13-2「別れ」

 僕らの基地であり、すっかり家になっていたフィエリテ南第5飛行場には、断続的に雪が降り続いていた。

 フィエリテ市周辺に大雪を降らせる雲がこの辺りまで大きく張り出してきて、その度に雪が降り積もる。

 太陽が出る日もあるので積もった雪は徐々に解けていくのだが、それでも、僕らはすっかり、地面というものを見ることができなくなっていた。


 まだはっきりと地面が見えているのは、交通量の多い道や、僕らが離着陸に使う滑走路だけになってしまっていた。

 滑走路に偽装のために敷きつめられるように植えられていた芝生はすっかり枯れた色になっていたが、周りの白色と比較すると、酷く目立ってしまっている。


 空から見ると、一度、基地を後退するのは正しい判断だと思えてくる。

 これでは、せっかくの秘匿(ひとく)飛行場だというのに、敵から丸見えだった。


 まだ攻撃が来ないのは、僕らよりも連邦軍の方がより雪に悩まされており、悪天候続きのために飛びたてないだけの話だ。

 もし、天候が落ち着き、出撃する機会を得たら、連邦軍は喜んで僕らの頭上に爆弾の雨を降らせることだろう。


 だから、僕ら、第1航空師団の後退は、予定通りに、かつ、速やかに進められた。

 僕らは身の回りの荷物をまとめ、不要な物を選んで処分し、いつ移動を開始することになってもいい様に身支度を整えた。

 部隊はすぐには必要とならない機材を輸送用の木製のコンテナにおさめ、順次、輸送を開始している。


 徐々に、僕らの家が、家ではなくなっていく。

 僕らは誰もが、多いか少ないかの差はあっても、同じ様に寂しさを感じていた。


 中でも元気が無くなっていたのは、ライカだった。


 彼女はこの基地に住んでいる愉快な仲間、動物たちとすっかり仲良しになっていた。

 動物たちは彼女が姿を見せれば喜んで集まって来て、ライカに甘えたり、一緒に遊んだりして、いつでも楽しそうだった。もちろん、それはライカも同じだ。

 元々、あまり人を疑わない純粋な性格をしているライカと動物たちは、相性が良かったのだろう。

 動物たちはライカのことを友達だと思っている様だったし、ライカも動物たちを友達だと思っている様だった。


 それは、何とも微笑ましい光景だったが、実を言うと、僕にとってはほんの少し、不満なことでもあった。


 僕はこの基地にいる間、何度も動物たちの世話の手伝いをしてきていた。

 僕は牧場の生まれだから、そういった仕事には慣れていた。疲れた時や悩んだ時、いい気分転換(きぶんてんかん)になるので何度も動物たちの世話を買って出たのだが、何と言うか、彼らはライカを前にした時の様な無邪気な仕草を、僕の前ではあまり見せることが無かった。


 僕は買って出た仕事はきちんとこなしていたし、実際、一度も手落ちは無く、完璧に仕事をこなしてきていた。

 だから、動物たちから信用はされているなと、そういう風に感じることはあった。

 だが、それは、どちらかと言えばビジネスライクなもので、一緒に遊ぶ相手というよりは、仕事の同僚、といった様な関係に思えた。


 中には、僕に対して常に一定の警戒をし、一線を保っていた動物たちもいた。

 ライカとは特に仲良しだった、家禽(かきん)たちだ。


 彼らは僕がエサを持って行けば喜んでそれを食べたし、小屋を掃除してやればいつでもご機嫌だった。それでも、いつでも群れの中の1羽が僕のことを観察していて、彼らはニワトリやガチョウ、アヒルといった種族を越えて結託(けったく)し、交代で僕のことを見張っている様だった。


 これは、僕の錯覚(さっかく)かも知れなかったが、どうにもそう思えてならない。


 一体、僕が彼らに何をしたというのだろうか?

 まさか、僕が内心ではいつかローストチキンにしてやろうと画策していたことに、気がついていたとでもいうのだろうか?


 その僕の秘かな野望は、ライカの実力行使も辞さない抵抗によって阻止されてしまった。どうにも、彼女には勘のいい所があって、僕が何かしようとすると、先手を打ってくる。


 そういうわけで、結果論にはなるが、僕は、鳥たちに対して何も悪いことはやっていない。

 むしろ、僕は、彼らにとっていいことしかしていない。

 僕は、彼らの世話をいつでも誠実にやって来た。手落ちだって何も無かった。嫌われる理由など何一つ無いはずだ。


 それに、あんなふうに丸々と太って、元気で健康的な彼らを、美味しそうだと考えることが、そんなに悪いことなのだろうか?


