12-8「混乱」
僕が、基地中に響き渡る轟音(ごうおん)と、突き上げる様な震動で眠りから叩き起こされたのは、部屋に戻ってから数時間ほどが経ってからだった。
すでに日付は変わっていたが、朝というにはまだ早い時間帯だ。
とにかくベッドから飛び起きた僕は、慌てて窓へと駆けより、閉め切っていたカーテンを開いて外の様子を確認する。
格納庫の近くで、大きな火柱が上がっているのが見えた。炎によって煌々(こうこう)と辺りが照らし出され、吹き上がる黒煙がくっきりと夜の暗がりの中に浮かび上がっている。
どうやら、航空機用の燃料保管所が炎上している様子だった。
何が起こっているのかは分からなかった。
だが、とにかく、僕は急いで身支度をし、飛行服と飛行帽を身に着けて、部屋から飛び出した。
僕の頭の中に真っ先に思い浮かんだのは、敵機による攻撃だ。
連邦軍機によって行われた、王立軍の前線近くの飛行場への攻撃は終わったはずだったが、そうやって油断したところを再攻撃して来たのかも知れなかった。
以前の攻撃では僕らの基地は標的とならなかったが、次も同じ様になるとは限らない。
だが、状況は分からなくても、僕がやることは1つだけだった。
ベルランに飛び乗り、レイチェル中尉やハットン中佐からの命令があり次第、いつでも飛び立てるように準備をすることだ。
パイロットは全員、僕と同じ様に考えたらしかった。
部屋を出たところで僕はジャックと合流し、次いで、建物を出たところでアビゲイルとライカと合流した。
そして、格納庫へと僕らが駆け込むと、そこには一足早く到着していたらしいレイチェル中尉とカルロス軍曹の姿があった。
「よぉ、お前ら。なかなか悪くない反応じゃないか」
全速力で走って来た僕らの姿を見て、レイチェル中尉は満足したような笑みを浮かべた。
「だが、残念ながら出撃はなしだ。これは敵襲じゃない」
敵襲でないとすれば、これはどういうことなのだろうか?
僕らは見当もつかず、お互いの顔を見合わせるばかりだった。
燃料の保管所で発生した火災は、今でも続いている様だった。
この基地、フィエリテ南第5飛行場は常設の基地ではなく、戦時に一時的に利用することを目的とした秘匿(ひとく)基地の1つだった。このため、基地の設備は簡易的なものであり、僕らが以前いたフィエリテ第2飛行場の様な大型の燃料タンクは設置されていない。
燃料の保管は輸送用のドラム缶にそのまま入れておく形式が取られており、地面を掘ってそこにドラム缶を並べ、掘った土は至近弾対策として保管所の周囲に盛られている。その上から偽装と保護用のネットとシートが被せられており、上空からは耕作用の肥料か何かが集められている様に見える。
基地にはこういった保管所が3つほど用意されており、そのうちの1つで火災が発生していた。
中身はガソリンだから、よく燃えている。
基地では異常事態を知らせる警報も鳴り始めており、僕らと同じ様に文字通り叩き起こされた人員が、配置につくためと消火のために走り回っている。
基地に用意されていた消防車が走って来て、火災現場の手前で止まった。だが、ドラム缶に入った燃料が断続的に誘爆して延焼していくので、無理に近づいて消火作業をすることは危険で、消防班も手がつけられない様子だった。
だが、敵襲にしては、確かに様子がおかしかった。
追撃が全く無いからだ。
3つある燃料保管所の1つで火災は激しく続いていたが、基地の他の場所は全て無傷だった。燃えている燃料保管所はこのままいけば全焼する他は無かったが、他の2か所の燃料保管所は距離も離れていて無傷で、被害は基地にとって深刻なものとはならないはずだ。
これでは、攻撃としての意味はほとんどない。僕らの部隊の戦闘力には影響が無いからだ。
「追撃も無いし、エンジンの音も聞こえない。これは敵機の攻撃じゃない」
レイチェル中尉は自信ありげに断言する。
では、一体何が起こっているのだろうか?
