13-4「冬季攻勢」

 連邦が示した新しい行動。

 僕らには信じられないことだったが、それは、新たな攻勢だった。


 連邦軍による攻撃は、太陽が昇り始めるよりも少し前、地平線の下にある太陽からの光でほんの少し空が明るくなり始めた時に開始された。

 突如、連邦軍の陣地からの無数の砲声が王立軍の陣地へと轟き、すぐに放たれた砲弾が雨の様に降り注いできた。


 砲弾の中には、多連装ロケット砲と呼ばれる兵器から放たれたロケット弾も多数、含まれていた。

 これは、固体燃料を燃焼させて飛翔し、自力で飛行して目標まで飛んで来るロケット弾を、無数に並べた発射機から連続的に発射する兵器で、広い範囲を短時間の内に攻撃できるというものだった。


 前線の王立軍の陣地では、当然、いつ攻撃が来てもいい様に警戒はしていたのだが、王国北部の厳しい冬を知っている僕らは連邦軍がこの時期に本当に攻勢をかけて来るとは予想しておらず、完全に不意を突かれてしまった形となった。

 砲撃は短時間で止んだが猛烈(もうれつ)なもので、毎日地面を掘り進んでせっせと作り上げた陣地に籠(こ)もっていた王立軍も、一時的な混乱に陥(おちい)ってしまった。


 そして、その短時間の砲撃の後、降り積もった雪を蹴散(けち)らし踏(ふ)みつけながら、連邦軍の戦車と歩兵が王立軍の陣地へと向かって突撃を開始した。


 フィエリテ市に向かって総攻撃を開始した時と少しも遜色(そんしょく)のない強烈な攻撃だった。だが、王立軍は一時的な混乱からすぐに立ち直り、その第1波を撃退することに成功した。

 連邦軍による砲撃が猛烈(もうれつ)だが短時間で終了し、陣地に籠(こ)もっていた王立軍に大きな被害が出なかったおかげだ。これに加えて、野戦砲クラスにまで大型化した新型の対戦車砲の配備が少数でも進んでいたことで、王立軍の対戦車戦能力が向上していた点が、僕らの側に優位に働いていた。


 だが、連邦軍の攻撃はそれで終わりではなかった。


 朝日が完全に昇りきったあたりから連邦軍機も盛んに来襲するようになり、空軍機の活動に支援された連邦軍による第2波の突撃も開始されたからだった。


 前線には、再編成された防空用の戦闘機によって構成される防空旅団が1個、展開しており、まだフォルス市へと移動していなかった第1航空師団の後続部隊と協力して迎撃に当たっているが、連邦軍機は断続的に襲来を続けており、前線での戦いは苦しいものとなっていた。


 この突然の事態を受けて、僕ら、第1航空師団の後方への移動は、即座に中止とされた。

 列車でフォルス市を先行して出発していた機材や人員が呼び戻され、フォルス市周辺の空軍基地に展開することも決定された。


 当然、僕らが予定していた南への飛行も中止された。


 連邦軍による攻撃が始まったという連絡を受けて、僕らは、自分たちにも出撃命令がすぐに下されるのだと思った。

 そのために、僕らの機体を見てくれている第2航空師団の整備班に頼み込んで、移動するだけの飛行予定だったから弾が入っていなかった機関砲に、弾薬を補充してもらった。

 僕らは機体を少しでも軽量化するために、機体に一緒に乗せて運ぶ予定だった個人の荷物も降ろして、いつでも戦えるように準備を整えた。


 だが、僕らへの出撃命令は、なかなか下されなかった。

 来たのは、連邦軍の攻勢が開始されたという知らせと一緒に受領した、待機命令だけだ。


 無線で司令部に確認しても、突然の連邦軍による攻勢に対応するために多忙なためか、新しい指示はいつまでたっても来なかった。

 ハットン中佐が直接確認するために司令部に向かっていったが、中佐もそれきり、帰ってこない。


 僕らの機体は元々飛行する予定だったから、整備も補給も受けていて、暖機も済ませて完全な状態にあった。

 前線までは、ベルランの性能から言ってその航続距離で何とか行って帰って来られる、といった距離だったが、その上空にたどり着いて戦うことは十分に可能だ。

 せっかく、第2航空師団の整備班に無理を言って弾薬まで融通してもらったのに、僕らはなすこともなく、もどかしい思いをしながら待ち続ける他は無かった。


 それどころか、元々、フォルス市に展開していた第2航空師団にも、一向に出撃命令が下されない様子だった。

 第2航空師団も連邦軍の攻勢開始を受けて即座に出撃準備を開始し、司令部からの命令を受けていないにもかかわらずバンカーから次々と機体を引き出していって、暖機運転も開始していた。

 駆けつけて来たパイロットたちも、いつでも飛び立てるように準備を整えていた。だが、出撃命令がいつまでも出ないために、みんなもどかしそうな顔をしている。


 しまいには、とうとう、エンジンへ負荷をかけすぎないためと、必要量はあるが決して十分ではない燃料事情のために、暖機運転中だったエンジンも停止されてしまった。

 僕らには何も聞かされていなかったが、どうやら、そういう指示が司令部から出された様子だった。


 エンジンが止められてしまっては、僕らはすぐに飛び立つことはできない。

 手持無沙汰となってしまった僕らは、そのまま操縦席に座っていても何もできることが無いので、仕方なく機体を降り、機体のすぐそばに集まって次の命令を待つ他は無くなってしまった。


 味方が敵の攻撃にさらされているというのに、司令部はいったい、何を考えているのだろうか?


 そんな疑問と不満が、僕らの中で大きくなっていく。

 レイチェル中尉などは、あからさまに不機嫌そうな恐ろしい顔で、基地の司令部の方を睨(にら)みつけながら煙草を吸っている。


 もちろん、基地の司令部で僕らの出撃する、しないを全て決めているわけでは無いので、この奇妙な待機時間は、そこにいる人々が決めたわけでは無かっただろう。もっと上の、フォルス市周辺に展開する空軍部隊の全体を統括する様な上級司令部からの指示によるもののはずだ。

 だから、基地の司令部に恨みを向けるのは筋違いだったが、それでも、僕らには他に不満のぶつけ先は見当たらなかった。


 こんな時でも、アヒルのブロンはお気楽だ。

 彼は僕らと一緒に移動するべく鳥かごに入れられてライカの機体に乗せられていたのだが、急きょ、南へ飛ぶことが中止されたために機体を下ろされ、今は鳥かごからも出されて、自由を満喫(まんきつ)している。


 その姿に、僕らの焦燥感は少しだけだが和らいだ。


 そして、長い、長い待ち時間の後、ようやく、ハットン中佐が戻って来たのは、昼前のことだった。

 中佐は借りて来たらしいジャンティで、基地の司令部からやって来た将校と一緒に乗りつけると、僕らに戦闘配食のサンドイッチとお茶を配り、それから、誘導路の草地の上にばさっと地図を広げた。


 それは、ハットン中佐がいつも僕らへ作戦の説明に使う様な、軍用に様々な情報が書き込まれている地図だった。

 そこには、王立軍の前線部隊の昨晩までの配置と、現在得られている情報からの予想位置が書き込まれており、そして、僕らにようやく与えられることになった出撃命令を遂行(すいこう)するのに当たって必要な情報が記されていた。


 僕らは戦闘配食で食事を済ませながら、ハットン中佐と、中佐と一緒に基地の司令部から来た将校から作戦についての説明を受けた。

 僕らに与えられることになった任務は、第2航空師団と協力して、友軍を攻撃中の連邦軍を攻撃する、というものだった。


 作戦の説明を受けている内に、出撃命令がなかなか下されなかった理由が理解できた。


 僕らは今までずっと、友軍を守るために飛んで来た。

 友軍を攻撃しようとする敵機を迎え撃ち、少しでも被害を減らす。僕らがこれまでにやって来た仕事というのはそういう性質のものがほとんどで、僕らの様な戦闘機パイロットにとっての最も重要な任務だと思っていた。

 今回の連邦軍による攻勢でも、僕らは友軍を守るために、敵機を迎え撃つために飛ぶのだと思っていた。

 だからこそ、すぐに出撃命令が下されなかったことは僕らにとって意外であり、不満なものだった。


 だが、司令部では、違うことを考えていたらしかった。


 今、フォルス市周辺には、第2航空師団と、僕ら、第1航空師団の一部が、偶然まとまって展開している。

 その分、前線の兵力は手薄となっており、連邦軍による突然の攻勢開始は、王立軍にとって不利なものとなっている。


 しかし、これは見方を変えると、王立軍は前線の状況に左右されず、自由に動かせる戦力を、これまでにないまとまった規模で有している、ということでもあった。


 どうやら、司令部では偶然作り出された状況を利用して、連邦軍に対して積極的な航空作戦に打って出るつもりである様だった。

 第2航空師団の全力と第1航空師団の一部を合一し、まとまった力として連邦軍に向かって叩きつける。

 そのために、前線の状況に応じて僕らをバラバラに出撃させる訳にはいかなかったのだろう。


 攻撃の目標は、前線付近に展開する連邦軍の部隊だ。

 連邦軍は最初に王立軍へと加えた砲撃以降も、継続的に砲撃を続けており、王立軍が苦戦している要因となっていた。

 それを航空攻撃によって撃破し、前線での戦いをこちらに有利なものとする。

 それが、司令部が立てた作戦だった。


 僕らは、敵の砲兵陣地を攻撃するために飛び立つ爆撃機を護衛して飛ぶことになる。出撃は午後、準備ができ次第にすぐの予定だった。

 ハットン中佐と一緒に司令部からやって来た将校は、僕らが護衛することになる爆撃機部隊の指揮官だった。急に決まった作戦だったから、僕らと最低限の打ち合わせをするべく、同行してきたのだろう。


 僕らへの説明を終えると、ハットン中佐と、爆撃機部隊の指揮官は、僕らが護衛することになる爆撃機部隊に同様の説明を行うために、慌ただしくジャンティで走り去っていった。


 それを見送った僕らにはもう、先ほどまであった焦燥感や不満は、少しも残っていなかった。


 連邦軍機が盛んに飛んできていることからも分かる通り、フィエリテ市周辺の今日の天候は安定している。僕らが攻撃のために飛ぶことは可能だ。

 敵に制圧された地域に侵入しての任務というのは、ファレーズ城の友軍を支援するために飛んでいた時以来のものとなるが、今度は王立空軍が持てる力の全力での反撃になる。

 きっと、効果は大きいだろう。


 自然と、僕の身体には力が入った。

 今までずっと守る一方だった僕らの方から初めて、積極的な反撃を行うことになるからだ。

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