12-9「スパイ」
僕らへの連絡と指示を終えると、ハットン中佐とカミーユ少佐は、すぐに格納庫を後にした。
ハットン中佐は基地で編成した捜索隊と消火作業の指揮のため、カミーユ少佐はモリス大尉と合流して基地から逃走したであろうスパイを追うため、これから忙しく動き続けることになるのだろう。
格納庫に残って機体の警備を続けることになった僕らも、何もしないで見張っているだけでは無かった。
スパイが爆発物を繰(く)り返し使用していることから、僕らの機体にも爆弾がしかけられている可能性があった。だから、全員で機体に何か細工がされていないかを探し出すことになった。
基地中で、同じ様な探索が行われている。無事だった2か所の燃料保管所や、弾薬の保管所など、破壊工作の対象となりそうな場所を大勢で探し回っている。
敵襲ではないため、僕らがベルランで飛び立つことは予定されていなかった。このため、格納庫周辺に集まり始めていた整備班も他の場所に配置されている。
格納庫には僕らしかいなかったが、機体の警備だけであれば十分だった。スパイはまだどこかへ逃走していて捕まってはいなかったが、未だに基地内に留まっている可能性は小さい。
それに、格納庫で何か異変があれば、周囲からすぐに他の人員も駆けつけてくる。スパイの数は少なく、僕らだけでも抑えられる。
僕らは自分たちの機体を隅々まで探したが、幸いなことに、不審なものは何も発見できなかった。
機体には外からは見られない部分も多くあるので断言はできなかったが、そういったところは整備班に手伝ってもらわなければ確認できなかったし、そもそも、そんな場所に爆弾をしかける様な機会も無かったはずだ。
機体の下側にもぐりこみ、ラジエーターの中を小型の懐中電灯で照らして確認していた僕は、ふと、視界の隅で何かが動いた様な気がして顔を向けた。
そこにあったのは、ハットン中佐が僕らを誘導する時などに使っている、プラティークだった。
そして、そのエンジン部分で、整備班のつなぎを身に着けた誰かが、何かの作業をしている様に見えた。
その誰かは、すぐには分からなかったが、どうやらエンジンを始動させようとしている様だった。エンジンに電源を供給するためのケーブルを取りつけようとしている。
僕は、変だな、と感じた。出撃命令はまだ出ていないはずだからだ。
状況が変わり、急に航空機に出番が来たということも考えられたが、そうであればハットン中佐から僕らにも連絡が来ているはずだった。中佐はそういった、必要な連絡を忘れる様な人ではない。
僕は機体の下側から出ると、立ち上がってその誰かを確認するために近づき、相手のことがよく見える様にプラティークを回り込んだ。
スパイを基地の人員総出で捜索(そうさく)している時でもあり、僕はスパイが戻って来て機体に破壊工作を試みていることも一応は警戒していたが、そこで作業をしていた相手を見て安心した。
それは、帝国2世の整備員、エルザだった。
僕が彼女の姿を見て安心したのは、顔見知りだったからというだけではなく、彼女の性格から言って、スパイなどとても務(つと)まるはずが無いと思ったからだった。
エルザは帝国出身の両親から帝国人として教育を受けたために、王国の言葉に不自由だった。そのせいもあって、彼女はいつも自分に自信が持てない様な様子で、どこか不安そうにしていて、何かを秘密にするとか、誰かを裏切るとか、そういうことはとてもできそうにはない。
それに、彼女は爆弾とか、そういった危険そうなものは持ってはいなさそうだった。彼女が行っていた作業は僕の見間違いではなく、エンジンを始動させようとしているだけの様で、整備班がやっていておかしい作業ではない。手に持っているのも、整備班が普段使っている道具だけだった。
彼女も僕と同じ様に腰にホルスターを身につけ、拳銃で武装していたが、これも、現在の状況を考えればおかしなことではない。
エルザはエンジンを急いで始動させようとしているらしく、必死に作業を続けている。僕にも気がついていない様子だった。
だが、ハットン中佐から出撃せよという命令を、僕は聞いていない。
やはり、何か状況が動いたということなのだろうか?