その疑問に答えてくれたのは、カルロス軍曹だった。
「これは、敵の破壊工作さ。爆弾か何かで燃料を爆破したんだろう。……やっぱり、カイザーはスパイなんかじゃないんだ」
僕はその、カイザーはスパイじゃないという言葉にほっとしたのと同時に、強い焦燥(しょうそう)を覚えた。
カイザーが無実であるということが、これでより強まったということだったが、同時に、僕らはスパイによる2度目の破壊工作を防止することができなかったということだ。
これは、スパイ側の行動が早すぎる、というのもあった。
捜査のためにカミーユ少佐とモリス大尉がやって来たが、2人はまだ本格的な調査に着手し、聞き取り調査などを始めたばかりだった。これでは、誰であろうと対処することは難しい。
スパイにとって、この破壊工作は捜査が及びそうになったことで急に実行に移したようなものではなく、以前からの計画の内だったのかも知れなかった。
だから、これだけ行動が早い。
「敵が何を考えているかは分からないが、警戒は必要だ。あたしらの機体にまた破壊工作をしかけてくることだって十分にあり得る。出撃はしないが、あたしらはここで自分の機体を守る。……カルロス軍曹、全員に武装させろ。自衛用でいい」
「了解。……みんな、ついて来てくれ」
レイチェル中尉の指示で、僕らは武器の保管場所へと向かい、そこで武装した。
格納庫内で機体を警備することが目的であるため、装備したのはそれぞれ拳銃が1丁と、弾倉を2本だけだ。
僕らは腰にホルスターを巻き付け、拳銃に1本目の弾倉を装填して準備を整えた。
装備したのは自動式の拳銃で、元々の設計と製造は外国のものだったが、その構造の簡易さと信頼性から王国でも採用され、広く使用されているモデルだ。
9×19パラベラム弾という種類の弾を使用し、装弾数は複列弾倉に13発。化成処理(かせいしょり)されたスチールで作られており、頑丈で戦場での使用に十分耐えることができる。
シングルアクション式であるため、スライドを引いてハンマーをコッキングしなければ初弾をすぐに発射できないという難点もあったが、個人の自衛用の装備としては十分なものだった。
僕らが武装を済ませて機体のところへと戻ると、そこにはハットン中佐とカミーユ少佐の姿があった。
僕らが離れている間にやって来て、レイチェル中尉と何かを話していたらしい。
「中尉殿。何があったのですか? 」
先ほどまでとは異なりあからさまに不機嫌そうになっているレイチェル中尉に、カルロス軍曹が声をかける。
「カルロス軍曹。悪い知らせだ。……カイザーの奴が、逃げた」
僕は、驚(おどろ)いた。自分の耳を疑った。
だが、レイチェル中尉の言葉は簡潔(かんけつ)なもので、意味を間違えようがなかった。
「カミーユ兄さま、何があったんですかっ!? 」
驚(おどろ)いたのはみんな同じだった。そのせいかライカは今が公的な場面だということも忘れて、カミーユ少佐に質問する。僕はまた、彼女が少佐に向かって行かない様にその肩を抑える必要があった。
「ライカ、そのままの意味だ。……燃料保管所を爆破された混乱に乗じて、カイザーを勾留していた部屋が小型の爆弾で破壊された。彼は逃走し、破壊工作を実施したスパイも逃走している。現在、モリス大尉が憲兵隊を指揮して捜索(そうさく)中だ」
僕は、急に、目の前が暗くなるような感覚に襲われた。
この混乱に乗じて、カイザーが逃げた。
とすると、カイザーも、本当はスパイだったのではないか?
もし無実であったのなら、他のスパイがカイザーを助けるはずなど無かったし、カイザーも逃げ出す必要など無かったはずだ。
僕らは、カイザーが無実だと、ずっと信じて来た。
だが、その考えこそが間違いで、カイザーは、僕らを裏切っていたのではないか。
僕は、必死になって自分を抑えた。
もし、カイザーが僕らの信頼を裏切っていたのだとしても、今は、そのショックで呆然としている場合ではない。
僕が考えなければいけないこと、やらなければならないことは、そんなことではないからだ。
「現在、基地でも捜索(そうさく)隊を新たに組織し、基地の外部へと逃走を図ったであろうスパイの追跡を行っている。近隣の自警団にも連絡を入れ、協力してもらうことになっている。捜索(そうさく)はこちらに任せて、301Aはこのまま、機体の警備を続けてもらいたい。敵がまだ何かを用意している可能性もある。十分に注意して欲しい」
僕の意識は、ハットン中佐の言葉をなんとか理解できた。
自分の気持ちをどうにか抑え込み、足を踏ん張って何とか立ちながら、自分に与えられた役割を頭の中で繰り返す。
自分の機体を守る。
これが、今の僕に与えられた任務で、やるべきことだ。
今は、カイザーが本当に裏切っていたのかどうかを考えている時ではない。
それは、カミーユ少佐やモリス大尉が、必ず明らかにしてくれるはずだった。
その、はずだ。
それでも、僕はどうしても、身体の震えを抑えきることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます