12-10「エルザの事情」

「おい、ジャック、アビー。お前ら伝令に行け」


 レイチェル中尉がそう指示を出したのは、僕らがエルザと格納庫で対峙(たいじ)し始めてから、1分程が経過してからだった。


「2人とも、タイミングを見て別々の方向へ走って、通信所へ行け。そうすりゃ向こうも狙いがつけられないからな。そこにクラリス中尉がいるはずだ。格納庫にスパイがいるってクララの奴に知らせてやれば、後は全部アイツがやってくれるはずだ」

「了解。しかし、どうして俺とアビーなんですか? 」

「そうです、中尉。あたしだって、射撃の練習はちゃんとしたんですよ? 」

「お前らの足が速いからだ。グダグダ言ってないでさっさと行け。そんで、すぐに戻って来い、援軍と一緒にな」


 レイチェル中尉の指示に、戦力外としてあつかわれたと思ったのか、ジャックもアビーも最初は不服そうだった。だが、中尉の説明に、2人ともすぐに納得した様だ。

 ジャックは僕に「気をつけろよ」と言って離れて行き、僕は「ジャックも」と言って彼を見送った。


「なっ、ナにをコそコそと話しテいるンでスかっ!? うっ、動いたら、本当ニ撃チまスからネ! 」


 僕らの話声が聞こえていたのか、エルザは威嚇(いかく)する様に銃口をこちらへと向けてくる。

 それに対し、レイチェル中尉とカルロス軍曹が同時に身を乗り出して銃口をエルザへと向けた。エルザは同時に2つの銃口を向けられてどちらに自身の銃口を向ければいいのか判断に迷ったらしく、銃の照準を焦った様に中尉と軍曹の間で行ったり来たりさせる。


 それをチャンスと見て、ジャックとアビゲイルは同時に姿勢を低くしながら走り出し、格納庫の出口へと向かった。


「アッあっ、待っテっ! 待っテくださイっ! 」


 エルザは慌てて銃口を向けようとしたが、ジャックとアビゲイルは別々の方向へ走って行ったので、咄嗟(とっさ)にどちらを撃つかを決められなかった様子だった。

 エルザは少し遅れて引き金を引いたが、ジャックもアビゲイルもすでに格納庫から外へと出た後だったので弾丸が命中するはずが無かった。

 それに、そもそも、エルザが構えた銃は、引き金が引かれたのに発砲されなかった。


「アっ、あレっ!? ど、どうシテっ!? 」


 パニックになって銃を確認するエルザに、レイチェル中尉が呆れた声で言う。


「エルザ、スライドを引いてないだろ? この銃は最初にハンマーをコッキングしないと撃てないぞ? 」

「ソっ、ソうでシタ! 」


 言われてようやく思い出したらしく、エルザは急いで銃のスライドを引き、発砲できる状態にした。彼女も兵役を経験しているから銃のあつかい方は知っているはずだったが、よほど気が動転しているのか、忘れていた様だった。


「……チッ。言わなきゃ良かった」


 ジャックとアビゲイルを援護する必要が無くなり、エルザが発射可能になった拳銃を再び向けて来たので、レイチェル中尉は身を隠しながら舌打ちをした。

 それから中尉は、何と言うか、やりづらそうな顔で格納庫の天井を見上げる。


 僕らは今、武装したスパイと対峙(たいじ)している。

 相手もこちらも武装をしており、状況としてはかなり切迫したものだ。


 そのはずなのだが、僕らはいまひとつ緊張感(きんちょうかん)を持てずにいた。


 相手がエルザという、僕らが知っている仲間だというのは、理由ではない。

 彼女の慌てぶりというか、うろたえ具合が、こちらが心配になってしまうほどのものであるためだ。


 それだけに、今のエルザは何をするか分からない、という見方もできるが、何とか説得によって事態を解決できそうな感触があった。

 どうやら、レイチェル中尉もそう感じたらしく、エルザの説得を試みるつもりである様だ。


「エルザ! 念のために確認しておくが、あたしらの機体に小細工しやがったのはお前か!? それと、燃料の保管所を爆破したのもお前なのか!? 」

「そっ、ソウですッ! 全部……、ゼンブ! ワたしがヤったンですッ! 」

「何でそんなことをやったんだ!? 」


 エルザは自身が破壊工作を行ったことを認めたが、それ以上は話そうとせず、沈黙した。


「おい、エルザ! 街に行った時、あたしが助けてやったのは覚えているだろう!? あん時の借りがあるだろうが! お前がこんなことをやっている理由を言え! 」


 続けて問いかけるレイチェル中尉に、エルザはしばらく黙ったままだったが、やがて、返答した。


「お、オ父さンと、オ母さンを、殺スって言わレたンですッ! 街に行ッた時ニ! 2人とモ、敵ニ捕まッて! 協力しなイと命ガ無いっテ! 破壊工作ヲしロって言われタンでス! 爆弾モ、そノ時渡さレましタ! わたシにはどウしよウも無かッタんデす! 」


