13-5「エンブレム」

 僕ら第1航空師団の一部と、第2航空師団の全力を合わせて実施された王立空軍による連邦軍への本格的な反撃作戦は、残念ながら、思っていたほどの効果を上げることができなかった。


 僕らが担当した作戦についてだけ言うのであれば、まず、成功と言えるものだった。

 僕らは連邦軍機による迎撃も受けたが、こちらの損失は1機も無いままに敵機の撃退に成功し、逆に、2機の敵機を撃墜することに成功した。

 レイチェル中尉とカルロス軍曹で1機、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4人がかりでもう1機だ。


 僕らが護衛していた爆撃機部隊も目標への爆弾投下に成功し、対空砲火による損傷機は出たものの、その全機を生還させることができた。

 搭乗員も、全員無事だ。おかげで、僕らは爆撃部隊からずいぶんと感謝された。


 ハットン中佐と爆撃機部隊の指揮官が時間の無い中でできる限りの打ち合わせをして、お互いの連携を何とか確保してくれた成果だった。


 だが、これは、数少ない成功例だった。

 急いで計画され、実行に移された計画であったために各部隊の連携が不十分で、目標への攻撃に失敗したり、護衛機と爆撃機が連携を取れず敵機の妨害によって撤退させられたりするなど、稚拙(ちせつ)さが目立つものとなってしまった。

 特に、第1航空師団と、第2航空師団の間の連携は、お粗末なものだった。


 成果はゼロでは無かったが、とても、満足のできる結果では無かった。


 それでも、翌日以降も、第1航空師団と第2航空師団が協力した航空作戦は継続された。

 連邦軍の攻勢に王立陸軍は耐えていたが、それは、何とか持ちこたえているといったもので、王立空軍との協力なしに前線を守りきることはとても不可能だったからだ。


 最初の反撃には失敗してしまったが、各部隊の指揮官がより連携を高めるために協議を重ね、少しずつ連携の取り方は改良され、成果も上がるようになっていった。


 連携の改善という課題には、僕ら、301Aも無関係ではいられなかった。


 他の部隊と一緒になって戦う機会が増える中で、僕らの部隊にはある指摘がされる様になっていた。

 それは、僕らの機体に、部隊固有の部隊章(エンブレム)が描かれていない、という点だった。


 部隊章は、単に格好をつけるために描かれているものではなかった。

 どこに所属するどの隊なのかを明らかにするためのもので、お互いをほとんど目視で確認するしかない僕らにとって、それぞれを見分けるのに必要なものだった。


 それを、僕ら301Aは機体に描いていなかった。

 部隊章が描かれることの多い垂直尾翼には機体番号が描かれているだけで、このため、一緒に飛んだ他の部隊から、「どこの隊なのか分かりづらい」「まぎらわしい」といった苦情が出てしまったのだ。


 僕らはこれまで部隊章を特に決めてはおらず、あまり問題ともなって来なかったのだが、それは、僕らがほとんど301A単独で飛んでいるか、ハットン中佐という同一の指揮官の指揮下にあって連携の取りやすい第1戦闘機大隊の仲間と飛ぶことがほとんどだったからだ。


 だから、他の部隊と共同して飛ぶ機会の多くなった僕らは、自分たちの部隊の部隊章を決めなければならなった。


 そのおかげで、僕らは困ってしまった。

 部隊章を何か決めなければならなくなったが、どんなものにすればいいのか、簡単には思いつかなかったからだ。


 僕らがベルランに乗る様になる前、空冷星形エンジンを装備したエメロードⅡに乗っていた頃には、その機体には部隊章がきちんと描かれていた。

 だが、その部隊章は、僕らが所属していた第1教導連隊のもので、機体に最初から描かれていたから、惰性(だせい)で使っていただけだった。本来は別の部隊のものなのだから、それをそのまま使うわけにはいかなかった。


 301Aという部隊は、僕らが所属して活動する以前から存在していた部隊で、元々使用していた部隊章があるはずだった。

 だが、元々の301Aは、開戦初日の攻撃を受けて保有機の全てを損失し、部隊を構成していた人員は他の部隊の再建のために転用されて散り散りとなってしまった。

 現在の301A、すなわち僕らは、有り合わせの人員をかき集めて応急的に結成された部隊で、元々の301Aのことは少しも知らない。だから、前はどんなエンブレムを使っていたのかを知る者は誰もいない。

