム)を機体に描いて飛ぶ様になってからも、連邦軍による攻勢は継続されていた。

 王立軍にとって予想外だった冬季の攻勢作戦は、すでに2週目の後半に入っていて、もうすぐ3週間目に入りそうな状況だった。


 フィエリテ市周辺の天候が安定する時期に入ってきたため、連邦軍機の活動は、日に日に活発なものとなって来ている。

 連邦軍がフィエリテ市へと総攻撃を行った時に受けた様な、無数の砲兵による猛烈(もうれつ)な砲撃こそ、攻勢の初日にしか受けてはいなかった。だが、それでも、連邦軍の兵力と火力は王立軍のそれを圧倒し続けていることには変わりがない。


 最初の1週間の間、わずかに後退をする場面はあっても、王立軍はその防衛線を頑として守り抜き、連邦軍からの攻勢に何とか耐えていた。このため、連邦側は一度攻勢を中断したが、2週間目に入ってから攻勢を再開した。

 王立軍は2週間目に入ってからは、平均すると1日に数キロメートルのペースで後退を続けており、前線は徐々にフォルス市へと近づいている。


 これは、王立軍が連邦軍の攻勢に押されまくっている、というわけでは無かった。

 全て、王立軍側の作戦であるらしい。


 王立軍は攻勢が開始された当初、元々の防衛計画に従い、築き上げた防衛線を全力で守り抜く考えだった。

 だが、王国側は連邦側のこれまでにない変化に気づき、その方針を転換(てんかん)した。

連邦軍の攻撃は熾烈(しれつ)で、王国ではとても実現できない様な規模で続けられていた。だが、そこには、フィエリテ市に対して全面攻勢を実施した時の様な、一度砕いた岩を砂粒になるまで全力で叩き潰(つぶ)す様な苛烈(かれつ)さが欠けていた。


 攻勢の前の大規模な砲撃はわずか数時間で終了してしまったし、連邦軍機の行動は活発なものだったが、王立空軍を圧倒するほどの規模では無かった。


 この変化に気づいた王立軍では、その変化の原因を、補給の限界に達したからだと判断していた。

 フィエリテ市よりもさらに奥深くの王国領へと侵攻し、補給線が伸びたことと、南大陸横断鉄道の橋梁(きょうりょう)が破壊されたことによる機能不全、そして、降雪による道路網の麻痺(まひ)が、連邦側の補給を妨げている。

 そのため、連邦はかつてフィエリテ市への総攻撃で見せた様な、過剰(かじょう)とも思える砲撃を実施できず、最初の一撃の奇襲効果だけを得ようと短時間の猛砲撃(もうほうげき)のみを実施し、すぐさま突撃に移った。

 連邦軍機の活動が王立空軍を圧倒するものでないのも、同じ理由だと司令部では判断している様だった。


 連邦軍は、補給の限界を迎えつつある。

 それは状況証拠(じょうきょうしょうこ)からの単なる推測ではなく、王立軍側が新たに実施した偵察活動と、前線で獲得(かくとく)した捕虜(ほりょ)からもたらされた情報などから導き出された回答だった。

 連邦軍の兵士の中には、冬を迎え気温が氷点下になる様な季節になったにもかかわらず十分な防寒着を持っていない者も多くみられた。これは、連邦軍が補給面で苦境に陥(おちい)っている何よりの証拠(しょうこ)だと考えられた。


 前線では友軍の苦戦が伝えられていたが、このままであれば連邦軍の攻勢を耐えることは十分可能であると、そういう見通しすら立っていた。

 だが、王立軍では、ただ連邦軍の攻勢を押し返すだけではなく、この状況を利用して戦況を大幅に改善するための作戦を構想した。


 その作戦というのは、連邦軍を王国領のより深く、フォルス市の前面までおびきよせて、連邦軍の補給線をさらに引きのばし完全に破綻(はたん)させ、支配地域の増大により相対的に連邦軍の密度が低下するのを待って、一斉に反撃するというものだった。


 攻勢を行っているのは連邦軍であって、作戦の主導権は連邦側が握(にぎ)っている。だから、王立軍が現在の防衛線で頑張ってそこを維持すると、連邦側は自発的に攻勢を止めるという選択をするはずだった。

 事実、連邦軍は今回の冬季攻勢に当たって、最初の攻撃を一時中断してから再度攻撃を再開している。戦う、戦わないという選択肢は、連邦側にある。


 連邦側が攻撃してくるのを待っていれば、王立軍は必死になって築いてきた陣地で戦えるのだから、当然、連邦側により多くの被害を与えることができる。それは間違いないことだったが、いつ攻勢を中止するかを連邦軍が決められる以上、あちらにとって致命的な損失が発生する前に作戦が中止されてしまうはずだった。

 そうなってしまえば、王立軍の前面には依然(いぜん)として強力な連邦軍が存在し続けることになり、王国にとっての最終目標であるフィエリテ市の奪還(だっかん)や、占領地域の解放は困難なものとなるはずだ。


 連邦軍側の指揮官が引き際を見誤り、墓穴(ぼけつ)を掘って自滅するという可能性も当然あったが、相手側の過失を期待して戦っているのではあまりに確実性が無い。

 それよりも、王立軍側で作戦の主導権を奪還(だっかん)し、こちら側にとって最も有利となったタイミングで全力を叩きつければ、連邦側に致命的な大打撃を与えることも十分に可能だ。