 僕はエルザが裏切り者になったことが不思議で仕方が無かったのだが、彼女の返答で思わず、納得してしまった。

 彼女の性格から言えばスパイなど務まるはずが無いのだが、家族に危害を加えると脅され、必死にならざるを得なくなったのだろう。


 正直に言って、僕も家族を人質に取られたら、どうしたらいいのか分からない。


「敵っていうのは、どっちだ!? 連邦か、帝国か!? 」

「分かりまセン! 女ノ人だっタけど、どっチの人かハ分かリマせん! 」

「よぉし、事情は分かった! お前も辛かっただろう! もう、全部終わりにしようじゃないか! カミーユ少佐やモリス大尉にきちんと話すんだ! 何なら、あたしがとりなしてやってもいい! 1回助けるのも2回助けるのも同じだしな! 」

「ソっ……、ソれは、デキない! 無理ナんデす! 」


 レイチェル中尉の提案に、エルザは少し迷った様子だったが、すぐに悲鳴の様な言葉で否定した。


「言わレているンでス! 正体が見つカっテ捕まっタラ、両親を殺すッテ! だカら、私ハ逃げナきゃイケないンでス! こノ飛行機で! お願イです、見逃しテくだサい! 」

「逃げるって言ったって、どこへ逃げるんだ? お前に指示を出したのが連邦か帝国かも分からないんだろう!? それに、エンジンは回せても、機体の操縦(そうじゅう)ができないんじゃないのか!? 」

「ア、甘く見なイでくだサイ! 私ニだって動カシ方は分かリまス! やったコトは無イけれド……。ト、とニかく、捕まラナい場所ニ逃げまス! 」


 エルザの計画は、無計画と言っていいものである様だった。


 そうこうしている内に、格納庫の周りには人員が集まり始めていた。ジャックとアビゲイルが伝令に走っていったというのもあるが、これだけ大声で話していれば、近くに居れば誰だって異変に気づく。

 集まって来ている兵士たちのほとんどにエルザの話は聞こえていただろう。カタコトだが、その内容はどうにか伝わっているはずだ。何人かを僕の位置から確認することができたが、みな、同情している様な、戸惑っている様な表情をしていた。


 やはり、僕と同じ様に、エルザの動揺のしかたを見てやりにくさを感じているのだろう。それに、両親を人質に取られているという事情もある。

 それによってスパイ行為が帳消しになることなど絶対にあり得ないことだったが、いわゆる、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地あり、というやつだ。


 もちろん、僕らの側で、エルザが本当のことを言っていると裏づけすることはできなかった。僕らの対応を鈍らせるために出まかせを言っている可能性だってある。

 だが、エルザの慌てかた、うろたえ方は、僕らに彼女を疑う必要性を感じさせなかった。


 あれを全部、演技でやっているのだとしたら、僕はもう、世の中を少しも信じられなくなるだろう。


「エルザ、パイロットとして忠告しておくがな。仮に機体を飛ばせたとしても、着陸はどうするんだ? 航法は? 今は夜間で、空は真っ暗だぞ。東西南北ぐらいはコンパスで分かるだろうが、何も見えないのにどうやって降りるつもりだ? 絶対に、確実に、間違いなく、事故になるぞ」

「ぅぅ……。デも、デも、やるシかなインです! オ父さんトオ母さんヲ助けルためニは、やルしかないンでスっ! 」


 レイチェル中尉がエルザの行動の問題点を強調すると、エルザは悲鳴の様な声で言った。


 何だか、本当にかわいそうになってきてしまった。


 僕が心の底からエルザに同情し始めた時、格納庫の出口側に、数台のジャンティが走って来て停車した。

 降りて来たのは、ハットン中佐と、カミーユ少佐。それと、クラリス中尉に、アラン伍長、ジャックとアビゲイルの姿もあり、外に捜索(そうさく)に向かっていたらしい兵士たちの姿も10名以上ある。


 どうやら、格納庫で起こっている状況の連絡を受けた後、大急ぎで駆けつけて来た様子だった。

 ハットン中佐が兵士たちに短く指示を出すと、兵士たちは素早く散って行って、格納庫の周辺に集まって来ていた他の人員とも協力し、隙の無い包囲網を完成させた。

 数十もの銃口が、いつでもエルザに向けられる様な状態となる。


 逃げ場のなくなってしまったエルザは、混乱した様にあちこちに銃口を向けて回っていた。だが、どう考えても勝ち目はなく、やがて引っ込んで身を隠した。


 ボードゲームで言えば詰みの状態だったが、エルザの方も事情があるため、簡単にこの状況が解消されることは無さそうだった。

 エルザは破壊工作を行ったスパイであり、僕らには強硬手段によって彼女を排除する理由があったが、僕は、できれば穏便に解決してほしかった。


 それは、ハットン中佐やカミーユ少佐も同じであるらしかった。

 2人は先に格納庫の周辺に集まって来ていて、レイチェル中尉とエルザの会話を聞いていた人員の1人からこれまでの事情を確認すると、短く、2人で何事かを相談した。

 それから、カミーユ少佐は自身の腰のホルスターを外し、武装を解くと、ただ1人だけで前へと進み始める。


 どうやら、エルザの説得を試みるつもりらしかった。

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