12-11「説得」

 格納庫の中に、場違いな口笛のメロディーが響いている。

 エルザを説得するために進み出たカミーユ少佐が吹いている口笛だ。

 敵意が無いことと武装が無いことを示すために両手をあげながらゆっくりと歩を進めるカミーユ少佐の口笛は、落ち着いた音色だ。

 どうやら、王国でよく歌われている民謡(みんよう)の様だった。


 僕をはじめ、多くの人々はそのカミーユ少佐の行動に呆気(あっけ)にとられる他は無かったが、それはエルザも同じだった。

 彼女は青ざめた表情のまま、機体の影からカミーユ少佐の接近を確認したのだが、戸惑(とまど)うばかりの様子だ。


 何となくだが、カミーユ少佐が場違いな口笛を吹いている理由が分かった。

 敢(あ)えて日常的な仕草(しぐさ)をすることで、敵意の無いことを分かり易(やす)く示し、追いつめられているエルザに突発的な行動をさせない様にするためなのだろう。


 武装した相手に思い切ったことをするものだと思うが、少佐の狙いはうまく行った。

 カミーユ少佐は大声を出さずに会話できるような距離まで接近すると、両手をあげたまま、エルザに向かって口を開く。


「エルザさん。事情は聞いた。ご両親を人質に取られているそうだね? そして、この場で捕まれば、ご両親を殺すと脅(おど)されていると。それは、間違いないかい? 」


 カミーユ少佐の口調は、穏やかなものだ。

 僕が同じことをやろうとしても、こんな風な声は出せないだろう。いつ撃たれるか分からないような状況だから、緊張(きんちょう)して上ずった様な声になってしまうはずだ。

 少佐は、思っていた以上に肝のすわった人である様だった。


「ソ、そうデす! だカらわたシは、逃げナきゃいケないンでス! 」


 エルザはカミーユ少佐を警戒しているのか、身を隠したまま返答する。


「エルザさん、そちらの状況はよく分かった。……どうだろう? 少し、話をしてみないか? 何か、こちらから協力できることもあるかもしれない」

「きょ、協力ッテ……、憲兵さンに、何がでキるっテ言うンでスか!? 」

「実は、俺は本物の憲兵じゃ無いんだ。……諜報部(ちょうほうぶ)の人間でね」


 カミーユ少佐は何でもないことの様に、あっさりとその正体を暴露(ばくろ)した。

 前に、ライカが疑いを持っていたことを思い出す。

 僕は諜報部(ちょうほうぶ)がどんな役割を持ち、何をやっている部署なのかを少しも知らなかったが、少なくとも、身分を隠して活動する様な部署であることは知っている。


「そういうわけで、少しは力になれると思う。どうだろう? エルザさんの方で、何か、提案は無いだろうか? 」


 諜報部(ちょうほうぶ)がどんな存在かは知らなかったが、何となく、何かをやってくれそうな気がする名前だった。今回の様な込み入った事情がある時には、特に。


 カミーユ少佐の提案に、エルザは、しばらく悩んだ後、少しだけ顔を出して言った。


「そレなら、こノまま私ヲ行かセてくダさイ! そウすれバ、後ハ、みナさんノご迷惑ニはなラなイようニしまスかラ! 」

「申し訳ないが、それは、できない」

「どっ、どウしテですカっ! 」


 きっぱりと即答したカミーユ少佐に、エルザはその場で立ち上がって銃口を向けた。

 銃を向けられた少佐は、表情一つ変えず、淡々(たんたん)と返答する。


「第一に、今が夜間であるということ。訓練を積んだベテランパイロットならともかく、飛行機の飛ばし方を知っているといった程度の人間では確実に事故を起こす。第二に、エルザさん、君が破壊工作の容疑者であり、実際に被害を生じさせているからだ。こちらにこれ以上迷惑をかけないと君は言うが、こちらはすでに十分、迷惑を被っている。……そして、第三に。エルザさん、君は、フリードリヒを放って逃げ出すつもりか? 」

「カっ、カイザーは、関係なイんでス! 」


 エルザは、叫ぶように言った。


「カイザーは、スパイじゃアりませン! でモ、私ノ身代わりニなっテくレたンです! 私ガ一緒に逃げヨうッて言っタのに、彼は……、彼ハ! 自分ガ囮にナルから、そノ間に逃げロって、言っテくれタんでス! 」