 王立軍が自発的に陣地を放棄(ほうき)して後退を開始すれば、連邦側は攻勢作戦が成功したと錯覚(さっかく)して、王立軍を追撃して前進して来るだろう。

 何故なら、連邦にとって今回の攻勢作戦の最終目的は、王国中部の重要であるフォルス市まで到達し、そこを占領することで王国の継戦能力を破壊し、王国を屈伏させて、連邦の本来の目標である帝国領侵攻のために後顧(こうこ)の憂(うれ)いを断つことだからだ。


 だから、王国は、自発的に後退することによって、作戦の主導権を握(にぎ)ることができる。

 連邦軍は勝利したと思って王国領のさらに奥深くへと前進して来るだろうが、その行動は、王国軍によって誘導されたものになる。

 王国はその前線を後退させることで、連邦を、彼ら自身にはそうと気づかせないまま、こちらの思う通りに動かすことができるということだった。


 連邦は彼ら自身では気づかない内に罠にはまり、補給線の限界を超えて進撃し、フォルス市の前面にたどり着くころには消耗(しょうもう)しつくして、最弱の状態となる。

 そこを王国が全力で叩けば、連邦軍の主力部隊だって壊滅(かいめつ)させることができるかもしれない。

 そして、王国の眼前には主力を失って形骸化(けいがいか)した連邦軍だけが残り、帝国軍の存在という無視できない要素は残るが、フィエリテ市の奪還(だっかん)や国土の解放という目標に大きく近づくことになる。


 王国がその兵力の総数で連邦に劣(おと)っていようと、補給を失って弱体化した軍隊であれば、打ち破るのは容易だった。

 少なくとも、補給を充分(じゅうぶん)に受けて元気な状態の敵を攻撃するよりは、遥(はる)かに成功の見込みが持てる。

 そして、ここで連邦の主力部隊を壊滅(かいめつ)させることができれば、大陸の南側、王国における戦いの兵力バランスは、王国の側に大きく傾(かたむ)くことになる。


 だが、その作戦を成功させるためには、ある程度の時間が必要だった。

 フォルス市の前面まで連邦軍をおびきよせた時に、王国側に反撃の態勢が十分に整っていなければ、それはただ単に連邦側に王国領を明け渡しただけの結果になってしまうからだ。


 だから、王立軍はフォルス市へ向けて後退しながらも、反撃の態勢を整えるために連邦軍の侵攻速度を遅らせなければならなかった。


 軍隊の用語でいうところの遅滞戦闘(ちたいせんとう)というものが繰(く)り広げられることになったが、これは思っていた以上に、前線で戦う友軍にとっても、それを支援する僕らにとっても、大きな負担だった。


 王立陸軍は作戦に従い、連邦軍が攻勢を再開するのに合わせて後退を開始した。

 だが、それは、防衛のために築いてきた陣地を放棄(ほうき)するということであり、敵に対して優位に戦える戦場を離れるということでもあった。

 それに、連邦軍は戦車と装甲車に搭乗した歩兵部隊を先頭に、高速で進撃を行って来ていた。王立軍が後退途中でその機械化装甲部隊に捕捉(ほそく)されてしまえば、その場で簡単に撃破され、後退のはずが全ての戦線の崩壊に直結しかねなかった。


 だから王立軍は、退(ひ)いては守り、守っては退(ひ)くという、難しいやり方で戦線を縮小しなければならなかった。

 これを実現するために王立陸軍では部隊を大きく2つに分割し、Aが守っている間にBが後退して次の防衛線を構築して迎撃の準備を整(ととの)え、Aが後退するのを援護するという方法を採用した。

 今のところ、このやり方は成功している。これを交互に繰(く)り返すことで、連邦側の突進を抑えながら後退するという課題を王立陸軍はどうにか成立させていた。


 もちろん、僕ら王立空軍も大忙しだった。

 僕ら空軍に与えられた任務は、大きく2つ。

 突進してくる連邦軍の勢いを鈍らせるためにこれを攻撃して地上の戦闘を支援することと、味方を攻撃しようとする敵機を撃退することだ。


 陣地に入っている間に限って言えば、地上部隊は敵機の攻撃に対しても強固な防御力を発揮できた。だが、後退のために移動を繰(く)り返している状態では、敵機に対して弱点をさらけ出している様なものだった。

 実際、道路を移動中の車列や隊列というのは、攻撃しやすいものだった。ほぼ直線に並んでいるから銃撃しやすかったし、遮蔽物(しゃへいぶつ)の無い所に暴露(ばくろ)されているから、近くに爆弾が落ちただけでも大きな被害が出てしまう。

 これは敵側も同じことだったから、連邦軍の先鋒が王立軍の殿(しんがり)を捕捉して撃破できないように、僕らは積極的に移動中の敵を狙って攻撃を加え続けた。


 僕ら301Aは、部隊規模が小さく、兵力の補強や穴埋めにちょうどいいとでも思われたのか、様々な作戦に参加することになった。

 午前の出撃では敵部隊を攻撃する爆撃機を護衛したと思ったら、午後には味方陣地の上空で戦闘空中哨戒を実施するといった具合で、とにかく、久しぶりに目が回る様な忙しさだった。


 そして、この多忙は、まだしばらくは続きそうだった。

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