僕は、彼女に確認してみることにした。
「エルザさん、どうしたんですか? 出撃の命令でも出たんですか? 」
「ひゃィッ!!? 」
僕は普通に声をかけたつもりだったが、エルザは肩をビクッと震わせ、悲鳴の様な声を漏(も)らしながら驚(おどろ)いた。
それから、エルザは僕の方を見て、驚(おどろ)いた表情のまま、数秒間、僕を眺めていた。驚(おどろ)きのあまり呆然としているのか、その手からエンジンに取り付けようとしていたケーブルが滑り落ち、コンクリート製の床に落ちて転がった。
そんな反応をされるとは思っていないかった僕も、エルザの反応に驚(おどろ)いてしまって、しばらくの間何も言うことができなかった。
「おーい、ミーレス。誰かいたのか? 」
そこへ、騒(さわ)ぎを聞きつけたジャックが、僕の後ろから姿を現した。
エルザが、腰のホルスターから拳銃を抜き、僕に向かって銃口を向けたのはその瞬間だった。
「コっ、来ナイで、クダサイっ!! 」
エルザは両眼を閉じたまま、叫んだ。
だが、僕は咄嗟(とっさ)にその事態を理解できず、唖然(あぜん)としてしまう。
「危ないっ! 」
真っ先に動くことができたのは、ジャックだった。
彼は僕の肩をつかむと、エルザがこちらへと向けた銃口を避ける様に、プラティークの機首の下へと飛び込んだ。
ジャックと一緒に機首の下に飛び込んだ僕は、ようやく思考を取り戻す。
僕とジャックは這(は)う様にしてプラティークの下から出ると、近場にあったベルランの機体の下にスライディングし、その反対側へと逃げた。
王国は、国民皆兵制を採用している国家で、王国民として成人した者はみな、銃のあつかい方を知っている。
その狙い方、撃ち方はもちろん、分解と整備のやり方だって習う。当然、それがどれほどの威力を持つ武器であるかだって、知っている。
だから、弾が入っていようといまいと、敵以外の誰かに向かって銃口を向けることは絶対にあり得ないことだった。それが冗談であったとしても、だ。お遊びで銃口を向けた人が裁判にかけられ、重くはないが刑罰を言い渡されたことだってある。
僕らの逃げ方は大げさなようかも知れなかったが、冗談でも銃口を向けることがあり得ない以上、エルザは僕らを撃つ気があったと判断するしかなかった。拳銃弾でも当たり所によっては即死するのだから、なりふりなどにかまってはいられない。
「おう、お前ら、どうしたんだ? さっきの大声はなんだ? 」
「エルザさんが、僕らに銃を向けて来たんです! 」
「……。なァにィ? 」
僕は床に横たわったままレイチェル中尉の問いかけに答え、その答えを聞いた中尉は不機嫌そうな唸(うな)り声を上げた。
それから、チッ、と舌打ちし、ホルスターから拳銃を抜いて、スライドを引いて初弾を装填するのと同時にハンマーをコッキングした。それから機体の主翼に上って屈(かが)み、遮蔽物(しゃへいぶつ)として、銃口を天井に向けて構えた。
近くにやって来たカルロス軍曹も僕の話が聞こえていて事態を理解しているらしく、同じ様に拳銃を手にし、いつでも射撃できるような態勢を取る。
レイチェル中尉とカルロス軍曹はお互いに視線を交わし、それだけで2人の役割を決めた様だった。
カルロス軍曹は姿勢を低くして素早く隣の機に向かい、レイチェル中尉と同じ様にエルザがいる方向とは反対側の主翼によじ登り、機体を遮蔽物(しゃへいぶつ)とする態勢を取った。
それから軍曹は、まだ事態を飲み込めずにいたアビゲイルとライカに隠れろと合図をする。2人は何が何だか分からない様な顔をしていたが、とにかく身を隠して安全を確保した。
レイチェル中尉とカルロス軍曹が2手に分かれたのは、エルザが2人を同時に狙えない様にするためなのだろう。
2人は軍歴も長いベテランだから、こういった時でも肝がすわっているらしく、すぐさま対応が取れる状況を作っていた。
態勢を整えたレイチェル中尉は、状況を確認するため、身を隠したまま声を張り上げる。
「おい、エルザ! ミーレスに銃を向けたっていうのは本当か!? いったいどういうつもりだ、説明しろ! 」
「ワっ、ワたシに、構わナいで下さイっ! 」
中尉の詰問に、エルザは叫び返す。
緊張と恐怖で震えている様な声だったが、簡単に引き下がりそうな様子は無かった。何と言うか、追いつめられている様な声だった。
僕とジャックは立ち上がると、下側に隙間のある機体の中央部から、隙間の少ない尾翼側へと移動し、垂直尾翼に身を隠しながらエルザの方をのぞき見る。
エルザも、レイチェル中尉たちと同じ様にプラティークの主翼によじ登り、その場に屈(かが)んで、遮蔽物(しゃへいぶつ)としている様子だった。プラティークの風防越しに、彼女の金髪がかすかに見えている。
こちらの方をチラチラと頻繁(ひんぱん)に確認していて、青ざめて涙目になった彼女の顔が何度か見えた。
「エルザ! そこで何をするつもりだったんだ!? 馬鹿なことはやめて、武器を捨てろ! まさか、お前がスパイだったってことなのか!? 」
「放っテおいテ下さイっ! ス、少しでモ近ヨってきタら、撃ちマす、カラ! 本当デスっ! 」
レイチェル中尉は少し顔を出して呼びかけたが、エルザが銃口を向けてきたためにまた隠れるしかなかった。
エルザは牽制(けんせい)のためかカルロス軍曹の方にも銃口を向け、それから、再び機体の影に姿を隠す。
突然こうなったので僕の頭はまだ正常な状態とは言い難(がた)かったが、どうにか、エルザがどうしてこんな行動に出ているのかは理解できた。
僕らが探していたスパイは、彼女なのだ。
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