 だから、新しい部隊章を考えるしか無かった。


 これは僕らにとっては難しい課題だった。

 王立空軍における部隊章というのは、部隊間の識別のために使用されているもので、飾りではなく実用性のあるものだった。

 だから、見た目に分かり易く、他の部隊とは異なっていて、簡単に識別ができるようにしなければならない。

 もちろん、見た目も、できれば見栄えがする方がいい。


 だが、何かを考えると言っても、僕にはそもそも、絵の心得が無かった。

 学校に通っていた頃に簡単な絵を描く授業はあったのだが、正直に言って、僕の絵はお粗末なものだった。

 それに、適当に自分が好きな様に絵を描いていればよかった学校の授業とは違って、今回は実際に役に立つものを描かなければならない。

 残念ながら、僕は今回、全く役には立てそうになかった。


 連邦軍による攻勢が始まってから数日の内に、僕らと別れて移動中だった301Aの整備班や補助部隊が引き返してきてフォルス第2飛行場へと到着し、僕らの機体は以前の様に自分たちの部隊だけで整備できる様になっていた。

 だが、その人員の中にも絵が上手く描けるという者はおらず、みんなで話し合ってみたがいい案は浮かんでこなかった。それに何か案があっても、それをうまく表現できる者もいなかった。


 唯一、僕らの中で絵に関する知識を持っていたのは、クラリス中尉だった。

 クラリス中尉は王国の旧貴族階級の出身であり、その出自もあってか、そういった教育を受けた経験があった。


 クラリス中尉は悩んだ末に、いくつかの部隊章の案を作って僕らに提案してくれた。


 その案の1つは、猛禽類(もうきんるい)の鋭い爪をイメージしたものだった。戦闘機部隊らしい勇ましい印象のものだったが、これは、残念なことにすでに似た部隊章を他の部隊で使っていることが分かり、断念するしか無かった。


 もう1つは、猛禽類(もうきんるい)の力強い目をイメージしたものだった。クラリス中尉の絵は上手だったのだが、それを部隊章として機体に描くとそれが「目」であると分かりにくくなり、何かの邪教の信奉者たちのシンボルの様になってしまったので、これも使うことができなかった。


 3つ目の案は、騎士槍をイメージした部隊章だった。大昔の騎士が、トーナメントなどで用いていた特徴的な形状の槍だ。

 これは、敵機に対して一撃離脱戦法を用いることが多い僕らの戦い方をイメージしたもので、シンプルで分かり易く、好評だった。ほとんどこれに決まりかけたのだが、王立陸軍で似た様な部隊章がすでに使われていることが分かり、真似をした様で格好が悪いということで、不採用となってしまった。


 クラリス中尉が提案してくれた案の最後のものは、稲妻を模した部隊章だった。その稲妻は黄色で描かれ、見た目にも勇ましく、一目で分かり易い派手さもあった。他の案が全て採用できなかったのだから僕はこの案に賛成だったのだが、これには、カルロス軍曹が強い反対意見を述べた。

 稲妻と言えば、帝国軍のエースである「雷帝」を象徴する模様だった。あちらは機体全体を黒く塗った上に白で鋭く稲妻を描いているから、クラリス中尉が提案してくれた絵とは異なるものだった。だが、敵が使っているものを使いたくないとカルロス軍曹が強く言うので、僕らはそれを諦(あきら)めざるを得なかった。


 せっかくクラリス中尉が案を示してくれたのに、僕らはそのどれも使うことができず、また、出てこない知恵をどうにか捻(ひね)りだそうと悩まなければならなくなった。

 部隊章を、早く決めなければならなかった。だが、僕らはそれを決めることができず、気づけば、出撃の合間の休憩(きゅうけい)時間までもそれについて考える様になっていた。