 話が逸(そ)れてしまったが、ライカは、動物たちとお別れすることになって、ひどく落ち込んでいた。

 もちろん、彼女は僕らと一緒に任務をきちんとこなしていたし、移動の準備だって済ませていた。


 だが、ライカは基地を離れることが決まってから、動物たちを囲っている柵にもたれかかって物憂(ものう)げにしていることが多く、動物たちもライカのそんな様子からお別れが近いことを察したのか、どこか悲しそうにしているふうに見えた。


 そして、とうとう、僕らがフィエリテ南第5飛行場から去る時がやって来た。


 夜が明けるのと同時に、僕らは格納庫の前に並べられて暖機運転をしていた機体へと乗り込んだ。

 基地の人員の半数は、昨夜の内にすでに出発してしまっていた。残りの半数も、僕らが出発するのを見送ってから、移動を開始する手はずだ。


 計画では、僕らはその乗機であるベルランに搭乗し、ハットン中佐が操縦(そうじゅう)するプラティークによって誘導されながら、フォルス第2飛行場へと向かうことになっている。

 フィエリテ南第5飛行場からフォルス第2飛行場までは、飛行すれば離着陸も含めて1時間もかからない様な距離だったが、それでも誘導機がつくのは、雪が降ったおかげで地上の目印になる地形や建物が見えにくくなり、航法がさらに難しいものとなっているためだ。


 僕らだって、航法については一通り教育を受けてはいるのだが、それでも、操縦(そうじゅう)をしながら地図を確認したり、自分の位置を正確に計算して目標までの進路を調整したりといったことはやりたくなかった。

 それでは、あまりに忙しく、ミスだって起こりやすくなる。


 その点、プラティークの様な三座の飛行機が誘導についてくれれば、心強かった。

 航法にはクラリス中尉が集中して取り組めるので確実性が高かったし、周辺の見張りに専念できるアラン伍長が乗っているので、不意に敵機に襲われる心配も少なくなる。


 全て、計画通りに、順調だった。

 だが、1つだけ、計画に変更が加えられることになった。


 それは、基地から飛び立つ僕らの中に、1人だけ、人数が加えられたことだった。


 1人、というのは、おかしいか。

 正確には、1羽、だ。


 それは、1羽のアヒルだった。

 あの、いつでも一番食いしん坊で、能天気だった真っ白なアヒルだ。


 彼は鳥かごに入れられ、ライカの操縦席(そうじゅうせき)の後方にある、本来であればちょっとした荷物を運ぶためのスペースに積載(せきさい)されている。

 彼はたった1羽、これまでの仲間たちと離れ離れになって見ず知らずの場所へと向かうことになるのだが、翼があるのに自分では飛ぶことのできない空をこれから飛べるのが分かっているのか、それとも、ライカと一緒に行けることがよほど嬉しいのか、少し興奮気味に、嬉しそうにクワッ、クワッ、と鳴いている。


 彼は、基地で動物たちの世話をしてもらうために雇っていた老夫婦からのプレゼントだった。

 ライカが毎日毎日、あまりにも寂しそうにしているので、それを見るに見かねた老夫婦が、一緒に連れて行って欲しいと用意をしてくれたものだった。


 その食いしん坊で真っ白なアヒルは、ライカとは特に仲が良かった1羽だから、当然、彼を連れていけることになったライカは嬉しそうだった。

 久しぶりにライカが見せた笑顔に、僕らも突然のプレゼントを遠慮することはできなかった。ハットン中佐も肩をすくめただけで、何も言わずにこの新しい仲間を連れて行くことを許してくれた。


 すっかり家の様になってしまっていたこの基地を離れ、いつでも賑(にぎ)やかだった動物たちと離れ離れになってしまうことを、僕らだってみんな、少なからず寂しく思っていたのだ。


 僕らは去るが、老夫婦はこのまま、この基地に残ることになっていた。

 冬の間、基地は雪に閉ざされることになるが、老夫婦は毎年のことだし何も問題はないと笑っていた。それに、今までずっと世話をしてきた動物たちを置いてどこかへ行くつもりは無いということだった。


 僕らは素敵な贈り物をしてくれた老夫婦に感謝と別れを告げて、そして、2人の健康と幸福を祈った。

 それから、いよいよ、エンジンを全開にし、滑走路を蹴って、冬の空へと飛び立った。

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