 その言葉に、僕は何故か、救われた様な気持ちになった。

 僕は、カイザーもまた、僕らを裏切っていたスパイなのではないかと、疑い始めていた。

 だが、彼はやはり、スパイなどでは無かった。

 僕らを裏切ってなどいなかった。


 僕は、仲間のことを信じられなくなりそうになっていた。

 自分が見たもの、聞いたもの、感じたことが全て、疑わしく思えてきていたからだ。

 僕は、自信を無くし始めていた。


 僕の信じて来たことは、偽りでは無かった。

 それを、ようやく確認することができた。


「それなら、なおさら、これ以上、抵抗を続けるべきでは無いだろう。君が逃げようとする限り、フリードリヒも逃げるのをやめることができない。エルザさん、君は、君自身の口ではっきりとフリードリヒがスパイではないと、正式な取り調べの場で証言するべきだ。そうしなければ、フリードリヒにかけられたスパイの容疑は晴れないだろう」

「でモっ! そレじゃぁ、私ノ、両親ガ! 」

「その点については、俺が何とかする。これでも、伊達(だて)にこの年で少佐をやっているわけじゃ無い。同僚にも、優秀な人間がたくさんいる。必ず、君のご両親は助け出す。約束する」


 カミーユ少佐の言葉に、エルザが少佐へと向けた銃口は、彼女の心の葛藤(かっとう)を表すかのように揺(ゆ)れ続けた。

 だが、しばらくして、その揺(ゆ)れはピタリと止まった。


 エルザはきっと、カミーユ少佐の説得に応じるつもりになってくれたのだろう。

 僕はそう思って、ほっとした気持ちになった。


 だが、それは、僕の願望に過ぎなかった。


「そンなの……、確実ジゃ、なイ! わタしハ……、わタしハ! オ父さンとオ母さンを助けナいトいけなイんデす! 」


 エルザはそう叫ぶと、銃口でカミーユ少佐に正確に狙いをつける。


 その銃口から弾丸が放たれれば、それは、カミーユ少佐に命中するだろう。

 エルザの銃は確実に装填(そうてん)されており、そして、彼女にはもう、迷いがない。


 だが、カミーユ少佐は、冷静だった。

 一瞬で少佐の命を奪(うば)うであろう銃口を目の前にしても、少佐はエルザの説得を諦(あきら)めずに、必死に思考を巡らせているのだろう。

 僕からは少佐の横顔しか見ることができなかったが、少佐の顔はまだ、望みを持ち続けている様に見えた。


「エルザさん。なら、どうするつもりだ? 俺を人質にでもするのなら、協力はしよう。だが、俺は飛行機を飛ばすことはできないし、君が無事に逃げられると保証することもできない。君のご両親を捕えている相手が連邦か帝国かも分からない様な状況では、どこに逃げればいいのかも決められない。……もう一度提案する。俺も、諜報部(ちょうほうぶ)も、全力で君のご両親を助ける。この場にいる全員の前で、必ずやると誓う」


 僕には、カミーユ少佐が、その場しのぎでそう言っている様には思えなかった。

 僕の感覚などあまりあてにはならないが、少なくとも、僕が見て来たカミーユ少佐は、そういったことをする人では無かった。


 エルザは、しばらくの間、無言で、カミーユ少佐に銃口を向けたまま、照準越しに少佐を睨(にら)みつけていた。

 だが、銃口を下ろすと、その場でうつむき、何かを諦めた様に肩を落とし、それから、呟く様に言った。

 その場にいた全員が固唾(かたず)をのんでエルザとカミーユ少佐の話し合いの結果を見守っていなければ、絶対に聞こえなかった様な声だった。


「確カに……、少佐さンの言ウ通り、ワたシは、逃げラれまセン……」


 僕は、今度こそ、円満にこの状況が解決したと思った。

 僕だけではなく、そのエルザの様子を目にした誰もが同じ様に考えた様だった。格納庫を包囲していた人々はみな、ほっとした様な、丸く収まって良かったと言う様な、明るい表情を見せている。


 エルザの説得にあたっていたカミーユ少佐も、同じ様にほっとした様子だった。

 彼はずっと上げたままだった両手を下ろすと、恐らくはエルザから武器を受け取るために一歩を踏み出した。


 エルザがうつむいていた顔を上げたのは、その瞬間だった。


「でモ……、方法なラ、アリマス」


 僕は、そう言ったエルザの表情を見て、心臓を抉(えぐ)られた様な気持ちになった。


 彼女は、笑っていた。

 楽しいからではなく、嬉しいからではなく、絶望からの笑みだ。

 その、乾ききった笑顔の中で、全てを諦(あきら)め、覚悟した光の無い瞳が、焦点の合わないままで見開かれている。


「ワたシガ、こコで……。死ネば、いいんデス」


 エルザはそう言って、自身のこめかみに銃口を押しつけた。

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