「おい、クララ。その絵は何だ? 羽か? 」


 新しいアイデアを何とか生み出そうと頑張っているクラリス中尉のスケッチブックを後ろから覗(のぞ)き込んでいたレイチェル中尉が、何かに気づいてそう言った。


「ああ、これ? これは、ダメよ。考えが出て来なくて、息抜きに描いただけだもの」

「まぁ、そう言わないで、見せてみなって」

「あ、ちょっと、レビーっ!? 」


 レイチェル中尉はクラリス中尉からスケッチブックをひったくると、そこに描かれてあった絵を間近で眺め、それから感心したようにふぅんと呟いた。


「綺麗に描けてるじゃないか。これ、天使の羽か? 」

「あ、えっと……、そうじゃ無いのよ」


 レイチェル中尉の問いかけに、クラリス中尉はちょっと恥ずかしそうに頬を赤くすると、それから、視線をある一点へと向けた。


 クラリス中尉の視線の先では、アヒルのブロンが、相変わらずの能天気さで、僕らの機体が格納されているバンカーのそばの草地で遊んでいた。

 ひゅう、と風が吹いて、その風が運んで来た落ち葉がブロンの嘴(くちばし)の上に乗った。ブロンはくすぐったそうに頭を左右に振って落ち葉を払い落とすと、自身の翼を広げて、バサバサと羽ばたかせる。


 悩んでいるばかりの僕らだったが、そんなブロンの姿に、苦笑する他は無かった。

 部隊章のことで真剣に悩んでいる僕らが、ほんの少しだけ、馬鹿らしいと思えたからだ。


「それはね、天使の羽だとか、そういうものじゃないの。ブロンを見ていたら、綺麗な羽だなって思って。それで、ちょっと描いてみたの。」

「ふーん。なるほどなぁ。……おい、お前ら、どう思う? 」


 レイチェル中尉はそう言うと、スケッチブックを引っ繰り返して絵が見える様にページを僕らの方へと向けた。


 そこに描かれている羽は、確かに、一見すると天使の羽の様に見えた。

 細い、丁寧で繊細な線で描かれた羽は、鉛筆で描かれたラフなスケッチだったが、僕らにその真っ白な色を想像させてくれた。

 それは、実際には天使の羽ではなく、その辺で無邪気に遊んでいるアヒルの羽だったが、とても綺麗で、空をどこまでも飛んで行けそうな、そんな清々(すがすが)しさがあった。


 その絵を見た時、僕らは、その絵を僕らの部隊章にすることを決めていた。


 アヒルは、空を飛ぶことができない鳥だ。だから、戦闘機部隊の部隊章としてはふさわしくないかもしれない。

 だが、人間だって、本当は飛ぶことなんてできない生き物だ。


 ブロンは自分が空を飛べないことを知りながらも、それでも、空に飛び立とうと、精一杯に翼を広げている。


 空を、自由に飛んでみたい。


 僕らパイロットは、みんな、誰もがそんな気持ちを少なからず持って、パイロットを目指したはずだ。

 翼があるのに空を飛べない鳥であるアヒルの、精一杯空へ向けて広げられた翼は、そんな僕らのパイロットとしての根っこの気持ちを、うまく表している様に思えた。


 クラリス中尉は僕らから予想外の好評を受けて最初は戸惑っていたが、すぐに、スケッチブックに羽の絵を清書して、部隊章とする時にどんな風に描くかを考えてくれた。

 羽は白で描かれるから、周囲からの視認性を向上させるために、空をイメージした青で丸を描き、その中に空へ向かって広げられた純白の羽を置いた。

 シンプルだったが、この際、僕らにとってはそれが一番良かった。


 幸いなことに、似た意匠の部隊章を使っている部隊は、どこにも存在しなかった。

 空軍部隊は空を飛ぶという縁で、鳥の羽をモチーフにした部隊章をよく使っていた。だが、天使を想像させる真っ白な羽というのは誰でも思いきそうな模様だったために、かえってどこにも使われていなかった様だった。


 もっとも、僕らの場合は、天使ではなく、アヒルの羽だったのだが、とにかく、クラリス中尉が清書してくれたアヒルの羽の絵は、僕らの部隊章として使われることが決まった。


 こうして、僕らの機体には、空を飛べないアヒルの翼が、パイロットとして空へと憧(あこが)れた僕らの気持ちを込めて描かれた。


 その部隊章に、僕らはもう1つの願いも込めることにした。

 それは、この、戦争という日々が少しでも早く終わりを迎え、ブロンの様に無邪気に、この空を飛べる日が訪れる様にという、そんな願いだ。


 その願いが叶う日がいつになるのかは少しも分からなかったが、それでも、いつかはきっと、そんな時がやってくるはずだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る